エピソード119 《飢餓》のクゥネル
竜種の里に到着すると、そこは凄惨に彩られていた。
若い竜種は血気盛んにも戦闘を挑んだのだろう。幾体もが傷だらけで倒れている。帝国側の兵士にも被害はあったようだけど、そこまで消耗しているようには見えない。
最初に竜種に挑むなんて、と帝国の正気を疑っていたがまさか互角以上に戦えるとは。
帝国兵が強すぎるのか、それとも何らかの対抗策を用意していたのか。ともかく、このまま見過ごす手はない。
「うむむ……まさかここまで竜種と互角に渡りあうとはの。して、王国兵はどこなのじゃ?」
私も戦場に目を凝らすも、上空からは王国兵らしき姿は見えない。ソフィアの言では先に出動したはずなのに、一体どういうことなんだろう。
そうしている間にも帝国兵の陣が着実に竜種達を追い詰めていた。のんびり見学している暇はない。
「師匠!」
「仕方ないのじゃ……ベルザード、竜種と帝国兵の間に突っ込むのじゃ。皆、着地と同時に兵士へ向けて各自攻撃を仕掛けるのじゃ。迷うでないぞっ!!」
ソフィアの号令と共に、私達は到着早々魔法の弾幕を張った。ソフィアの魔法とローラの矢が帝国兵を薙ぎ払い、シャロとタマが竜種に群がる兵士を素早く始末した。
良かった。こちらの攻撃は通じてる。
ベルのブレスで発生した氷塊自体はダメージがあるのを見ると、どういう原理化は分からないが敵は対竜種、正確には対ブレス攻撃の対策装備を準備しているようだ。
「みんな、たすけにきたの!」
代表してベルが竜種達と話し、治療を施している。彼らは最初はベルの事が分からなかったようだが、母親のヒューベルデがベルを認識すると途端に嬉しそうに身体をこすりつけていた。
突然現れた私達を不審に思い距離を取る帝国兵の前で、この後どうやってこの場を脱するかを思案していると、聞きたくもない耳障りな声が近づいてきた。
「よぉ。遅かったな。この勇者である俺様が帝国なんぞ蹴散らすから、そこらへんで指をくわえてみていろよ。あ、竜種は残しとけよ。俺がドラゴンスレイヤーになるチャンスだからな」
勝手に言い残して不快な笑い声を立てながら敵兵に突っ込んでいく残念な男は、我が国の勇者のグレンだった。
どうやら、一足先に向かった部隊に加わっていたようだ。てか、一体どこに隠れていたんだろう。
「まさか、敵の背後から強襲するために隠密行動をしている間に、ソフィア様達に追い抜かされるとは思いませんでした」
そう言って勇者の代わりに接触して来たのは王国の騎士であった。佇まいを見るに、どうやら先に出動していた騎士隊の隊長格なのだろう。
竜種が不利な状況になるとは思っていなかった騎士達は、敵が戦闘で混乱しているうちに後ろから強襲する算段だったらしい。道理で姿が見えなかったわけだよ。
「で、あの馬鹿……もとい勇者様は一人で突っ込んで行ったんですけど、大丈夫なんですかね?」
「ま、まぁ……勇者様ですし」
隊長は、私のあけすけな態度を見ても肩をすくめるのみで特にお咎めはなかった。彼もアイツにはほとほと迷惑しているクチなんだろう。一気に彼に親近感が湧いてきた。
「性格は最低だけど腐っても勇者でしょ。アタシらはベルの治療が済み次第、竜種達を連れて戦場を離脱するわよ。殿はアンタ達に任せていいのよね?」
シャロの身も蓋も無い言葉に隊長は激怒するかと思いきや、一つ頷くだけで部下の騎士達に指示を出していく。
むしろ敏感に反応した一部の竜種達だった。
「ふざけるな! 我らは誇り高き竜の民。ニンゲン如きに背中を見せるなぞあってはならぬ!」
「そうだ! 我らは戦うぞ! 里を守るのだ!」
「俺につづけぇ!」
一目散に敵陣に突っ込むのは、以前戦ったデンデロフェルペナルデンだ。
アイツ、私が痛い目に合わせたのにまだあんな感じなのか。
「ママ……」
