エピソード123 私、師匠の研究室に案内されます2
『ど~こ~で~も~ド……』「アーシア、間違ってもそれ以上考えてはいけない」
『じゃあ異世界の美味しいご飯屋さんに通じるネコの……』「それもたぶんダメ」
なんてアーシアと馬鹿なやり取りをするほど、その魔道具の造形は私を動揺させた。というか、ちょっと声を似せて言うんじゃないよ。古い方が好みなのね。
まぁアーシアでなくとも、色や装飾が違えども扉一枚がポツンと部屋に配置されていたら、日本育ちの人は間違いなく同じ思考を誘発されると思うんだ。
「……アーシアが何か言ってた?」
「い、いや。いつも通りおバカなことを……。そ、それより師匠。この扉は一体何ですか?」
ジト目のローラとプンスカ怒るアーシアを努めて無視し、私はこの魔道具の事をソフィアに尋ねた。
動揺する私の事を訝しんだ様子のローラだったが、同じく彼女も目の前に佇む扉の正体が気になるらしく、ソフィアに視線をゆっくり移動させた。
「よくぞ聞いてくれたのじゃ。この魔道具は銘を『魔石駆動式 単方向空間転移装置』という。その名の通り、隔てた空間と空間を繋げて瞬時に移動する事が出来る悪魔的な発明なのじゃ!!」
やっぱりど○で○ドアじゃないかっ! えっ、凄いなっ!?
でも形はもうちょっと何とかならなかったんだろうか。いろんな意味で心臓に悪い。
私の隣では、ローラが初めて見るであろう超発明にはてなを浮かべていた。流石に剣と魔法のファンタジーな世界観とはいえ、ワープ装置みたいなものは一般的ではないか。
「転移魔法陣とは違うの?」
と考えていた傍から、ローラの口から聞き捨てならない言葉が飛び出した。えっ、転移魔法陣とかそんな便利そうな代物が既にあるの?!
「ほう。よく知っとるの。じゃがあれは地脈を利用した双方向空間同時交換じゃから原理が違うのじゃ。そもそも過去の超文明の遺物じゃし今のわしでは再現が出来ん。この空間転移装置は肉体の質量をいったん魔素にまで返還してゼロとすることで──身体を構成する魔素が拡散するのを防ぐためにこの刻印が──魔体融合反応が起こらないように地脈ではなく魔石で魔素が通れる対流を作り──」
自慢するようにペラペラと空間転移装置についての説明をしだすソフィア。なんかデジャヴだ。このまま放っておくとしばらく止まらないので、私は重要なことを聞く事にした。
「師匠はなんでこれ作った──いえ、なんでこの装置を私達に見せたかったんですか?」
ソフィアが唯々見せびらかしたくて私達を連れてきた訳では無い事は理解している。いや、平常時ではその可能性も微粒子レベルで存在するが、今の情勢を考えるとそんなはずがない。
そもそもソフィアが私達をここに連れてきた理由は、帝国に対して無策で突っ込むなと釘を刺す話の流れだったはず。
この転移装置は戦闘にも有利に働くことは多い。兵士の移動・展開速度の向上、展開場所の意外性、撤退が容易さなど、大規模な集団戦を経験した事のない私にでも簡単に運用が思い浮かぶ。
しかしながら、便利な道具は諸刃の剣でもある。それは『ケータイ』の時にも問題となった。
自分達が使う分には非常に便利だが、相手に知られたが最後執拗に狙われるのが容易に想像がつき、下手して奪われてしまえば転じて最悪の状況となる。
私は緊張しつつ、ソフィアの返答を待った。
ソフィアは自慢げに講釈を垂れていた口を閉じ、真面目な顔になると淡々と述べた。
「我が国だけでは帝国に勝つことなど出来んのじゃ」
「国内にも帝国の一兵士の質を上回る者はおろう。わしやお主ら、A級以上の冒険者などもいい勝負はするじゃろう。しかし、そこまでじゃ」
「──《原罪》には勝てぬ」
その名を聞いて、私とローラは対峙した化け物、《飢餓》のクゥネルの戦闘力を思い出した。確かに彼女だけでも私達が束になっても勝算は非常に低い。そう思えるほどの圧倒的さな強さだった。
