エピソード073 決闘、私と火竜2
『熱線』。
それはデンデンが持つ、もう一つのブレス攻撃。
熱線とは本来『赤外線』を示す言葉であるが、彼のそれは『熱を伴った光線』とでも評するべきだろう。
『火炎放射』よりも有効射程は短く、直進性、効果範囲も限定的ではあるが、私との相性は最悪の一言に尽きる。
まず、『熱線』は火に加えて光の性質を持つ複合属性であり、火属性無効という破格の魔法である【消火服】が通用しない。
そして、『熱線』の特性である『貫通』の効果。これは、防御力(DEF)を無視してダメージを与える事が出来る厄介なものであり、私の人並みを数周り程外れたDEFが全く意味を成さない。
幸い、撃つまでに数秒のチャージが必要なようで連発は出来ず、口から発射されるので軌道は読みやすい。
しかし、光線だけあって射出速度が異常だ。厳密には光の速度には達していないにしろ、一度射出されてしまうと肉眼で軌道を読んで回避する事は不可能だ。
「ッツ!?」
回避が甘く、熱線が私の頬を浅く抉り、シュゴゥッというジェット音と肉を焼いた嫌な臭いが遅れて知覚される。
今の所、距離を取り、デンデンの顔の向きから軌道を予測して回避行動を取っているが、完全には避けきれず、少しずつダメージが蓄積している。
本当はこのブレス攻撃を撃たれる前に勝負を決しておきたかった。
せめて五体満足の状態で迎えたかった。
私はチラリと自分の右腕に目をやる。
何度見ても熱線で抉れた上腕は相変わらず、意識すると灼けるような痛みが右腕全体を駆け巡る。
骨は無事なようで、動いて千切れるというスプラッタな事は起きないだろう。
しかし、両手で持つ武具は痛みで満足に振ることが出来ず、今は左手一本で扱える【農耕祭具殿・小円匙】を苦し紛れに装備している。
「ハァッ…ハッ…ハッ…ハッ…」
「まだやる気か? ニンゲンにしては根性があるのは褒めてやるが、そろそろ負けを認めろよ。片手では俺にダメージを与えるのは無理なんだよ」
痛みで脂汗が滝のように噴き出し、ポタポタと止めどなく顎から滴り落ちる。
痛みを無理やり誤魔化すために息を整えるのが難しい。
着々と思考が鈍ってくるのが分かる。
奴の言う通り、両手で全力で殴りつけても大したダメージにはならなかった。それを片手で、しかも小さなスコップでどうかしようというのが土台無理な話なん……だよ。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
「俺達竜の決闘でも、『殺し』は極力ご法度ってなってんだ。俺も別にお前を殺す気はねぇよ」
……こいつは一体、何を言ってるん、だろうか。
殺す気が無い奴が、最初にあんなブレス攻撃してくるわけない、でしょ。私が【消火服】使わなかったら、普通の人なら炭化して、お陀仏だ……よ。
「ハァ………ヒュー……」
「ほら、お仲間さん達の声が聞こえるか? 『諦めろ』ってさ。これ以上いたぶると俺がベルザードに嫌われそうだから、早いこと降参してくれると有り難いんだがよ」
既に嫌われてるけどね、とボンヤリとした頭でそう考え、デンデンに言われたようにシャットアウトしていた周囲の声に耳を傾けた。
本当に……そう。本当に、皆がもう良いというなら、私は、何のために──。
「────シア。……ルシアッ!!」
「みん、な……」
声のする方向にゆっくりと視線を向けると、そこには3つの人影あり、ボヤける視界ではその表情を確認する事が出来ない。
デンデンが言った事は本当だったの……? 私に諦めろ、って、言うの……?
私は、頑張ら、なくちゃ、って、ベルのために……。
「ルッシー。まだ負けてない」
ローラの冷静で落ち着いた声が、沈みそうになる私を呼び起こした。
「その程度の怪我でなに弱気になってるの。勝ちなさい、ルシア」
シャロの高姿勢で、でも全幅の信頼を置いた声で、私の背中を押した。
「ルシア、がんばってッ! ベルは、……ベルはしんじてるのッ!!」
ベルの一途に私を信じる声が、言葉が、私に再び戦う力を与えた。
「そっか……」
皆の言葉が私に染み渡る。
急に視界がはっきりして、3人の、まるで一緒に戦っているような、決意に満ちた表情が鮮明になった。
痛みは忘れた。
呼吸は整える。
思考をクリアに。
心に──薪を焼べろ。魂を燃やせ。己が限界を……超克しろッ!!
「……チッ。視線が合った途端その言葉かよ。なぁおいニンゲン! そんなにズタボロになってんのに、仲間はお前に戦えって言うんだな。ニンゲンってのはヒデェ生き物だ。
……ベルザードは別だけどな。もう動くのさえ辛いだろ? どうだ、負けを認めねぇか?」
さっきまで私を殺す気で攻撃していたのに、なんでこんなにしつこく降伏勧告してくるんだ? ベルに嫌われる以外に、何か不都合があるのか? それは一体なに?
──まぁいいよ。そんな事どうだっていい。私の心は決まっている。
皆がまだやれるって言ってくれるなら──
「……………………フゥッ」
私は全身全霊を以て────
「────勝つッッ!!」
左手に持っていたスコップを投擲し、それと同時に走り出す。
彼我の距離、約20メートル。
投擲スキルにより補正されたスコップは、鋭く正確にデンデンの頭部へ唸りを上げて迫る。
「チッ! そんなに死にたきゃ……殺してやんよッ!!」
煩わしそうにスコップを手で弾き、ガパリと顎門を開ける。『熱線』だ。
口の角度から推測し、おそらく私の身体の中心を狙っている。身体の端よりも動かす絶対量が増えるため、この距離で完璧に避けるのは至難の業。
だけど……もう避けない!!
