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エピソード088 王都で自由行動です──シャロ編8


 翌日。


 私は朝早くに起きて湯浴みを済ませ、シャロに手伝ってもらい四苦八苦しながらドレスに着替えた。

 ちなみにシャロは、自前で準備していたらしいドレスに私より先に着替えてしまった。その手慣れている様子は流石は元お嬢様というか、お嬢様なのに自分で着替えるのが早いってどうなの? という複雑な気分を味わった。


 ともかく、私達がシャロの住んでいた──今はシャロのお姉さんであるペトゥラの──屋敷に到着したのは正午頃だった。


 手配していた馬車から御者のエスコートも待たずに飛び降りた私は、ヒールであることを忘れて少しフラつきつつも、振り返って恭しく手を差し出した。


「お手をどうぞ、お嬢様」

「あら、気が利くわね」


 私の手を取り、馬車から降りてくる一人の女性。

 紅と黄色のドレスを身に纏った姿は、赤銅色の髪も合わさり、伝え聞く炎の大精霊のような豪胆かつ美麗な姿。

 

 冒険者のシャロではなく、アルス聖皇国のブローニア伯爵家の元令嬢、シャルロッテ=ブローニアとしての姿がそこにはあった。


「……綺麗だけど、違和感半端ないね」

「どういう意味よっ!? ……あっ、……コホン。 ルシア、お戯れも程々にしてくださいな」


 ニコリと笑って誤魔化すシャロ。でも眉尻がピクピクしているのを見ると割と怒ってるのがすぐ分かる。『後で覚えてなさいっ!』って心の声が聞こえてきそうだ。

 

