2-25 吸血鬼の杉宮さんは、俺の血をちゅーちゅー吸っていたい。
蔵間草平は高校2年生。彼の一族は、二百年前に現れたという吸血鬼たちを討伐することを使命としている。彼も含め、一族は皆、血を吸わせることで、吸血鬼を灰にして滅ぼすことが出来る能力を持っている。当然吸血に対する耐性も保持しており、他の人間と違い血を吸われても死ぬことはない。
「明日お前の学校に転校生がやって来るはずだ。そいつが吸血鬼の可能性がある。正体を暴き、必要なら討伐を——」
ある日、蔵間は父から吸血鬼討伐の命令を受け取る。
転校生の名前は杉宮朱。美少女ではあるが、陰を漂わせていた。
早速接触する蔵間だったが……「あ、あの、蔵間君の血を吸わせて貰っていいですか?」
全てを知った上でとんでもないことを言い出す杉宮。
「わかった。俺の血を吸っていいよ」
「えっ……? じゃ、じゃあ、失礼して……ごくり……いただきます」
蔵間の首に唇を這わす朱美だったが……。
俺、蔵間草平は部屋の壁を背に、ある女性から言い寄られていた。ここは棺と、ベッドだけの質素な部屋だ。妖艶な雰囲気を纏った女性が俺の視界に入り込む。
「二百七十年生きてきたけど、こんなに美味しそうな匂い初めてだわ。どんな味かしらね、あなたの血は?」
そう言って舌なめずりをする。女性の年齢は二十代後半くらいで、その美貌は人というより魔性の類だ。彼女は吸血鬼なのだ。
大きく胸元の開いた赤いドレスからこぼれる白い肌が目を引く。
「なぁに? そんなに見つめちゃって。もしかして私に興味があるの? でもねえ、あなたはちょっと歳いきすぎ。高校生じゃなければ最高に好みだったのに」
ショタだったのか? しっとりと濡れた赤い唇が俺の首筋に迫る。吐息が首筋に触れくすぐったい。
「くっ」
「ふふっ。では……いただきまぁす」
ちくりと刺されたような痛みが身体に広がっていき、ぞわりと鳥肌が立った。
次の瞬間、全身から力が抜けていく。身体中を巡る血液が抜き取られていく。
「あむ……んくっ……ああ……、なんて……甘美な味なの……んっ……」
女吸血鬼は夢中で俺の血を吸い続けている。普通の人間なら、そろそろ気を失い二度と目を覚まさない。でも、俺は違う。両親から受け継いだ吸血鬼への抵抗力と強靱な肉体が俺を守ってくれる。
「ぷはぁ……ん?」
口を離し、髪をかき上げながら手の甲で口元を拭う女吸血鬼。異変に気付いたようだ。
女吸血鬼の身体の端から灰になっている——灰粉化という現象だ。俺は女吸血鬼の背中に腕を回し抱く。
「まさか灰に? うそっ! や、やだ、まだ死にたくない!」
せがむように俺を見つめ、縋ってくる女吸血鬼。何度も見た光景だけど、いまだに慣れない。
もうこうなっては何をしても手遅れだ。次第に身体が灰と化し崩れ、その中身が垣間見える。俺は思わず目を逸らした。
「どうし……て?」
やがて女吸血鬼の身体が全て灰になる。腕の中の女吸血鬼は、さらさらと崩れていき、後には身に付けていた肌着だけが残っていた。
何度やっても後味が悪い仕事だ。
俺は奪われていたスマホを取り戻し、父に連絡を取り任務完了を告げる。
「討伐完了。全て情報通りでした」
「そうか、ご苦労だった。後始末はこちらで済ます」
「しばらく仕事ありませんよね? というかもうしたくない」
父は軽く溜息をついた。
「明日お前の学校に転校生がやって来るはずだ。そいつが吸血鬼の可能性がある。正体を暴き、必要なら討伐を——」
俺は思わず通話を切ってスマホを地面に叩きつける。
「どんだけ働かすんだ。ブラックすぎだろっ! 俺はこの身体に流れる血が大嫌いなんだよっ!」
吸血鬼は約二百年前、世界各地に現れた。
不死であり、血を操り、人の血液を啜る。なお、子は成さないと考えられており、血を吸われた人間は吸血鬼にならず、死んでしまうので増えもしない。日本では数百名が観測されていたが、我らが蔵間一族の討伐により今では百名以下になっている。
蔵間一族は裏で日本政府と繋がりがあり、吸血鬼を狩ることを使命としている。蔵間の血をひくものは、吸血に耐性がある上に、血を与えることで吸血鬼を滅することができる。
俺は普通の高校生をしていて学業の傍ら吸血鬼の討伐を手伝わされているのだ。
翌日。教室に入ると、クラスメイトたちがざわめいていた。どうやら転校生の話題らしい。さて、転校生が吸血鬼なのか、まずは見極めなくてはならない。
担任の教師と共に入ってきた少女を見て、クラス中の男子生徒の何人かは歓喜の声を上げる。少し赤みのかかった長い髪、整った顔立ちにメリハリのあるスタイル。
しかし、抜群の容姿を持って起きながら、おどおどしているように見える。顔を伏せたまま、その少女は自己紹介を始めた。
「……はじめまして、今日から皆さんと一緒に……過ごすことになりました。杉宮朱です。よろしくお願いします……」
ぼそぼそと話す声は所々消え入りそうで聞きづらい。
クラスの女子生徒たちは心配そうな表情を浮かべている。
俺が知っている吸血鬼は皆、生命力に溢れ自信家が多かった。それと比べると大きく異なる印象は、もしやガセを掴まされた? という思いに変わる。もしそうなら、いいのにと願う。
