エピソード045 私、途中から記憶がありません……
まさか、オバケ回がこんな感じで終わるとは……。
――昏く仄暗い場所で、彼は静かに世界を覗く。
徐々に薄らぐ自己に充足し、新たな彼女に未来を託した過去の残滓。
只々消え征く筈だった彼は、ルシアの危機に立ち上がる。最後の力を振り絞り、沈みゆく彼女の意識にそっと囁く。
「これでおそらく最期だ。俺も苦手だが、代わりに力を貸してやる」
眠ったルシアをそっとひと撫でし、彼は訪れるはずのなかった世界に彼女の器を借りて推参する。
「折角だから見せてやるよ。俺の厨二病ってやつをよ」
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「ちょ、ちょっとルシアちゃんッ!? ルシアちゃんってば!」
俺が意識を取り戻すと、視界いっぱいにお姉さん……アーシアが目に涙を浮かべて縋っていた。
見ていた通り、俺は唐突なグールの出現に意識を失ってしまっていたようだ。俺はやおら起き上がり、アーシアの肩を軽く叩いて安心させるようにニヤッと笑った。
「大丈夫だよ、アーシア。――いや、お姉さん」
「は……?」
とりあえず、久々の再会――でもないか。いつも会ってるもんな――に気を取られず、俺は周りでギリギリ踏みとどまっている仲間達に声をかけた。
「よぉ、今から俺も参戦するぜ。とりあえずコイツらを消し飛ばしたら良いよな?」
「ルシア……? え、えぇ。でも、やれるの?」
ルシアの様子がおかしいのを訝しんだのか、シャロットが伺うように俺の顔を見やった。
問題ない……とは言えない。俺もホラーとか大の苦手だし。でも、男として一応格好はつけないといけないよな。
「ハッ! こんなの余裕だぜ。華麗に片付けてやるから惚れんなよ?」
俺はシャロットの返事を聞かず、手振りで敵との戦闘に戻れと指示し、自分の左中指に嵌った指輪に視線を落とした。
ルシアが適性があるのにも拘わらず、土属性以外の魔法が全く使えなかったのは、たぶん俺にも責任の一端があると推測していた。
一つの体に『俺』という別の意識を保ってしまったがために適性の割譲が起こってしまったのではないか。
俺も魔法を撃ってみたいだとか、武器に魔法を宿らせて……とか馬鹿な事考えていたからな。その願望が歪んだ形で現れてしまった。
――なら、俺は彼女に俺が持ちうる全ての力を返還するぜ。
「おい【聖環・地】、聞こえるか? 今からルシアに俺の力、というか元々彼女が持つはずだった力を返す。ちゃんと受け取れよ?」
『……承知しました、マスタールシア。【聖環・地】がマスタールシアの魔法適性を再検証……【地】・【水】・【風】に適性あり。続いて魔法を再取得します……完了しました。適性に合致する水属性魔法の取得に成功しました』
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[魔法]
・【ヴォダ・バレット】lv.1 New!!
・【アクア・マインド】lv.1 New!!
