エピソード080 王都で自由行動です──シャロ編1
──翌日。
シャロ、ローラ、ベルの3人各々から(予定に)付き合って欲しいと言われた私は、悩みに悩んだ末、彼女に声を掛けることにした──……。
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有明の刻、私はベッドからそっと抜け出し、彼女の肩を叩く。
皆を起こさないよう、コソコソと支度をしている彼女の口からヒュッと声が漏れたが、私は手でそれを塞いで彼女の視界に姿を現す。
「──ッ!? ルシア……?」
「うん、……シャロ。朝に声を掛けてくれるんじゃなかったかな?」
悩みに悩んだ末、私はシャロと共にすることを選んだ。
昨晩のうちにローラとベルには平に謝罪しておいた。事情を話すと2人とも快く納得してくれたが、2人とも楽しみにしてくれてたのは伝わってきて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「まだ朝早いから、2人を起こさないよう静かに出よう」
「え、ええ。分かったわ」
私達は小声で話すと、静かに宿を後にした。軽食くらいはとっておこうかと食事処に寄ってみたが、まだ準備との事で食べることは出来なかった。
行き先が分からないので、しばらくシャロに付き従うように歩いていると、急に立ち止まり、振り返ってポツリと私に問いかけてきた。
「――なんで……。なんであたしに付き合ってくれたの?」
シャロのその姿は、いつもの覇気はなく、私に縋り付くようで。
なんでそんなにせつなそうなのか、私には分からなくて。
だから私は、シャロの問いかけに本心で答えた。
「王都への道中でも言ったはずだよ? 『困った時にはシャロの力になる』って。私にはシャロが悩んでるように見えた。だから、手伝おうと思った……それが何かは分かってないけどね」
そう言って私は雰囲気を払拭するために優しく笑った。
「……あんた、真正の人たらしね」
「え?」
「なんでもないっ! じゃ、じゃあ、遠慮なく付き合ってもらおうかしら! 後悔したって知らないわよ!!」
そう宣言すると、シャロはスタスタと先に行ってしまった。
えぇ……。後悔するほど大変な案件なの、これ。
私は一瞬ゲンナリした顔をしてから苦笑し、駆け足でシャロに追いつき、隣を歩いた。
まっ、仲間の──友達のためなら、安いもんだよね。
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まず、シャロに連れられて向かった先は──服屋だった。
流石は王都というべきか、タージュの街のベル行きつけの服屋よりも外から見た敷地面積が桁違いだ。王都でこれだけ大規模に展開出来るのはかなりの有名店だと推察できる。って、そうじゃなくて……
「……シャロ。まさか、用事って……服を買いたい、とかじゃないよね? それだと私、ベルに激怒されるんだけど……」
ベル、一緒に服屋で買い物したい、って楽しみにしてたからなぁ。
『先に行ってきたよ! テヘペロッ♪』とか言ったら、怒りのあまり竜化するかもしれない。食べられるのはもちろん私だ。
「もちろん違うわ。服を買うつもりなのは合ってるけど、それは今から行く場所での最低限の格式を満たすためよ」
ドレスコードを意識しないといけない場所? ……高級レストラン、とか?
前世でも今世でも、田舎で生まれ育った私にはドレスコードが適用される場所なんて皆目見当がつかない。なんとなく分かるのは偉い人が居る所ではドレスコードとかありそうだなぁ、くらいのボンヤリとした知識だ。
え、あれ? というか、もしかして私、今まで王様との謁見で服装とかあまり意識してなかったけど、実は失礼な事してた……?
一応、謁見前には装備は磨いたし、手持ちの一番清潔な服装にはしてたんだけど。
過ぎてしまった事に不安になっている私の襟首を引っ張って、店の裏口から慣れた様子で入っていった。
まだ営業時間でないため、建物内は非常に薄暗い。所々がパーティションで仕切られており、1つの大きなお店ではなく、建物内でいくつかのお店が展開されているようで、その様子はなんとなく前世での総合大型ファッションセンターを想起させる。
かなり奥まで黙々と歩き、シャロは1つの店舗の前で立ち止まった。外観は他の店舗に比べても年季が入って古めかしい。
シャロは迷うことなく、店舗の扉を開けて中に入って行った。扉を開ける際、カランコロンとドアベルが奏でる懐かしい音が鳴った。
前世の頃、近所の喫茶店にあったものと同じ音だ。あそこのナポリタン、美味しかったなぁ。
「……あれ? ちょっとミランダぁー、居ないのー?」
目当ての店員が居なかったのか、キョロキョロと見回した後、シャロは大きな声を出して名前を呼んだ。店員の名前を知ってるくらい、シャロにとってここは顔なじみの店なのだろう。
私はその間に物珍しく店舗内を見渡した。広さは40平方メートルくらいでちょっと広めの個人店舗ってのがしっくりくる。
既製服や服の布が棚に綺麗に並べられていたり、裁縫具が陳列されているのを見ると服飾がメインのお店みたいだけど、同じ区画にヘンテコな置物や小物のような雑貨も陳列されている、ちょっと変わったお店だ。
私は暇潰しに雑貨を見て回ることにした。
冠を被ったデフォルメされたペンギンがふんぞり返るようなポーズをした木彫りの置物、どこか民族的な様相を醸し出す怪しげな仮面、角笛のような形の何かを入れる容器、などなど。
……これらの商品ってどの購入者層を見込んで陳列してるのかな。それとも実は王都の人達には流行ってる、とか?
