エピソード060 私達、ギルドマスターに報告します
「帰ってきたか……。その様子では相当の事が起こったようだが、まずは報告を頼む」
「おう。俺が代表して話すぜ」
スタージュの街に戻ってきた私達は、すぐにギルドマスターの所に赴き、この遠征で起こった出来事をアレックスが事細かに報告した。畑やアーシアの件については、約束通り上手く誤魔化してくれた。
ちなみにその場にソフィアとアーシアはいない。どちらもギルドに寄る必要がないので、アーシアは指輪に戻り、ソフィアは街の入口で別れた。
アレックスが話している間、私達はその後ろで黙って立っていたが、非常に眠い。急いで帰るために睡眠時間を削っていたので、疲労と寝不足で今にも寝落ちしそうだ。
現にベルはシャロに寄りかかって寝てしまいそうで、シャロがコッソリと肘で突いて起こしていた。
『黄金果実』のメンバーの中に、義手の女が魔法で擬態して紛れ込んでいた件が始まると、項垂れたままのシュルツが一瞬ビクリと反応していた。
シュルツは仲間の一人が別人であった事が分かった時から、ずっと落ち込んでいる。帰りの道中もほとんど口を聞かず、黙々と歩いていた。
状況が状況だけに気持ちは分かるのだが、うざったいほどに調子者だった彼が静かだと、非常に調子が狂う。
「……はぁ。国からの依頼だったとはいえ、俺は相当ヤバいヤマをお前達に押し付けたようだな。済まなかった」
ロンドは、私達が証拠として持ち帰れるだけ持ち帰った魔石の山を一瞥し、申し訳無さそうに謝った。
「冒険者は死と隣り合わせの職業ってのは理解してるから、生きて帰って来れた以上文句を言うつもりねぇ。だが、皆の報酬は上げてもらうぞ。あんな地獄、最初に提示された金貨1枚程度じゃまったく割に合わねぇ。その10倍……いや100倍分は働いたぞ」
その場にいるほとんどが大きく頷いた。
正直、私は文句の1つでも言いたいけどね。あんな過酷なクエストだとは思ってなかったし。遠征のメンバーが手練ばっかりだったからなんとかなっただけで。……皆の手前、我慢するけど。
「そうだな、確実に報酬は上乗せしよう。しかし、100や200ではきかない程の魔物の討伐なんて前例がない。あちらさんがどれだけ出せるかって話もあるし、協議する必要があるな……」
ロンドはブツブツと呟き、紙に色々と書き込んで呼び出したスタッフに預けた。それが終わった後、少し言うべきが悩むように顔を歪ませ、シュルツに向かって言葉を発した。
「先程の話で出てきたベトレアだがな。お前らがグラネロ村に行っている間に遺体となって発見された。場所はローグ洞窟だ。心当たりはあるか?」
「――っ!? そ、そこは僕達が以前クエストで訪れた場所だ……その時から既にベトレアは……」
「ああ、気づかれないように入れ替わったんだろうな」
シュルツは砕けんばかりに歯を食いしばり、怒りに耐えていた。今にも義手の女を探しに飛び出していかんばかりの表情で。
「とりあえず、他の皆も疲れているだろうから報告はここまでにしよう。アレックス以外は下がってくれ。疲れを残さないよう、ゆっくり休ようにな」
ロンドの合図で私達は執務室を出ていった。いつもならギルド内の酒場でおしゃべりしたりするのだが、流石に皆疲れていたから誰もそれを提案しようとしない。
私は黙りこくったシュルツが気になり、声をかけた。
「ねぇシュルツ。この後少し呑まない? 今日は私が奢るよ?」
「……あぁ、ルシア嬢。お気遣い感謝するよ。だが、今は少し一人になりたいんだ」
そう言ってシュルツは、仲間の女性達すら放って一人何処かに消えていった。
「ルッシー。男にはこういう時は一人になりたいものらしい。少しすればまた元気になるよ」
「……そうだね」
――うん、私も元男だから分かるけどね。こういう時、悩み抜いて破滅的な行動をすることもあるんだよ、男ってね。私はそれが心配だよ。
ローラの顔を少し複雑な顔で見た私は、うつらうつらと眠そうなベルを背負って、皆と宿に帰ったのだった。
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――皆が帰った執務室にて。
アレックスとロンドは『フォー・リーフ』について話し合っていた。
「――というわけだ。今回のクエストで観察したが、『フォー・リーフ』のポテンシャルは高い。ルシアやベルザードだけでなく、全員が、だ」
「ふむ。では今回の功績として彼女達のランクを上げて、上級パーティとして上位のクエストを任せてみるのもいいな」