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【ヴォダ・バレット】
・消費MP5
・バレット系の中級魔法
・掌で掬えるくらいの液体に作用し、打ち出す速度を大きく加速させる
【アクア・マインド】
・消費MP10
・レジスト系の初級魔法
・対象の魔法耐性をわずかに引き上げる
・火属性魔法に対して効果量増加
「……風属性魔法は覚えなかったか」
もっと強力な属性魔法を覚えてくれるかと思ったが、残念ながらそこまで甘くないようだ。まぁ土台は作った。後は彼女が頑張って習得するだけだ。
「よっし。それじゃ皆に【アクア・マインド】。これで多少はレイス対策にはなるんじゃないか? 知らんけど」
「お、ルッシー復活した? ありがとー」
「助かるわ。でもルシアが水属性魔法……?」
「ルシア、なんか口わるいの」
「すぐに元に戻るから気にしない気にしない!」
彼女が起きたら俺はすぐ引っ込む事になるからな。もしくは……まぁいいか。
さてと。準備は済んだし、俺無双でも始めますかね。
「【農耕祭具殿・大鎌】」
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[武具:農耕祭具殿]
・大鎌:特殊スキル【刈取】
-指定範囲を一気に刈り取る。対人不可
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俺は普段彼女が使用しない刃渡りが長い大鎌を取り出した。
パッと見は漫画やアニメで見かける死神が持ちそうな大鎌だが、あくまでもこれは農耕具。木の柄に反りの浅い刀身。
柄の途中には扱いやすいように取っ手が付けられており、実用性重視だ。
俺は3人が組んでいた円陣を飛び出し、持っていた聖水を大鎌の刀身にブチ撒き、刃を後方に下げ横薙ぎ、つまり刈り取りの姿勢を取った。
鋒からポタリポタリと聖水の雫が滴る。
「さっさと消えろオバケ共! 対象は敷地内! 喰らえ、俺流農耕具殺法【ホーリー・ヴォダ・デスサイス】」
彼女の小柄な体躯で全力で振り抜いた大鎌から、屋敷の敷地内全域に聖なる水刃が迸り、触れた途端に死者共を浄化させて逝く。
……カッコつけたが、つまるところ普段からよく使っている複合オリジナル魔法だ。
聖水を媒体として【ヴォダ・バレット】を発動し、それを【農耕祭具殿・大鎌】の特殊スキル【刈取】と複合することによって広範囲の死者共の存在を一気に刈り取った、というわけだ。
こう考えると、なんか死神みたいだな。
「鎌は対人には使えないっていう妙な制約のせいで農耕具としてはともかく武器としては使いにくいんだがな。こういう生者ですらないやつらに対してなら効果覿面だよな」
俺は血払いをするかのように大鎌を左右に軽く振るい、肩に担いで悠々と皆のもとに戻った。
「すごいねルシア! とっても強い。ベルとたたかうの!」
「ルッシーがいきなり覚醒した件について詳しく」
「戦わないし詳しく話さない。覚醒モードはもうすぐ切れるよ。その前に――おい、ガイコツ」
先程の俺の一撃を受けたはずなのに、何故か死んでいないしぶといガイコツに向けて俺は話しかけた。
「まったく。肩を叩くテンポで『SOS』のモールス信号って……他に方法はなかったのか? ソレ以外にも何か言ってたようだが、悪いが俺はそこまで詳しくないんでな。とりあえず敵は全部倒したが、これで良かったか?」
「(コクッ)」
ガイコツは俺の問いかけに一度だけカタリと頷くように頭を振ると、何処からか古びた鍵を取り出し、俺に託した。
するとヤツも使命を終えたのかのようにガラリと崩れ落ち、二度と動き出すことはなかった。
先に逝ったか。じゃあ、俺もそろそろお別れだ。
彼女が目覚める前触れのようなものを感じる。意識に靄がかかってきた。
「シャロット。この鍵をお前に渡しておく。ギルドの報告にでも使ってくれ。俺はちょっと無理したから寝るわ。すぐ起きるからそうしたら連れて帰ってくれ」
「え? えぇ……? とりあえず、分かったわ」
俺は薄れる意識の中、皆から少し離れて地面に仰向けになり、僅かばかりの刻を過ごした。誰かが近づく気配を感じて視線をやると、そこにいたのは俺の予想通り、アーシアだった。
「やぁ、お姉さん。申し訳ないけど俺はもう消えなきゃ」