ベルは困ったようにヒューベルデを見るも、ヒューベルデは辛そうな顔をしてこう告げる。
「助けに来た我が娘とその嫁の頼みだが、竜の一族としてニンゲンにこの地を奪われるわけにはいかん」
頼みは却下された。誰が嫁ですか。
ソフィアを見ると、やれやれとばかりにため息をついていた。小声で「これだから短気のトカゲはは嫌いなのじゃ……」を呟いていた。ご近所さん同士、何かトラブルを抱えたことがあるのかもしれない。
「じゃあ、私達も彼らを追い返す手助けをします」
私はソフィアの代わりに、ヒューベルデに共闘を申し出た。
「良いのか? あれは同じニンゲンだろう?」
「敵国の人族なので。私達にとっても敵です。サポートしますので、存分に蹴散らしてやって下さい」
私は戦闘に参加しようとする竜種達に、念のため【ジオ・プロテクト】をかけて防御力を高める。これで堅固な竜鱗も相まって簡単には刃は通らないだろう。
今日はMPを使いすぎで少しフラフラするが、まだ何とか耐えられる。
こうして竜種をサポートしつつ、王国軍と共に帝国軍を追い詰めていった。
やはり竜種は強い。奇襲やブレスが効果が薄いことが理解出来れば、その膂力だけで帝国兵を次々と葬っていく。
敵は何故かこの世界には存在しないはずの銃を所持しており驚いた。ただ、アーシア曰く異世界転生キャンペーン中に送り込まれた他の転生者の仕業だろうとの事。
確かに強力な遠距離武器として機能しているが、所詮は魔法の無い世界の武器。見たところ作りは雑だし、【ジオ・プロテクト】まで掛けた鱗を通す程の威力はないようだ。
こちらの戦力として目立っているのは、勇者グレンとデンデロフェルペナルデンだ。
グレンは、いつぞやの模擬戦で見せたように剣に派手な蒼炎を纏わせながら、相対する敵兵を溶かし斬っている。ガード不可とばかりに敵の武器ごと両断する姿は、悔しいがまさしく物語に出てくるような勇者と言えなくもない。
デンデロフェルペナルデンは、私も苦しめられた光のブレスを使っている。光速で飛来するレーザーのようなブレスは流石に防ぎきれないのか、敵兵を次々と穴だらけにしていく。
この場での戦闘は王国側の勝利か。そう思われた。
しかし、突然デンデロフェルペナルデンの上半身が消えたかと思ったら、それをむしゃむしゃと食べる幼女が現れた。
「あなたは……だれ?」
「オルゴルシア帝国、皇帝が直近、『原罪』の1人──《飢餓》のクゥネル、だよ。いただきます」
その少女は丁寧に──食事の挨拶を行った。
クゥネルと名乗った少女は、デンデロフェルペナルデンの上半身を瞬く間に貪り食った後、小さなげっぷと大きな腹の音を鳴らすという矛盾する事象を行いながら、次の目標を肉食動物のような鋭い目で追い始めた。
「この! よくも同胞を──」
激高した様子でクゥネルに振るわれる竜種の尻尾は、次の瞬間彼女の胃袋に収まっていた。
それはあまりにも早くて、まるで消えたとしか映らず、喰われた竜種も痛みを感じる前に状況を理解できていないようだ。
いや、出来なかったといったほうがいいかもしれない。
その時には既に、かの竜種の頭はなかったのだから。
ムッチャムッチャ、ボリボリッ
戦場には不釣り合いな咀嚼音がその場に響き渡る。
「んー。トカゲの頭、ちょっと固い」
そういいながらも、跡形もなくペロリと食べつくすクゥネル。少女の何十倍の体積のある竜種を平らげたのに、まだ彼女からはクゥーと腹の音が聞こえるのが恐ろしい。
その小さな身体のどこに収まっているのだろうか。……いや、そうじゃない。先ほどまであんなに喧騒が鳴り響いていたのに彼女の腹の音が聞こえる。
それはつまり、その場が彼女に支配されていることに他ならない。
「て──」
「撤退だ。皆、里を放棄する。動けるものは負傷したものを連れて直ちに去れ。ベル、お前の住んでいるところに案内してくれ。今すぐだ」
