第105話 私の気持ちです。
どうせなら、全員と一緒に一晩過ごせば――なんて逃げようとしたばかりなのか。
違うんだ。
だって、全員に感謝してたから、誰か一人を選ぶなんてできなかった。――もちろん、全員と一緒なら一線は越えないんじゃないかって下心……いや、この場合下心と真逆な気もするけど、上心? ……あったけど!!
三人とそれぞれ一晩を過ごすってなると、単純に危険なロシアンルーレットを三回引かされるようなものだ。というか、いいの? そんないろんな相手と一晩過ごしていいの?
「そういうつもりじゃなくて! 私はみんなでね。三人と……私を入れて四人で、一晩楽しく過ごせたらいいんじゃないかなって」
私は必死に訂正しようとするが、だけどアズキは何食わぬ顔で。
「……それなら僕は二番目でいい。初めて同士だと上手くいかない場合があるって聞いた」
「アズキさん、私の話を聞いている!? あとなに、初めて同士ってなんの話!?」
「できればユズの初めてをもらいたい気持ちはある。でもルルがいなかったら、鈴見総次郎のものとなっていたか可能性が高い以上、彼女に権利があると思う」
「そういう話じゃなくて!!」
命を助けてもらったからこの命をあなたのために使います理論は、やはり私の体にも適用されるらしい。
――そもそも助けてもらったからってその命を他人に捧げちゃったら、助かった命って何!? ……ってならないの? 自分の自由あってこその命だよね? つまり私の体も、助けてもらった恩は恩として、お礼に体をそのまま渡すのは違うんじゃないかなと。
「むふふっ、ユズの初めてはアタシなんだけどね。二人には内緒にしておく代わりに、アタシは三番目でもいいよ」
呑気なことを言うノノの顔が、涙でしっかり見られない。きっとノノと一晩過ごす頃の私は、もう変わってしまっているだろう。
酸いも甘いも噛み分けた、大人の女になっているのかな。お子ちゃまなノノさんのこと、優しく可愛がってあげようか。
って、そんなの困るよっ!!
――本当に感謝しているなら、お礼をまとめて返そうとした私が悪かったのかもしれない。ちゃんと、一人一人誠意を持って恩返ししろってことなんだろうか。だからってそんな。
「まとまったなら、僕からも話したいことがある」
「えええぇ!? 待って、まとまってないよ……まだ話し合いの余地が……」
「ユズ、大事な話。……僕とルルとノノの三人から、ユズにプレゼントしたいものがある」
「え? プレゼントって? ……でも待って、あの……まだ前の話が……」
このままだと私は、本当に三人とそれぞれ一晩を過ごすことになってしまう。
流されて散々大変な目にあってきたはずだ。絶対ここは否定しないと――だけど、プレゼントってなに? 三人からの私に?
もしかして、ヴァヴァのイベントで勝つことを予期して前もってなにか用意してくれていたということだろうか。
「プレゼントは嬉しいんだけど、その前にちゃんと話を――」
「ユズが喜んでくれるといいんだけど」
私の言葉を遮って、アズキがノートパソコンを開いて見せてくる。
――え、これってアズキがつくった姫草打鍵工房のオンラインショップじゃなくて……あれ?
デザインは同じだが、初めて見るページだった。姫草打鍵工房のサイトに新しいページをつくったってことなんだろうけれど。
「え……待って、え?」
タブに表示されたページタイトルに目を疑った。――『姫草打鍵工房の社長娘直伝のキーボード紹介』ってなに!?
中身は姫草打鍵工房のキーボード紹介用につくられた特設サイトだ。
ただ画面には何故か私の写真が並んでいて、キーボードを前に笑っていたり、眉をひそめて集中していたりするんだけれど――どの写真もまるで覚えがない。……いや、あれだアズキのスマホに入っていた盗撮写真っ!!