私は左手で腰元から3つの銅鉱石を取り出し、走りながら投擲。発し慣れた魔法を叫んだ。
「【ストーン・バレット改】! 変化して……私を護れッ!!」
放たれた銅鉱石は、私とデンデンの間で盾のように円盤状に重畳して展開し、『熱線』の進路を妨害する。
「そんな薄い板切れで俺の『熱線』が防げるかよ、ボケがぁ!」
もう何度目かになるシュゴゥッという小さな射出音。
肉眼では捉えることの出来ない高速の『熱線』は、薄い銅板を軽々穿って私を貫通する────事はなかった。
「グ、グギャァァアアアアッ!?」
2枚までは貫通されたが、3枚目の銅板は赤熱しただけで『熱線』を防ぎきり、逆にそのエネルギーの大半が反射……つまり、デンデンに翻り、牙を剥いた。
銅は本来の『熱線』、つまり『赤外線』の反射率が非常に高い。
デンデンの『熱線』がこの法則に従ってくれるか、銅板が反射しない余剰エネルギーを防ぎきれるかは博打だったが、今日の私は運が良い。
ガランガランと銅板が地に落ちると、デンデンの右肩に視認できる程度の熱傷が出来ており、ダラダラと血を流している。それを見て私は速度を上げた。
彼我の距離、10メートル。
「馬鹿めッ! 『火炎放射──」
「【農耕祭具殿・馬穴】、複合魔法【消火服】!」
既に効果が切れてたのは知ってる。
私は、吐き出された炎を新たに纏った【消火服】で完全無効化し、炎の道を駆け抜ける。
「【農耕祭具殿・小円匙】!」
私の手に小さな、園芸用の小円匙が握られる。これで────決めるッ!!
「くっ……。だが、その手は一度見たぞ! 出てきた瞬間、引き裂いてやるッ!!」
炎が効かなかったと見るやすぐにブレスを止めたようで、飛び出して来るであろう私を迎撃体勢で待つデンデン。
私の足はお世辞にも速くない。
ステータスという恩恵が存在する世界にも関わらず、アーシアというへっぽこ下位農耕神の加護のせいで、いつまで経っても小学校低学年程度の脚力しかない。
でも、私は……私達は、常に成長してる。
先日進化した──ステータスを見るまで気づかず、見た時共に小躍りした──アーシアの加護がその証拠だ。
ベルの笑顔を護るため、力を貸して……アーシアッッ!!
『そんなトカゲ野郎、ぶっ飛ばしちゃいなさいッ!!』
極限まで集中を高めて至った私の世界で、破天荒で愛らしい、私の相棒の声がした。
「合点承知! 【ディバイン・リミットブレイク-SPD-】!」
ピキィィイイーン
何かを断ち切られるような音が聞こえたかと思うと、私を縛り付けていた鎖が解き放たれ、まるで翼が生えたように身体が軽くなった。
【ディバイン・リミットブレイク】。
進化……いや、成長した加護の効果を発動する言葉。
その効果は……任意のステータス補正を一時的に解除する。
そして、私が解除するのは、パッシブに機能し続けるマイナス補正。
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SPD: 040(-39) => 040
DEF: 040(+413) => 040(+374)
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ステータス上では実に40倍。
本来そうあるべきだったSPDが今、やっと私の力となった。
今までの何倍もの加速で世界を縮め、私は風となって炎から飛び出した。
彼我の距離、1メートル未満。
その勢いのまま私はデンデンに肉薄し、スコップを傷口に突き立てた。
「……なっ!?」
私の予想外の移動速度に驚いたデンデンが、慌てたように爪を振るうが、それを右腕で完全にブロックする。
痛みが遠くから手招きし、ダラダラと上腕から血が流れるが、奥歯を噛み締め、耐える。
私の腕は、DEFは、多少数値が減ったとしてもしっかりとその役割を果たしてくれた。
「はぁぁぁああああ…………ッ!!」
円匙の特殊スキルは、始点が鉄の硬度以上なら発動する事が出来ない。無傷のデンデンには脅威とならなかっただろう。だが……
どれだけ体表が硬くても、身体の中まではそうはいかない!
身体に傷が付いた今だから使える、最適な特殊スキル。
過去にベルを助けるために使った技で、もう一度ベルを助けるため、あなたに穴を穿つ!!
目標サイズは直径20センチ、深さは……貫通するまでッ!!!
「穿て! 小円匙ッ!!……【掘削】!!!」
「がッ…、ガァァアアアアアア────ッッ!?!?」
スコップは私の命じるがまま、デンデンの右肩の傷を中心に20センチほど抉り取った。
デンデンの絶叫がドラム山脈に響き渡り、山彦が帰ってくる頃には、彼は痛みで気を失っていた。
一応脈を測ってみたが、ちゃんと生きてはいるようだ。
「悪いね、デンなんとか……いや、『デンデロフェルペナルデン』。あなたに、私のベルは渡せないみたい」
私はスコップを引き抜き、他の誰にも聞かれないよう、白目を剥いた男に向けて小さく呟いた。
『決着!! 此度の決闘、勝者は────ルシアだッ!!』
うぉぉおおおおおおおお!!!
ヒューベルデの判決に皆が熱狂し、歓声を上げた。
私は傷だらけの身体でヨロヨロと立ち上がると、駆け寄ってくる大切な仲間達に、ゆっくりと、左手で勝利のVサインを掲げた。
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても嬉しいです。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。




