エピソード122 私、師匠の研究室に案内されます1
「……ん。何か来る」
私がジオニカと頭の中で押し問答を続けていると、突然ローラが戦闘態勢に入った。既に何かの場所は突き止めているらしく、瞬く間に矢をつがえ一点を狙い定めている。
私も意識を切り替えると『あれぇ~』と情けない声を上げるジオニカ(とついでにアーシア)を頭の片隅に追いやり、魔法を使えるよう幾つかの小石を取り出した。
「……下?」
てっきり廃屋の外かと思っていたが、ローラが狙うのは部屋の隅。よくよく目凝らしてみると地下につながる扉があった。
「地下に空洞がある。保管室か何かだと思ってたけど違うみたい。誰かがそこを使ってこっちに来る」
「敵? ……師匠じゃない?」
「そこまでは分からない」
国内は今は全域が戦場になっていると聞く。わざわざ敵がこんなところを捜索しているとは思えないが警戒するに越した事は無い。仮にソフィアだったら戦闘態勢を解除すればいいだけの事だ。
そうして待機していると扉がドンという大きな音共に開き、それは突然姿を現した。
その姿は異様。人型のようだが口元から複数の管のようなものが垂れており、頭部は真っ白でねばついている。
目はトンボのように大きなゴーグルが装着されており薄暗い室内から漏れる明かりに照らされ、コガネムシのような鈍い光沢が目についた。
魔物とも区別のつかないそれは、明らかにソフィアには見えなかった。
「地上に出てしまう前に私が魔法で先制。動きを見てローラが止めを刺して」
「了解」
言葉少なくローラと意思伝達を済ませると、私は小石を構えた。その生物は私達を見てウネウネと意思表示をするように触手管を動かすが、あいにく私達は冒険者でもある。魔物はどんなものであっても切り捨て御免一択だ。
「【ストーン・バレットか……」
「ちょっ!? わしなのじゃ! ソフィアなのじゃ!!」
その見た目からは想像できない、知ってる人の声が発せられた。
……あれ、これソフィアか? 明らかにそうは見えないって断言しちゃったんですけど。
「……どうする?」
「とりあえず、撃ってみたら?」
「お主ら鬼かのっ!?」
正体を知らせたのになお攻撃しようとする私とローラにギョッとして、慌てて頭部を弄り回す自称ソフィア。ぼろ布がダンスしているようで若干ホラー感がある。
そして仮面のようなものを取り外した先にあったその顔は、薄汚れてはいたが確かにソフィアそのものだった。
手に持っているのは恐らくガスマスクのような代物。管はそれの装飾か何らかの役割を担うものだったらしい。
よく見ると頭部のねちゃねちゃはクモの巣が大量にくっついていたようだ。あっ、クモも結構くっついて蠢いてる。それを見たローラが若干引いていた。
「こんなところまで連れて来て、何遊んでるんですか師匠」
「イメチェンにしては残念すぎる」
「別に遊んどらんわ! ほれ、準備が出来たから早くお主らもこっちに来るのじゃ」
こっちゃ来いと手招きをして地下に入れと誘ってくるソフィア。彼女の姿からなんとなく地下の様子が想像できる。絶対汚い。
躊躇していると先にローラが地下へと向かった。もっさもっさと草の偽装を纏わせたままで。どうでもいいけど、いつまであれをつけてるつもりなんだろうか。
いやいやながら私も地下室に潜ると、そこは埃っぽい物置のような場所だった。クモの巣が遠慮なく張り巡らされており、恐らくソフィアが通ったと思われる部分だけが綺麗に道として出来上がっていた。
「そのマスクは埃対策ですか?」
「埃? 違うのじゃ。普段はこちらから入らんのでな。侵入者用に毒物が散布されるような罠を幾つか仕掛けておったのでそれ対策じゃな」
そう言われて慌てて口をふさぐ私とローラ。
「もう解除しておるので問題ないのじゃ。それよりもちと汚れておるのぅ。埃が辛くて目に染みる……へっくしょい!」
ソフィアがくしゃみをすると周囲の埃が舞い踊り、私達にもダメージを与えてくる。こころなしか喉がイガイガしてきた。
別の意味でも口をふさぐのを解除しない私達を見て肩をすくめたソフィアは、付いてくるようにジェスチャーした。
クモの巣と格闘した先にあった隠し扉に立つと懐から取り出したカードサイズの石板を弄るソフィア。恐らく何らかの絡繰りを解除するための鍵なんだろう。
しばらく扉の奥でガコンガコンと何かが解除されていくような音が続き、かと思うと唐突にソフィアが扉を開いた。まさかギミックの途中が正解に通じる道になってるとか? なかなか面白いギミックだなぁ……と思いながら扉をくぐると、そこはソフィアらしい混沌とした研究室が姿を現した。
足元には踏み場の無いほどメモに使った羊皮紙が散らばり、よく解らない刻印文字や魔法式が描かれていた。
うず高く積まれた書物と重そうな石板の数々が幾つかの小山に分けて置かれている。恐らくわかりやすいように分けているつもりなんだろう。
壁一面に設置された棚には試作品らしきガラクタ……もとい発明品もどきがこれでもかと並んでおり、棚板が軋んでいる。
そして部屋の中央には大きな透明な筒がドンと配置されており、その中には見た事もないほどの巨大な魔石が浮かんでいた。それは血管のように張り巡った紅い毛細模様が鼓動するように淡く光っており、不気味な印象を受けた。
「うわぁ……マッドなサイエンティストの研究室だ」
「流石ルーシーのお師匠様」
「……えっ、どういう意味?」
「いや別に」
まさかローラには私がこんな部屋を普通に作りそうなヤバい人に見えてるってこと? いやいや、別に秘密基地とか畑に役立つ研究とかに小さな研究室を作ってたりはするけど。ここまでぶっ飛んではない……はず。うん、私は普通だし。
「何をしとるんじゃ。早く来るのじゃ」
部屋の入り口で足を止めていた私達を見かねてソフィアが声を掛けた。どうやら彼女の目的地はもっと奥の方にあるらしい。
私達は物で溢れ返った部屋をかき分けるようにして進み、ソフィアのもとへたどり着いた。そこには更に扉があった。随分と古びていて、何やら複雑な刻印が何重にも刻み付けられていた。
「これが見せたかったものじゃ」
ソフィアはドヤ顔でそれを指し示した。
ちょっと表現が足りなかった。
それだけこれが何なのかが分からなかったから混乱していたのだろう。
私達は、戸当たりの付いた文字通り扉だけの扉をソフィアが満足そうに指し示していることに理解が追い付かなかった。
見た目はそう……前世の日本では某国民的アニメの青色ネコ型ロボットが使用する、どこ○○ドアだった。
お疲れ様でした。
楽しんでいただけたならば幸いです。
魔道具の姿は変更した方が良いような気がします。機能に関しては次話をお楽しみに。




