エピソード038 私達、緊急クエストで氷竜退治です2
今回、驚くほどルシアの影が薄いです。そしてタマが覚醒します。
もうタマが主人公でいいよ()
私達は、件の氷竜がいる湖の畔に到着し、改めてその状況に唖然とした。
「あれが、氷竜ですか……」
向かった湖の中央では、体長20メートル程の大きな竜が暴れまわっていた。
見た目は前世の絵で見たことのある西洋龍に似ている。
しかし、絵で見たことがあるのと本物を実際に見るのとではまさしく存在感が桁違いだった。
透明感のある青緑色をした鱗に、クリスタルのように透き通り光を乱反射させる竜翼。
頭から生えた2本の竜角は美しい弓型の曲線を描き、いっそ芸術のようだ。
本来ならば美しく優美な竜種なのだろうが、残念ながら今は明らかに正気を失い、暴虐の限りを尽くす悪竜と化していた。
湖とその周辺は、見るも無残な状態と化していた。湖面は凍りつき、氷竜以外に動く生物が見られない。
氷竜がブレスを吐いたのか、周囲は氷塊だらけで霜が降りている。
「アレ……勝てますかね?」
「勝たんとどちらにせよこの一帯は全滅なのじゃ」
「では……みんな、戦闘開始よ!」
「【ジオ・プロテクト】x 5」
私は皆に防御魔法をかけると後方に下がり、すぐさま拘束魔法の準備に入った。
「まずは近くに誘き寄せるのじゃ!」
「弓、行くよ」
ローラはとっておきの魔法矢――魔法効果を再現する刻印札を貼り付け、擬似的に魔法を行使出来るようにする。とても高価――を弓につがえ、弦を引き絞る。
これを放てば、私達はもう後戻りできない。
ローラは恐怖で震える腕を必至に押さえ、弦を限界まで引き絞り、氷竜に向けて先制の一撃を放った。
「わしもいくのじゃ! 【ボルケーノ・カノン】」
爆炎を上げてローラとソフィアの放った遠距離攻撃は氷竜を直撃したがダメージはほとんど見られず、鱗の表面を少し炙っただけだ。
しかし、ヘイトを稼ぐ事は出来たようで、怒り狂った氷竜がこちらに向かってすごい勢いで向かってきた。
「行くわよ! タマチ君!【パワー・ブースト】x 2、【スピード・ブースト】x 2」
「わ、わかった!」
シャロとタマの前衛組も同時に動く。
2人は氷の上を全力疾走し、氷竜が後衛組に近づきすぎないように攻撃を放って注意を逸らす役目に徹する。
事前に靴の裏をスパイク状に加工しておいたためか、氷の上でも比較的自由自在に動けているようだ。
「エンチャント【ファイアー・ボール】! 燃えなさい、火弾剣!」
「タマチ流短槍術、【極突き】!」
STRをブーストしたシャロはとっておきのエンチャント・ソードに魔法を乗せた火属性斬撃を氷竜の胴体に連続して放ち、激しく火花を散らせてゆく。
タマは槍に回転を加えながら、正確に鱗の薄い関節部分に鋭い突きを放ってゆく。
「ガアアアッ!」
氷竜は鬱陶しそうに羽虫を散らすように翼を震わせるが、シャロは胴体に張り付くように素早く動き回って紙一重で躱し続け、タマは槍を上手く使っていなしながら、2人は更に攻撃を加えていく。
ローラは休む間もなく弓を引き続け、前衛組の動きをサポートする。
ソフィアは強力な貫通効果を持つ火属性魔法で少しでもダメージを蓄積させようとしている。
それでも。
氷竜はまったく堪えている気配が見られない。
むしろ、苛立ちが募り、今にも強力な攻撃をしようと準備しているようにも見える。
急がないと。
私は出来る限り集中して魔力の練りを早めようと努力した。そしてやっとのことで氷竜を中心に収めるように魔法陣の外円を描ききった。
対象が動き回る上に周囲の魔素が乱れて、練習で使っている時よりも時間がかかってる。
あと2工程。
焦るな……でも、出来る限り早く!
