エピソード051 私達、穀倉地帯に遠征です
翌日、私達はスタージュの街を出発し、一路グラネロ村へと旅立った。
メンバーは『黄金果実』5名、『ドラゴン・スレイヤーズ』5名、アレックス、ケーニッヒ、アッシュ、私、シャロ、ローラ、ソフィア、アーシアの総勢18名。今までで最大の同行人数だ。
今回は乱戦になる可能性が高いから、アーシアは表に出さないつもりだったけど、本人がごねるものだから、しぶしぶ同行許可をとった。
人前でアーシアを出し入れすると説明が大変だから、戦闘時にどうするか今から頭が痛い。
……まぁ、アーシアと仲の良いベルは道中楽しげだから良しとしようかな。
「あ、そう言えば。師匠、なんで昨日遅れて来たんですか? 流石に解析作業って終わってますよね?」
私は隣を歩くソフィアに尋ねてみた。
本来は昨日の顔合わせには間に合うと聞いていたのに、ソフィアが到着したのは夕連れ時だった。結局、皆との顔合わせは今朝出発する時になってしまった。
「解析は完了してるのじゃ。じゃがその対処となると話は別かの……。それは別の機会に話すとして、遅れたのは準備に手間取ったからなのじゃ」
「別の準備?」
「うむ。いい機会なのじゃ。ほれ、シャロット、ローレライ、これを渡しておくのじゃ」
取り出したのはソフィアと私が持っている通信端末、ケータイだった。シャロ達は目を光らせてそれに飛びついた。
「これがルシアが言っていた『ケータイ』ってやつね!どうやって使うのかしら?」
「本当は個別に通信できるようにしたかったのじゃが時間がなくての。今は電源をオンにしているケータイに共通して話が出来るようにしておる」
それはケータイと言うよりトランシーバーに近いな、と前世の記憶から連想してしまう。まぁ、見た目的にはむしろそっちに近かったので別に今更ではあるけど。
「うん、便利。情報共有は重要だね。――これでルッシーの有る事無い事を思う存分発信できる」
「ちょっと待ってぇ?! その使い方はおかしい! というか何言いふらす気なの!?」
「じゃあシャロの有る事無い事でも……」
「なんでよっ?! せめて有る事で……いいえ、やっぱりダメよ!」
これで話されたら全部筒抜けになっちゃうじゃない。ローラ、恐ろしい子。
「ねーねー、ベルは? ベルの『けーたい』は? ベルもほしいの! ほ・し・い・のー!!」
「すまんのじゃベルザード。今回は間に合わんかったから次来る時にはちゃんと持ってくるのじゃ」
「ぶぅー」
どうやらベルもよく分からないなりに、シャロ達の様子から楽しそうだと察したらしく、ソフィアにケータイをねだりだした。
まるで姉だけがスマホを買ってもらって拗ねてる妹のようだ。ベルはホントに可愛いなぁ。
「おいおい。今から魔物の巣窟になってる所に行くっつうのに、随分余裕だなお前達」
「ふっ、見目麗しいお嬢さん達の喧騒、素晴らしい! 是非僕も混ぜて欲しいものだ」
私達の姦しい騒ぎに引き寄せられたのか、アレックスとシュルツが会話に加わった。
「今から気を張っても仕方ないと思いますし。グラネロ村まで何日くらいかかるんでしたっけ?」
地図を見た限りでは大体5日くらいかな、と概算したけど、王国で流通している地図は起伏などがあまり考慮されていないから、もう少し時間がかかるかもしれない。
「俺は行った事ないから詳しくは知らん。俺の活動範囲だ――つうか、ルシアだっけか? もっと砕けた話し方でいいぜ。仮にもしばらくパーティを組むんだからな」
「そっか……分かった。じゃあ遠慮はしないよ、アレックス」
「おう」
「僕も女性以外は興味がないから分からないな。ところでローレライ嬢、もし良ければ僕の馬車でお茶でもどう……」「イヤ」
これはアッシュを呼んだ方が良いかな。騎士団なら向こうに派兵している兵士も残っているらしいし、もう少し詳しい情報を持っているだろう。
そう考えて、私はケーニッヒに断りを入れてアッシュをお借りすることにした。
「グラネロ村までの日数か? そうだなぁ、この速度なら6日程だと思うぞ。道中に起伏の激しい土地があるから、そこを迂回することにしてるからな。
……というか、アレックス様なら元騎士団なんですからご存知だったのでは?」
「え? アレックスは騎士団に所属してたことがあるの?」
所要日数はほぼ想定の範囲内だったので特に驚きはないが、アレックスが元王国騎士団だったのは予想外だ。
冒険者ギルドでSランクにまで上り詰める人を騎士団が手放すとはちょっと思えない。
「おいおい、アッシュくん。俺が騎士団に入団してたのは10年以上前だし約2年ほどだけだぜ? あの頃は人より武具を多少使えるだけのガキだし、王都から離れた所の巡回なんかに連れて行ってもらえる訳ないだろ?」
アレックスは馴れ馴れしくアッシュと肩を組んでそう答えた。
今でもアレックスは10代後半くらいに見えるけど、王国騎士団ってそんなに幼い子どもを入団させることがあるんだろうか。
「子供の頃?アクスって今何歳なの?」
「アクスって俺のことかよ。ただの斧じゃねぇか、いやハルバード使ってるけどよ……。17歳だが、それがどうした?」
「いや、なんとなく。同い年くらいなのに凄いな、って」
ローラの質問に答えたアレックスの言葉に私は何故か引っかかるものを覚えた。
今が17歳で10年以上前……? だいたい5~6歳くらいの時ってこと!?
