エピソード082 王都で自由行動です──シャロ編3
「────えっ……?」
シャロのあまりにも衝撃的な発言に、私は固まってしまった。
「言葉通りよ。あたしの異母姉──ペトゥラ=ブローニアは、あたしのお母様を殺したの」
「アイツは生まれつき精神を病んでるらしくてね。アルス聖皇国に置いておけなかったんだって」
「初めて応接間で対面した時、精神を病んでるなんて絶対に嘘だと思ったわ。だって……とても、良い人だったのよ。だからあたしは、素敵なお姉様が出来た、なんて思っていたの……今思うと馬鹿なんだけどね」
「──事が起こったのは3日後よ。アイツが急に人が変わったようにケタケタと笑いながら言ったの。『宝は何処だ』って」
「お母様は、ブローニア家の家宝を預かる者として一切を話さなかったわ。それどころかお母様は、アイツに優しいお言葉までかけて問題にしないようにまでなされて──」
「──逆上したアイツに、魔法でバラバラに刻まれてしまったわ。……あたしの目の前で」
淡々と話すシャロは、表情が抜け落ちてしまっていて、内心を窺い知ることは出来ない。
ただ、いつものシャロとは全く違う様子から、当時どれだけ凄惨だったか、予想するに恐ろしい。
「その後、あたしはお母様の普段の言いつけ通り逃げ出したわ。……こう言うとあたしが冷静に行動したみたいに聞こえるわね。実際には頭が真っ白で、その後の事はあまり覚えてないわ」
「気がついた時には何処とも知れない草むらで膝を抱えて震えていたわ。お母様から聞いていた、家宝を収める倉庫の鍵と、唯一観賞用の剣として飾っていた、このエンチャント・ソードのみを持ってね」
シャロは自分の腰に佩いた剣を愛おしそうに一撫でする。普段からシャロがよくやる動作だ。大切なものだとは思っていたけど、まさかそんな経緯のあった剣だったとは。
シャロが言うにはこの剣はシャロの母親がとても大切にしていたものだったらしい。シャロの剣に対する動作は、微かに残った母親とのつながりを確かめるものだった、のかもしれない。
「──ってわけで、その後行商人の馬車に隠れて王都から飛び出し、とある冒険者に拾われて、紆余曲折あってここに居るわけよ。ま、元々貴族の娘なんて柄じゃないって思ってたから別に良いんだけどね。
……で、前置きが長くなっちゃったけど、あんたを連れて行く場所とその理由についてなんだけど…………なんであんたが泣いてんのよ?」
シャロに指摘されて自分の頬をさっと拭うと、指は湿り気を帯びていた。
私はなんで泣いているんだろう。
昔、弟を失った事を思い出したのだろうか。
父母に聞かされた亡くなった兄姉の事を無意識に思い出したのだろうか。
それとも、もっと遠い昔のことを──
「ま、あんたがあたしの代わりに泣いてくれるのは、何というか……ちょっと嬉しいわ。──あたしはもう、お母様の事を思い出して泣く事は出来ないから」
シャロは自嘲気味に笑った。そしてすぐにその歪んだ笑みを消し、真面目な顔をして話を続けた。
「話を戻すけど、今からあたし達が行くのは昔住んでいた場所、今はアイツが住んでいるブローニア家よ。アイツは気が狂っているにも関わらず、普段は普通の貴族家の令嬢の振る舞いしているからね。会うためには相応の格式に則る必要があるの」
なるほど。それで下手に追い返されない為にドレスを着るのか。
「それで、今更そんな忌まわしい場所にわざわざ向かう理由は?」
「お母様があたしに残してくれたものを取り返すためよ。あたしが冒険者として強くなるためにね。……仇討ちだとでも思った? お生憎様。もしそうならもっと早い段階で乗り込んでるわ」
冷静に、でも吐き捨てるように喋り終えたシャロはどんな心持なのか。
仇討ちが目的ではないと言ったけど、それは事実なのか。本当は、自分が仇を討てる程力を蓄えたと判断したのではないのか。
そんな疑問が口をついて出そうになるが、それはここで聞く話ではない。少なくともそれは、私が質問して答えてもらうことではなく、シャロが自主的に話したくなった時に聞くべき内容だ。
代わりに私は差し迫った明日以降の行動に関わる点について確認することにした。
「質問良いかな?」
「どうぞ」
「お姉さん、殺人を犯したんだよね? なんで捕まってないの?」
「理由は2つよ。1つ目はその事件自体が公になっていないの。私は逃げちゃったし、アイツは外面は完璧なのよね。屋敷に仕える者達の訴えなんて通るはずないし。
2つ目はあの土地が治外法権である事。仮にアイツの殺人が漏れたとしても、現行犯でも無い限り介入する事は難しいわ」