 でもやはり、冒険者としてのシャロを見慣れすぎているからか違和感が凄い。

 そして、何よりの違和感は──……


「だって、その格好でエンチャント・ソードを帯刀しているのは、流石の私でも違和感だよ」


 時折ベルに服装のセンスを指摘される私でも、ドレス姿に剣という姿が随分チグハグだ、ということは理解できる。


「あ、あぁ、そういう……この剣は家宝なのですから、常にわたくしと共に在るのは当たり前なのですよ」

「(ちゃんと説明したでしょ、この剣は釣り餌なの。それ以上に、仮にアイツと戦闘になって剣が無いなんて、剣士である私に死ねって言ってるようなもんよ)」


 いや、分かってるんだけどね。

 見た目だけからすると、剣を持ったシャロの方が好戦的に見えてしまうというか、『復讐の為に舞い戻ってきたぞ!』感というか……。


 私の反応を納得ととらえたのか、シャロが深呼吸をして、屋敷に向き直る。


「さて……ルシア。覚悟は宜しいかしら?」

「うん。サクッと用事を済ませて、早くローラとベルの所に戻ろう」


 短く言葉を交わすと、私達は屋敷の中に入っていた。


-----◆-----◇-----◆-----


「お帰りなさいませ。シャルロッテお嬢様」


 門前払いなどされることなく、むしろ皆に歓迎されるようにすんなりと屋敷内に迎えられ、執事を思しき初老の男性に連れられ、立派な応接室に通された。


 この部屋に来るまでに何名かのメイドがシャロの姿を見て息を呑んだり、目尻に涙を浮かべていたりしていた。おそらく彼女達は当時から仕え続けたメイドなんだろう。


「お嬢様。よくぞご無事でお戻りになってくださいました」


 そう言ってシャロに丁寧に頭を下げるのは、門からずっとエスコートしてくれた執事だ。


「そして、ようこそお越しなられましたお嬢様。私はこの館の執事をしておりますジュラフと申します」

「ご、ご丁寧にどうもありがとうございます。私はシャロ……シャルロッテ、様の友人のルシアです、よろしくおねがいします」


 ここは元々貴族の娘であるシャロの家。相手は執事と言えど丁寧に対応すべき。

 と、頭では分かっていても、ついいつもの調子でシャロの事を呼んでしまうところだった。 


「壮健そうでなりよりですジュラフ。私が去った後もあの人に仕えていたのね」


 シャロが懐かしそうに、でも少し皮肉を込めた視線と言葉をジュラフと呼ばれた執事に向けた。


「私がこの3年間仕えていたのは、()()()()()()()()()()()()、でございます」


 ジュラフはシャロと私だけに見えるように小さくウィンクをした後、他のメイドが運んできた紅茶と幾つかのお茶菓子を私達の前に用意した。


「ありがとう」

「あ、ありがとうございます……」


 シャロは差し出された紅茶を、幾つかの手順を経て飲む。対して私は、チラチラと横目で見てシャロの真似をする。

 前世ではコーヒー派だったから紅茶の作法とかってよく知らないんだよね。『紅茶○伝』くらいしか飲んだことないし。


 ふと視線を感じると……ジュラフが私の事をじっと見つめていた。


「えっと……私が何か?」



「不快に思われたのでしたら申し訳ございません。かの有名な『竜種使い(ドラゴマスター)』のお姿をよく拝見させて頂こうと思いまして」



「「ブッ!?」」


 危うく2人とも紅茶を噴き出すところだった。


「だ、誰がそんな事を……?」

「既に王都中で囁かれております。『新進気鋭のSランク冒険者の女の子が、王都に居座った竜種を使役して追い払った』、と」


「それはちょっと事実とは異なるんですけど……」


 正しくは王都に居たベルの母親に連れられて里帰りに付き合った、だ。

 王都の人たちが事実を知ったらきっと呆れるんだろうなぁ。……いや、竜首とタイマン勝負して勝った、とか言ったら余計騒ぎになるかな。



「ではこちらの二つ名の方がよろしいですか? 『竜種の花嫁ドラゴブライト』」



「それこそ誤解です!」

「あら、それは誤解とは言えないんじゃないかしら?」

「シャロ…ルロッテ様っ!?」

「あはは!」

 

 ジュラフは、私とシャロのじゃれ合いを微笑ましく見つめていた。


「シャルロッテお嬢様……良いご友人を得たようですね」

「そうね。自慢の親友よ。ルシアを含めて、外に出たからこそ得られた私の唯一無二のお宝よ」


 シャロはそう答えた後、ここにはいない人物に視線を向けるように、少しの間屋敷の外を見やった。


「……ところで、ペトゥラお姉様はいつこちらに来られるのかしら?」

「もうすぐ来られると思いますが──」


「──もう居るわよ、シャッテ」


 声の発生源を探すと、扉の前に1人の女性が立っていた。

 

 肩甲骨まで伸びたライムグリーンの髪。

 細目で目尻は柔らかく、優しそうなお姉さん、って感じだ。


 女性がソファに座るのを見届けお茶の用意をしてから、ジュラフは私達に一礼してから壁際に待機した。


「……お久しぶりにございます、ペトゥラお姉様」

「3年ぶりね。私、数日前にシャッテが生きていると連絡を受けた時、本当に嬉しかったのよ」


 えっ、嘘でしょ!? この人がペトゥラ!?

 シャロの話に出てきた、お母さんを殺したっていう、あの?


 事前のシャロの話から思い浮かぶ人物像と、シャロを見てポワンポワンと微笑むペトゥラの姿が到底結びつかない。



「それは、私がこれを持っているからでしょう?」



 シャロは手にしたエンチャント・ソードを見せてそう言った。


「……。そんな剣よりも、行方知らずだったシャッテが見つかって、わざわざ私に会いに来てくれた事が嬉しいの」

「そうですか。お姉様にそこまで喜んでもらえて、望外の喜びですわ」


 ……あれ? ペトゥラが剣に全然興味を示してない。たしか、ブローニア家の家宝に興味津津ってシャロは言ってたはず。

 ……まさかとは思うけど、シャロってば魔法とかで記憶を改竄とかされてないよね?


