番25:その場の勢いというものは
尋問を終えて一旦部屋に戻り、これからのことを相談します。
「さしあたっては、今回の旅行をどうするか、ですね」
部屋に置かれているテーブルで、わたしと王子は差し向かいに座っています。エルは相変わらずというか、部屋に戻った途端にベッドの上で丸くなっています。
「とは言ってもな…。安全を優先するならば今日は屋敷から出ずに、明日にでも王都に戻るのが一番なのだろうが…」
王子が言葉を濁すのは、やはり王妃様やアリア様のことがあるからでしょう。恐らくお2人ならば「そのくらいなんとかしなさい」と言うのが見えていますからね…。
これが相手の人数などがはっきりとしていれば、また違うのでしょうが…。他にもいるかどうかわからない襲撃者に怯えて切り上げる、となると、お2人には負けたように思ってしまうのかもしれません。かと言って、もしも他に襲撃者がいてお2人に怪我でもあったら、それこそ大問題です。
あれ?そもそもこの旅行の目的があれですから、もしかしてわたしがさっさと告白してしまえば案外すんなりと戻ることが出来るのでは?
ふと思いついてしまったことですが、そう考えるとそれが一番の気がしてきます。ああ、ですがわたしにも理想というものが…。さすがにその為にこんな色気も何もないシチュエーションで告白、なんてできません。
わたしは頭を振って、その考えを否定します。
「いきなり黙り込んで、どうしたんだ?」
いきなり近くで聞こえた声に吃驚します。顔を上げれば王子がわたしの顔を覗き込むようにしていました。
急に黙り込んだわたしを心配したのでしょうか?
「い、いえ!何でも…。王子の事なんて考えてなんかいませんよ?」
あ、焦ったせいで思わず…。
それを聞いた王子の顔が、心なしか嬉しそうに見えます。
「ほう、母上やアリアの心配を余所に、私のことを考えてくれていたのか?一体何を考えていたのか、聞かせてもらえると嬉しいのだが?」
「え?いえ、だから別に何も…。だから王子の事なんて考えていませんよ?」
くっ、いつもヘタレなくせに、どうしてこういう時だけ…!
「ふむ…。つまり私はサクラにとって大して考える価値もない、ということか」
「へ?いや…、だからといってそういうわけでは…」
王子の声のトーンが下がったことに、わたしは慌ててしまいます。
考える価値が無いと言うよりもむしろ逆で、ここのところずっと王子のことを考えてしまうと言うか、そのせいで色々ややこしいと言うか…。
ああ!ですがそんなこと当人になんて言えませんし!
「……ククッ」
……え?
「冗談だ。これくらいの事でサクラが慌てるなんて、珍しいと思ってな。すまない、少しからかいすぎたようだ」
え?冗談…?
「しかしいつものサクラならこのくらい、軽く流せるだろうに。ここのところ考え込むことがあるようだが、何か悩みでもあるのか?」
……アナタがそれを言いますか?わたしを悩ませている張本人が、ぬけぬけと…!
「一体誰のせいだと思っているんですか!」
これまで色々と悩んでいた反動か、王子の無責任な物言いについカッとなってしまいます。
「もしかして、私のせい、なのか?」
その可能性が頭になかった、といった風に、王子が驚いた顔で聞き返してきました。
しかしそれは、今のわたしのとって、燃料にしかなりません。
「これだけ人を悩ませて置いて、もしかして、ですって!?王子はいいでしょうね、言いたいことだけ言って、そのまま帰ってしまったのですから…。おかげでわたしはあれこれ悩んで…。それなのに当の本人はそんなこと無かったように振舞って、そのおかげでわたしは余計に悩むことになったのに…!」
「ま、まて!あの時はあれが最善だと思って…。それに態度に出していたら、早く返事をしろとせっついているようではないか。だから私は…」
「はぁ!?何が最善ですか、何がせっついている、ですか!王子がそんな態度だからわたしは散々悩んだんじゃないですか!わたしの為だと言うのなら、返事が決まるまで遭わなければいいじゃないですか!それなのに次の日からも同じように夕食を食べに来て、プ、プロポーズの事なんてなかったように振舞って…。そのせいでわたしは自分だけが悩んでいるみたいで、そのことにも悩む羽目になったんですよ!?」
「ちょ、ちょっと待て!プロポーズって…」
