番24:尋問?拷問?
襲撃者が囚われていたのは、衛兵の詰め所の地下でした。
外の光が届かない造りのせいか、昼間なのに室内は暗くて明かりが無いと何も見えません。
そんな地下室に作られた牢屋の中で、襲撃者は寝転がっています。……寝転がっているのは、座ることすら出来ないせいなのですが。
それを見て、さすがにちょっとやり過ぎたかな、と思わないこともありません。ですがあの時は逃げられる可能性も考えないといけませんでしたし、何より頭に血が上っていたのもあります。
うん、まあ、襲撃者に情けは無用、ということにしておきましょう。
で、その襲撃者ですが、寝転がった状態のまま、こちらを睨みつけています。何をされても喋らない、という意思表示でしょうか。中々手強そうですね。
「貴方の雇い主は誰ですか?目的は?他に仲間はいるのですか?」
駄目元で聞いてみます。
「……」
やはりというか、襲撃者は睨んだままで口を開きません。
さて、この手の相手には拷問はあまり効果がありませんし、どうしましょうか…。
横目で王子を見てみますが、王子も腕を組んで難しそうな顔をしています。考えていることは同じ、ということですね。
しばらく考え込んでいると、思わぬところから自体が動き出しました。
「にゃ~」
泣き声に足元を見てみると、なんとエルが牢屋に入って行くところでした。
「エル…?」
一体何をしようというのでしょうか?
まあ、襲撃者は動くことができませんし、エルにしても馬鹿ではありません。
わたし達は戸惑いながらも、エルの動きを見守っていました。
「にゃ~」
てしてし
「ウグッ」
くぐもった悲鳴が聞こえました。
エルが襲撃者の折れた脚を叩いたのです。
てしてし
見ていると、エルは折れた部分を正確に狙って叩いています。足、手、それぞれを、です。
「グッ…、ウウッ…!」
エルが幹部を叩くたびに、襲撃者の押し殺した悲鳴が聞こえます。襲撃者の顔には脂汗が一杯浮いています。
「うわぁ…」
余りのえぐさに、思わず声が漏れてしまいます。すみません、さすがに引いてしまいました。
王子の方を見ても、腰が引けています。
わたし達だって拷問も考えましたが、躊躇なく、しかも的確に一番痛いところを叩いているエルには驚いてしまいます。
「グゥッ…!こ、こんなことをしても喋らんぞ!殺せ!」
襲撃者が堪らず、といった感じで声を出しました。
「にゃっ、にゃっ」
それに調子付いたように、エルが幹部を連打しています。
「ウグッ、グゥゥ…!」
いや、さすがにこれはわたしも引きます…。見れば状況を見ていた衛兵も顔を背けています。見かねたのか、王子が衛兵に下がるように指示を出しました。
動物特有の残虐さというか、獲物を嬲るような行動に、飼い主ながらも驚いてしまいます。が、考えてみれば猫は獲物を動けなくなるまでいたぶるといった習性もあります。それから考えると、わからなくもないのですが…。
ですが自分よりも大きな人間を獲物として認識しているのかと考えてみると、なんだかエルが怖くなってしまいます。
やがていたぶるのにも飽きたのか、エルが襲撃者から離れました。襲撃者はすでに虫の息というか、ぐったりとして息も絶え絶えといった感じです。
「……話す気になりましたか?」
なんだか聞くのが悪いような気になってしまうのは何故でしょう?
「だ、誰が…」
まあそうですよね。すでに死を覚悟している人間が、拷問(?)でそう簡単に話すわけはありませんよね。
どうしたものかと考えます。
とは言っても、雇い主は大体想像がつくんですよね。王族を狙うのなんて、それこそ限られてきますし…。そこから考えると、目的というのも予想がつきます。後は狙われる人物の範囲と、今回の襲撃にどれくらいの人数が配置されているのか、ということです。それによって旅行を切り上げて早めに帰るなどの対策も必要になってきます。
襲撃者を眺めながら考えていると、またしてもエルが動きだしました。
今度は何をするつもりなのかと見ていると、襲撃者から少し離れたところで止まります。
その行動の意味がわからず、首をかしげた瞬間でした。
エルの身体から白い光が発せられたかと思うと、いきなり視界が光によって塞がれてしまいました。
その光はすぐに収まったのですが…。
「「……え?」」
光が収まった後にあった光景は、わたし達の予想もしていないものでした。
「グルルル…」
なんと高さが2m近くあろうかという、真っ白で巨大な獣がいたのです。体長は4mはあるでしょうか、明らかに普通の獣とは違います。
そして何より、いままでこの場所にはそんな獣はいなかったのですから。
とりあえずはこちらに対して敵意はないようなので、刺激しないように気をつけましょう。
ではどこから?光に包まれる前は、そこにはエルがいたはず…。って、エルはどこに行ったのでしょう?