ソフィアが声を出す前に、ヒューベルデは撤退の指示を出した。
それは先ほどの指示とは真逆の事で、心なしか焦っているようにも見えた。
「な、なんだ? あのバケモンは」
竜種をほおばる姿を見たグレンは慄くようにクゥネルを見つめた。
「……」
クゥネルはグレンの姿を言葉なく見つめる。先ほど私にやったように念話をしているのだろうか。グレンの表情を見るに伝わってなさそうだ。
しばらく試すも無理だと悟ったのか、クゥネルは小さくため息を尽き、言葉を使って話し出した。
「ワタシ、クゥネル」
「お、俺はパンドラム王国の勇者、グレン様だ! お前、キモイが強いな。帝国を裏切るなら俺が王様に口利きしてやってもいいぞ」
自分に様付けするアンタの方が気持ち悪いよ。
「裏切りは《傲慢》。ワタシは《飢餓》。ワタシ、食べて食べて食べて食べて食べて……食べる」
そんな勇者を前にしてもクゥネルは恐れる様子もなく、ケタケタと鋭い歯を見せつけながらケタケタと嗤う。あまりにも不気味な様子に危険を感じたのか、1人の王国兵が勇者をかばうように前に立った。
「勇者様から離れろ敵国の犬が! さもな──」
「ワタシ、犬じゃない。クゥネル。アナタ、頭、悪いね」
叫んでいた兵士が崩れ落ちた。肩から上には、あるべきものがなかった。
「お、お前! まさか喰った……」
「人族は旨くない。だから邪魔。消した」
顔を青褪めさせるグレンをよそにそう言い張るクゥネルは、先ほどまでだらんと垂らしていた左手を掲げており、そこにはブレス特有の残滓がくゆっていた。
「光の……ブレス」
見間違うはずもない。私はあの技を知っている。
避ける間もない、光速の一撃で敵を葬る……デンデロフェルペナルデンのブレス攻撃だ。
「まさか、食べた相手の能力を奪えるの……?」
『正解よ。流石同士ね』
またもや皆には聞こえない声が頭に響いた。
『私のスキル《飢餓》は、喰った相手の能力を自由に使えるの。お腹ペコペコな私にピッタリのスキルでしょ?』
そう言って、クゥネルは私に向かってにっこりと、乱杭歯を見せつけて笑った。
「なんだこいつ……。急に黙ったと思ったら気持ち悪い笑顔を向けやがって。俺はな、女だからって手加減しない系の男なんだよ!」
クゥネルの念話が聞こえないグレンは馬鹿にされたのかと憤り、蒼炎の剣を振りかぶりクゥネルに迫る。
「【ジオ・プロテクト】!」
「ぐぁああああああ?!?!」
私が咄嗟にかけた魔法はグレンの命を救った。
瞬時に近寄ったクゥネルは、グレンの腕に喰らいついていたのだ。幸い防御力を上げたので食いちぎられることはなく、とはいえ腕の半ばまで食い込んだ歯は確実にグレンにダメージを与えていた。
「くそがぁああああ! 人間は喰わないんじゃなかったのかよ!!」
「不味いから食べたくない、だけ。ハリボテ、だけど勇者は貴重。だから食べたげる」
腕から血をだらだらと垂れ流しつつも、グレンは無詠唱で魔法を連続で放つ。
上級魔法にも届きそうなその魔法を、クゥネルは躱し……いや、その悉くを食い散らかす。
「うそ、だろ……」
「お返し」
クゥネルの口から、先程グレンが放った魔法が次々に飛び出す。グレンに躱す余裕はない。
私はグレンの襟首を持って乱暴に引き倒し、複合魔法【消火服】を使用して火属性魔法を無効化した。
「お、お前……」
「王国の戦力を失いたくなかっただけだよ。勘違いしないでよね」
「それってツンデレ……」
「気持ち悪いからやめて」
馬鹿なことを言っているグレンをそのまま後方に放り出す。こいつ、勇者の癖に役に立ちそうで役に立たないなぁ。クゥネルがグレンの事を『ハリボテ』と表現したけど、的を得てるよ。
王国兵はグレンを慌てて追っていく。
回復魔法の使い手もいるだろうから、運が良ければ助かると思う。
一方、私に魔法を無効化されたクゥネルは落ち込んでると思いきや、目をキラキラとさせていた。
