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第63話 突発リアルイベント発生しました。

 本格的イベントダンジョンの攻略を始めると、想像以上に順調で少しだけ肩の荷が下りた気がした。


 考察で当たりをつけた攻略方が上手いこと当たってくれたみたいだ。あっさり鈴見総次郎すずみ・そうじろう達のパーティーよりも先に行けた。――この調子なら……いや、まだ慢心するのは早いな。油断して負けたら笑えないし。


 とは言っても、今以上に無理してイベントへリアルのリソースを費やさなくても大丈夫そうというのは、精神的にも体力的にもだいぶ気が楽になった。


 特にノノは仕事の都合もあって、当初のスケジュール以上にヴァヴァをやるというのも中々厳しいものがある。


『いざってときは、アタシは睡眠時間削ってもいいからね。ぜーったい、鈴木すずきに負けたくないもんっ!! そのためなら今回限りはお肌荒れとかに屈してもいいっ!! ユズを守るためなら多少本業に支障が出ることも許すっ!! 仕事抜けるとかはできないけど、それ以外はユズとイベントに捧げる覚悟あるっ!!』


 などとまで言ってくれていたが、さすがに私もそこまで無茶をさせるわけにはいかない。――あと鈴木じゃないんだけど、まあそれはどっちでもいいか。


 だからなんとか予定通りでも、鈴見総次郎には勝てそうというのが見えてきて本当によかった。


 そういうことで、今日も予定通り二時間だけ上手いこと都合がついた午前中に集まり、そこから後は各々自由時間となっている。


 私は一人でもヴァヴァをやる選択肢もあったけれど、お店の手伝いも最近できていなかったからと店番を買って出た。


 ――イベント内で新しく集めた情報は適宜まとめているから、これを眺めながら店番して、気晴らしにしようかな。


 と考えていたわけだ。相変わらず店舗に来るお客さんは一日に十人ちょっとと、かなり閑散としている。


 イベントは好調だけれども、姫草打鍵工房ひめくさだけんこうぼうの売れ行きは不調なままだ。早くどうにかしたい。


 もしイベントで上位――百位以内に入れたら微力ながら私も会社のことを宣伝するつもりだ。……効果あるのかな。


 ぼんやりと夢見がちなことを考えながら、ヴァヴァ用に作って印刷した資料をパラパラめくっている。

 ルルを見習って手書きでノートを作ろうかとも思ったが、やはり私にはタイピングのほうが向いていた。


 店内の掃除も済ませて、ボーッと店番中だ。


柚羽ゆずはちゃんどうしたのプリントなんか眺めて? 大学の勉強?」


 二階にある事務所から、社員の久瀬くぜさんが降りて来て言う。


 久瀬さんはいかにも仕事ができそうなシュッとした女性だ。実際かなり敏腕らしく、なんで姫草打鍵工房で働いているのか少し不思議なくらいである。


「えっと……そんなところです」

「おいっ、息するように嘘つかない。見えてるからね、『虹鱗ドラゴン』とか『双撃ノ氷杖』って書いてあったの」

「えっ!? ちょっと……見えてたなら先言ってくださいよ」


 どうやら久瀬さんには中も見られていたらしい。並んだ単語を見れば、大学の講義内容ではないことは一目瞭然だろう。


「ゲーム? 好きだよね、柚羽ちゃん」

「唯一の趣味ですね。あっ、キーボードもあるから二つかな」

「趣味キーボードかぁ……いないよ、そんな女子大生」


 久瀬さんは苦笑いするが、そんなオーダーメイド・キーボードの会社で働いているのになんて理解のない発言だ。


「い、いますよ! この前だってキーボードやってるって話してる女子が教室でいて」

「それキーボード違いだから。こっちのキーボードは『やってる』って人前で言わないの。言うとしたら柚羽ちゃんだけ」

「えええぇー!?」


 私の不満げな声に、今度久瀬さんも楽しそうに笑う。


「そろそろお昼だし、店番代わるよ。家戻って食べてきなよ」

「あー、もうこんな時間なんですね。ありがとうございます。じゃあなんか適当に食べてきますけど、久瀬さんは?」

「柚羽ちゃん戻ってきたら、適当に蕎麦でもすするかなぁ」

「それならぱぱっと行って帰ってきますね」


 私は紙の束をファイルに戻して、店を出た。作った資料は直ぐ戻るので置いていってもいいが、お昼を食べながらまた見ようと思うので持っていく。


 家に戻って母が用意してくれている作り置きを温めて食べよう。――あれから少しだけ私も料理をするようになっているのだが、


『材料の都合とかいろいろあるんだから、冷蔵庫のものあんまり適当に使わないでね』


 と釘を刺されてしまった。


 確かに私も、ヴァヴァで貯めているアイテムを勝手に使われたら苦言の一つもていするだろうけど。――せっかく一人娘が家事に目覚めつつあるのだから、ちょっとは背を押してくれてもいいのに。


 なんて唇を尖らせて、店を出て直ぐの路地を曲がったとき、


「よぉ、ユズぅ。なんで通話に出ないんだよ? てめぇが使えねぇから、俺がわざわざこうして来てやってよぉ」


 鈴見総次郎が立っていた。


 顔をちゃんと見たのは、鈴見デジタル・ゲーミングで最初に会ったときと、ビデオ通話したときの数回だけ。


 でもこの憎たらしい顔を見間違えるはずがない。


「ど、どうしてここに鈴見さんがっ!?」


 ――いやな予感しかしない。ヌンチャクも、今は持ってないし。

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