エピソード024 地の農民、火の勇者と試合する
グレンとの模擬戦です。さて、ルシアは勝つのか負けるのか。
※ 6/29 総合PVが2000に到達しました! いつも読んでいただきありがとうございます!
私はメイドに連れられて会場である闘技場に到着した。
「よぉ、よく逃げずに来たな。褒めてやるぜ」
「あらあら。勇者が農民の小娘をイビるためだけにこんなにギャラリーを集めてくれてありがとう」
会場として準備された闘技場には、騎士団の人達と少数だが王都の一般人も混じっている。
おそらく闘技場を一般にも開放したのだろう。
「可愛げのない女だな、お前。今なら泣いて土下座すれば許して嫁にしてやってもいいぜ」
「勇者のくせに下品ね。まだスライムの方が可愛げがあります」
私と勇者グレンは顔を突き合わせた途端、舌戦を始めた。
こんなところから負けるつもりはない。
「では、立ち会いはパンドラム王国騎士団団長フォルブスが務める。ルールは一騎打ち。どちらかが戦闘不能になる、あるいは降参した場合、相手の勝利だ。ただし、相手を殺すことは認めん。そのような攻撃がされた場合、私が強制的に勝負に介入するのでそのつもりでいるように」
「はいはい。こっちは手加減してやらねぇとな」
「……承知しました」
「なお、武具や魔法に関しての使用制限はない。途中で武器を変更することも可能だ。何か質問は?」
「ねぇぜ」
「私も問題ありません」
「では両者距離を取れ……はじめ!」
「先手必勝だぁ、死ねぇ!」
グレンはためらいもせず、背中の大剣を引き抜き、一直線に私との距離を詰めた。
「私が死んだらあなたの負けでしょうに……【アース・プロテクト】」
私は自分に防御魔法をかけ、右腕の小盾を構えて防御姿勢を取った。
「遅せぇよ! じゃあな!」
グレンは勢いのまま大剣を振りかぶり、私めがけて横薙ぎに一閃した。
ギインッ!
グレンの大剣は私の掲げた小盾に激突し、火花を散らした。
私は大剣の衝撃をあえて受け流さず、その勢いを利用して距離をとった。
「……あ? その盾、軽装用の薄い盾だろ?なんで俺の剣が受け止められんだよ。それがお前の武具ってわけじゃねぇよな?」
「国王陛下との話聞いてましたか? これは騎士団の者に借りたただの小盾です。受け止められたのは私の防御魔法のおかげ。私の魔法は私が装着したものにも適用されるんです。そして……これが私の武具です。【農耕祭具殿・鍬】」
私の左手には、いつも畑仕事に使っているお洒落な鍬が握られていた。
「あっはっは! 鍬って! 農民にピッタリじゃねぇか!」
「そうですね。私にぴったりな武具です。案外気に入ってるんですよ? こんな感じで便利だからねっ!【開墾】」
私は鍬を高く振り上げ、このまま闘技場の地面を耕すように一振り。
すると、一瞬のうちに闘技場の地面全てがフカフカの良く耕された土になった。
「何事かと思えば土を耕すだけの能力? 使えねぇな」
「それはどうでしょう? 状況をよく見ないと足元を掬われますよ?」
私はグレンにゆっくり近づきながら重い鍬を振りかぶり、遠心力を利用して柄の部分がグレンの肩に当たるように振り下ろした。
「遅せぇ!そのまま武具を真っ二つにしてや、ぐっ?!」
グレンは大剣の刃で鍬の柄を受け止め、そのまま切り裂こうとしたが、先程の盾と同じように火花が散るだけ。
妙な体勢で受け止める形になった上、先程耕されて不安定になった地面のせいで踏ん張りが効かず、グレンの体勢が崩れる。
私が柄を引き込むことで引き寄せられた鍬の刃の部分がざっくりとグレンの肩に食い込み、そのままグレンは前のめりに倒されてしまった。
「だから言ったじゃないですか。防御魔法は私が装備したもの全てに適用されるし、足元掬われますよ、って」
私は鍬をグレンから引き抜いて肩に担ぎ、見下すようにそう言った。
悔しそうに見上げるグレンと見下す私。
本来の実力差ではありえないこの構図に、闘技場にいる者達のテンションが湧き上がる。
「ざけろ! 一撃入れたくらいで調子に乗んな! 燃え盛れ【フランベルジュ】」
激高したグレンは大剣を放り投げ、【聖環・火】から炎を纏わせた剣を取り出した。
炎剣フランベルジュ。
非常に高い火属性適性を持つ者のみが扱うことを許された、『英雄』級の武具。
その特性は、『燃焼』。
使用者は莫大な魔力を燃料に、鉄はもちろん高級金属であるミスリルをも軽々溶かし斬る、攻撃に特化した武具である。
「こいつを使うつもりはなかったがもう許さねぇ。死んで償え」
私は振るわれるフランベルジュを躱したり盾で受け流したりして防いだが、一度受けただけで小盾の一部が溶けかけていた。
「つつしんで遠慮します。それとさっきからあなたとその武具熱いです。一回落ち着きましょうか。【農耕祭具殿・馬穴】、消火しましょう【鎮火】」
私は鍬を今度はバケツに変え、たちまち溢れ出した水をフランベルジュに浴びせかけた。
