第48話 誰とお風呂入るか勝負らしいですけど。
馴染みの大手チェーンのコンビニなのだが、高級住宅街にあるせいか小ぎれいで品揃えもよかった気がする。
私は適当に選んだ歯ブラシを片手に、ノノの家へ戻る。
――これでやっと平和に歯が磨けるな。
歯を磨き終わったら、ヴァヴァを再開しよう。しっかり休んで、みんなもまた元気にダンジョンへ潜れるはずだ。
――元気、いいよね。みんな。……はぁ。
エレベーターに乗ったあたりで、不意に謎のため息が出た。
イベントダンジョン攻略に向けて、パーティーの面々にやる気があるのはとてもありがたい限りだ。
それも、私のことを思ってというのだから感謝してもし尽くせないんだけど――なんか、ちょっと元気すぎて怖い。
どうもヴァヴァ以外の部分でのモチベーションが高すぎるような。もちろん私のヴァヴァへの熱が高すぎて、比較するとそう感じてしまうだけかもしれない。
――そうだよね、みんな私が鈴見総次郎に勝てるよう頑張ってくれているわけだし、変に疑っても。
と思っていたのだが。
リビングに戻ってみると、何故か三人がツイスターゲームの準備をしていた。
「……ただいま。え? みんな、どうしたのそれ?」
ツイスターゲームは四色に分かれた小さな丸がたくさん書かれたマットの上で、指示された色の上に手脚を移動しながら、体のバランスを崩さないようにするというパーティーゲームだ。
例えば『右手を赤色に』『左足を緑色に』といった指示が出されていく。
従って動くと徐々に不自然な姿勢となり、手脚を指示された丸に移動できなくなったり、腰や体を床につけたりすると負けとなる。
色に合わせてどう体を動かすのかという戦略性と、純粋な体の柔軟性を競う遊びだ。
「ユズおかえりーっ! 今からね、誰がユズとお風呂入るか決めようと思って」
「え……? ツイスターで?」
「うんっ! アタシの家のお風呂、まあまあ広いだけどさすがに四人で入るには湯船狭いから」
「……よくわからないんだけど、そもそもなんで誰かと一緒に入ることは確定しているの? ノノさんも人と入るの緊張するって言ってなかった?」
たしかにお風呂どうこうで盛り上がっていた記憶はある。
ただ私は一人で入ると主張したし、ノノだって人と入ることへ抵抗感を見せていたはずだ。
「んー緊張はするけど、でもルルちゃんもアズキもユズと入りたいって言ってるし、アタシだけ仲間はずれなのは」
「……いいじゃん、三人で入りなよ。私シャワーだけでいいし」
「なんでですか!? ユズさん、一緒に入りましょうよ。日頃の感謝を込めて、全身洗わせてくださいっ」
「ユズは湯船につかることの効能を理解していない。短時間でも肩までつかることで、効率的な体調改善と維持が望める」
どうにもルルとアズキの二人は、一緒にお風呂へ入りたいようだ。だったら二人で入ってほしいのだけど。
「ケンカになりそーだったから、それでツイスターで決めようかなって。アタシもユズと入りたいし……ちょっと恥ずかしいけど」
「……その恥じらいは忘れないでね。きっと大事なものだから」
そういえばノノは、人気アイドルだけれど出している写真集はほとんど露出のない健全なものばかりだと聞いたことがある。
事務所とかの戦略なのかと思っていたが、単純にノノ本人の意思だったんだろうか。
事情はわかった。
やっぱりヴァヴァ以外でも、妙にやる気があることもわかった。
ただこれは前哨戦かもしれない。――この人達、勝手に盛り上がって私の一晩も勝負事にしてたくらいだ。
ここは自分の身を自分で守れるってこと、しっかり見せておこう。
「じゃ、ツイスターで私が勝ったら、私は私と入るから、一人で入っていいよね?」
「そ、そんな! 二人で入ったほうが楽しいですよ!」
「入浴時間を効率的に回すなら、二人ずつ入るのがベスト」
「公平に四人で戦って、私以外の誰かが勝ったらちゃんとその人と入るから」
私のはっきりした態度に、ルルとアズキも渋々納得したようだ。
ノノがたまたま提案しただけであるなら、この二人がツイスターゲームに詳しいとも思えない。
ノノもどうしてもという雰囲気もないから、彼女も別に特段得意だから選んだというわけでないだろう。
ゲーマーとして戦術的な立ち回りには自信がある。純粋なプレイングだけならアズキには勝てないけれど、戦術面での判断力なら私が上だろうし、ノノもルルもこの点はまだまだ弱い。
そしてなにより体の柔軟性には自信があった。
運動神経は平均ちょっと上なのだけれど、何故か昔から体だけは柔らかい。
このおかげかどうかわからないけれど、いくらゲームをしていても肩がこったり、体が痛くなったことがない。――世界一無駄な柔軟性と母には笑われた。いや、世界でもかなり上位な有効活用だと思うんだけど!?