小さな姿を探してみますが、少なくとも見える範囲には見つけることができません。
「エル?」
声を出して呼んでみます。
「ガウ」
「エル、どこですか?」
「ガウ」
……まさか?いえ、想像の通りならこの状況に説明がつかなくもありません。とても納得できる想像ではありませんが…。
「もしかして、エル、ですか…?」
「ガウッ」
もしかして、と思いながらも白い獣に話しかけてみると、心なしか嬉しそうに返事をしました。
ということは、やっぱりこの白い獣がエルなんですね。ですがどうして…?さっきの白い光が関係している…?いえ、でも…。
「お、おい、まさかこのでかいのがエルだっていうのか?」
「えっと、そうみたい、ですね…」
王子が震えた声で聞いてきます。見れば完全に腰が引けています。それも仕方がないかもしれません。なにせ王子は何故かエルに嫌われていましたから。ですが今まではエルが子猫だったので脅威とも思っていなかったのでしょう。それがいきなりこんな大きさになれば、逃げたくもなると思います。だってその爪の一撫でで人生が終わりそうですから。
ちなみに子猫というのも、わたしが飼い始めてから姿が変わっていないのでそういう種類なのかと思っていたのですが、あれはいわゆる仮の姿だった、ということでしょうか?まあ賢さや振舞いから普通の猫だとは思ってはいませんでしたが、まさかこんな姿になるとは…。
「この姿は、魔獣、なのか?これだけの体躯の白い魔獣なんて聞いたことが無いが…」
王子が呟くように言いますが、わたしにはその姿に心当たりがありました。とは言っても確信はありませんが。
「……一応、そうじゃないかという種族があるにはあるのですが」
「な、何と言う魔獣なのだ?」
王子、そんな逃げ腰にならなくても…。中身はエルなんですから、いきなり襲いかかってきたりはしませんよ、多分ですが。
「ホワイト・リンクスではないかと…」
「ホワイト・リンクス?」
「自信はありませんが…」
「どういうことだ?それに、ホワイト・リンクスというのはどういう魔獣なのだ?」
「それが、正確な情報が無いんです。わかっているのは真っ白な巨大な猫に近い姿をしていることと、知能が高いことです。その生態はわかりません。一部の記述では聖獣とも神獣とも言われ、伝承によるとその強さは竜に匹敵するとも記されています。情報が少ないのは、滅多に人前に現れることが無いからです」
リンクスと言えば地球ではオオヤマネコがそうですが、こちらの世界でも同じような種類はいます。サイズは違えど見た目から、便宜上、そういう名前が付いているだけなのです。
「そ、そんな魔獣がどうしてペットなんかに…?」
そんなこと、わたしが知りたいですよ…。
「わかりません。情報が少なすぎますから…。完全に想像だけになりますが、わたしがエルを拾った時は子猫の姿でお腹を空かせていました。何らかの事情で産まれて間もなく迷い込んだのかもしれません。そう考えると、子猫の姿は成長するまでの擬態だったのかもしれませんが…」
そもそも拾った時からサイズが変わっていないので、産まれてどれくらいなのかもわかりませんが。
それに伝承を信じるなら、ホワイト・リンクスの体調は10mを超えるとありました。それから考えるとエルは本当にまだまだ子供なのかもしれません。もっとも、生態なんてわからないので想像でしかありません。
というか、どうしていきなり大きくなったのでしょう?いえ、もしかしたら今までその機会が無かっただけで、もっと前からこの姿になれていたのかもしれません。
まあ、いくら考えても答えが出るわけではありませんが。
「た、助けてくれ!こんな魔獣がいるなんて聞いていないぞ!なんでも喋るから、この魔獣をどこかにやってくれ!」
あ、襲撃者を完全に忘れていました。
「エル、少し下がってもらえますか?」
「ガウ」
話しかけてみると、エルはわたしの指示に従って牢屋の隅に下がりました。
ああ、姿は大きくなっても、やっぱり中身はエルなんですね。少し安心しました。
「どうしていきなり喋るつもりになったのですか?」
さっきまであれだけ痛みを与えられても口を割らなかったのに、どういう心境の変化でしょうか?
