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異世界に出戻りしました?  作者: のしぶくろ
番外編とか後日談
111/149

番06:誰かさんの苦悩

 困った…。

 久々の大ピンチだ。

 何がピンチかと言うと、今腕の中にいる彼女のことだ。

 見事に酔っ払っている。

 パーティの最中にジュースと間違えてノンアルコールのドリンクを飲んでしまったのだ。ノンアルコールドリンクは、その名称とは裏腹にアルコール度数の低い酒のことを指す。これは酒と呼ぶには弱すぎて、子供でも飲むことのできるドリンクだ。だが、低いとはいえアルコールは含まれている。何杯も飲めば、やはり酔うのだ。彼女が飲んだのは5杯。これだけならアルコールとしてはワイン1杯にも満たないだろう。だが問題は、彼女が極端に酒に弱いことだ。そう、たったこれだけでも酔い潰れてしまうほどに…。

 パーティを抜け出して部屋まで送る途中に眠ってしまった彼女を、わたしは仕方なく抱きあげて運んできた。こういったパーティではあらかじめ部屋が用意されている。酔いつぶれてしまったものを介抱するためであったり、そのまま宿泊するためであったり。

 今私達がいるのも、そんな部屋の一つだ。

 そして彼女は私の胸にしがみついている。このままではベッドへ寝かせることが出来ないのだ。甘えるようにしがみつく彼女はとても可愛いし、小柄な彼女はとても軽い。しばらくこのままでも全く問題はないのだが、このままでは私の理性が危ういのだ。

 時折、居心地を確かめるように身じろぎをし、私の胸に頬を擦りつける姿は猫の様だとも思う。しかし彼女は猫では無く、魅力的な女性なのだ。

 今も小さく動き、そしてゆっくりと目を開けた。

 起きたのだろうか?

 焦点の合わない瞳で私をしばらく眺めていたが、やがてぼそりと呟くように言った。

「……おしっこ」

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 慌ててトイレの前に連れて行って、そこで降ろした。

 そしてトイレのドアを開けて彼女を中へ放り込む。扉を閉めて、ようやく息をついた。

「はぁ~、勘弁してくれ…」

 酔った彼女は可愛い。普段の利発さは影をひそめ、子供のように甘えてくる。そして普段では絶対にあり得ない行動に振り回されるのだ。

 彼女の酔った姿を思い出していると、余計な事を思い出してしまった。

 そう、彼女が初めて酒を飲んだ日のことだ。あの日は彼女の冒険者としての第一歩だった。その祝いとしてワインを振舞ったのだが、すぐに酔っ払ってしまった。そしてあろうことか、トイレの中で眠ってしまったのだ。そう、今みたいに…。

 それに気がつき、慌ててトイレの前に行く。


 コンコンコン


 ノックをしてしばらく待ってみるが、中から返事はない。


 コンコンコン


 もう一度ノックをしてみる。

「サクラ?起きているか?」

 今度は声もかけてみるが、物音一つしないのだ。

 まさか、またあの時の再来なのだろうか…?

 そう思ったが、念のためにもう一度、今度は少し強く叩いてみた。


 ドンドンドン!


「サクラ!起きているなら返事をしろ!」

 耳を澄ましてみるが、返事はない。

 仕方なく中を確認しようと手を伸ばした時、中から物音が聞こえた。

「サクラ!?起きているのか!?」

 もう一度声をかけてみる。

「ふぁぃ…」

 少しして、なんとも気の抜けた声が返ってきた。

 次いでごそごそと音がして、しばらくしたらドアが開いてサクラが出てきた。

「良かった、眠っているのかと思ったぞ」

 出てきた彼女の瞳は、眠たいのかぼうっとしていた。

 私の声に反応したのか、こちらを見るととてとてと近寄ってきて手を伸ばしてきた。

 もちろん私は、そんな彼女の手を……避けた。

 そのまま彼女は数歩歩き、自らの腕の中に何も捕まえられなかったことを確認すると、私の方を振り返ってじっと見つめてきた。

 ……咎めるような視線に、酷い罪悪感を感じる。

 だが、これは仕方のないことなのだ!私だって彼女を抱きしめたい。だが、この状況で一度捕まってしまえば、あの悪夢のような一晩を過ごすことになるのだ!

「……眠たいなら、ベッドに行けばどうだ?」

 最悪の状況を回避するために、自発的にベッドに行ってくれるように促してみる。

 だが、返ってきた反応は予想外のものだった。

「どうして逃げるんですか?」

 彼女はそう言って、悲しそうに目を伏せたのだ。

 か、可愛い!

 いや、そうじゃなくて!

 そんな顔をさせたいわけではないのだ。

 私は慌てて言い訳ともつかないことを口にする。

「ほら、サクラは酔っているんだ。だから、そう、一度眠ったほうがいいんじゃないかと思って…。決してサクラを避けているわけでは…」

 しかし彼女は私の言葉を思っても見ない方向に解釈したようで、思っても見ない行動に出たのだ。いや、彼女は酔っているのだから、ある意味予想通りか?