『なんでなんで?! あなたに魔法が当たったのに搔き消えたわ! あなたの力は魔法の無効化なの?』
「さぁね。簡単に教えてあげるわけないでしょ」
涼しい顔でトボけつつ、内心は冷や汗だらけ。やばいやばいどうしよう。
これは来るときにソフィアが言っていた起こってはいけなかった状況そのものだ。
チラリとソフィアを見るも、厳しい顔でクゥネルを見るばかり。状況が状況だけにそれどころじゃないってところだろうか。
他の皆は竜種達を逃がすのに必死だ。タマだけがこちらに向かおうとしていたが、ローラが必死に引き留めている。
なら、ここで私がやることは、クゥネルの気を引いて撤退の手伝いをする、ってところか。
『じゃあこれはどう?』
クゥネルが左手をかざすモーションを見逃さなかった私を褒め讃えたい。
私は小さい銅鉱石を取り出し、その軌道上に【ストーン・バレット極】を発射。小さい銅板が形成され、光のブレスを拡散させた。
咄嗟に一枚しか用意出来なかったけど、デンデロフェルペナルデンの光のブレスよりも弱いのか、貫通される事は無かった。
こういう時のお約束、『コピー能力は本家よりも劣化』の法則、感謝だよ!
『すごい! これも効かないのね!』
クゥネルは非常に興奮しているようだ。それに応じるようにクゥネルから聞こえるお腹の音が騒がしい。
どんだけ燃費の悪い身体をしてるんだろうか。ダイエット要らずで少々羨ましい……なんて軽口を考えてなければ、今にも膝から崩れ落ちそうなくらい怖い。
『お腹空いたなー。喰ってみたいなー。あなた、私に食べられてもいい人族?』
そんな人いないでしょ! どこの闇妖怪だよ。
──ってそうじゃなかった。思わずツッコんでしまった。
なんとかクゥネルの気を逸らさなくては。
私は何か持ってないか、腰元をごそごそと調べ、そしてそれを見つけた。
「お腹減ったなら、これ、食べる?」
私が差し出したのは、あとで食べようと思っていたお昼のサンドウィッチだった。ベルに教えて貰って作った力作だ。食いしん坊キャラならこういうので靡いてくれるのが定石だよね?
『……ルーちゃんは意外にバカなのかー?』
『それが通じるのはギャグの世界だけだと思うの』
私の中の馬鹿筆頭の二人にツッコまれてしまった。
流石に駄目か──。
『わーい! いただきます!』
そんな胸中を知ってか知らずか、クゥネルは喜んで私の手からサンドウィッチを奪い取り、もぐもぐと美味しそうに味わっていた。さっきまでの竜種を食べていた時とはえらい違いの咀嚼量だった。
『──凄く美味しいわ! あなたいい人族ね! お礼に私の仲間にしてあげてもいいよ?』
「そ、それはちょっと……。一応王国の人族なもので……」
『それは残念! んー……でも、優しいし同志を殺すのはちょっとだけ気が咎めるわ。さっきの食べ物のお礼で、引き下がってくれるなら今日のところは見逃してあげても良いわ!』
『『真のバカはアイツだったかー』』
心底呆れるような神達の声に内心同意しつつ、私はにべもなく頷いて、皆と一緒に撤退した。
ご機嫌そうに手まで振っている見送っているクゥネルを見て、ドッと汗が噴き出した。彼女が本気で私と交戦する事になっていたら、果たして私は生きて帰れていただろうか。
その後、ドラム山脈は大きく抉れ、帝国が侵攻するのに都合の良い通路が出来ていた。こうして、王国対帝国の初戦は帝国の圧倒的勝利に終わったのだった。
更新が遅れに遅れて申し訳ないです。
色々並行してタスクが進行していて時間ががが…。言い訳ですね、すみません。
今回のお話は充分に吟味できてないのでもしかしたら稚拙なものになっているかもしれません。時間が出来た時に修正しようリストに追加しておきます。
お疲れ様でした。
楽しんでいただけたならば幸いです。