とはいえ、演技の可能性もあるので、注意深く見守る必要がある。同級生や学校の関係者に吸血鬼による犠牲者を出してはならない。
放課後すぐに、俺は杉宮さんを学校の屋上に呼び出した。先手必勝だ。
「あ、あの……何か用です?」
不安げな表情を浮かべている。無理もない。いきなり呼び出されたら警戒するに決まっている。
「いや、ちょっと話があってね」
俺は杉宮さんの瞳を見つめたまま距離を詰め、そして壁際まで追い詰める。いわゆる「壁ドン」というやつだ。
「あ……うぅ……」
杉宮さんは顔を真っ赤にして俯く。俺は上着を脱ぎ首元を晒している。吸いたければ吸えばいい。俺の血を吸うときが、吸血鬼の最後となるのだから。
すると、杉宮さんはすんすんと鼻をひくつかせると顔を上げ、俺の目をじっと見つめてきた。
「あなたやっぱり……蔵間の……」
ああ……。この状況で蔵間の名を出したということは間違いない。彼女は吸血鬼だ。俺は心の中でガッカリした。
しかし、どうにもおかしい。
吸血鬼は二百年以上前に発生したと聞く。皆二十代後半くらいの容姿になっているそうだ。実際、俺が会った吸血鬼は皆そうだった。
それにしては彼女の肌は他のクラスメートの女子と遜色もないし高校生に見える。今まで見てきた吸血鬼たちと比べて随分若い。
だとしても、俺の目的は変わらない。
「どうする吸血鬼? 戦うか? 逃げるか?」
「あ、あの、蔵間君の血を吸わせて貰っていいですか?」
「……ッ」
バカな、と心の中で舌打ちをする。蔵間の名を出したということは……俺の正体を知っている。吸血鬼が俺の血を吸えば、灰になり死んでしまうということを知っているのだろう。
「ダメですか……? 私はまだ一度も人の血を吸ったことがないけど、きっと我慢ができなくなる。そんなのイヤなんです。そうなる前に死にたい」
死にたがっている吸血鬼なんて見たことがない。俺が知っている吸血鬼は、どいつもこいつも二百年以上も生きているくせに、自らの延命のために人の生き血を吸い、殺している者ばかりだった。
だから、俺の血で滅することに大きな罪悪感を抱くことはなかった。
吸血鬼にとって、吸血行為を我慢して生きるのは難しいのだろう。だからこそ、杉宮さんは死を選ぼうとしている。
釈然としないものの、俺は杉宮さんの想いを尊重しようと思った。どのみち討伐しなくてはならない。それなら……。
俺の首筋を杉宮さんの口元に近づける。
「わかった。俺の血を吸っていいよ」
「えっ……? じゃ、じゃあ、失礼して……ごくり……いただきます」
桜色の唇を、ゆっくりと俺の首元に押し当てる杉宮さん。俺の身体に、ぞくぞくとした波が全身に伝わっていく。妙に首筋に熱を持っている。でも、それは決して何度も感じてきた嫌なものではなく、むしろ甘くとろけるような感覚だ。
同級生の女の子が俺の首筋に吸い付く様子は、ちょっと興奮する。……興奮? 俺はいったい何を感じているんだ? 新しい世界が開くのか?
「んっ……ちゅ……んっ……」
ちくりという牙が肌に食い込む感覚の後、ちゅうちゅうと俺の血を吸い始める杉宮さん。
「ふぁ……美味しい。もっと欲しい」
吸い付きながら喋られると、とてもこそばゆい。
「んくっ……」
しばらく血を吸われたので、灰粉化が始まっているはずだ。杉宮さんの死が間もなくやって来る。彼女の温もりは、次第に失われていくのだろう。
「そろそろかな」
俺はモヤモヤした気持ちを抑え、杉宮さんの肌を見る。
「ん?」
杉宮さんの身体は健在だった。肌は紅潮し妙にテカテカしていて、灰粉化は始まっていない。
「あぁ……これが蔵間君の血……おいちい」
「ちょ、ちょっと待って」
「なんれすか? まだ吸いたいです……」
俺の制止の声に反応するも、杉宮さんはちゅっ、ちゅっと俺の血を吸い続けている。
「杉宮さん、なんで灰粉化しないの?」
「さあ……どうしてでしょう……んっちゅっ……もしかして私は半分人間だからでしょうか?」
「ええ?」
吸血鬼は子を成さない。人間との混血だなんて聞いたことが無い。
「人の血って初めてですけど、こんなに、おいしいんですね」
「すっ、杉宮さんって何才だっけ?」
「今年で十七ですっ。んっんっ」
嘘を付いている様子はない。だったら、この子は十七年前に生まれた新しい吸血鬼ということになる。しかも人間との混血?
「っていうか、さっきまであんなに死にたそうだったのに……なんでそんなに嬉しそうなのっ!?」
「だって蔵間君、死にそうにないし……私はおいしいし、元気になってくるし、いいかなって」
「いいかなって……じゃなーい! だいたいさぁ、これだけ吸われると気が遠くなってきたんだけど?」
ヤバい、血を吸われすぎたかもしれない。俺はふらつき倒れそうになった。そろそろ限界かもしれない。
「きゃっ! 蔵間君? だ、大丈夫? 死なないで!」
やけに遠くに、杉宮さんの声が聞こえる。俺は立っていられなくなり杉宮さんに支えられていた。
「死んじゃいや! 蔵間君? 蔵間君!」
切なげな声の杉宮さん。彼女は俺のことを心配しているのか……それとも?
「死なないでー! 私はもっと蔵間君の血を吸いたいのーっ!」





