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エピソード087 王都で自由行動です──シャロ編7


「マーヤ、時間もあまりなかったのに仕事を受けてくれてありがとう。助かったよ」


 髪飾りをいつもの場所に戻しながら、マーヤにお礼を言う。


「い、いえ……。料金も、多めに頂き、ました……。私も、お兄ちゃん、以外の人と、お喋り出来て、楽しかった、です……ルシア。……また、その、えと……」

「王都にいる間、また遊びに来てもいいかな?」

「……ッ! もちろん、です……ッ!」


 嬉しそうに顔を綻ばせるマーヤと別れを済ませ、店主にも礼を言って店を出た。

 空を見上げると茜色に染まり始めており、既にシャロと合流する時間帯である事を示している。


 急いで待ち合わせ場所にしていた噴水前に向かうと、噴水の縁に腰掛けて待っているシャロの後ろ姿が見えた。


 謝りながら急いで合流しようとも思ったが、ちょっと魔が差した。

 こっそりと背後に近寄り、両手でシャロを目隠しする。


「だーれだ──」

「──たとえ誰であろうが、あたしの背後を取ったということは覚悟してるんでしょうね……ルシア」


 カシャリとシャロが腰に佩いたショートソードの柄に手を掛ける。

 バレバレでした。そして、異世界の目隠しは命懸けだということを学びました。


「あ、アハハ。や、やだなぁちょっとした冗談だよ、お約束お約束!」

「一体どこのお約束なのか知らないけど……遅くないかしら? 合流の約束は夕刻の鐘が鳴る時、だったはずだけど」


 少しだけ私を責めるような口調。

 これは怒ってるなぁ……こういう時は早く謝るに限る。


「ごめんね、シャロ。ちょっと明日の準備に時間が掛かっちゃって」

「準備って、別れた時とあまり変わったようには……あら? ルシアの髪飾りってそんなに複雑な模様描かれてたかしら?」


 よく顔を合わせているシャロには、ちゃんと違いが分かったようだ。


「フフン。ちゃんと秘策は考えているのだよワト○ン君。道すがら教えるよ」

「誰がワ○ソン君よ。……まぁいいわ。じゃあ早速向かいましょう」


 噴水広場を出た頃、隣を歩いていたシャロが小さく呟いた。


「愛想尽かされたと思って……不安だったわ」


 ともすれば雑踏の音に紛れたかもしれないその言葉を、私は聞き逃さなかった。


「そんな可能性、天地がひっくり返ろうともありえないね」


 だから、安心させるように思い切りドヤ顔で言い切ってやった。シャロが私を見て噴き出し、何故かクスクスと笑い出した。なんか思ってた反応と違う。


「なんでそこで笑うの!?」

「いや、ルシアなら天地をひっくり返すくらいならするかもなぁ、って思ったのよ」

「出来るわけ無いじゃん!? 忘れてるかもしれないけど、私はただの畑を耕す村娘だよ!」


 魔法が使える世界でも、天地をひっくり返すなんて事出来る人物は神様位のものでしょ。……いや、たとえ神様でも、アーシアを見てたら無理かもって気がする。……こ、こらっ頭の中で騒がないで!


「冗談よ、冗談。お約束なんでしょ?」

「そんなお約束聞いたこと無いよ!」


 ひとしきり騒いだ後、クスクスと笑いながら私達は目的地へと歩を進めた。


-----◆-----◇-----◆-----


「お嬢様方、お帰りなさいませ。ご注文通り直しは終わってございます。ささっ! どうぞこちらへ」


 店の扉を開けた途端、私とシャロの手を掴んだミランダは、有無を言わさず私達を試着室のある部屋に連れ込んだ。

 

「いかがですか? 型が少々古くて流行のものとは外れておりましたので、少しだけ手直しさせていただきました」


 マネキンに掛けられたドレスを誇らしそうに見せるミランダ。


 漠然と私が想像していたドレスは、ヴィンテージドレスやウェディングドレスのようなゴテゴテとフリルのたくさん付いたものだ。


 しかし、それは山吹色と白色の明るい配色の丈の長いワンピース型のドレスだった。装飾は最小限、動きやすいかはともかく日常的に着ることの出来そうなデザインだ。


「コルセットは……あるのかぁ。鳥かごみたいなのは無いんだね」

「鳥かごって……パニエって言いなさいよ。まぁ言いたい事は分かるけど。今どき使う人はほとんどいないわよ」


 何というか、中世のドレスってブワッと裾が広がっているイメージが合ったからこの世界でも同じなんだと思ってた。

 