「はい?もしかして、あれはそんなつもりじゃなかったとか言うんですか!?酷い!人に悩ませておいて、言うに事欠いて間違い、ですって!?女の敵です!」
「そうは言っていないだろう!だからそれは、まずは段階を踏んで、というか、最終的にはそういうことに、というかだな…」
「何を言っているんですか?王子の立場や年齢でそんなことがあるわけないでしょう?まずはお付き合いから?はっ!王子の場合だと、お付き合いイコール婚約でしょうに」
「いや、それはそうだが…」
「あー、もう!そんなだからヘタレだとか女心がわかっていないとか、デリカシーが無いとか言われるんですよ!全く、どうしてこんな人を好きなったりしたんでしょう!」
「待て待て!どうしてそういうことになるんだ!ヘタレってなんだ?って、今好きとか言ったか?」
「……あ」
「もしかして、最近特に余所余所しかったのはそういうことか?それに今回の避暑にしても、母上やアリアが無理矢理参加させたと言うことは、そういうことなのか?」
……最悪です。よりにもよって、こんなロマンチックの欠片すらない状況で、しかも勢いに任せて怒鳴りながら、なんて…。
しかも、ですよ?どうしてこういうときだけ鋭いのですか?というか、もしかして今回の旅行のこと、気がついていなかったんですか?ということは、やはり鈍感なのでしょうか?
「なあ、黙ってないで答えてくれないか?今のは、あの時の答えだと思っていいのか?それにあれがプロポーズだと思っていたと言うことは、そう思っていいんだな?」
「……」
「サクラ」
「……」
「おい、サクラ!」
あー、五月蝿いです!
「そうですよ!今回の旅行は返事をするために、アリア様とシフォンさんが決めた物です。せっかくだからロマンチックなシチュエーションで、と思っていたのに、何でこんなことに…。全部王子が悪いんです!勝手にプロポーズをしたことも、わたしを振り回した事も、襲撃者が現れたのも全部王子のせいです!そうですよ、昨夜ならシチュエーションも完璧だったのに、襲撃者のせいで…」
「待て、あれは私のせいではないだろう」
「いいえ、全部王子が悪いんです!王子が女心を分かっていれば、こんなことにはならなかったんです!わたしだって女なんですよ?プロポーズには憧れだって理想だってありました。なのに王子ときたら…!散々悩まされた結果がこれでは、今まで何を悩んでいたのか…」
「ほう、そんなに悩んだのか。まあ私も想いを告げるまでは随分と悩まされたが、これで御相子ということだな。そうか、私の事で悩んだか。ふむ、サクラも可愛いところがあるんだな」
む、なんですか?その勝ち誇ったような物言いは。それにそのにやけた顔がむかつきます。
「誰もそんなことは言っていないじゃないですか。自信過剰なんじゃないですか?」
「照れなくてもいい。サクラがどれだけ私のことを思ってくれているかが良くわかった」
……いいでしょう。調子に乗ったことを後悔させてあげます。
「エル、許可します。大きくなってお仕置きしなさい」
「にゃ?」
自分は関係ない、といった風で丸くなっていたエルが、わたしの指示で起きあがります。
「おい、照れ隠しでそれは…」
まだ言いますか。
「エル、やりなさい」
「にゃ~」
ぴょん、とベッドから飛び降り、とことこと近寄ってきます。そして牢屋と同じように光に包まれ、ホワイト・リンクスの姿になりました。
「ガウ」
「待て!私が悪かった!だから…」
「エル、やりなさい」
エルが指示を求めるようにこちらを見たので、再度指示を出しました。
「ガウッ」
1つ返事をして、エルが王子にのしかかります。これだけの巨体です。いくら鍛えていると言っても、王子に抗う術はありません。
ドスン、という大きな音とともに、王子が床に倒れ込みました。その時にエルの体重で、床がみしりと悲鳴を上げます。
「おい、止めろ!サクラ、謝るからたすけ……ちょ、爪は!」
ふん。王子のくせにわたしをからかおうなんて100年早いんですよ。反省すればいいんです。エルは賢いですから、心配するような事態にはならないでしょう。
「こら、舐めるな!だから爪は洒落にならな……その体重でパンチは…!」
王子とエルがじゃれているのを横目に、わたしはお茶を入れる為に立ち上がりました。




