エピソード054 四面楚歌の戦い――シュルツの矜持
――まさか、こんな事になるなんてね。
シュルツは肩をすくめるしかなかった。たしかにギルドマスターからは難易度の高いクエストだとは言われた。
しかし、村に着くといきなり百に近い魔物の大群に囲まれ、倒しても倒してもキリなく湧き続けるなんて、誰が想像できようか。
極めつけは暴走種と呼ばれる、魔物を強化するという謎の石が埋め込まれたオークが今まさにシュルツに迫っているということだ。
唯のオーク1体如きならばやられはしない。しかし、もう何年も冒険者として活動し、ギルド上位に食い込むほどに力を付けたシュルツならばこそ、その尋常ではないオーラの強さを感じ取っていた。
そいつは周囲の魔物を喰って成長していた。今まで討伐してきたオークのざっと二周りは大きい体格を有し、胸の中央に黒曜石のように漆黒な石が埋め込まれている。
全身に血管が浮き出て、本来オークが好むような棍棒は持ってはいないが、代わりにそのへんの木を根から無理やり引き抜いて枝葉が残る木の幹をそのまま武器としている。
オークと呼ぶのもおこがましい、まさにハイオークとでも呼ぶべき個体だ。
「ふぅ。まいったね、どうも」
シュルツは愛用のレイピアを軽く撫でた。鍛冶師に特注で作らせた薔薇の意匠が凝られたナックルガードは薄汚れ、何体もの魔物を貫いた刀身は剣技の連続使用でそろそろ最期が近づいているのが分かった。
「まさに絶望的な状況というわけだ。しかし――」
シュルツはチラリと後ろに控える、己の仲間である4人の女性冒険者達を見やった。彼女達はオークの禍々しい雰囲気に当てられ、ガタガタと顔を青ざめて震えている。中には武器を取り落している娘もいるくらいだ。
――どれだけ敵が強かろうと、昔から僕についてきてくれた愛する彼女達のため、まだ若き麗しき少女達のため、惨たらしく殺された全ての女性達のために立ち向かわねばならない。
――それが『愛の求道者』たる僕の矜持だ。
「さあ、これから僕も本気を出そう。……僕の愛する大切なハニー達よ、僕に力を貸しておくれ。君達を護るための力を」
シュルツが甘く囁くと、彼女達はコクリと頷き、一斉に1つの単語を発した。
「「「 『共有』!! 」」」
その瞬間、シュルツは身体の奥底から燃え滾るような熱い迸りを感じた。その熱は身体を循環し、まるで彼女達の愛が己を包み込む錯覚にとらわれる。
シュルツはステータスが一気に跳ね上がるのを確認した。いつもより強化の値が低い気がするが、彼女達に恐怖が伝播してしまったが故だと納得する。
シュルツの『共有』というスキルは、ステータスだけでなく、その時の感情も共有してしまい、それが強化倍率にも影響を与えてしまうのだ。
しかし、それもすぐ収まるだろう。
なぜなら彼女達は今、スキルの恩恵である陶酔状態により恐怖が和らげられているはずなのだから。
その証拠に彼女達は頬を赤らめ、潤んだ瞳でシュルツを見つめている。胸を抑え少しもじもじしているのが何ともいじらしい。
「後でたくさん愛してあげよう、ハニー達。その前に……醜いオーク、お前を殺すよ」
そう呟くや否や、シュルツは軸足に力を入れ、弾けるように疾駆する。その勢いのまま。レイピアの鋒を黒い石に突き立て、一気に勝負を決する。
それを嘲笑うかのように、オークは図体に似合わない機敏な動きで鋒を回避し、木の幹を小脇に抱えて振り回す。あまりの勢いに太い幹をしならせながら、その圧倒的なリーチでシュルツを近寄らせない。
「くッ!? なかなかやるようだね……だが、まだ僕の速度は上がるぞ! 『スティング・レイ』」
胸の高さに構えたレイピアが、眩い閃光を放ちながらオークに迫る。目にも止まらぬ速さで繰り出される刺突は、僅かに石を逸れた胸部を刺し貫く。
シュルツは的にならないよう、軸足を中心に小刻みに身体を動かし、オークの死角を移りゆく。どれだけ敵の腕力が強かろうと、フットワークによる絶対回避、そしてレイピアから繰り出される閃光のような攻撃を繰り返せば負けることはない。
――蝶のように舞い、蜂のように刺す
それを体現するかのようなシュルツの戦闘に苛立ちを見せたオークは、攻撃が単調に、そして大ぶりになってきた。
――ここだ!
シュルツはオークが見せた攻撃後の隙を逃さず、勝負を決めに間合いを一気に詰める。
「これで終わりだ! 『スティング・レイ』」
回避不能。
今度こそ己のレイピアが、やつを狂わす石を粉砕する。
そう確信を持った渾身の一撃だった。
――魔物が横槍を入れなければ、だが。
集団から外れていた1体のジャネロがシュルツの攻撃に急に割り込み、突きの勢いを鈍らせる。
さらにジャネロの身体が壁となり、一瞬オークの姿を見失ってしまった。
シュルツが再びオークの姿を認めたのは、大質量の木の幹が己の眼前に迫る時だった。
「クッ?! 避けられな――」
「……ええいっ、もうヤケクソだよ! シュルツ、私のステータスを受け取って!『共有』……ふわぁっ!?」
視界外から聞覚えのある声に、シュルツはハッとさせられた。
この声はルシア嬢のものだ。半年前に『フォー・リーフ』に加入した銀髪碧眼の見目麗しい少女。『急所キラー』との異名でも呼ばれるその少女のステータスは――。
「鉄壁の防御力(DEF)! は、ははは! 助かるぞ、マイハニー!!」
「ふぇっ、ん……、くふぅ……。誰がいつあなたのマイハニーになったんだ馬鹿ぁ! 一刻も、一瞬でも早くソイツを倒してこれ解除してぇ!!」
「――ああ、見せてあげよう、僕の奥義を」
自身に迫る丸太を避けようともせず、刀身を立て、精神を集中させる。
シュルツに直撃した木の幹は激しい衝撃を与えこそすれ、シュルツには全くダメージを与えることは出来なかった。
「ルシア嬢の愛に答え、君に捧げる一撃だ。光栄に思いたまえ。……奥義、『紅の薔薇園』」
6連の紅い軌跡が宙を舞い、オークの四肢と首、そして胸の中央の石を粉々に粉砕した。
そのあまりにも疾い攻撃に耐えきれなかったのか、レイピアが砕け、破片が陽の光を反射して輝く花びらのように散り逝く。
心の中で相棒との別れを済ませたシュルツは、即座に満面の笑みを込めてルシア達を見やり、高らかに声を発した。
「さあ、皆! そしてルシア嬢! スイートマイハニー達よ! 僕の胸に飛び込んできてくれ……」
「良いから早くスキル解除しなさいっていってんでしょうがぁっ! おりゃあ!!」
眼前に迫る左ストレートを頬に受け、シュルツは至福の笑みを浮かべた。
それは別に痛みが心地良かったのではなく、赤面して怒りながらもどこかホッとした少女の顔を見て、ごく自然に浮かんだものだった。
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても感謝です。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。
※ 事前連絡:8/4は投稿をお休みさせていただきますね。