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ルシアが撃とうとしている魔法の第1工程、魔法陣の外円形成が終わったのを僕は目視で確認した。
聞いた話だとあと2工程あるという。ルシア、早く終わらせてくれ。
僕はそう願いつつ、必死に氷竜の攻撃を捌き続けた。
しかし、僕の祈りをあざ笑うかのように、途端に氷竜の動きが変わった。
さっきまで執拗に翼を使って僕らを攻撃していたのが、急に爪を使った致命的な威力を持つ攻撃に変化した。
本格的に僕らを邪魔者と判断したみたいだ。
「シャロットさん、攻撃パターンが変わりました。気をつけて!」
「ええ!」
シャロットは今まで以上に縦横無尽に動き回り、大振りな爪の攻撃を回避し、すれ違いざまに強烈な斬撃を叩き込んでゆく。
魔法でブーストされた並外れた身体能力と、魔法をエンチャントして火を放つ剣で果敢に戦うその姿は、噂に聞く王都の勇者様を彷彿とさせる。
シャロットさんはとても強い。
でも……。
「ハッ!ハッ!ハッ……」
僕は見てしまった。
ローレライさんとキャンベル様の攻撃で一時的に氷竜の注意が僕たちから逸れた一瞬のタイミング。
誰にもバレないように、シャロットさんは激しく息を切らし、なんとか呼吸を整えようとしていた。
体力の消耗が著しい。
大量の汗が珠となってシャロットさんの顔を滴っている。
それも当然だ。
いくら魔法で能力をブーストしようとも、体力は如何ともし難い。
呼吸を整えるために周囲の状況確認が一瞬疎かになった。
そんなシャロットさんに振り返った氷竜の口から氷塊のブレスが放たれようとするのを僕は――
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く、苦しい……。
あたしは自分の身体が呼吸を欲する要求に耐えきれず、ローラ達の攻撃の合間に呼吸を整えようとした。
普段は使用を控えている身体強化補助の魔法を重ねがけして、更に一撃喰らえば即死もあり得る状況で全力で動いてたら、こうなるのは当たり前よね。
「「シャロッ! 逃げて(るのじゃ)!!」」
遠くからあたしを呼ぶ声が聞こえた。
ハッとあたしが視線を上げると、すぐ目の前にあたしよりも大きい氷の塊がいくつも迫ってきているのが見えた。
何とか身体を動かそうとするけれど、言うことを聞いてくれない。
まるでコマ送りのようにすべてが強烈な死の匂いを漂わせてあたしに接近する。
ああ……。あたし、死ぬかも
そう悟った瞬間、あたしの視界の外から黒い影が攻撃の射線に割り込んできた。
「タマチ流短槍術、【流流分水】!」
攻撃のベクトルを瞬時に読み解くように、迫りくる氷塊の勢いを遮らず添えられた槍で僅かに軌道を逸らしている。
それはまるで流れる水を分け隔つ分水嶺。
『護る矛』として鍛錬を積んだ、彼が極めようとする技術の基本にして究極の奥義。
氷塊に刻まれ、血を滴らせながらも神掛かった業で必死にあたしを護ろうとする人、タマチ君がそこにいた。
「な、んで……」
「護るって――約束したんだ」
あたしに振り返って微笑んだ彼の顔はとても儚く、――美しかった。
彼に護られてからどれくらいの時間が経っただろうか。
ブレス攻撃を全て受け流したタマチ君にあたしは感謝の言葉をかけようとした。
でも……。
「シャロッ! 逃げて!!」
ブレス攻撃を終えた氷竜の尻尾があたし達に迫っている。
あたしがそれを見たのと遥か後方からローラの叫び声が聞こえたのはほぼ同時だった。
「くぅっ!!」
バキンッ!