 そう、いきなりドレスを脱ぎ出したのだ。

「そうですよね、こんな魅力の欠片もないわたしに抱きつかれても嬉しくなんてありませんよね…」

 呆気に取られている私の前で、彼女は本当に酔っているのかと疑うような滑らかさでドレスを脱いでいく。

 リボンを解き、その細い肩が露わになり、隠されていた下着が現れる。

 シュルシュルと衣擦れの音が部屋に響き、ぱさりと音を立ててドレスが床に落ちた。

 ゴクリ、と唾を飲む音が他人の物のように聞こえた。

 彼女は可愛らしくも妖艶な下着を身に着けていた。

 ピンクと黒の、光沢のある下着。上下で揃いの物だ。太腿までの、下着と同じピンク色に黒の縁取りのされたストッキングをガーターで吊っている。

 恐らくアリアの趣味だとは想像がつくが、それは彼女に良く似合っていた。

 目を逸らさないといけないと思いつつも、その姿に釘づけになり、目を離すことが出来ない。

 彼女はその場に脱いだドレスと靴を残して、ぺたり、ぺたりと私の方へと近づいてきた。

「……ねえ、王子?わたしだって少しは胸もあるんですよ?子供だって産めるんですよ?女として魅力が無いのはわかっていますが、それでも女なんですよ…?」

「ま…」

 思わず彼女を抱きしめたくなる。だがそれを抑え込んで、思わず目を瞑って制止しようと腕を伸ばしかけて……その手を彼女が掴んだ。

 この時、きちんと彼女を見ていれば、その目が完全に据わっていたことがわかっただろう。顔は微笑んではいるが、目は笑っていない。それにも気付かないほどに私は慌てていた。

「ほら…。触ってみたらわかるでしょう?」

 彼女に掴まれていた手に、柔らかな感触がした。擬音で言うなら“ふにゅ”が一番近いか。

「や…、あん…、王子、大胆…」

 彼女のそんな声で我に返った。無意識に、その感触を味わうように手を動かしていたのだ。

「う…、すまないっ!」

 咄嗟に謝罪の言葉を口にして、慌てて手を引いた。

「きゃっ」

 引いて手には、彼女の手も重ねられていた。引いた手に引っ張られるように、彼女は体勢を崩した。

 ぽすっと軽い音とともに、彼女の小さな身体が私の腰にしがみつく。

 その感触に、またしても私は硬直してしまった。

「ふふ、こんな小さな胸でも気に入ってくれたんですよね?……いいんですよ、好きにしても…」

 アルコールのせいだとわかってはいても、好いた女性にこんな風に言われて何も思わないわけが無い。むしろ、普段の彼女なら絶対にそんなことは言わないだろう。

 (アルコールのせいで)上気した頬、(身長差のせいで)上目遣いに(眠たいのだろう)とろんと潤んだ瞳。

 自分の心臓の音がひどくうるさい。

 それはまるで催眠術のように、私の心を溶かしていく。

 しばらく見つめ合っていたが、やがて彼女の目が閉じられた。

 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

 それが何を意味しているかなんて、わからないほど初心では無い。

 だが、本当にいいのだろうか?こんな、酔っていて冷静じゃない状態の彼女の唇を奪うことが許されるのか?

 理性が止めろと騒ぐ。

 だが、酔った状態はその人物の仮面を剥がすともいう。もしこれが彼女が本当に望んでいることだとしたら?

 自分にとって都合のいい考えだと思うが、もしかしたら、とも考えてしまう。

 女性に恥をかかせるものではない、という誰かの言葉が頭に浮かんだ。

 もう一度彼女の顔を見てみる。

 赤く染まった頬。かすかに震える睫毛。僅かに開いた唇。

 覚悟を決める。いや、覚悟なんて3年前から出来ていた。

 彼女の細い肩に手を回し、ゆっくりと顔を近づけて行く。

 ある程度近付いたところで目を閉じ、更に顔を近づける。

 鋭敏になった感覚で、彼女の顔がすぐ傍にあるのを感じる。

 このまま……と思ったその時だった。

「……すぅ」

 聞こえてきたその音に、目を開いて彼女の顔を凝視する。

 ……眠っている。

 そのことに気付き、一気に身体の力が抜けた。

「……なんだ、はは…」

 乾いた笑いが漏れた。

 あれだけ悩んで覚悟を決めたのに、彼女はただ眠っていただけとは…。

 眠っている彼女の身体を抱きあげ、ベッドへと運ぶ。

 無意識なのだろう。抱きあげた時に彼女の腕が私の背に回る。

 ベッドに降ろした後も、彼女の手は私の服を掴んで離さない。

 柔らかなベッドの上で、腕の中で眠る下着姿の愛しい女性。

 身体を離そうとするとむずがるように腕に力を入れて、胸に頬を擦りつけてくる。

 思わず苦笑いが浮かぶ。

 さぁ、これから忍耐の時間が始まる。

 甘美な、しかし拷問のような時間だ。

 私は覚悟を決めた。




 翌朝、目を覚ました彼女と一騒動あったが、それは割愛しておこう。

 幸か不幸か、彼女はパーティ会場を出た後のことは何も覚えていなかった。残念な気持ちと、どこか安堵している自分がいた。

 ただ、朝日に照らされた彼女の裸は美しかった。


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