そんな子供が騎士団に……? 何か似たような事を昔聞いたような……。
『――近くの町で強力な武具を手に入れた子がいたらしいニャ。その子は王都のなんとかっていうスゴい騎士団にスカウトされたらしいニャー』
ああ! 思い出した! 昔、聖環の儀式の道中でミケに聞いた話だ! あの時に聞いた子っていうがアレックスの事なのか。
私は子供の頃の思い出に浸り、懐かしい気持ちでアレックスを見つめると、その視線に気づいたアレックスは怪訝な顔をした。
「……まぁ、俺が得た武具は『神具』だったからな。俺が強いのはそれに助けられたのが大きいな」
「神具?! それって武具として得られる最上位のものじゃないの!」
「まぁな、運が良かったよ」
「なぁ、アレックスくんの事は置いておいて。シャロット嬢、どうか僕と一時の……」「あんたはちょっと黙ってて」
アレックスは肩をすくめただけでシャロの言葉を受け流した。随分と謙虚な対応だなぁ。
5歳で神が振るうが如き強力な武具を手に入れ、17歳にしてギルド最強と呼ばれるほどになったなら、もっと傲慢でもおかしくないのに。
アレックスの底が見えない。これが最強と呼ばれる者の器なのだろうか。
「あー、つまりだ。とりあえず俺が言いたかったのは、あんまりはしゃぎすぎて本番でバテるなよ、ってことだ。じゃあな」
「やあ、素敵な翼と尻尾を持つベルザード嬢、僕と一緒に美味しいお菓子でも……」「ベルおかし好き!」「こらベル! 怪しい人について行っちゃダメよ!」
彼は最後に私をチラリと見て元の隊列に戻っていった。……変なの。
「銀髪の美しいルシア嬢、今宵、僕と一夜を共に……」
「シュルツ、しつこいよ。一夜を過ごす前に急所を潰されたいの?」
「ひぃっ!? 『急所キラー』!!」
シュルツのしつこい態度に苛立った私が【農耕祭具殿・円匙】を取り出すと、シュルツは慌てて自分の乗っていた馬車に帰っていった。
「「「ルシア(ルッシー)、カッコいい! 流石は『急所キラー』」」」
「その呼び名は止めてって言ったじゃない!!」
「ルシアちゃんの二つ名が着実に拡散されてるわね」
その後も結局私達の姦しい騒ぎは収まることはなく、巻き込まれたアッシュはやれやれと肩をすくめるのだった。
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「ここが、グラネロ村?」
6日後、特に問題らしい問題もなく、無事グラネロ村の近くまで到着した。しかし、私の前に広がっていた光景は、どう解釈しても廃墟としか呼べないものだった。
「ええ。この村の周辺に駐留している騎士団分隊の者からの話では、建物や作物の多くが魔物共に荒らされ、住人からも死人や重傷者が出ている、とのことです」
痛ましそうに建物を観察しながら、ケーニッヒが理由を説明してくれた。
建物の多くが半壊し、所々に血の跡や固まった肉片がべったりとこびり付いている様子から、ここで起こった悲劇が容易に想像できる。
私達は思わず各々の方法で死者への祈りを捧げた。私は前世の記憶の影響か、咄嗟に両手を合わせて目を瞑り、頭を垂れて犠牲者への祈りと幸せな来世を願った。
顔を上げると、アレックスとクロムが私の事を凝視していた。
何故見られてるか理解できなかった私は、とりあえず自分を指差し、首をかしげてみた。それを見た二人は慌てて視線を逸らす。
不可解な言動に訝しみながらも、ケーニッヒの発案で分隊が陣地を張っているという場所に合流することにした。
私達が移動を開始しようとしたその時。
先程まで静かだったアーシアが、急に厳しい顔をして皆に警告を発した。
「――!! 魔物がこちらに向かってるわ! すぐに囲まれる! 数は……えっ……」
「アーシア、どうしたの? 魔物の数は?」
「うそ……。大波のように重なって……魔物が多すぎて分からない……」
「ッ!?」
私達は慌てて戦闘態勢に入るが、その時にはもう、敵の第一波はすぐ目の前に迫っていた――。
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても感謝です。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。
※ 事前連絡:8/4は投稿をお休みさせていただきますね。




