エピソード126 それぞれの試練4【シャロット視点】
「はぁ、はぁ、はぁ……【ファイアー・ボール】!」
凝縮された火炎弾が渦を巻き、相手を穿たんと加速する。属性魔法の初級でありながら離れても熱を感じるほどに鍛え上げられた火球は、着弾することなく振るわれた短槍に搔き消されてしまった。
「【フィジカル・ブースト】!」
あたしに動揺はない。何故なら既に数度同じ芸当を見せられた後だったから。反則的だけど彼は魔法を無効化する事が出来る。ならば遠間の優勢はない。
ギアを上げて懐に入り、一撃を──。
銀閃を引きながら剣身が相手の肩元に沈むのを確信したあたしは、刹那に力を抜き──瞬間、その刃は槍柄に阻まれていた事を知覚した。
「うぇっ、うっそ……」
「『水天大車輪』」
巻き込まれないように柄から手を放しながらバックステップし、予備用の剣の柄に手を伸ばす……前に目の前に槍を突き付けられた。
ちぇ、勝負ありね。
「あー、負けよ負け! あたしの完敗!! くっそー、あたしが3連敗とか強すぎない? ……タマチ君」
「シ、シャロさんが力を制限してるからだと思いますけど」
恐縮そうに肩をすくめるタマチ君を見て、あたしは首を振った。
「剣術に関しては別に手を抜いてないわよ。連戦して息を切らさない、攻撃はすべて受け流す、遠・中・近距離に対応できる。充分凄いわ。貴方が女なら『フォー・リーフ』に誘ってたところよ。あ、そうなると『ファイブ・リーフ』に名前を変更しないといけないわね」
というか、ほぼ自主鍛錬のみでこの練度ってホントヤバいわよね。嫉妬を通り越して感心するわ。……ソフィア様にお願いして性転換薬とか作ってもらえないかしら。
あたしが半ば本気で検討していると、タマチ君は頭を掻いて照れくさそうに答えた。
「そ、それはちょっと……ルシアとけっ、結婚出来なくなりますし」
「ちっ!」
あっと、思わず舌打ちしてしまった。タマチ君が委縮したように縮こまっちゃわ。でもさ、何も隙あらば惚気話しなくていいと思わない? それとも無意識? なら余計にムカつくんだけど。
あたしは友人のへにゃりとした顔を思い出した。あの子、タマチ君に面と向かって言われたら絶対顔真っ赤にするわね。
あーあ。あたしにも良い人がいないかしら。このままだと行き遅れそうだし。
なんて、思考が妙な方向に逸れそうになっていることに気づき、コホンと咳払いしてリセットする。
「そういえば、ルシアとローラのやつ大丈夫かしらね。ソフィア様に連れ去られてもう3日でしょ? 家にも帰ってないみたいだし、無茶してなきゃいいけど」
「そ、そうですね……」
タマチ君は小さく呟いた後、遠くを見るように空を見上げた。
それから沈黙が続く。き、気まずい……息が整ったのを機にさっさと解散するとしましょ。
「さて、そろそろ戻りましょ──」
──ゴォォオオオオオオオッンンン!!!
そう言い切る前に空気を揺るがすような炸裂音が村の方から聞こえてきた。少し遅れて村人達の悲鳴も届く。
「何事ッ!?」
鋭く音の方へ視線を飛ばすと、村の上空に飛竜の姿がチラリと映った。同じく状況を想像したんだろう。タマチ君は慌てて村へ駆けだし、遅れることなくあたしも続いた。
「よりにもよって……ッ!!」
いつ来るかとずっと心構えは欠かさなかった。オルゴルシア帝国は既に王国内に侵攻してるのは承知済みだし、むしろ遅いとさえ思っていた。
しかしタイミングが悪い。思わず毒づくも冷静に装備の点検をする。幸い鍛錬中だったので装備はほぼ整っている。あたしは腰袋に突っ込んでいたケータイを乱暴に取り出してベルを呼び出した。
『シャロ?!』
数鈴も鳴らずにベルは通話に答えた。
「敵よッ! 今すぐ村に戻りなさい! あたしは先に行くわ!!」
『すぐ行く!!』
よりにもよって守りの要であるルシアと、対空戦で頼りになるローラが不在の今、出来る限り戦力は多い方が良い。
ベルは竜種達の治療の為に村から少し離れてるけど、文字通り飛んで来るだろうからタイムラグはほとんどないはず。
程なく村に到着した時には既に敵の包囲が完了しようとしていた。正確ではないが竜騎兵が10体、歩兵は推定100人以上。小さな村を襲うには過剰な戦力だ。一体どこからこの規模の敵が現れたの?
