表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/144

エピソード067 私達、ベルのお母さんとご挨拶……で済みますか?


「ほぇー……大きいなぁ。鱗の色が綺麗」


 広場に到着するや否や、私は感嘆の声を上げた。


 目の前には広場一杯の小山のように隆起した物体。それが生物だと分かるのは、呼吸による律動が見られるからだ。

 ベルの氷竜形態の時も結構大きいと感じたけど、それよりもさらに数回りは大きい。成体の竜種になるとここまで大きくなるのか。

 

 鱗の色はベルよりももっと深い緑だ。ベルも大きくなったら鱗の色が濃くなるんだろうか。

 氷竜形態の時の透き通るような青緑色はとても綺麗で好きだったんだけどなぁ。


「さて。ベルのお母様に挨拶をしたいのだけど……どうやって気づいておうかしら? こんなの、山に声を掛けるようなものよ?」


 シャロが困ったように眉をしかめた。まるでアリとゾウのようなサイズ感の違い、どうやって対応すれば良いのか見当がつかない。そもそも私達が大きな声を出しても聞こえるのだろうか。


 ズンッ――


 突如尻尾の先が持ち上がり、地面を叩いた。おそらく人族で言うところの身じろぎした程度なのだろうが、そのせいで周囲に小さな地鳴りと振動が発生する。

 おそらく震度3程度。地震など滅多に発生しないパンドラム王国に住むシャロ達は、驚きに身を寄せ合っていたが、かつて地震大国日本に住んでいた記憶のある私は、この程度では動じない。


 ……嘘です。私も内心ビックリしました。記憶があろうがなかろうが、震源が目の前にいるとか普通ありえないからね。

 さっきの動きを見ると、下手に近づくと潰されそう。



「とりあえず射ってみる? 火炎系の刻印札で体表面を爆破すれば気づくかも」



「「お願いだからやめて!」」

「ローラ嬢! 大事になるやもしれません、絶対にやめてくだされ!」



 ベルを除くその場にいる全員が、弓を構えようとするローラを羽交い締めにした。

 面倒になるととりあえずぶっ放そうとする癖は止めて欲しい。ただでさえベルを奪われたと勘違いしているベルの母親が、攻撃を受けたとさらに勘違いして暴れでもしたら目も当てられない。


 仕方なく私達はその場で円陣を組み、ベルの母親にどうやって気づいてもらえるかの対策会議を始めた。


「ベルはお母さんと普段どうやって会話してたの?」

「どうやって? ……ふつうだよ? ベル、ニンゲンの形になったの、里を出てからはじめてなの」


 ズンッ――……ズンッ――……


「お供え物とかしたらどうかしら?」

「生贄とか? 昔話で人族の生贄を差し出すとか聞いたことはある」

「市民を犠牲には出来まい……ならせめて私が」

「ママがニンゲンなんて食べてるの見たことないけど……。あと、ケーニッヒはあまりおいしくなさそう」



 ズンッズンッズンッ――――……ズシンッ!



『あぁじれったい奴らだ! すべて聞こえておるわっ!!』



 突然、頭の中にハスキーな怒鳴り声が聞こえた。この感覚は、たまに【聖環・地】やアーシアがやってくる、テレパシー的会話方法と同じだ。ならばこの台詞を放ったのは……。


 恐る恐る円陣を解いて視線を移すと、先程までの山のように蹲った状態だったベルの母親が首をもたげ、鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。



『やっと我が娘を返しに来たか、ニンゲン共よ。――少し見ぬ間に随分と小柄になっておるが、壮健そうで何よりだ。我が娘ベルザードよ』



 ベルの母親は普通に話しているだけなのかもしれないが、言葉の一つ一つから受ける威圧感が凄まじい。


 ベルはいつの間には私の後ろに隠れており、コッソリと顔を覗かせていた。

 ついでにシャロとローラも、立ち位置が私の後ろに移動している。心なしかケーニッヒすらも後ずさっており、必然的に何故か私が代表して竜種の矢面に立つ形となっていた。


 皆の熱い視線が私の背中を焦がす。つまり――早く話せ、と。

 生きて帰れたら、絶対全員のほっぺ捻ってやる。



「あぁ――……、えっと、初めまして、ベル…ザードのお母様。私はルシアと言います。ベルザー……ベルの仲間であり、友達です」



『――――我が、我が娘に、話しかけているのに、邪魔するでないわっ!! この、ニンゲンの小娘如きがァアアアア!!』



 ウググッ……。ベルの母親の怒号が頭の中に響き渡り、思わず私は耳を塞いだ。しかし、声は耳から入っているわけではないから全く効果がない。鼓膜が内側から破裂しそうだ。

 とりあえず、ベル……あとは任せた。


「ほ、ほら、ベル? お母さんに心配かけたんだから、ちゃんとご挨拶しないと」

「で、でも……ママ、すごくおこってるし……」


 ベルは自分の母親の様子にビビって前に出てこようとしない。ああ見えて、普段はあまり怒らないのだろうか。……でも、ベルの母親ではないが、私もベルの今の態度は少し気に触る。


