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第101話 完全に勝ちました。

 さしもの鈴見総次郎すずみ・そうじろうも、土下座で心が折れたようだ。立ち上がった今も、ぼうっと放心状態である。


 ただ悪いけれど、私の要求は誠意ともう一つある。


「それで、鈴見柳太郎さん。息子さんの(しつ)けについてですけど」


 本当だったら世界一厳しい監獄とかで数年間反省してほしいくらいだ。ただまあ、アルカトラズへ鈴見総次郎を送る方法もわからないし。


「示談金……えっと、いくらくらいが相場なんです?」


 誰となく聞くと、アズキがパソコンを使って調べてくれる。


「じゃあ、そんなもんでいいですか?」

「ああ、もちろん。直ぐに用意しよう」


 けっこうな金額ではあるけれど、鈴見デジタル・ゲーミングの社長である鈴見柳太郎(りゅうたろう)に取っては端金なのだろう。


「それじゃダメです。全然、反省に繋がらないじゃないですか」


 鈴見総次郎がこれだけ横暴なのも非常識なのも、元はと言えば親に甘やかされて、親のすねをかじって、七光りでビカビカ照らされて、何不自由なくわがままに育ってきたからだろう。


 だったら親の力を頼らず、自分の力でお金を稼いで支払うことがなによりの躾けになるはずだ。


「このお金、鈴見総次郎さんが稼いだお金で払ってください。親の力を頼らずに自分だけの力で。いつまでかかってもいいですから。……いや、いつまでもは困るか。大学生の間かな。だからバイトしてもらって……」


 鈴見総次郎を反省させるためにも、厳しい職場へ送り込みたい。……木こりとか漁船とかかな?


「それなら、母さんがいいところ知っているよ。キーボードのパーツ造っている工場があって。ウチもパーツ卸してもてっているし、話を通せば明日からでも働けるんじゃないかな」

「えぇ? ……うーん」


 工場での仕事か。具体的なことはわからないけれど、キーボードのパーツに囲まれながら働けるというのは私からするとうらやましいぐらいだ。


 それに、あんまり鈴見総次郎にキーボードと関わってほしくない。


 姫草打鍵工房ひめくさだけんこうぼうと縁のある工場なら尚更。本当なら今後二度とキーボードに触れないでゲームパッドとかだけ使って生きてほしいくらいだけど。


「そこなら給与に関してもそのまま送ってもらうよう話付けられるし、もしサボってたら連絡もくれるから。……あとここだけの話、不良更生施設としても有名……工場長、めちゃくちゃ厳しくて怖いから」

「ならそこで働いてもらおうか」


 最後のほう、母の小声を聞いて私は了承した。刑務所レベルは期待できないかもしれないけど、きっと昔気質の怖い工場長が待ち受けているんだろう。それに、明日からでも放り込めるなら話も早い。


「お、おい、勝手に話を……」

「示談の条件ついて話しているんですけど? 別に文句があるなら、考え直して訴えてもいいんですよ?」


 鈴見総次郎が何か言おうとしたが、私は直ぐ黙らせた。


 聞けばここからそこまで遠くない小さな工場らしい。大学に通いながらでもギリギリ働ける場所だろう。


「時給で考えると……だいたい一年くらい? 真面目に働いてないみたいだったら、示談はなかったことにするので。鈴見柳太郎さんも、息子さんがきっちり更正するように監視と応援よろしくお願いしますね」


 その後、秘書の田嶋たじまさんに頼んでこちらも契約書をつくってもらった。


 契約書の効力がどれほどのものか正直私にもいまいちわかっていないが、こちらが証拠の類を揃えている以上は反故にすることもないと信じよう。


 あとは親の金に頼らず、汗水流して働けば鈴見総次郎も少しは更正することを願うばかりだ。


 これでやっと、長く続いた鈴見総次郎との因縁に決着が付いた。


 ――慰謝料の振り込みが全部終わるまで一年くらいかかるから、そこまではまだ……って感じもあるけどね。


 でも基本的にはもう、私が鈴見総次郎と関わることはない。もちろん姫草打鍵工房にも、母にも、私の仲間達にも、鈴見総次郎が今後二度近づくことはない。これについても契約書に一筆入れて置いた。


 鈴見親子を店から見送って、私はへなへなと倒れそうになる。


 うっかりと、全身の力が抜けてしまったようだ。


 近くにいたノノとアズキとルルが、私の名前を呼びながら駆け寄ってきた。三人が、私を支えてくれる。


「ごめん。全部終わったと思った気が抜けて……」

「ユズ、お疲れ様ーっ!」

「ユズ、よく頑張った」

「ユズさん、あの……ハンカチなんですけど……」


 三人が私をねぎらってくれた。私はぐっと腕に力を入れて、三人を抱きしめた。


「ありがとうっ!! みんなのおかげで……ほんっとうに、ありがとう!! 私達、勝ったよ!!」


 一人一人にもっと感謝したいけれど、とりあえずは。


「……あのさ。それから、遅くなって本当にごめんなんだけど。……お疲れ様改めて――祝勝会、今からやってもいいかな?」


 私の提案に、三人が頷いてくれる。


 ――よし、祭りだっ!!