「俺だって死ぬ覚悟はできていた。でもな、それは人に殺される覚悟で、こんな魔獣にバリバリと食われて死ぬ覚悟じゃねぇ!そんな骨も残らないような死に方はしたくねぇんだよ!」
ああ、つまりは食べられる、というのが怖いわけですね。一思いに死ぬならともかく、生きたまま食べられると言うのは想像もできない恐怖でしょうから。
まあ、エルは恐らくそんなことはしないでしょうが、それを教えてやる必要はありませんからね。せっかく喋ってくれると言うのですから、さっさと必要な事を聞きだしましょう。
「それでは今回の依頼主と目的、依頼の対象と仲間の有無を教えてください。ああ、もし後で嘘だとわかったら、エルを嗾けますからそのつもりでいてください」
「ガウッ」
ちらりとエルに視線を向けると、タイミング良く返事をしました。
「わ、わかっている。嘘は言わねぇ。だ、だからあの魔獣を近づけないでくれ」
ふふ、随分と怯えていますね。
「それは貴方の態度次第ですね。ではさっさと喋ってください」
もちろんはったりです。ええ、はったりですよ?わざとけしかけて遊んだりなんてしませんよ?
「……依頼主は、ソウティンス国の王族だ」
やっぱり、ですか。とすると、理由は戦争で負けたのが関係していますね。全く、懲りない人達ですね。
「その様子だと、大体想像はついていたようだな」
まあ、他に王族を狙うメリットのありそうな所は少ないですからね。すぐに予想はつきますよ。次点で国内の貴族、というのもありましたが、それはよほどの馬鹿でもない限りはないと思いますから。
今のソビュール王国内はいたって平和ですからね。王子を暗殺したとしても混乱は少ないのですよ。王子が死んでもエドウィル王子が次期王に決まっていますし、後継者争いとは無縁ですからね。
ついでに言うと、近隣諸国との関係も安定していますし、ソウティンス国を除いて考えれば、今の時点で王族を狙う理由が見当たりませんから。
「想像にお任せしますよ。では目的は?」
「知らん。依頼内容はこの地に避暑に来た王族を殺せという内容だけだった」
「王族、ということは、アリア様や王妃様も狙われていると言うことですか?」
「そうだ。昨夜は偶然、そこの第二王子がふらふらと出てきていたからな。チャンスだと思って仕掛けたのだ。結果は見ての通りだがな」
「では貴方の仲間は?もしくは同じ依頼を受けているのは、他にもいるのですか?」
「それも知らん。少なくとも俺に仲間はいない。だが、依頼主が他にも依頼を出していたら、俺には分からん」
うーん、大体は予想通りですね。目新しい情報は無し、ですか。いえ、1つだけありました。ですがそのことは、この男に聞いてもわからないでしょう。
「わかりました。では貴方にはもう用はありません。エル」
わたしの声に従って、エルが襲撃者に近づきます。
「なっ!?おい、約束が違うぞ!全部喋っただろう!うわっ!来るな、うわぁぁぁ!!」
のそりとエルが襲撃者に近づき、動けない襲撃者の前で大きく口を開けて…。
ぺろり、と舐めました。
襲撃者はそれで意識を失ったようで、ピクリとも動きません。よほど怖かったんですね。
エルは舐めたせいで気持ちが悪いのか、舌を出してぺっと唾を吐いています。
「……酷いな」
王子がぼそりと呟きましたが、聞こえなかったことにしておきます。
それよりも問題は、エルです。
「エル、貴女、どうするんですか?その姿だと家では飼えませんよ?」
こんな大型のサイズだとベッドに乗ると壊れてしまいます。いえ、その前に玄関が通れるかどうか…。
え?そういう問題じゃない、ですか?わかっていますよ。
ご近所さんに迷惑ですからね。近所にこんな大型の魔獣がいるなんてことになったら、いくら安全だとわかっても騒ぎになりますからね。
「ガウ…」
耳がペタンとなり、尻尾がだらんと垂れさがってしまいました。サイズが大きくなっても、中身は変わらないんですね…。
そしてエルの身体が光ったかと思うと、今度は元のサイズに戻っていました。いえ、どちらが元なのかはわかりませんが。
「にゃ~」
大きな姿だったのは、実際はそれほどの時間ではありませんでしたが、インパクトが大きすぎたせいか、子猫の姿はなんだか久しぶりに感じてしまいます。ああ、やっぱりこっちの姿の方が安心しますね。
「いいですか?今後、よほどのことが無い限りは人前で大きくなるのは禁止です。破ったらおしおきですからね?」
「に~」
抗議しても駄目です。こういうことは最初が肝心です。躾の基本です。
小さな姿に戻ったエルは、またしても鉄格子の間を抜けて、足元に摺り寄ってきました。
「ですがまあ、エルのおかげでスムーズに情報を吐かせることが出来たので、褒めてあげます」
エルを抱きあげて、咽喉のあたりをごろごろとさせます。
機嫌よさそうに尻尾が揺れています。
「では王子、襲撃者は衛兵に任せて部屋に戻りましょうか。これからのことも考えないといけませんからね」
「あ、ああ、わかった…」
あれ?王子がなんだか酷く疲れた顔をしていますが、大丈夫でしょうか?
ああ、きっとエルが小さくなって安心したんですね。そんな怖がらなくてもいいのに…。




