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エピソード115 私、火の大精霊と対峙する


 草木一本存在しない荒涼とした空間。

 足元には灼熱のマグマがドロドロと流れ、時折黒煙を吐いている。


 そこは火山の火口だった。

 何言ってるか分かんないと思うけど、私にも分からないんだからありのままを伝えるしかないでしょ。


 先程までボルカ村にいたはずの私は、あまりの風景の変わりように一種のデジャヴを感じた。


「まるで私が死んだ時のような変わり様だね」

「うぇっ!? ソ、ソウナノカー。ナツカシイネー」


 ボソリと呟くと、アーシアは汗をダラダラと流しながら相槌をうった。熱いんだろうか。

 到底生物が生存できる環境ではないが、不思議と私は熱さを感じていなかった。私のDEFはついに生物の生存圏を凌駕する域にまで達してしまったんだろうか。


「そんな訳無いだろ? これは実体ではない。記憶だよ」

「シャロ?」


 ここでまさかのシャロの声に驚き、振り返ると──。


「──えっ、誰?」


 そこにはシャロではない不思議な存在がいた。

 何が不思議って、人物としては知らないはずなのに、パーツ毎を見ると妙に既視感があるのだ。


 シャロのような声に、髪色こそ眼の眩むような紅だが、ソフィアのような体格とボサボサの髪。頭部にはベルのような竜角が生え、ミケのような猫人族の尻尾が生えている。胸はソフィ……いや、ローラ、かな。


 ともかく、まるで私の知り合いのパーツを合成した、要素てんこ盛りのキメラのような人物がそこには立っていた。


「おー、ボルカニカー。数百年振りの久しぶりだー」

「ふん。別にお前には会いたくなかったよ」


 ジオニカが気さくに声を掛けたその人物が、火の大精霊ボルカニカであることを知った私は、イメージとの相違に激しく混乱した。


「……えっ? この方がボルカニカ様? 村の像とは似ても似つかないんだけど……?」


 村に祭られているボルカニカの像は、もっとこう荒々しいというか、屈強な女戦士のような、そんな感じだったんだけど。


「妾がそこな馬鹿と同じように、人の前に真の姿をおいそれと見せると思うてか。この姿はお前の記憶を読み取って再現した幻影だ」

「誰が馬鹿だこらー」


 ジオニカが腕を振り回すも、ボルカニカの差し出した手に阻まれて届かず、ただじゃれているようにしか見えなかった。これが世界が敬う大精霊の姿とは……。


「その割には結構混ざってますけど」

「妾の趣味だな」


 ふふん、とポーズをとるボルカニカ。この人、皆の良いとこどりして遊んでやがる。


「ちょっと! なんでも良いから私達を引きずりこんだ要件を話しなさいよ!」


 おおっ! 珍しくアーシアがまともな事を言ってる。もっと言ってやれ!


「妾はお前を呼んだ覚えはないが?」

「ルシアちゃんと私は一心同体、いえ、一()同体なのよ!」

「いや、訳分かんないけど」

「ルシアちゃーんっ!?」


 ガビーンと渾身の決め台詞をスルーされたアーシアはショックを受けているが、それを無視して私は話を続けた。


「アーシアの言う通り、話を進めましょう。たしか、帝国に所属する『七大罪』に関わる事でボルカニカ様を呼んだのでしたね。何かご存じなのですか?」

「お前がまともな思考で助かるぞ。ボケばかりだと話が進まんで、そのまま追い出そうかと思っておった」


 誰がボケか、とポンコツ神とセクハラ精霊が喚いたが、その抗議をボルカニカは華麗に無視し、代わりに私にとって無視できない発言をのたまった。


「流石は妾を奉る催しで、初々しい見世物を用意してくれただけはある」

「……はっ?」


 一体、何の……?