ということで盛り上がっているところ申し訳なかったが、ツイスターでは私が圧勝させてもらった。
ルルとアズキから不満でも言われるかと思ったが、思いのほか納得しているようで。
「……ゆ、ユズさんの上、乗っかっちゃってすみませんでした」
「大丈夫だよ。ルルさん軽いし」
「僕も、倒れたときユズの腹部に顔を埋めてしまって、ごめん」
「私、強いでしょ。アズキさん手脚長いから中々強敵だったよ」
正々堂々とツイスターゲームをしたからだろうか、なにか二人とも満足してくれていた。
ノノのほうも、純粋にみんなで遊んだことを楽しんでいたみたいだ。
私自身もパーティー内の勝負に向けても、いい予行練習になった気がして申し分なかった。
◆◇◆◇◆◇
お風呂は結局四人でバラバラに入った。勝った順番ということで、なんだか悪いと思いつつも一番風呂を預かる。
シャワーだけでいいか、と思っていたのだがホテルと見間違うほどにキレイで広い浴室に少しテンションも上がって、そのままゆっくりしてしまった。
湯上がりにすぐヴァヴァを一人で再開する予定が、ストレッチなどしつつも、そのまま熱った体でだらだらとしてしまう。
「ふぅー。あ、ユズ、どうしたの?」
そうこうしている内に、二番目に勝ったノノがお風呂から出てくる。
やはりアイドルということもあってか体の柔軟性があったのと、意外とツイスターゲームが上手かった。
ノノは可愛らしいモコモコした薄ピンクのパジャマに着替えていた。ジャージに着替えた私は、すこし恥ずかしくなる。――いや、ジャージは機能性高いから。
「見晴らしいいから、ちょっとぼーっとしてた」
私は窓から、夜景を眺めていた。高さで言えば前回のホテルよりも上なんじゃないだろうか。
都内の街並みが一望できる。明るいなぁ。
「いいでしょ。タワマンの利点だよね。アタシはなんかむやみに高いとこあんま好きじゃないんだけど」
「え? この前のホテルも高いとこじゃなかった?」
「んー、あれはいい部屋にしようとするとそーなっちゃったってのと、雰囲気優先かなぁ。き、記念でもあったし」
そういうものなのか。
まあ部屋数の関係もあって、上のフロアほど部屋数を少なくグレードの高い部屋にしたほうが利便性もいいのだろう。もちろん価格の高い部屋ほど、立地的にもいいとされる上の階層というのもあるだろうし。
「ここはもっと低いとこでもよかったんじゃない? あと低層マンションとかもあるでしょ」
「んー、セキュリティとかそういうの、親がうるさくてね。とにかく高いとこのほうが安全だって。あははっ、アタシの親ってだいぶ田舎者だからそういう謎なイメージあるみたいで」
「へぇ。まあ私もなんとなくタワマンは安全そうなイメージあるけど」
人気アイドル九条乃々花が売れ出したのは数年前からだ。
今十九だから、まだ十五歳くらい? その頃からこっちに一人で来て働いているのだとしたら、親は心配するだろう。
ノノは私の横で、一緒に遠くを眺めていた。
「アタシの親、秋田でお米つくってるんだ。たまにね、アイドル乃々花ちゃんのお家のお米ーってテレビとかでも取り上げてもらってたりして」
「え? すごい。それって……」
「アタシは、もともと家のためにアイドル始めたってわけじゃないんだけど……ま、ちょっとした勢いとか? でも家のお米、アタシの力でちょっと宣伝にできたのは嬉しかったんだ」
ノノはどこか寂しそうに、だけどすぐ嬉しそうに笑った。
「親はアタシのこと心配してて、早くこっち戻ってこいって言うし、アイドルのこともあんまりわかってないみたいだけどね」
「……ありがと、なんかいい話聞かせてもらって」
「うふふっ。次に実家帰るとき、ユズも一緒に来る?」
「いや、それはちょっと……ノノさんの親御さんも驚くでしょ……」
私も、姫草打鍵工房を宣伝するんだ。
そう思って、今度こそヴァヴァを再開する。合宿の一日目ももうすぐ終わろうとしていた。





