エピソード間話 ニンショウとアグネスの出会い
間話2つ目。ニンショウとアグネスの出会いのお話です。
騒がしくレーベン村を去っていく冒険者パーティ『フォー・リーフ』の皆を、私と妻は長い間見つめていました。
「良い子達でしたね、あなた」
「ああ」
私、ニンショウは短い間だったが一緒に旅した彼らとの道程を思い返します。氷竜退治など大変な事も起こったが、ずっと笑顔が絶えませんでした。
王都からスタージュの街へ向かう際にはあんなに嫌な思いをしたのに。
酒場で恩人のルシアさんと再会したのは本当に驚きました。その恩人が今度は私の故郷を救ってくれました。これもすべて運命だったのかもしれない。素直にそう信じられます。
「それにしても、タマチ君に何を渡していたんですか?」
「ふふ……ちょっと昔を思い出してね。応援したくなったのさ」
私は愛しい妻、アグネスの質問にそうとぼけておきました。尤も、妻には私の考えなど全てお見通しのようでしたが。
「わかったわ。アレを渡したのね……ふふっ」
「どうしたんだい?」
「ちょっと思い出しちゃったの、私達の出会いを」
妻にそう言われて、私も昔を思い出します。確かあの頃は、商人として一旗上げようと躍起になっていた若造で。
そして妻は――私の初めてのお客様でした。
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私はその頃、修行として働かせてもらっていた大店を出て、独り立ちをしようとしていました。
私は自慢じゃないですがあの店の店主に気に入られており、あのまま従業員として働いて安定した一生を終えることも出来ました。
でも当時の私は野望に燃えていました。絶対に自分の店を持つ。そんな意気込みを持っていたのです。
「よし! これで俺も商人の仲間入りだよな!」
尤も、駆け出しの私がすぐに店なんて持てるわけがなく、オンボロな荷車に自分で作った安物のアクセサリを並べただけの子供のおままごとにも等しいものでした。
それでも私は自分で作ったものを自分の手で売ることが出来る、という気持ちで一杯でそんな事は微塵も感じていませんでした。
私は一日中荷車を引いてアクセサリを売りまわりました。ですが、現実は厳しく、誰も見向きもしてくれませんでした。
今考えれば当たり前なんですけどね。
自分で言うのもなんですが、普通の人から見ればほとんど魅力の欠片もなかった商品だったでしょうから。
それでも私は諦めず、来る日も来る日もアクセサリを作って売り歩き続けました。
そして、ある暑い夏の日――運命の人に出会ったんです。
「アクセサリーだよぉ! ここでしか買えない一品物だよぉ!」
その日、私はいつものように大きな声を出しながら、真夏の昼に荷車を押し歩いていました。顔から珠のような汗をダラダラと流し、声を出しすぎて喉もガラガラになってました。
「もし。商品を見せてもらってもいいですか?」
「……! はい! 勿論です!」
初めて私に声を掛けてくれたのは、日傘を差した何処かのお嬢様然とした方でした。私は初めてのお客様に舞い上がってしまって、最初は彼女がどんな人かよく見えていませんでしたが。
彼女は私の並べた商品を一つずつ手に取りながら、感心したり難しい顔をしたりと百面相をしていました。
私といえば、彼女の隣でズボンを握りしめながらずっと彼女の手元を見つめるのに精一杯でした。
初めてのお客様。
いえ、お客様になるかもしれない人。
この人に、自分の商品がなんて評価されるのか。
その瞬間を、私は断頭台に立つ心持でジッと待っていました。
そして、その時がやってきました。彼女は私の方を振り向き、口を開きました。
「あなたの商品、素晴らしいものが多いですね。ご自身で作られたのですか? 特にこの腕輪、素敵ですね! 幾らですか?」
「……」
「あ、あの。こちら幾らですか……? あの! 聞いてますか!? おーい!」
私は呆然と立ち尽くしてしまいました。私の商品が褒めてもらえた。買いたいと言われてしまった。
――すごく嬉しい!!
私の中では大精霊の祝福の祝詞が聞こえていました。私は気がつくと彼女の手をギュッと握ってブンブンと振り回していました。
「ありがとう! ありがとう!」
「あわわ、ちょ、ちょっと落ち着いて下さいー!」
「ご、ごめん! 興奮しすぎた!」
私は正気に戻り、彼女の手を離しました。彼女は顔を赤らめながら、先程と変わらず腕輪の金額を尋ねてきました。
その腕輪は、実は私の最初の作品でした。仕事をしながら、寝る間を惜しんで夜な夜な作り上げた一品。
宝石を買うお金がなくて、せめて何とかデザインで勝負しようと私の故郷の湖をイメージした細工が施されていました。
「ぎ、銀貨2枚、で、どうでしょう?」
私は声を振り絞ってそう答えました。本当はその倍の金額は貰わないと材料や道具費などの元手が回収できませんでしたが、とりあえず売れるかもしれない、その可能性に私は縋り付いてしまいました。
「……ダメです」
「え……?」
彼女は急に真剣な顔になると、私に向き直りました。私は彼女の次の言葉を生涯忘れることはないでしょう。
「商品を……自分を安売りしてはいけません。確かにこの腕輪には華美な装飾は施されていません。ですが、私には分かります。この作品にはあなたの全てが詰まっています。
これを売りたい。買ってくれた人に喜んで貰いたい。そんな意志を感じます。
だから、そんなに安い値段なら私は買いません」
彼女は強い口調で私を嗜めると、最後にこう呟きました。
「だって――あなたは商人なのでしょう?」
私の頬を、汗ではない何かが伝いました。
私はその時何かを見失っていました。ただ商品を売りたいわけじゃない。私が本当になりたかったもの。それは自分の商品をまだ見ぬ誰かに提供し、喜んでもらう事。
私の原点はそこにあったはずです。
私は滲む視界を拭いもせず、彼女を見やりました。
「銀貨……4枚です」
「買います! お気に入り料も込めて!」
彼女は太陽のような笑みを浮かべて、準備していた5枚の銀貨を差し出していました。
「お買い上げ……ありが、とう、ございます!」
――ああ、私の最初のお客様がこの人で本当に良かった。
これが私とアグネスの最初の出会いでした。
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「彼には、男として私の魂を預けたくなった。それだけのことさ」
「ふふ、素敵ですね」
彼も彼女を相手にするには大変だろう。ですが、護衛を手伝ってくれたお礼をするのは商人として当然のことだからね。
――さて、彼は彼女に振り向いてもらえるでしょうか。
私は妻を見やり、そっとお腹を撫でました。
「もう少しだね」
「ええ、この子があの子達みたいに元気で素直な子に育ってほしいわ」
「絶対そうなるさ」
私は確信を込めてそう言い切りました。
「だって――私と君の子供なんだから」
非現実的かもしれませんが、私的には結構好きなお話でした笑
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても感謝です。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。




