第47話 歯ブラシが消えました。
食事の後、歯を磨かないと落ち着かないほうだ。
かといってあまり直ぐに磨いても、あまり歯によくないらしいと言うのだが――あれ? そもそも歯ブラシどこやったかな?
自前のボストンバッグの中身をひっくり返す勢いで探しているのだが、着替えのジャージと数枚のタオルとあとはキーボードの替えがいくつかはいっているだけだ。
――忘れたかも。
「ごめん、ちょっとコンビニ行ってきていいかな? ノノさん、このカードキー持ってけば出入りできるんだよね?」
「んー? どったのユズ、買い物?」
「うん、歯ブラシ忘れてきちゃって……」
洗面室で、歯を磨いていたノノに声をかけると、返事のあとに顔も出してきた。
「歯ブラシなら予備あるから使っていいよぉ」
とあっけらかんとした顔で言ってくれるが。
「え? でも電動歯ブラシだよね? 予備って……」
「ほら、ここの頭のとこ付け替えられるから。ブラシ部分は予備いっぱいあるし、新しいのすぐ出せるよ」
「そっか。え、でもブラシのとこだけもらっちゃっても、合宿中しか使わないし」
電動歯ブラシの頭の部分が一ついくらなのかはわからない。
私の家は普通の歯ブラシしか使っていないのた。
また貧乏性を出すわけだけど、五百円とか千円とかするものを合宿の三日間だけしか使えないのはもったいない気がする。
――だったら普通の歯ブラシをコンビニで買ったほうが安いし、家に持ち帰ってもそのまま普通に使える。
「歯ブラシですかユズさん!」
さっきまでリビングで荷物の整理をしていたルルが、急に私の背後へ迫っていた。
少し驚きつつも、
「う、うん。忘れちゃって。……もしかしてルルさんも忘れた? だったら一緒に……いや、私が二本買ってくるよ」
「い、いえ。歯ブラシはあります。その予備も持ってきていて、二本あるので……わたしの歯ブラシは電動ではないですし、よかったら」
「えぇ!? ……いいの?」
マンションから出て直ぐの場所にコンビニがあったはず。でもこのタワーマンション、出入りだけでもけっこう時間がかかりそうだ。
予備があるというなら、ありがたく――買い取らせてもらおう。
「じゃあお金払うから、もらってもいいかな? 助かるよ」
「お、お金なんてっ! そんなたいした額のものじゃないですし、家にあったものを持ってきただけなので……あとで返していただければ」
「え? ……うん、だからお金は返すけど」
「いえ……合宿が終わったらこの使った歯ブラシを返していただければ」
――どういうこと?
予備の歯ブラシを貸してくれるけれど、それを使った後でまた返す。
返したやつは、掃除とかに使うんだろうか。私の家でも使い古した歯ブラシで掃除をすることはある。――あんまり深く考えたくないけど、なにか嫌な予感がする。
「お金で返すから、買わせてもらえると嬉しいんだけど」
「な、なんでですか!? じゃあ、お金はわたしが払いますっ! だから歯ブラシをください」
「……いや、歯ブラシほしいのは私のほうなんだけど」
なんだか面倒になってきた。このやりとりをしている間にコンビニへ行ったほうが早いんじゃないのか。
とゲーマーの直感で早い見切りをつけて、コンビニへ行こうとしたら今度はアズキが来た。
「ユズ、僕の歯ブラシを使うといい」
「え? アズキさんも予備あるの?」
「一本しかないから、二人で使うことになる」
「……え? それはちょっと」
別に私は潔癖というわけじゃないけれど、一本の歯ブラシを二人で使うのはなんだか違和感がある。――普通、そういうことする? あんまり家族とかでもしないと思うんだけど。
「ユズさん、わたしもっ、わたしもユズさんと一緒の歯ブラシがいいです! それだったら遠慮しなくていいですよね!?」
「……ユズ、アタシが最初に使っていいって言ったよね? ……アタシの歯ブラシは嫌なの? 電動、すごっく便利だよ? ……合宿中だけじゃなくて、またユズが泊まり来てくれればいいじゃん! そうすればユズお泊まり用で置いとくし! あっ、お揃いの電動歯ブラシ丸々プレゼントしてもいいよっ!」
「いやぁ……えっと……」
基本的に、一本の歯ブラシを二人で使うのは遠慮したい。
お泊まり用の歯ブラシを常備されるのも、電動歯ブラシを丸々プレゼントされるのも遠慮したい。
「それでしたらわたしが、ユズさんの歯を磨きます! ユズさんのお口を隅々までキレイにさせていただきますからっ是非!」
当然、人に歯を磨かせるのも無理だ。
というかなんか怖いし。
プロである歯医者さんにだって歯をあれこれしてもらうのは、なんだか緊張するのに。
――つまり、私は。
「やっぱ、コンビニ行ってくるね!!」
逃げた。