たった一人だけで、だ。
帝国が有するとされる原罪は7人。未だ国内ではクゥネルしか確認できていない上にその彼女も戦場には以降一切姿を現していないらしい。だからこそ、王国側もギリギリのところで抵抗出来ていると言える。
仮にすべての原罪が一気に攻めて来る事があった場合──それだと何のための皇帝の側近なのかが分からないのであり得ないとは思うが──王国側は一瞬で瓦解するだろう。
では、国内の戦力で太刀打ちできないならどうすればいいのか。
そしてソフィアは至極単純な理論に基づいた行動を提案した。
援軍を呼ぶ。
足りないなら足せばいい。なるほど至極単純だ。
しかし、言うは易し行うは難しとは言ったものだ。
「そりゃ移動は楽かもしれませんが……。そもそも戦争中の、しかも負け戦濃厚な国に助力する物好きな国なんてないんじゃ……」
「どう考えても損得のつり合いが取れない。流石に無理」
ローラも同意見だったのか、いや、私以上に期待をしていたのかもしれない。若干裏切られたような表情で辛辣にソフィアの意見を否定した。
批判一辺倒な私達に対してソフィアは業を煮やす……事もなく、むしろ安心しろとばかりの表情で頷いた。
「なんの当てもなかったら、の。安心するのじゃ。この戦況をひっくり返せる可能性のある途轍もない奴の当てがある。奴はわしに対して大きな借りがある……しかも倍プッシュじゃ」
「「!!」」
ソフィアにそんな人脈があったとは!
いつも自宅や研究室に引きこもってるだけだと思っていた。
そんな心の声が表情に漏れていたのか、私の顔を見てこめかみをヒクつかせたソフィアだったが、気を取り直して言葉を継いだ。
「事は一刻を争うのじゃ。すぐに出立したい。良いか?」
その視線は私ではなくローラに向かっていた。
「そんなに重要な人物のスカウトなら喜んで……。だけど──」
「行き先は──じゃ」
ローラは何か言おうとしていたがソフィアはそれを途中で遮り、耳元で行き先を告げたようだ。声が小さくて聞こ得なかったが、それを聞いた途端ローラは口を閉じ、何も言わず準備を手伝い始めた。
室内の埃っぽさが増す中で、私は妙な違和感を感じていた。
ソフィアにあれこれと指示されて物を詰めるローラをぼーっと眺めながらその正体を探す。
なんだろう。なんだろう。なんだろう……あれっ?
「──師匠、私は?」
私、呼ばれてませんが。行き先分かりませんが。
えっ、わざわざここまで来たのに? いやいや、ソフィアの事だ。弟子は師匠に付いてくるものじゃろう! とか言って単に声を掛けなかっただけかも──。
「お主は留守番じゃが?」
…………。
「……はぁあああっ?! 待ってくださいマジですかっ!?」
「マジじゃ」
まさかの私お留守番!?
何の成果も得られませんでしたっ!って帰村するの?
「混乱しとるようじゃが、お主には他に重要な事をやって貰わんといかん」
……ん? 重要な事?
そう言うとソフィアは別の扉を奥から引っ張り出してきた。転移装置と紹介された扉よりも古びていて今にも崩れそうだ。どうでもいいけど師匠は扉好きだなぁ……。
「これじゃ」
「なんですかこれ。また転移装置ですか?」
ソフィアは私の質問には答えなかった。
彼女は扉を私の目の前に置くと、一枚の封筒を取り出し、私に握らせた。
「無事を祈るのじゃ」
「えっ、師匠どういう──」
訳も分からず、聞き返す暇もなく──蹴り出されたお尻の感触と共に、私は扉に吸い込まれていった。
お疲れ様でした。
楽しんでいただけたなら幸いです。
ルシアはどうなってしまうのか。そしてローラとソフィアはどこへ向かおうとしているのか。
村の様子は大丈夫か。
こんな複数視点になってしまって私はちゃんと書ききれるのか。……頑張ります。