「一度着用されてみますか?」

「えっ……」


 物珍しそうにドレスを眺めていた私に向かって、ミランダがそう提案してきた。

 いや、別に着たくてウズウズしてたわけじゃないんだけど……。


「私、こんな立派なドレスなんて着たこと無いから、着方が分からないです」

「ご安心ください。私が着付けのお手伝いをさせて頂きますから。それにこのドレスは着るのにそんなに手間はかかりませんよ。それではこちらへ!」


 襟首を捕まれ、試着室に引きずられる私はシャロに助けの視線を送ったが、小さく手を振るだけで助けに入る気配はない。

 仕方なく私はドレスに着替えるためにミランダにされるがままになった。そして、手間がかからないらしいドレスを着るのにどれだけ大変なのか、身を持って体験することになる。


「ぐえっ!? ミ、ミランダさん。もう少しコルセットは緩くても良いんじゃないですか? 絞られすぎて中身が出てきそう──」

「我慢です!」


「留め具がいっぱいあって大変──」

「我慢です!」


「せ、背中、届かな──」

「私が手伝いますから!」


「えっ、ヒールも履かないとダメですか? ……うわっフラフラする!」

「慣れてください!」


 と、なんだかんだ15分くらい掛かっただろうか。

 ようやく準備されたものをすべて着終わり、試着室の仕切りが外された。


「お嬢様。いかがですか?」

「へぇ! 悪くないじゃない。ホントに貴族の令嬢として紹介できそうだわ」

「私もそう思います。よくお似合いですよ、ルシアお嬢様」


 シャロとミランダは、私のドレス姿を見て何度も頷きながら感心している。


「歩き辛い上に動き辛い」


 だが、私にはすこぶる不評だ。

 お腹を締め付けられてちょっと気持ち悪いし、足元はバランスが取れなくてフラフラするし、生地にあまり遊びがないから動くとちょっと突っ張る。


 オシャレって、大変なんだなぁ。


「要は慣れよ。早く慣れるように頑張りなさい」


 何とも軽々しく無茶な要求をしてくれる。

 もし戦闘になったらせめてヒールだけは絶対脱ごう。無理して動いてすっ転んだら目も当てられない。


「じゃあ一通り貰っていくわね。お代はこれで足りるかしら?」


 シャロは財布から金貨を2枚取り出して、ミランダに手渡した。

 げぇっ?! このドレスって金貨2枚もするのっ!? 高すぎるでしょ。


「お嬢様からお代を戴くなんてとんでもございません! それにこのドレスは元々お嬢様のものなでございますよ」

「冒険者の『シャロット』はこんな立派なドレスなんて持ってないわ。ミランダの人違いじゃないかしら」


 シャロが白々しい事を言って、ミランダに金貨を握らせようとする。

 何度も押し問答が繰り広げられ、最終的にミランダが折れる形で決着が付いた。


「またのお越しをいつまでもお待ち申しております……絶対、またお越しくださいませ」

「ええ、もちろん。また来るわ」


 何かを感じ取り心配そうに見送るミランダ。

 それに対して、あくまで何でもないように振る舞うシャロ。どうやら目的をミランダには話さないつもりらしいが、表情が硬いので敏い人にはバレバレだ。


 巻き込みたくない気持ちは分からなくもないけど、もう少しうまくやればいいのに。


「今度はパーティの他の仲間と一緒に買い物に来てもいいですか? ちょっとアクセサリーで気になるものもあったので」

「ああ……アレですね。わかりました、次のご来店を楽しみにしてます……ふふふ」

 

 ……アレ?

 不器用なシャロの代わりに場を和ませてあげようと思ったのに、なんだかミランダの表情が気になる。なんでそんなに微笑ましいものを見るような表情を浮かべるんだろう?


 引っかかりつつもミランダの表情が明るくなったので良しとし、私達は店を後にした。

 ミランダは今朝と全く同じように、店の前まで来て私達の姿見えなくなるまでずっと見送っていた。

 

「シャロって結構人望あったんだね」

「何よその言い方。まるであたしが普段は人望が無いように聞こえるのだけど」


 そういうつもりじゃなかったんだけど、たしかに聞き様によってはそう取れるかもしれない。

 私は誤魔化すように、この後の予定について確認した。


「じゃあもう宿に帰る感じ?」

「まぁそうね」


 シャロも同意したので、私は皆が待つ宿に足を向けた。しかし……


「何処行くのよ。今日はこっちよ」


 シャロが向かおうとする先は、私達が泊まっている宿とは真反対の方向だ。


「今日はそっちには帰らないわよ。こんな大荷物持って帰ったら何かありますって言ってるようなものじゃない。アイツの屋敷に近めの宿をおさえてるから、案内するわ」


 なんと、すでに宿を取っているらしい。準備が良いけど今日はシャロと2人きりか。何気に2人きりで宿泊は初めてだ。


「そっか……。シャロ、今日は寝かさないよ?」

「はいはい。熱い夜になりそうね」

 

 明日は、シャロのお姉さんとの対面の日。

 何が起こるか分からないけど、何があっても絶対シャロの事は護ってみせる。


 いつもどおりの軽口の応酬の中、私は改めて決意し、宿へと向かうのだった。


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