「……あなた、水地武くんね?」
「ククッ、何言ってるんですかお姉さん。お姉さんが俺をこの世界に記憶を保った状態で転生させたんじゃないですか。
今でも俺は水地武であり、私はルシアですよ。ちょっと彼女の代わりに前に出てきただけです。
……ちょっと、今後はこういう事は難しいと思うけど」
俺の言い回しを奇妙に思ったのか、お姉さんは首を傾げて少し考えた後、何かに思い至ったのか、ハッと目を見開いた。
「まさか魂の記憶化……?」
「俺は感覚的なものでしかわからないけど、そうですね。たぶんあってます」
お姉さんは俺の回答を聞くと、何かを思い出すように少しの間、目を細めていた。
「そっか。残念だね……」
「大丈夫。俺はいつでも『私』として生きてますから。……じゃあ、またいつか。彼女にも伝えて下さい」
「ええ。いつかご飯でも食べましょ。奢るわよ」
「ハハッ……楽しみです」
俺の意識は急速に薄れ、長き眠りについた。
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「う、うーん……。あれ? ここどこ?」
「おはよ、ルシアちゃん。気分はどう?」
私は仰向けに倒れていたらしく、見下ろしていたアーシアが声をかけてきた。
「うん? 気分は悪くないけど……あ、そっか。私、グールにビックリして気絶しちゃったのか……」
「そうね。その後、一騎当千の活躍だったわ」
「へ……?」
なぜ気を失った私が活躍するの? まさかジッとしてた方が邪魔にならなかったとか?!
私が不安がったので、気絶した後に私の身に起こったことをアーシアが事細かに説明してくれた。
全てを聞き終えた後、私が思った事はなんなのそれ? だった。
私は別に解離性障害(いわゆる多重人格の事)になったつもりはないし、今でも水地武だった頃の記憶は残ってる。というか、私が私にお別れを言うとかちょっと意味がわからない。
「簡単に言うと彼には『魂の記憶化』が起こったの」
「なにそれ?」
「人の子の魂って言うのは自我を内包した記憶の結晶なの。本来魂は一つの器に一つしか留めておけない。でも、ルシアちゃんは違ったよね?」
そう言われると、『ルシア』として今世で起こった様々な記憶を蓄積した私は、既に『水地武』とは分け隔たれた魂を持っている、とも言えるの……かな?
「でもルシアちゃんも例外ではなかったの。ルシアちゃんという魂が育つ度に、武くんの魂……自我は少しずつ薄れ、ルシアちゃんの記憶へと統合されていったの。それが魂の記憶化。
ルシアちゃんも前世での価値観が、この世界で過ごすうちに更新された感覚はない?」
いくつか心当たりはあるけど、正直言って私にはよく分からない。価値観なんて生活環境が違えばいくらでもひっくり返るものないじゃないだろうか。
「うーん。難しいことはよく分からないけど、私はいつでも私でしかないよ。それに、仮に前世の魂が私と分け隔てられたとしても、きっと今の私を尊重してくれるよ。
だから自分もオバケ苦手なくせして頑張って私を助けてくれたんじゃない? わかんないけど」
その言葉に、アーシアが何故か目を大きく見開いた後苦笑いしていた。
兎にも角にも、そんな難しい話より私は早くオバケだらけなこの場所から去りたいな、とボソリと呟いた。
「そうね……私はお腹すいたわ」
「――じゃあ、この後酒場でご飯食べよっか、皆も一緒にね。おーいみんなー!」
再び目を丸くするアーシアに、私は彼がなんとなく何を言ったのか分かった気がした。そう言えばアーシアと初めて出会った時も、『お姉さんが、少し豪華な食事を取れますように』とか言ってた記憶があるなぁ。
私は苦笑いを浮かべ、照れ隠しで手を差し出すと、アーシアは躊躇いもなく私の手を握ってくれた。
私達は手をつなぎ、向こうで事後処理を行っていた仲間達と合流するのだった。
私は異世界転生時の魂の在り方に疑問を持ってしまう派の人です。なのでこういう話を書きたくなってしまうんでしょうね笑
とはいえ、まだ納得してないので後で少し書き直すかもしれません。
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても感謝です。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。