タマチ君は必死に攻撃を防ごうとしてくれた。
しかし、現実は非常だった。
辛うじて氷竜のブレス攻撃を堪えた短槍が最期の悲鳴を上げて砕け散った。
「シャロットさんッ!!」
タマチ君があたしを護るように抱きしめ、あたしは一瞬何も見えなくなって、そして数瞬、途轍もない衝撃があたし達を襲った。
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「シャロッ! 逃げて!!」
私の叫び声も虚しく、タマチーが一時的に耐えていたが、武器が砕けてそのまま2人は吹き飛ばされて周辺の氷塊に打ち付けられた。
ここからでは彼女達の生死は確認できない。
「ソフィアさん……すみません。私、行ってくる」
ベルトポーチを探り、とっておきの回復薬が1本入っているのを手のひらで確認する。
氷竜は今にも彼女達に止めを刺そうと動き出そうとしていた。
「待つのじゃ! ローラは純後衛向きで前線には……」
「分かってる! でも、私は冒険者、『フォー・リーフ』のローレライだからッ!! 仲間を見捨てるなんて、もう、二度としないんだからッ!!」
私はソフィアさんの返事を待つことなく、駆け出した。
矢筒から同時に三本の矢を引き抜き、走りながらそれら全てを弓につがえる。
「喰らえトカゲ野郎! 3点バースト、【トライ・ショット】!!」
安定しない姿勢での射型にも関わらず、スキルの恩恵もあって全ての矢が氷竜の眼に同時に着弾し、小規模の爆発を引き起こした。
「もういっちょ、スモーク・ショット!」
目くらまし用の煙幕弾をありったけ撃ち込み、私の姿を見失わさせる。
いきなり目の前で爆発し、その後の煙幕で周りが見えなくなり、流石に驚いている氷竜の横をすり抜け、私は2人のもとへ駆け寄った。
「シャロッ! タマチーッ!」
私は2人の胸に耳を当て、心臓が動いているかを確認する。
「……! 良かった、生きてる! すぐ回復させてあげるから」
ベルトポーチから回復薬を取り出し、シャロとタマチーに半分ずつ飲ませる。
否、そうしようとしたが、自力で飲み込めないようなので、私が口に含み無理やり口移しで飲ませた。
本当は一本ずつ飲ませてあげたいんだけど、在庫がないんだ。
「う、うぅ……ローラ?」
「良かった……生きてた!」
私はすぐに目を覚ましたシャロに抱きついた。
怪我を確認しているのを見ると、少なくとも動けなくなるほどの問題はないみたい。
たぶん、ルッシーの防御魔法のおかげだ。
「あ、あたしはタマチ君に護って貰ったから……ってタマチ君は?!」
「した」
「下?……ってなにこれ!?」
「膝枕。演出しておいた」
タマチーの頭をシャロのふとももに乗っけておいた。
これぞ(自称)恋愛の匠の業だよ。
私はグッ!とシャロに向けてサムズ・アップしておいた。
大丈夫、回復薬を飲んだ時に呼吸をしていたから彼も直ぐに目が覚めるはず。
「ば、バッカじゃないの! こんな大変な時に!!」
その割には顔が赤いし、何気にタマチーの髪を撫でてるけど。
無意識?
「う、ううん。僕は……? あぁ、シャロットさん、大丈夫だった?」
「は、はい! あたしのために身を挺して護ってくれて……」
何やら初々しいカップルのようなシチュエーションだけど、お二人さん、状況は考えてね。
私が言うのはなんか違うかもしれないけど。
「お二人さん、前々」
「「えっ?」」
視線の先には視界が晴れて、怒り心頭のご様子で氷竜が私達を睨みつけていた。
さて。ここからどうしようかな。
足元を見るともうすぐルッシーの魔法の第2工程が完了しそうだけど、もう少し時間は必要らしい。
「後もうひと踏ん張り、って感じなんだけど」
「なら、任せて」
「僕が、やるよ」
同時に立ち上がり、シャロとタマチーが同時に答えた。
「休憩させてもらったから。あたし達が攻撃を開始したらローラはソフィアさんの所にすぐに戻って援護して。……タマチ君、行けるよね?」
「行けるよ。さっき声が聞こえたんだ。僕に力を貸してくれるって。
――僕に護る為の力を与えよ、武具【セイン・ショートスピア】」
彼の手に現れたのは儀式槍然とした一振りの短槍。
具合を確かめるように一振りすると、軌跡が輝き一条の線となった。
「じゃあ、あたしも後先考えないで全力で行くわ」
シャロは持っていたエンチャント・ソードで自分の身体を少しだけ傷つける。
それでちょうど彼女のHPが半分を下回った。
「思考は冷静に、心を燃やせ――発動、【窮鼠】!【パワー・ブースト】x 5、【スピード・ブースト】x 5、エンチャント【ファイアー・ボール】x 2、爆炎剣!」
シャロは今出来る最大のブースト方法を全て実践し、ステータスを一気に引き上げた。
その数値、STR283、SPD161。
それは一時とは言え、一握りの強者のみが辿り着ける境地に手をかける。
「……頑張ってね」
「いくわ」
「僕が、皆を護ってみせる」
2人は最後の決戦に向け、氷竜へと肉薄した。
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても嬉しいです。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。




