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エピソード127 それぞれの試練5【シャロット視点】


「なんでアンタがここにッ……!?」

「あラ? ここハ『お姉さま素敵!』ト、泣イテ縋りツく場面デなかったカシラ?」


 あたしに似た顔で引き攣った下手糞な笑顔を浮かべ、冗談をほざくペトゥラ。あの日から2年も経過したのに欠片も笑顔が上達していない。


 そんな乱入者であるペトゥラに戸惑うも、好機を逃さんとばかりに剣を振りかざす敵兵達。しかし、その刃がペトゥラに届くことはなく、振るわれた拳の前に地に沈んだ。


「ペトゥラお嬢様を弑そうなど言語道断です」


 己が殴り倒した相手に紳士的に一礼をし、これまた突如現れたその老人は瞬時に主の後ろに控える。ピシリとアイロンを当てた執事服を纏い、背筋の伸びた歳を感じない佇まい。見間違える事なくブローニア家の執事長、ジュラフであった。


 新たな乱入者に警戒した敵兵達は、少し距離を置いて出方を伺っているようだ。この隙に情報収集をするしかない。


「……あなたも居たのね」

「はい。シャルロッテお嬢様。お久しぶりでございます。健勝で何よりでございますな」


 最敬礼するジュラフを見て、苦痛を我慢する表情を更にへの時に歪めた。


 左肩に穴あいてんのにどこらへんが健勝そうに見えるってのよ!

 

 っていうか、シャルロッテという名はもう捨てたとちゃんと伝えたわよね? これ絶対理解してて言ってんでしょ。ねぇこっち向きなさいよジュラフ。無礼にならない程度に知らんぷりを決めてからに。


「こンナ所でシャルと出会えるトハ運命的デすワ」

「ペトゥラお嬢様の日頃の行いの賜物でしょうな」


 うっとりとした表情を浮かべるペトゥラと、その後ろで真顔で小さく拍手をしようとするジュラフ。彼は手袋に敵兵の返り血がついていたのを見つけたのかそそくさと懐から新品に付け替え、拍手を再開する。


 ……なにこれ。なんか頭痛くなってきた。

 これは出血のせい? それとも空気読まない元身内のせいなの? あたしさっきまで敵と殺し合いしてたわよね? 実は悪夢でも見てんじゃないかしら。


 ……あれ? あたし今敵兵と殺し合いをしてるんだったわよね?

 戦場のど真ん中での2人の振る舞いに、つい錯覚を起こしそうになった。しかしこれは現実。穴の開いた左肩は狂ったように主張していた。


 そんな時、空中で様子を伺っていた2人の竜騎兵が氷の礫に潰されて地上に落ちてきた。そのすぐ後にあたしの隣に降りてきたのは困惑顔のベルだ。


「シャロ、これはどーいうじょうきょう?」


 反射的にあたしが聞きたいわよ! と返しようになるのを必死に抑えた。

 肩の痛みとあまり会いたくない相手との邂逅とこの意味不明な状況にイライラし始めたあたしは、ホント何しに来たのよという強い意志を込めてペトゥラを睨みつけてやった。


 すると、ペトゥラの下手糞な笑みが更に崩れ、困り顔を経て段々と泣き顔に近づいてきた。それを見たジュラフはすかさずペトゥラに耳打ちする。


「お嬢様。まずはシャルロッテお嬢様の肩の具合を看て差し上げてはいかがでしょう。その時間はわたくしめが……こちらの竜種のお嬢さんと稼がせて頂きます」

「えっ? えっ?」

「……っ!! そ、そうネ。ジュラフ、任せたワ」

「御意に。では行きましょう、可愛らしいお嬢さん」

「いやいや!? どーいうことかせつめいしてほしいのー!?!?」


 パァッと表情を明るくしたペトゥラは、周囲で囲む敵兵達を魔法で吹き飛ばし、その隙にジュラフは到着したばかりのベルの襟首を摘み、強制的に戦闘に巻き込んだ。


 戦場にベルの声が虚しく響く。

 急いで助けに来たのにこの扱い。あたしだったら泣いてるかもしれない。ベル。後でいっぱい謝るわ。だから……強く生きて!

 

「シャ、シャル? 傷口を治療するワ。ちょっと痛いかモしれないケド、我慢しテね」


 ペトゥラは治療のためか、おっかなびっくりあたしの傷口の様子を確認している。


「……アンタって回復魔法使えるんだっけ?」

「ワたくシはアルス聖皇国の生まレでしてヨ。多少の神聖魔法は扱えマスの」

「別に治療ならベルでも良かったんだけどね」


 ペトゥラはあたしの皮肉交じりの言葉にも動じず、恐らく慣れていないだろう神聖魔法が失敗しないように集中して黙々と作業している。



 壊れないように、傷つけないようにと細心の注意を払うガラス細工の如く。



 あたしはコイツが嫌いだった。2年前のあの事件を越えてもなお。


 

 闇に蝕まれて心が壊れ、あたしの大事な人を殺した義姉。

 


 ルシアとあたしを殺しそうになった義姉。



 ……そして今は、もう二度と義妹を傷つけまいと恐れる義姉。 


 

 ──はぁ。もう、アホらしいわね。


 あたしは嘆息し、ぶっきらぼうに言った。


「やるならちゃっちゃとお願い。まだ敵のど真ん中にいる事を忘れないで」

「ご、ゴメんナさい……」

「だいたい、何よその触り方。あたしはそんなに簡単に壊れるほどヤワじゃないって前に教えたじゃない」

「う、う゛ぅ……。あ、あの時はホンとうに迷惑を」



「……あと、あたしはシャルロッテじゃなくてシャロットよ。シャルじゃなくてシャロ。次からそう呼びなさい……義姉(ねえ)さん」

「……ッ!! 分かったワ、シャル!」



 ねぇ、今言ったとこよね!?

 はぁ……昔の事がなくても、やっぱあたしはこの人が苦手だわ。


「もういいわ……。で? 終りそう?」

「う、うン。もうすぐ……終わったワ」


 ペトゥラのかざした手がのけられると、宣言通り傷口はすっかり塞がっていた。少し皮膚が突っ張る感覚があるけれど、これなら戦闘には支障はなさそうだ。


 さて。そろそろ村の様子が心配だし、ちゃっちゃと片付けますか。

 

 あたしはとっておきの首飾りの力を開放し、封じられた狼を顕現させた。

 母の家系、ソーンダイス家の者のみが使役できる大狼は、私を一瞥するとジャラリジャラリと鎖を鳴らし、高なる咆哮を轟かせる。


 あたし一人ではまだまだ充分に御しきれるとは言い難いけど、この人と一緒なら──。


「やるよ。義姉さん」

「エエ、シャル。滾りますワネ」


 その後、戦場を疾駆する紅蓮の大狼と不可視の大風刃が戦場を蹂躙し、瞬く間に戦況は覆るのだった。

お疲れ様でした。

楽しんでいただけたなら幸いです。


最近、なろうのサイトの調子良くないのは私だけですかね……何度も書き直しになって大変でした。

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