「囲まれたら面倒ね。強引に突破させてもらうわよ!【ファイアー・レイン】!!」
後方から近づくあたし達に気づいた敵兵が武器を向けようとするが遅い。鍛錬の末習得した魔法の火矢が敵の頭上に降り注ぎ、一瞬の混乱を引き起こした。
意図せず奇襲となったのは不幸中の幸い。あたしは加速したそのままでエンチャント・ソード『豪炎剣』を敵兵に向かって振り抜いた。
「ガッ……」
袈裟斬りに切って捨てた敵兵を一瞥もせず、流れるように切り結ぶ。竜騎兵の数名が騒ぎを聞きつけ攻撃を仕掛けようとするが、即座に【ファイアー・ボール】を放ち、接近を許さない。
「タマチ君、先に村の中へ。あたしはこいつらを片してから行くわ」
「でも!」
「舐めてんじゃないわよ! こんな雑兵あたしの相手じゃないっての。ベルを呼ぶまでもなかったかもね!!」
震えそうになる己の身体を叱咤で鼓舞し、脚を止めそうになっている甘ちゃんに叱咤で突き放す。
あぁ、さっき仲間に──なんて思ったけど訂正するわ。
タマチ君。あんたは優しすぎる。
「手遅れになっても良いの? 敵は待ってはくれないわよ?」
タマチ君はギリリッと歯を食いしばり、私に背を向けて走り出した。
「それでいいのよ。……で? あんた達も覚悟は決まった?」
「冒険者風情の小娘が何粋がって、がッ!?」
敵兵の一人がまくし立てるのを待つことなく、あたしは燃える剣を男の喉元に突き立てた。ジュゥウ……という人肉の焼ける音と吐き気を催す香りをまき散らしつつ、男は白目を剥いて絶命した。
「小娘舐めんな。クソ野郎」
それが合図となり、敵兵が押し寄せた。
四方八方から迫る刃を。命を刈り取る魔法の一撃を。
悉くを紙一重を以て躱し、返す一刀の下切り伏せた。
一太刀交えた時には確信した。
こいつら。竜種の処にいた奴らよりも、練度も装備も貧弱だ。数で見れば劣勢だけど、この程度なら本当にあたしだけでも──。
わずかに覗いたその油断が、戦争では死を齎す。
「かはっ……!?」
鋭い炸裂音に、わずかに遅れて衝撃と焼けるような肩口の痛みを感じた。
苦痛に顔を歪めながら、飛んできたと思われる方向を睨みつける。そこには一人の敵兵が紫煙をくゆらせる筒を構えていた。
これはさっきの音……。ちっ! あれはルシアの言ってた"銃"ね。やっぱり持ってる奴がいたか。
ルシアから口酸っぱく言われた銃という武器の恐ろしさ。
その驚くはその攻撃速度。注意を向けていなかったとはいえ、矢とは異なり軌道を見ることをすらかなわなかった。たしかにアンタが警戒するのも頷けるわね。
あたしは、身を低くして周囲の敵兵を壁代わりにして戦闘を続けた。
戦いでは、止まる事はイコール死だ。
力の入らない左腕は諦め、右腕一本で剣を振るう。【フィジカル・ブースト】に【スピード・ブースト】を重ねて掛け、速度を以て敵を攪乱しようとした。
しかし、斬った敵兵が崩れ落ちるその瞬間、その背後にあたしは見てしまった。
銃を持った敵兵があたしを狙っていることを。
たまたまではなく、狙ってここに構えていたことを。
「あんにゃろッ……!?」
あたしは咄嗟に首元を揺らす首飾りに手を翳し、奥の手の解放の祝詞を声に出すその瞬間。
一陣の太刀風が戦場を薙ぎ、少しのタイムラグの後、銃を構えていた男の首がゴロリと地を転がった。
「あラ。ごメンあそばセ」
あまり聞きたくなかった耳障りな軋り声。
戦場のど真ん中。およそドレスコードに似合わぬ上品な白翠色のドレスに身を包んだそいつは──あたしの義姉、ペトゥラ=ブローニアだった。
お疲れ様でした。
楽しんでいただけたなら幸いです。
シャロ編はなかなか慌ただしい場面になってまいりました。