ちょっと私のセンスでは理解出来ない謎雑貨を堪能した後には、小物売り場を見てみた。どうやらちょっとしたアクセサリーも扱っているらしい。
ざっと商品を流し見ていると、その一角にあった木彫りのアクセサリーに目が止まった。そのうちの1つを手にとって確認してみる。
手作りで素朴だが木の温かみを感じるような腕輪だ。装着者が怪我をしないよう、丁寧にヤスリがけがなされている。表面には植物をベースとした模様が彫り込まれており、とても可愛い。
私は無意識に男性用の直径の大きめの物を確認していた。……うん、これなら邪魔にならないし、派手すぎないから普段使いしやすい、かな。私も前にプレゼントされたし──
「いらっしゃいお嬢さん。想い人にプレゼントをお探しですか?」
「きゃっ!?」
急に真後ろから声を掛けられて私は驚いた。振り返ると、革製の作業用エプロンをつけた妙齢の女性がにこやかに私を見ていた。
「い、いえ。これは、別に……。ちょっと友達の買い物を待ってる間に商品を見回っていたというか、そういう感じのアレで……」
「ご友人、ですか?」
しどろもどろにそう答えた私は、手にとっていた商品を元の場所に戻し、シャロの待つ入り口の方へ戻った。
「……なんで顔赤いのよ?」
「なんでもないよっ」
戻るとシャロに怪訝そうに質問されたが、それを雑に誤魔化し、代わりに先程の店員さんを指差した。おそらく、あの人がシャロの探していたミランダという人物だろう。
「ああ、やっと出てきたわねミランダ。まだ開店前なのに押しかけてしまって悪かったわ」
「――お嬢様? ……失礼ながら、貴女様はシャルロッテお嬢様ではございませんかッ?!」
ミランダはまるで幽霊を見ているかのように驚愕した顔でシャロを見て大声を上げた。それにしてもシャルロッテとは……? シャロの名前はシャロットのハズだけど……。
「久しぶりねミランダ。もう3年ぶりくらいかしら」
「そんなお気軽な事をっ! 私共々多くの屋敷の者がシャルロッテお嬢様が行方をくらませになってどれだけ心を痛めましたか──」
「あ、あぁ! ごめんなさい、心配掛けたわね。詳しい話は今度改めてゆっくり話させてもらうから、とりあえず今は私の用件を聞いてもらえるかしら。何しろあまり時間が無いもので」
ミランダはシャロとの再会に色々言いたい事があるように口を何度かパクパクとさせていたが、全てを飲み込んで一度だけ首を縦に振った。
シャロは「ありがとう」と小さく呟き、ミランダに此処まで来た用件を伝えた。その内容とは──
「昔、ミランダに預けたドレスをこの子が着られるように仕立て直してもらいたいの。サイズはあたしとほとんど同じだから大きく手を入れる必要は無いと思うけど、出来れば半日で、遅くとも明日の朝までに仕上げてもらいたいのよ。時間に余裕が無くて悪いとは思ってるのだけど──」
「そんな事! お安い御用です! それではルシアお嬢様、採寸を致しますのでどうぞこちらへ!」
「えっ? えっ? ちょ、ちょっと、私、ドレスなんて聞いてない……あっ」
──私にドレスを仕立てるということだった。たしかに建物に入る前に『ドレスコード』がなんとかって言っていたような気がする。
てっきり前世の記憶からタキシードのようなものかと思っていたが、よく考えてみれば今の私は女なので、ドレスを着る事に何の不思議もない。
とはいえ心の準備というのも必要だと思う! と、シャロに抗議する前に、張り切ったミランダに襟首を掴まれて私は「ぐぇっ!」という声しか出せず、そのまま試着室へ放り込まれた。……この2人、どことなく行動が似てるなぁ。
試着室の中でテキパキと慣れた手付きで採寸を行うミランダと、慣れておらずなされるがままの私。
掛かった時間は精々10分ほどだろうか。隅から隅まで測り尽くされた私は、細かく羊皮紙に数値を書き込むミランダの様子を見ていた。
この人は、私の知らない──とは言っても私とシャロの付き合いなどまだ1年にも満たないが──シャロの事を知っている。
「ルシアお嬢様、どうかシャルロッテお嬢様の事、宜しくお願い致します。気の強いお方ですが、根はとても優しく、繊細なお方です」
ミランダが優しく、しかし真剣な顔で私の目を見た。私はミランダがシャロの事を本当に大切に思っているのを感じ取り、同じく真剣な顔でミランダの顔を見つめ返した。
「私は普通の農民の娘でお嬢様って柄じゃないですけど……シャロの人柄は、よく理解してるつもりですから。むしろシャロには助けて貰ってばかりですが……大船に乗った気でいてください!」
私の目と、発せられた言葉を聞いて、ミランダは顔を綻ばせた。
「ふふっ。お嬢様は、貴女様のような素晴らしいご友人を持てたようで、私は嬉しゅう存じます」
「シャロが魅力的だから皆が集まるんですよ。私の他にも少なくとも2人はいるので、また連れてきますね」
試着室の狭い空間で2人でフフッと笑い合った。
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「それではシャルロッテお嬢様。夕暮れ頃までには必ず完成させます。何処かにお運び致しましょうか?」
採寸したところ、シャロの言う通り私と3年前のシャロのサイズはほとんど同じだったようで、すぐに完成出来るとの事だった。……ぐぅ。ちょっと悔しい。
「んんー……いえ、大丈夫よ。あたしが直接受け取りに来るわ。それじゃあミランダ。迷惑掛けるけど、頼んだわ」
そう言って、シャロは私と共に店を発った。
店を出てすぐ後に、カランコロンとドアベルの音がした。振り返ると、ミランダが店の前でお辞儀をしていた。私達が建物を出て、見えなくなるまで、ずっと。




