2-10 悪女代打のダリアは淫魔 〜淫魔に淑女のフリはムリですっ!〜
悪逆非道の限りを尽くした希代の悪女、エライザ・オースティンは処刑された。人々の悪意を力の源とする魔王はその死を悲しみ、彼女が死ぬ数年前まで時を戻した。「我と共に魔界へ行こう」「逃げたと思われるのが癪だから嫌よ」エライザは一周目の人生では得られなった王妃の座を諦めていなかった。それならばとエライザの替え玉として呼び出されたのが、淫魔であるダリア。変化の魔法も魅了の魔法も使える為、王太子を狙う為の替え玉にはピッタリだと思われた。……その性質や性格は、一切考慮されてはいなかったのだ。
これは貞淑さとは縁遠い淫魔が、悪女の代わりに淑女のフリを頑張る話。
その日火刑によって命を落としたエライザ・オースティンは、人々から希代の悪女と呼ばれていた。劣悪な環境で育った訳でもなく、愛情を得られずに育った訳でもなく、やむを得ない事情があった訳でもない。彼女は根っからの悪女だった。
そんなエライザの純粋悪を当代の魔王は好んでいた。何せ魔王とは人々の悪意から生まれ、悪意によって生き、悪意によって強くなる存在だったからだ。だからこそ魔王は力の源といっても過言ではない彼女の死を悲しみ、時を戻したのだ。
「えーっと……? それでなんで私が呼ばれたんですかね~?」
公爵家であるオースティン家の豪邸の一室で、ソファに座る魔王と悪女に相対するのは、一人の淫魔だった。名前をダリアといい、魔族にとって雲の上の存在である魔王に突如呼び出され、波打つピンクゴールドの髪に隠れるようにその豊満な身体を縮こまらせていた。
「エライザが我について来ないと言うのでな」
「当然でしょう。今が星呼びの儀より前ならば、逃げたと思われるのは癪だわ」
搾取の対象である人間の男にしか興味のないダリアはエライザの事など知らず、その前後の欠けた説明に更に首を捻った。しかしエライザは虫けらでも見るような目でダリアを見るばかりで、それ以上話をするつもりはないらしい。仕方がないので恐れ多いと震えながらも魔王に説明を求めれば、端的にだが事の成り行きを話してくれた。
エライザはこの国の王妃になりたかったが、王太子が婚約者候補の中から星呼びの儀とやらで選んだのは彼女ではなく、クララという聖女の力を持つ元平民だった。それが許せず──時を戻す前にはその屈辱からクララを殺したり、自分が王妃になれないのならこんな国はいらないとばかりに他国に情報を売ったり等々それはそれはやりたい放題だったらしいが一旦置いておいて──今度こそ自分が婚約者に選ばれ王妃になる為に星呼びの儀とやらに再び挑むつもりらしい。
しかし魔王曰く、それでは辿る未来がさほど変わらず、結局は命を落としてしまうのだそうだ。未来を変えるには、何らかの形で今を大きく変える必要があるのだとか。
「だから我と共に魔界へ来ればよいと言っているのだが……」
それが先ほどの「逃げたと思われるのは癪」発言に繋がるようだ。なんとなく理解しかけたダリアは、自分を呼び出された理由に思い至ってしまい額に冷汗が浮かぶ。
「つまり私が呼ばれたのって……」
「ああ。エライザの替え玉になって、王太子の婚約者に選ばれ王妃になって欲しい」
ひっと小さな悲鳴がダリアの喉で鳴った。確かに変化の魔法によってエライザの姿をとることは容易である。しかしダリアは淫魔だ。まさか貞淑さを重んじる貴族令嬢のフリなど出来る筈がない。堅苦しいダンスよりも夜のダンスがしたいし、刺繍だの茶会だの爪の先程も興味が無い。エライザが今身にまとっているような、首まで詰まった服もごめんだ。頭と手先しか出ていないではないか。
そう思う彼女とは反対にエライザは、肌を惜しみなく晒す下着も同然──いや、エライザからすれば下着より露出の多い格好をしたダリアを見下ろして眉を顰めた。