すると、先程までフランベルジュから噴き出していた炎が消えてしまい、さらにブスブスと音を立てているが、新たに炎が立つ様子はない。
「なっ?! おいフランベルジュ! 何してる早く炎を纏え! 水掛けられたくらいで何燻ってやがる!」
「これでも武具です。かけたのがただの水だと思ってるんですか?」
「クソが!」
「だから下品なんですって。うっとおしいから離れてくれませんか? 【ストーン・バレット改】」
私は右手にずっと隠し持っていた石を投げ、魔法によって加速させてグレンの腹に当てて距離を離した。
「なんなんだよ、クソ!クソ!クソがぁ!防御硬すぎんだよ! 武具をコロコロ変えてうっとおしい! フランベルジュは沈黙させられるしよぉ! 近接戦闘が全く出来やしねぇ!」
「……」
「負けられねぇ。じゃあどおする? 接近戦が出来ねぇなら……遠距離から攻撃すりゃいいんじゃね?」
「……チッ!!」
私は武具を消して両手を前に突き出し、魔法防御の姿勢をとった。
「とりあえず仕切り直しだぁ! くらえ【ファイアー・ボール】」
「くぅ! 護って指輪さん!【聖環結界】」
先程までグレンの強烈な近接攻撃を受けてもビクともしなかったのに、急にシールドを張って魔法を防御しだした。
遠目からはわかりにくいが、焦っているようにも見える。
「てめぇ……もしかして。【ファイアー・ボール】」
「うぅ、耐えて指輪さん!」
「はーはっは! やっぱりか! てめぇ、物理防御特化だな?どおりで大剣やフランベルジュの攻撃受けてもビクともしねぇわけだ。そのシールドがお前が持つ唯一の魔法防御手段ってわけか!」
「……」
「じゃあこれは受け止められるか?【ボルケーノ・カノン】」
【ファイアー・ボール】とは比べ物にならない熱量の溶岩塊が私の眼前に向かってくる。
「お願い指輪さん! あと1回だけ何とか耐えて!」
【ボルケーノ・カノン】を受けとめた【聖環結界】は、溶岩を激しく散らしながら大きく軋みひび割れ、ギリギリ受けきった。
しかし、そこまでだった。
【聖環結界】は弱々しく明滅した後、砕けて消えてしまった。
魔法の防御手段を失った私は、もう手がない。
「私、……」
「言わせねぇよ? 大丈夫、殺しはしないし手加減するぜ。【ヒート・ブレイズ】」
「ルシアッ!!」
ソフィアの叫びが聞こえたが、その前に【ヒート・ブレイズ】が私を直撃した。
「グレン殿、なんて事をっ!!」
周囲はシンと静まり返り、フォルブスや神聖魔法の使い手が慌てたように闘技場の私のもとに来ようとしたが、広範囲攻撃である【ヒート・ブレイズ】の影響で近寄るどころか私の姿も見えないようだ。
「ハーハッハッハ! 俺に勝とうなんて100年早かったな! ほら、助けてやるからじっとしてろよ? まぁ動けないだろうがな!」
闘技場の皆が炎の中心に近づいて行くグレンを遠目に見つつ、ルシアの無事を祈る。
すると、炎の中で人影が動き、炎の壁を貫いて一筋の石礫がグレンの腹を直撃した。
「グ、グエ……な、んで」
「そりゃ、私があなたの炎を無効化したからね」
炎の中から現れたのは、ヒーローがマスクを被るが如く、バケツを被ってびしょ濡れになった私の姿だった。
闘技場の皆の頭に疑問符が浮かぶ。
私はガシャりとバケツを上に上げ、顔を見せてドヤ顔を浮かべた。
「グフッ、そうか。フランベルジュに使った妙なバケツの水を使用したな? だが、その武具の特殊効果は1つの対象にしか適用出来ねぇ、これは防げねぇだろ! 【ボルケーノ・カノン】」
「だから効かないって」
【ボルケーノ・カノン】は私の身体に触れる直前で消滅した。
よく見ると、ルシアの表面には被った水がまるで服を着ているように薄い膜となって覆っている。
「師匠直伝、武具と魔法の複合オリジナル魔法、【消火服】だよ。ぶっつけ本番だったけど上手くいったね」
「んな、馬鹿な……」
私は小袋から先日購入した鉄鉱石を取り出し、投球フォームに入った。
「悪いけど、そろそろ終わりにするね。これ、私の初めてなの。思う存分堪能してね」
高々と掲げた右足を振り下ろし、その衝撃で土を巻き上げる。空を切り裂き、左腕が唸る。
「【ストーン・バレット改】、タイプ鉄鉱石」
私の手から放たれた鉄を含んだ石が杭状に姿を変えてジャイロ回転する。
まるで一種のパイルバンカーとなった鉄鉱石はグレンの土手っ腹に貫くような衝撃を与え、グレンはそのまま糸が切れた人形のように地に倒れ伏した。
おお、鉄鉱石って杭状に変化するんだ。
グレンもピクピク動いて此方を睨もうとしているので、命に別状はないだろう。
尤も、骨はボロボロになっていそうだけど。
「勝者、ルシア!」
フォルブスが試合終了の宣言を出した途端、闘技場は割れんばかりの歓声で溢れかえった。
私は、客席で呆然としているソフィアを見つけると、勝利のVサインを掲げた。
金隼の髪飾りが闘技場に差し込む光を反射してキラリと瞬いた。
あなたの予想は当たりましたか?
お疲れ様でした。
楽しんでもらえたらなら幸いです。