「ところでシャッテ。こちらの素敵なお嬢さんを紹介してくれないのかしら?」


 ペトゥラはシャロから視線を外し、私の方を見てそう言った。


「私の親友のルシアですわ。私が久しぶりに屋敷に帰ると言ったら是非にと仰ったのでご招待したのですわ」


「シャロ……シャルロッテのお姉様、初めまして。ルシア=()()()()()()と申します。お会いできて嬉しゅう存じます」


 私はシャロから習った挨拶の為のカーテシーを行った。身分の低い者はやっちゃいけないらしいけど、此処では私はどこぞのお嬢様に扮しているのでやらない方がマズい。


 一応お嬢様という設定なので、家名も考えておいた。ちなみに昨日覚えたての魔法から拝借した。

 前世の自分の名字をもじろうかとも考えたけど、由来を聞かれたら面倒なので止めておいた。


「礼儀正しいお嬢さんね。シャルロッテの姉にして本屋敷の主のペトゥラ=ブローニアですわ。そうれにしても『ファルディア』……聞いたことの無い家名ね」

「まだ歴史の浅いものでして……私のような者がシャルロッテ様やペトゥラ様のような素晴らしい方々と知り合う機会に巡り会えました事、神に感謝したく思いますわ」


 知らなくて当たり前だけどね。私が適当に作った偽の家名だし。


「クスクス。まぁ、お上手ね。シャッテがお友達まで紹介してくれるなんて、今日はなんて良い日なのでしょう。これからも仲良くしてやってくださいね」

「はい。もちろんです」


 ペトゥラは可笑しそうに笑い、シャロに友人がいることに本当に喜んでいるように見えた。

 ……ねぇシャロ。本当にこの人が殺人なんて犯したの?


「今日は気分が良いわ。せっかくだから、ちょっとお話でもしませんこと?」

「良いですわね」


 それから私達3人はお互いの他愛のない話に興ずることになる。

 シャロは自分が行った様々な場所での出来事を雄弁に語り、話の要所で感情豊かにリアクションをとるペトゥラ。

 

 その様子は、昨日シャロから語られたペトゥラの人物像とはあまりにもかけ離れていて、どうしても疑惑が膨らんでいく。


 シャロが姉の名前も言わず『アイツ』と呼んでいた事は実は嘘だったんじゃないか。


 このまま戦闘になんてならないんじゃないか。


 そう当たり前に思えるほどののどかな時間は──


「うっ……」


 ──突然終焉を迎えた。


 話の途中で急に頭を抑えて蹲るペトゥラ。


「来たわね……」

「えっ……?」


 シャロの表情が一気に引き締まり、距離をとって剣の柄を握る。


 給仕をしていたジュラフは、主が突然苦しみだしたのにも関わらず部屋のメイドを追い出し、自分も逃げるように部屋の隅に移動した。


「ちょ、ちょっとシャロ。急にペトゥラ様が苦しみ出したんだけど……」

「ルシア、ソイツから離れなさい。来るわよ!」


 えっ、何が来るの?


 私は何がなんだか分からず、シャロの傍まで下がって心配そうにペトゥラの様子を見続ける。


 最初は頭を片手で抑えて少し呻いていた程度だったのが、段々漏れる声が多くなっていき、最後には額をテーブルにガンガンとぶつけだした。


 ガンガンガンッ!


「あ゛あ゛あ゛あ゛……!!!」


「ちょ、ちょっとあれヤバいんじゃないの? 介抱しないと……」

「何言ってるのよ? ……ってあぁそっか、言うのを忘れてたわ。アイツは────」


「ふ、ふふふ、ふはははははっ!! 久しぶりねシャルロッテ。お前が持つ全てを私に差し出しなさい……もちろん、お前の命もなぁっ!!」


「────二重人格なのよ」


※ 補足と致しまして、作中では解離性同一性障害の事を、敢えて古い表現である『二重人格』(正しくは多重人格障害)と表現しております。ご了承の程宜しくお願い致します。

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