ロンドはアレックスの報告に満足そうに頷いた。実はAランク未満の冒険者には伝えられていないことだが、Aランク以上になる為には、そのランクと同等以上の者が評価をし、認められる必要がある。
彼はルシアやベルザードが加入する以前から『フォー・リーフ』に目をつけており、アレックスには今回、その実力を見極めてもらっていたのだ。
「ああ。それは悪くないと俺も思うぜ。ただ……あのパーティはあと半年もすれば解散する可能性があるぜ? その時あのパーティがどういう道を辿るか分からん」
アレックスは道中にルシアが冒険者になった理由を聞いており、あと半年もするとその理由が消え失せることも知っている。
「ふん、ルシアのことか。そんな事些細な問題でしかない」
アレックスはロンドの言葉に軽くを目を開いて、続きを促した。ロンドはいつの間に彼女を調べたのだろうか。
「出立する前にも話したがな。俺はルシアとベルザードというイレギュラーが居なくても『フォー・リーフ』のシャロットとローレライを評価していた。パーティを解散するにせよ、何らかの形で存続するにせよ、彼女らのランクを上げるのに不都合はない。それはお前も承知したはずだ」
「ああ、そうだな」
アレックスはロンドの言葉に同意を示す。それは自分も報告の際に念を押したところだ。しかし……と彼は思い悩む。現在の『フォー・リーフ』は理想的なパーティ構成だ。
近接戦のシャロットに遠距離戦のローレライ、近・中距離に回復と器用にこなすベルザード、そしてルシアという絶対的な防衛線。さらに彼女は武具と魔法を組み合わせ、幅広いバリエーションを獲得している。
ある意味、上級パーティとしての『フォー・リーフ』はルシアが要と言っても良い。ルシアの本職が農民だと聞いた時は、正直驚きで目が飛び出るかと思ったくらいだ。
そんなルシア依存のパーティを上級パーティとして難易度の高いクエストをやらせるのは大丈夫なのか。
もしルシアが何らかの理由でクエスト中に行動不能になったら?
もし半年後、パーティが解散したら……他のメンバーは上手く戦えるのか?
「そんな顔をするな。お前が心配しなくても、上級パーティになったら嫌でも自覚し、模索するさ。……他の上級パーティの奴らも同じ道を辿ってるさ」
「……そんなもんかね。俺はソロだからそういうのは分からんな」
そう言ってアレックスは、椅子の背もたれに寄りかかり、カタカタと脚を鳴らした。まるで拗ねる子供のように。
それを見たロンドは苦笑いをしてアレックスの頭を乱暴にガシガシと撫でた。アレックスは嫌がったが、ロンドが気が済むまで、本気でその手を払ったりはしなかった。
「……たく。いつまでもガキ扱いすんじゃねぇよ。で、ルシアについてはどうすんだ?」
「アイツはなぁ……半年で冒険者として居なくなるにせよ、出来ればそれまでに様々な経験を積ませてやりたい。上位のクエストを任せてみたい、と言ったのもその理由の一つだ」
ロンドは少し目を細めてそう言った。その表情をする時は何か考え事をしている。ある程度長い付き合いのアレックスはそれを敏感に感じ取った。
「なんだそりゃ。ルシアになんかあんのか?」
「悪いな。お前にも詳しいことは話せん。ただ……」
「ただ、なんだ?」
ロンドは言葉を選ぶように少し間を置いて、話を続けた。
「――彼女は気づいているのかいないのか。まぁ、おそらく気づいていないようだが、『有能』だ。……『強い』、ではなくな。それ故に、彼女が望む望まんに関わらず、この国に迫る大きなうねりに巻き込まれるだろう。
その為に多くの経験と味方を作ってやりたい……まぁただの年寄りのおせっかいだ」
「ギルマス、いや、ロンド。アンタ一体、何をどこまで知って――」
「――話は終わりだ。お前の報告は参考になった。もう下がって休め。そして、俺の言ったことは忘れろ」
ロンドは唐突に話を切り上げ、アレックスを執務室の外に追い出した。扉を閉めた後、ロンドは秘蔵の葉巻を取り出し、火を点けた。
身体が資本のこの職業で、葉巻を最後に吸ったのはいつだったか。下らない問いかけを自分に行いながら煙をふかし、まるで淀み溜まった膿を排出するかのように煙を吐き出し、ついでとばかしに呟いた。
「荒れ狂う世を照らす一条の光か――はたまた渦巻く荒波に引きずり込まれる哀れな木の葉か。行く末を知るは神のみぞ、か」
彼の呟きは誰にも聞かれる事なく空に消え、残るは葉巻の紫煙のみであった。
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても感謝です。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。




