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第95話 早く喜びたいんですけど。

 大きい声で、喜びを全力で表現したかった。


 向こうのメイド喫茶に聞こえるくらい、「やったよーっ!!」って叫んで飛び跳ねたいくらい。


 だけど鈴見総次郎すずみ・そうじろうのことが、少しだけ気になった。あれだけ不愉快な言葉を浴びせられて、仕返しとばかりに負け犬へ罵声の一つも投げつけたいとかそういうのではない。


 勇者ホリーさんのことは知らないけれど、英哲(えいてつ)グラン隊の人達は感じのいい人ばかりだったからこれから鈴見総次郎が八つ当たりしないか心配だ。


 特にポロロッカさんは、少しだけボイスチャットした覚えもあるタンク職の女性で、優しげでプレイングもしっかりしていたからけっこう私の中の好感度が高い。


「クソッ! なんででねーんだよっ!!」


 先ほど鈴見総次郎が口にしていた『リホ』が誰なのかはわからない。


 ポロロッカさんか、他の誰かか。ただ『足を引っ張った』と言う言葉から、なんとなく勇者ホリーなんじゃないかと思う。英哲グラン隊に新加入したばかりで、ヴァヴァのステータス見る限りは上級者でもない。


 ――リホってことは女の人かな? 鈴見総次郎とはリアルでも知り合い?


 なんて頭をよぎるが、余計なことにまで首を突っ込むつもりはない。


「レミにかけるか」


 鈴見総次郎が別の誰かにまた通話をかけるようだった。私は気にせず二階へ上がろうとするのだが、


「おいユズハっ!! てめぇ、まさか俺に勝ったと思ってんじゃねぇよな?」

「え……? いや、だって……結果見ましたよね?」


 本当にこの人なにを言っているんだろう。怖い。


「あんなもん、何かの間違いに決まってんだろっ!! 俺がお前に負けるなんてありえねぇんだよ。今からこいつが説明するから、お前も聞け」

「えええぇ!? 説明って……負けは負けですよね?」


 私の声は聞こえていないのか、鈴見総次郎は応答待ちの電子音を聞きながら、足を踏みならしてわかりやすくイラついてたいた。


 お店の床、汚さないでね?


「やっと出やがったかっ!! 遅ぇんだよっ!!」


 これで俺の勝ちだ――みたいな顔しているけど、え? 違うよ? 何で? 逆転してないよ? ヴァヴァの運営の人が出てきて、『さっきの結果発表は手違いだよ。本当は、鈴見総次郎君が勝ちだ!』とか説明されたら、さすがに私もちょっとは考え直すけど。え、違うよね?


 ただ鈴見総次郎の自信は間違いないようで、通話の相手に私が納得できる説明をさせるつもりのようだ。スピーカー設定にしたのだろう、スマホを私のほうに向けながら話し始める。


『鈴見、どうした?』


 スピーカーからは、どこか聞き覚えのある声がした。ハスキーだが、多分女性だろう。


「レミ、何してたんだよ!! 俺からの電話は速攻で出ろっ!!」

『……それで用件は?』

「イベントのことだよ。順位見たか?」

『まだ見てないけど、どうせ三百位代じゃない?』


 平然とした声が返ってきて、鈴見総次郎の顔が目に見えて歪んだ。


「お前なに普通に言ってんだよっ!! 俺が三百位なんておかしいだろ!」

『ああ、やっぱりそれくらいか』

「全部あいつのせいだよな? レミからも説明しろ、この順位はおかしいって。足引っ張ったリホのせいだって」

『……説明って? よくわからないけど、芦屋あしやだけのせいじゃないだろ。パーティー間の連携が取れなかったのと、攻略方針も固まっていなかったから、妥当な結果だよ』


 淡々とした口調から、おそらく英哲グラン隊の誰かで、鈴見総次郎と違ってものがわかる人間のようだ。


 話していることも非常にまともだ。どうしてこの人と鈴見総次郎がパーティーを組んでいるのか不思議なくらいだった。


「はぁ!? ふざけるなよっ! 絶対おかしいだろっ!」

風野かざの先輩っ、どうしたんですかー?』


 スピーカーの音声に、別の誰かの声が載った。声が少し遠く、通話の向こうで別の誰かがレミと呼ばれる彼女に話しかけたのだろう。


『鈴見からの電話』

『げっ!? 鈴見先輩ですか……そんなのさっさと切っちゃいましょうよぉー。早く飲み会戻りましょ』

『……鈴見、悪いけど話が終わりならもういいかな?』


 何事もなかったように通話を終わらせようとしているけれど、明るい声が割としっかりこちらにも聞こえてた。もちろん、鈴見総次郎にも。


「おい、今のリホだろっ!! リホ出せ! てめぇのせいで賭けに負けたんだぞ。いいや、お前の負けだ。これは俺の負けじゃねぇ!!」

『鈴見、よくわからないけど後にしてもらっていいかな』

「今だ! 今説明しろ!」

『……説明って、何をしろって。負けたのはみんなの責任で、仕方ない結果だろ』


 冷静に諭すような声だったが、鈴見総次郎は逆行して怒鳴り散らした。


 しばらくわめいた後、スピーカーからは別の誰かの声が聞こえてきた。


『鈴見、俺だよ、部長。芦屋に呼ばれて代わったんだけど』

「は? なんでだよ、今お前に用ねぇから」

『あのな……風野も芦屋もお前に迷惑してんのわかるか? つうかさ、今俺達が何してるかわかる? サークルの飲み会だぞ』

「迷惑? 飲み会? 意味わかんねぇことい言うなよ! 飲み会なんて俺聞いてねぇぞ!」


 部長を名乗る相手に、鈴見総次郎が吠える。おそらく大学のサークルかなにかだろう。


『そりゃお前が嫌われてるから呼ばれてないんだよ。言っとくけどずっと前からだぞ? ……はっきり言うけど、風野がお前と仲いいみたいだから多少多めに見てきたけど、風野にさっき聞いたら、別に仲いいわけじゃないらしいな』

「おい、どういうことだよ! 呼ばれてない? レミに代われっ! まだ話が終わってねぇんだよっ!!」

『うるせえな、電話越しに大声出すなよ。芦屋からお前がゲーム中どんな態度だったのかも聞いたよ。後輩の女子相手に最低だな。今まで散々迷惑かけられてきたし、今回のことでもうお前サークル除名で決まったから』

「はぁ!? っざけんな!!」

『……風野がお前にまだ話あるって言うから、代わってやる。けどあんまり不愉快な態度取ると、今度大学でとっちめるからな、イキリ七光り』

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