それから私が、姫草打鍵工房のキーボードを全力でPRしていた。
サイトに載っている紹介文も、どこかで言った記憶があると思えば、ルルが初めてお店に来たとき話したないようだ。
まだアズキはいなかったときのものもあるから、多分ルルが覚えていたものを書き起こしたのだろう。私が話した内容と齟齬はないし、むしろとてもよくまとめてくれていた。
他にも私がタイピングしている動画まである。
「……三人で、これをつくってくれたの?」
「僕が画面をつくって、文章や素材選びはルルとノノも」
――私が最初にヴァヴァで強くなろうって、トップギルドを目指そうって始めたのは、姫草打鍵工房の宣伝をするためだった。
三人にもそのことは話している。ギルドをつくって、オフ会して、その後直ぐくらい。
ページの下のほうには、ちゃんと『大人気オンラインゲーム、ヴァンダルシア・ヴァファエリスのイベントで三十七位にランクインする本格ゲーマー』みたいな紹介文までついていた。
三十七位の効果がどれくらいかわからないけれど、多分結果がわかって直ぐに書き足してくれたのだろう。
「ユズのキーボード愛は、もっといろんな人に広まるべき。そうすれば、会社のキーボードももっと知られるし、売れると思う」
「私のキーボード愛って……そんなたいしたものじゃないと思うけど……」
「そんなことないです! ユズさんから教えてもらって、わたしは目が覚めるような気持ちでした。恥ずかしながら、多分私は、ユズさんがいなかったらキーボードの素晴らしさに今も気づけずまだゲームパッドを使っていたと思います」
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、キーボードが元々素晴らしいんだよ。私はその魅力を伝えるためにちょっと口出ししただけで」
ルルにもキーボードを愛する者としての素養があったようにも思う。特定のこと以外は、真面目で純粋ないい子だし。
「だからルルちゃんにしたことを、もっといっぱいの人にもしてもらおーって宣伝ページつくったんだよーっ! ま、アタシこっちはあんまり協力できてないんだけどね」
「ノノの部屋で合宿したときに撮った素材が多い。助かっている」
ノノは「場所提供かぁ」とちょっと複雑そうな顔でぼやいていた。
私とキーボードの写真に、私が紹介した文章。これを見て、本当にキーボードの素晴らしさが伝わるんだろうか。キーボードを買いたいって思う人がいるんだろうか。
「楓さんは了承済みだから、あとはユズの許可をもらえれば今からでも直ぐに公開できる」
「……えっと」
一応、公開前には私に確認を取ってくれるのか。
私自身が前面に出ているから、この宣伝がどれくらいの効果になるのか全然ピンとこない。
効果ないんじゃないのって思ってしまう。でも宣伝するって、結局具体的な方法はなにも考えていなかったのに――みんなは裏でこんなことしてくれていたのか。
全然予想していなかったプレゼントだ。
私の隠し撮りした写真とか動画とか使って、さらっと前に言った言葉が書き起こされて、こんなもの勝手につくって。
「……ありがとう、みんな」
こんなの、思わず泣いちゃうよ。
私が勝手に始めたことだ。
会社の宣伝がしたいってのも、鈴見総次郎との賭けも、それでイベントで上位になたいってのも――全部文句一つも言わないで、みんな手伝ってくれて、それだけじゃなくて全然有言実行してない私に代わって宣伝ページまでつくっていてくれてたなんて。
「ありがとう……っ!!」
自分でも不思議なくらい、ボロボロと涙が流れてきた。
袖口で慌てて拭っても追いつかず、パソコンが汚れないよう横へ置く。
ポケットにハンカチが入っていたけれど――忘れてた。鈴見総次郎のだけど、返さなくてもいいよね? 捨てよ。
とゴミ箱へ放って、近くのティッシュを何枚か取って鼻もかむ。
だけどまだ、自分でも瞳は潤んでいるのがわかる。
「ごめん……なんか嬉しくて、変になっちゃったかも……。全然涙止まらないや」
泣きながら笑うと、どうしてか三人に抱きしめられる。
「アズキ、公開してほしい。……みんなにつくってもらったんだもん、ちょっと恥ずかしいけど、たくさんの人に見てもらいたい」
「わかった。すぐ公開する」
「ユズっ! 実は、ね、アタシも事務所に宣伝していいーって許可もらってるんだよねっ! SNSで軽ーっくだけど、ユズの紹介ページも投稿しちゃうねっ」
「えええぇ!? それって……フォロワー五百万人が……いや、全員が見るわけじゃないとは思うけどさ」
それでもノノがSNSで宣伝したら、想像以上の人の目に触れるんじゃないだろうか。
躊躇う気持ちもあるけれど、もうこの際自棄だ。許可まで取ってやってくれると言うのだから、お願いしよう。
「わっ、わたしも……家族や友達に宣伝しますからっ」
「ありがとうね。ノノさんも、ルルさんも」
――私は、幸せ者だ。
軽い気持ちで姫プレイして、集まってきてくれた仲間達がこんなに――……言葉に詰まった。素敵? 個性的? 優しい? ……私を好いてくれている?
感情の整理がまだついていないせいで、なんて言っていいのかわからない。だけど言いたい言葉が一つ、はっきりしていた。
言っていいのか、わからない。今まで、あんまり口にしたことのない言葉だ。
特に、人間相手には――多分、家族以外には言ったことないかもしれない。
だからちょっと恥ずかしいんだけど、それでも私の気持ちを全力で伝えるにはこの言葉しかなかった。
「みんな、大好きっ!!」
ぎゅっと、私は三人を抱きしめ返した。
言った後、ちょっとマズいこと口走ったかなと思った。――大好きってあれだよ? 友達としてね? ギルドメンバーへの感謝の気持ちが愛情としてね?
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回で第一部完結となりますので、この機会にレビューでの評価や、感想を伝えていただけますと作者が喜びます!