「でも、じゃありません。わざわざベルの為に、お母さんがここまで探しに来てくれたんだよ? ちゃんと自分の口から謝って、お話ししないと、ね?」


 ベルはそれでも少しの間モジモジしていたが、私が辛抱たまらずグイッとベルの背中を押し出すと、観念したようにベルがトコトコと近づき、ペコリと頭を下げた。


「ママ……、かってにおうちを出て、しんぱいかけてごめんなさい。ベルは元気です」


 ベルの殊勝な様子に些か面食らったのか、ビリビリと肌を刺すようなベルの母親の怒気が一時弱まったのを感じた。


『うむ……。我は、我が愛する娘が無事ならばそれで良い――』

「ママ……!」


 母親の様子に、ぱあっとベルは笑みを浮かべた。しかし、その直後に発せられた言葉でその笑顔もピシリッと固まる。


『――それよりベルザード。お前、何故人型になぞなっている? 何故そんなに魔力が低い? ――我らの誇り、竜角はどうしたのだ?』


 ギクッ!と肩を震わしたベルが、説明をして欲しそうにそっと私に視線をやってくる。

 そんな娘の様子に何かを感じ取ったベルの母親が、私の事をギロリと睨んできた。



『――――我の……我の可愛いベルザードに、一体、何をした? ――答えろ小娘。話したかったのだろう?』



 悪鬼羅刹も裸足で逃げ出しそうな冷たい声に、私は慌てて事情を説明しようとした。


「えっ!? えーと、私は別に何もしてなくて! ただ、ちょっとベルが暴れていて人里に迷惑をかけそうだったので、大人しくしてもらう為に仕方なく角を折って――」


 ――説明しようとしたのだけど、頭の中で整理が出来ていないまま要領を得ない言葉が溢れた。

 これは非常にマズい。何がマズいかって、半年前、正気を取り戻したベルを泣かせてしまった言葉とほとんど同じことを話してしまっている。


 つまり、それは竜種にとって屈辱的な言葉が混じっている、という事だ。



『角を……? ベルザードの竜角を折った、だとッ!? 小娘貴様、――――死にたいようだな?』



「ち、ちちち違うんです! 私が折ったわけではなくて! えーと、わ、私の仲間のシャロとローラも一緒に!」


 私はベルの母親のあまりの剣幕にビビって、しどろもどろに仲間の名前を出した。


「あたし達も巻き込まれたっ!?」

「別に間違いではない……。けどルッシー、言い方には気をつけて欲しい。ベルママすっごく怒ってる」


 ローラの指摘に視線を移すと、ベルの母親の新緑の鱗がうっすらと赤みを帯び、怒りで血管が浮き出していた……竜種に対して詳しくない私でも分かる――これは怒っている。しかも、激怒だ。


『……ベルザード、我に乗れ、今すぐ』

「えっ!? は、はいママ!」


 有無を言わせない態度に、ベルも大人しくその背に跨った。

 まさか、ここで唐突にベルとお別れなのだろうか。


 そう思った私の思考は甘かった。

 急に伸びてきた前脚が――私とシャロ、ローラをガッシリと捕まえたのだ。


「「「…………えっ?」」」



『貴様らを……我が里に招待してやろう。喜べ、宴だ。――獲物の肉はさぞ美味かろうな』



 そう言ってベルの母親は大きく羽ばたくと王都の空に飛翔した。一度羽ばたくごとに、どんどん王都が遠く離れていく。……私達を連れて。


「「「なんでぇええええええ!?!?」」」


 私達の渾身の叫びは誰にも届かない。

 それを知るのは、静寂に取り残されたケーニッヒただ1人である。


-----◆-----◇-----◆-----


「た、大変な事になりましたぞ……!!」


 彼は駆ける、王城まで。

 その知らせが、後に一波乱を呼ぶきっかけになることなど、知る由もないまま。


お疲れ様でした。

いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても嬉しいです。

楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