「そもそも門前払いされる可能性はないの?」
「それはないわ。あたしが宝物庫の鍵とこの剣を持っている限りね」
シャロは大事にしているエンチャント・ソードを一撫でしてそういった。
「アイツはブローニア家の家宝に何故か執着してたわ。家宝を収めた宝物庫は厳重な封印がされていて魔法では破壊することが出来ない仕掛けが施されているの。
そして、その扉を開くための鍵は私が所持している。エンチャント・ソードもその家宝の1つよ。これらを差し出す、とでも言えばむしろ歓迎されるんじゃないかしら」
ふーん。つまり、その鍵と剣を取引の材料として提示することで屋敷に入ると。そして、シャロのお姉さんが簡単には取引には応じないだろうから、戦闘になる可能性があるってことか。
「お姉さんは魔法を操るんだよね。引き裂くとか言ってたから多分火属性魔法ではないとは思うけど……」
「そうね。あたしも当時の事は朧げにしか覚えていないけど、恐らく風属性魔法だと思う」
風属性魔法……。ソフィアが得意とする属性と同じかぁ。
風魔法って視認しづらい上に魔法速度も速いから回避が難しいんだよね。屋敷内だと室内戦になる可能性も高いし、対処方法考えないとその時は……いや、それは考えないようにしとこう。
じゃあ、もう一つだけ。
これが本命の質問だ。
「なんで相棒にローラを選ばなかったの? シャロと最も付き合いが長いのはローラだよね。ローラなら絶対シャロの力になってくれたはずなのに」
「あら? ルシアはあたしの力になってくれないの? ……って愚問よね。……ええ、ローラはあたしが信頼出来る数少ない大事な、し、親友よ。でもね、大事だからこそこの件には関与させたくなかったの」
「どういう事?」
「おそらく……というかほぼ間違いなく戦闘になるわ。でも、出来る限りアイツを殺したくないの。別に姉だからってわけじゃないわ。姉を殺すとあたしの故郷であるこの国とアルス聖皇国との同盟にヒビが入る可能性があるからよ。……国王陛下からあんな話を聞かされたなら尚更ね」
シャロは一口カフィを含ませて口を潤してから、話を続けた。
「ローラは強いけど、メイン武器が弓である以上、室内戦には向いてないわ。それに……魔法適性が無いから魔法防御(MND)も低いわ。だからアイツと戦うのは理にかなってない」
あの……、私も使用する農耕具の大半が室内戦に不向きだし、そもそもMNDだけで見てもデバフのせいでおそらくローラよりも数値が低いんだけど……。
【デヴァイン・リミットブレイク】を使ってMNDのデバフ状態を解除しても、基礎値が低いから多少マシって程度なんだよね……。
いや、シャロが選んでくれた以上、弱音を口に出すつもりはないけどね。
「ローラが死ぬ可能性がある、むしろ高いのに戦闘が起こり得る場所に誘うなんて、あたしには耐えられない。
でもルシアなら──Sランク冒険者とまで認められたその実力があれば、なんとか出来るんじゃないかって。……アハハ、最低ね、あたし。ルシアも魔法には弱いって知ってるのに」
自嘲気味に笑うシャロを見て、私は――――
「ていっ!」
ゴスッ!
――――右手でシャロの頭にチョップをお見舞いした。
私の手に痛みはないが、シャロはフーッ!フーッ!と涙目になって、頭を押さえて痛みを堪えている。
「な、何すんの――」
「どう? 私のチョップ。利き手とは逆でこの威力。私は全く痛くも痒くもないよ? シャロはいつも通り最良な選択をしたよ──」
戦闘能力だけ見たら、実はベルの方が最適だけどね。
でもベルは色んな意味で経験が浅いからなぁ。現場での柔軟な対応力は不足気味なので、何が起こるかわからない今回の案件では総合的に見れば私に軍配が上がる……と思う。
「──私がシャロの目利きを疑ったのが間違いだった、ごめんね。そして任せてくれていいよ、私が、冒険者最高峰の私が、シャロの計画を完璧なものにしてあげる。
でもね、1つだけ。これは依頼だよね。だから私はシャロから報酬をもらう。私が示す報酬は──」
「後でローラとベルに全部話して。そして、ローラにちゃんと謝って。それが条件」
私はパチリとシャロにウィンクをして笑った。
「……分かったわ。ちゃんと話す。ちゃんと謝る。そして、ルシア――ありがとう。あんた……いえ、あなたがワタクシの親友で本当に良かったわ」
シャロはそう言うと、お茶目にウィンクを返した。
私は照れ隠しにカップに残ったカフィをぐいっと一気飲みした。
長話で冷めたカフィは渋さが増していて、思わず渋面を作った私を見てシャロはクスクスと可笑しそうに笑い、釣られて私もクスクスと笑った。