「お前、淫魔なんですってね。わたくしの身代わりをする以上、今後そのようなはしたない行為は許さないわ」
「で、でもそれじゃ私死んじゃいます……!」
ダリアにとってそれは本能であり、娯楽であり、生命維持活動であった。しかし彼女の訴えは魔王に一刀両断される。
「我の魔力を与えるから問題ない」
確かに魔王の魔力を分け与えられれば、生きていくこと自体は可能だろう。だがそれで補えるのは生命維持活動の部分だけであって、食事をとらずとも栄養剤さえあれば生きていけると言うのと同義であった。
あまりにもダリアに利が無さすぎる。抗議したいが相手は魔族の頂点にたつ魔王で、文句が過ぎれば首が飛んでもおかしくはなくて、ぐぬぬと唇を噛む。
「今は星歴1451年なのだったかしら」
「ああ、そうだ」
「では今のわたくしは高等部二年ね」
「コートーブ……?」
聞きなれない単語を復唱すると、エライザはそんなことも知らないのかとダリアをなじった。なんでも国内の優秀な人間だけが通うという学園にダリアはいかなければならないのだそうだ。その学園の成績上位者のみが星呼びの儀に参加出来るという。
産まれてこのかた勉強などしたこともないダリアは天を仰いだ。
「……こんな見るからに低能で愚図な女にわたくしの代わりが務まるのかしら。いくらわたくしの姿を真似たところで、教養の無さと下劣さが顔に出るわ」
落ち込むダリアに対するエライザのあまりの物言いにムッとするが、魔王が時を戻してでも欲した程の悪意の持ち主だ。この程度のやりとりで済んでるのはいい方なのだろうとダリアは我慢した。
「もっと頭のいい個体はないの?」
「ダリアはこれでも中々やるぞ。そもそも通常聖属性の魔法は魔族の弱点だが、ダリアには耐性がある。聖職者を食える淫魔などダリアくらいなものだ。聖女に接近して問題ないのもコレだけだろう」
正確にはダリアは聖職者を食べられるというより、聖職者しか食べない。彼女は既婚者や恋人がいる男には手を出さないというポリシーがあったが、既婚者はともかく恋人がいるかどうかなんて簡単には判別がつかない。その点聖職者は神に身を捧げているとかで恋人もいないことが確定している為、安心して食べることが出来るのだ。聖職者からすればたまったものではないが。
そんな彼女だからこそ聖女に対峙出来ると踏み、数いる淫魔の中からダリアが呼び出されたのだった。
「それに魅了魔法も使える。魅了すれば簡単な洗脳もできる。多少の不出来はそれで誤魔化せるだろう」
「ふうん。ならいいけれど。お前、わたくしの名誉を貶めたらただでは済まさないわよ」
特に何の力も無いはずの人間なのに、その眼は視線だけで人を殺せそうな程鋭く、ダリアはこくこくと首を縦に振った。果たして希代の悪女と呼ばれた女に貶められるだけの名誉があるのか疑問だが、どうも成績だけはいいらしい。
「ふふ、王妃になるのが楽しみだわ!」
未来に思いを馳せて途端に機嫌が良くなったらしいエライザは、立ち上がって窓辺に行った。王城の方を眺めてうっとりとしている。きっと想像の自分の頭上には王冠が輝いているのだろう。
「まぁ、我は手放す気は無いが、な」
上機嫌なエライザにはそんな魔王の仄暗い呟きは届かなかった。その濁った瞳にダリアは悲鳴をこらえて自らの身体を抱きしめる。王妃になればエライザと代わり元の生活に戻れるものだと思っていたが、どうもこの様子では魔王にそのつもりはないらしい。
「頼んだぞ、ダリア」
それはエライザの一時的な替え玉となることか、そのままエライザの戻る場所を奪い続けることか──考えるのはやめておいた。
どれだけ嫌だろうとダリアに断る選択肢はない。圧倒的な力量差のある魔王の頼みを断れば、待つのは死のみだからだ。
そうしてダリアはエライザ・オースティンとして、思いもよらぬ学園生活を送ることになったのだった。