   ◆◇◆◇◆◇



 予定より二時間近く遅れてしまったが、私の家に移動して祝勝会を開く。


 道中で食べ物を買い足して、たこ焼きと鯛焼きを袋一杯につめこむ。「お祝いだから鯛焼き!」というノノの謎の主張と、「たこ焼きが食べたい」というアズキの要望を叶えた形だ。


 ルルにもなにか食べたいものはないかと聞いたところ、「またユズさんの手料理が食べたいです」と言われた。本当はこれから料理はちょっと、と思ったけれど、みんなの希望になるべく応えたかった。


 でも手料理か。それだったら前もって準備しておけばよかった。というか事前にみんなからもリクエストを聞いておけば、買うだけにしてももっといろいろできたのに。


 ――と、少しパーティーなれしていない部分が出てきてしまった。幹事とかしたことないしね。


「……お祝いっぽいもの。ケーキ? いや、無理無理。できないし、時間もかかるだろうし」

「パンケーキならいいんじゃない? アタシ、ユズの焼いたパンケーキ食べたいっ!」

「え。いいけど、パンケーキってケーキにカテゴライズしていいの? ……あれ、混ぜて焼くだけだよね? ルルさん、それでもいい?」

「わたしも、パンケーキ好きです」


 目玉焼きすら失敗していた私だけど、オムライスの練習のおかげでただ焼いてひっくり返すくらいなら大丈夫だろう。


 それにパンケーキなら材料も家にあるはずだ。


 そんなこんなで、いろいろ準備をしてやっと乾杯をしたわけだけれど。


「みんな、本当にありがとうね。……みんなのおかげで三十七位だって!! すごいよね!! 私達頑張ったよね!! まだなんか信じられないよっ!!」


 ジャスミンティーを片手にはしゃぐ私だったが、なぜか三人と温度差を感じた。


「うんうん、ユズもアタシ達も頑張ったからねっ! これくらい当然かなぁ」

「僕の予測でも四十位前後になる計算だった」

「……ユズさんですから、当たり前です」


 ――あれ、私達けっこう奇跡的にすごい記録出したと思ってたんだけど。


 いや、確かに私も手応えはあったし、もしかしたら百位以内もあるんじゃないかなって思ってたところはあった。しかし、もうちょっと喜んでもいいんじゃないだろうか。


「う、うん。みんなのおかげで無事、鈴見さんとの賭けも勝てて……最後また、みんなに迷惑かけちゃって申し訳ないんだけど、そっちもみんながいてくれたおかげでなんとかなって……やっと全部解決できたのかなって」


 勝てたのも三人がいたからだし、鈴見総次郎との今日のいざこざについても三人がいなかったらこんな風に綺麗な結末にならなかっただろう。


「アズキさんがいてくれて、ずっと心強かったよ。私の気が早いのも、止めてくれてたし。あれがなかったら、鈴見さんともっと揉めてたかも。本当にありがとう」

「ユズのこと、守るって言ったから。……大事なところ、ルルに出番取られたけど」


 アズキは、かすかにだけど笑い返してくれた。


「ルルさんも、まさかのとき助けてくれて助かったよ。動画もなかったら、あんなスムーズに話進まなかったと思うし、ルルさんがもしいなかったらって考えるのも怖いくらい。本当にありがとう」

「わたし、ユズさんのためならなんでもしますからね。今日はユズさんのこと守れたこと、誇りに思います」


 ルルが、にっこりと無邪気に笑った。


「ノノさんは、最後に名前使わせてもらっちゃったよね。人気アイドルに、あんなことさせてごめん。ノノさんの五百万人のフォロワーがいなかったら鈴見さんをあれだけ屈服させるのも難しかったと思う。本当にありがとうね」

「あれ……? アタシ、もしかしてあんまり活躍してない? あれだよ、ユズ。仕事が長引いてなかったらもっといろいろしたよ? ちょっとフォロワーの数しかないみたいなこと、思ってないよね?」


 ノノにも感謝しているのは間違いない。けど私は笑って流した。


 ともかく、打鍵音(だけんおん)シンフォニアムのみんなへ感謝を伝えて、みんなでこのまま勝利を祝うつもりだったんだけれども。


「……それで、貢献度ポイントの勝利は誰なの?」


 ノノが不満そう顔のまま、余計なことを言って。


「ユズさん、わたしに取っての勝負はここからです」

「これから、僕がユズの特別だってことを証明する。僕も鈴見総次郎は最初から相手としてカウントしていなかった」


 ルルもアズキも目の色を変えて迫ってくる。


 ――あの、もうちょっと勝利に浸っちゃダメでしたか?


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