「いやぁ、傑作だったぞ? 村には若い者が少ないでな。うら若き2人が人目を避けて逢瀬を重ねる……それを見学するのは──くふふ、至福よのぅ」


 ニンヤリと嗤うボルカニカの表情を見て、思い出した。

 こいつ、ボルカニカ祭で聞いた空耳の主だ。


「あの時声を掛けてきたの、あなただったのね! 奉られてる本人だったのかぁ。っていうか別に逢瀬は重ねてないよ! ただ告白されただけだよ!」

「おんやぁ? 『逢瀬を重ねる』とはつまるところ『密会』の意だが、間違っておらんだろう? お前は一体何と勘違いしたのかなぁ? あぁ……ナニか。プークスクス」


 くぅ……。ジオニカよりまともかと思ったけど、つまりはストーカーじゃないか。大精霊って変態しかいないのか。

 姿はソフィアで声がシャロっぽいから、余計に質が悪い。あと、若干性格というか思考回路がローラに似てるような気がしてきたけど、これは素なんだろうか。


「あぁ、その表情を見ただけでお前をここに連れてきた価値があったというものだ。大精霊ともなると娯楽が少なくてなぁ。どれ、それに免じて真面目な話もしてやろう」

「ぐむむ……お願いします」


「見てジオニカ。ルシアちゃんが言い負かされてるわ」

「ボルカニカはヤな奴だけどー、こういうところは尊敬するわー」


 ……2人とも、後で覚えとけ。


「素直で良い。では続きだが……妾の管轄する領域を侵そうとする『七大罪』、それを生み出しておるのはダグニカの奴だろう」


 私も頑張って頭を切り替えて、ボルカニカの話の理解に努める。

 ダグニカ、とは闇の大精霊ダグニカの事だろうか。ここに来て大精霊の大盤振る舞いだね。


「ダグニカは、妾より南、かのオルゴルシア帝国領周辺を管轄しておる。さらに奴の持つ能力に『深化』がある。ほぼ間違いないだろう」

「『()化』? 『進化』ではなく?」

「それはサンモニカの領分だ。ダグニカは心に潜む闇を増幅させ、それをスキルとする事が出来るのだ」

「ボクらの中で最もスキルを創り出すのが上手いのがダグニカだしねー。『創造』はウドニカの領分だってのにー」


 ボルカニカとダグニカの言葉が事実であるならば、帝国の侵攻は間接的には大精霊が関与している事になる。

 という事は、帝国の皇帝とダグニカはグル? それとも、どちらかがただ利用してるだけ? 情報が少なくて判断に困るところだ。


「仮にダグニカ様が帝国に加担していたとして、ボルカニカ様の領域に攻め入る事に、何らかのメリットがあるのでしょうか?」

「分からんが、ただ妾の神経を逆なでしたいだけではないか? それに関しては既に成功しているも同然だからな」


 ボルカニカは私の質問に獰猛な笑みで答えた。

 こめかみがヒクついてるのを見るに、相当怒っているようだ。


「自分の領域で遊ぶのは構わんが、妾の領域に手を出すなぞ、許すわけにいかん。……特に、妾が丹精込めて産み出した竜共にちょっかいを出すなぞ──」


 ボルカニカは最後にボソボソと小さく呟くと私に向き直り、満面の笑みを浮かべた。

 あ、マズい。これは面倒な事を言い出す兆候だ──。



「ルシアよ。妾が領域に住まう、神々に愛されし人の子よ。七大精霊が一柱、火の大精霊ボルカニカが命ず。妾の宝に群がらんとす、彼の虫ケラを蹴散らし追い返せ。拒否は認めん」



 で、ですよねー。話の流れ的にはそれしかないですよね。予知可能回避不能案件でした。


 でもそれって、私が戦争にがっつり関与して敵兵殺して、ルシアちゃん大勝利!ってことですよね? 私、そんなに強くないんですけど。危ない事に巻き込まれず、ひっそりと畑耕して人並みの幸せを享受出来れば満足なんですけどぉ!?


「なに。別にお前だけに任せる訳では無い。妾の駒も動かすし、そこなへっぽこ異界神とセクハラ精霊を扱き使う事も許可する」

「「酷い扱いだわ(だー)!?」」


 ボルカニカにこき下ろされた2人の抗議の声が大きくなるが、私も同じ事を考えていたから文句は言えない。


「あ、でも。それならば私なんかに頼らなくてもボルカニカ様が直接対処すれば──」

「馬鹿かお前は。仮にも私は世界の秩序を司る大精霊が一柱ぞ。はらわたが煮えくり返ってマグマが逆流しそうになっているとはいえ、人の子の争いに直接大精霊が関与するわけにはいかんよ」


 ボルカニカが怒ると火山が大噴火、なのか。それはヤバい。


「あのー、ボルカニカ―? ボクも君と同じ大精霊の一柱だって事を忘れないでくれると嬉しいなー?」

「お前の力を行使するのはどうせルシアだろう? ダグニカが似たような事をしておるのだ。何も問題は無いな」

「ぐぬぬー……」


 ジオニカが何も言い返せず静かになったところで、ボルカニカは私に向かってあるものを放り投げてきた。

 キャッチして確認すると、それは紅の宝玉が嵌められてたペンダントだった。


「妾の代行者の証だ。それを見せれば血気盛んな竜共も、お主の言う事を聞く……と思うぞ」


 なんだか中途半端な答えだなぁ。本当に大丈夫だろうか。

 ベルのお母さんは聞いてくれそうだけど、私と決闘したデンなんとかさんとかは無理そうな気がする。


「……分かりました。私に戦争の行く末をどうこうする力があるとは思えませんが、少なくとも竜種の皆さんは助け出したいと思います。私の仲間もそうして欲しいだろうし」

「うむ。氷竜の娘だな。あれに妾の力を与えたのも間違いではなかったな」


 ……あっ。もしかして。ベルが急に火属性の力を行使出来るようになったのって──。


「さぁ行け。もう時間はあまり無い」


 ボルカニカの言葉で視界が揺れ、スッと意識が薄れていく。

 おそらく聖域を追い出されたのだろう。私はされるがままに身を任せ、完全に意識を失う前にボルカニカの最後の言葉を聞いた。


「お前はジオニカのお気に入りだからな……。加護はやれんが、選別だ。上手く使え。ルシアよ──」


 そうして、私の意識は途切れた。


-----◇-----◆-----◇-----


「──シア、ルシア? 何を呆けておるのじゃ?」

「あ、あぁうん。ごめん。で、なんだっけ?」

「じゃから、ドラム山脈は既に帝国に攻め入られておるから、わしらも防備を固めんと、という話をじゃなぁ──」


 ソフィアはこんな時に悠長な、と呆れながらも説明してくれるが、私のこの後の行動は決まっている。

 私はチラリとベルを見た。積極的には話には参加していなさそうだけど、時折両手をギュッと握りしめていた。


 ボルカニカの頼みに関わらず、ベルの故郷が今蹂躙されようとしてるなら、助けに行くべきだよね。

 


「じゃあ、私行ってくるよ」



 正直途中から話を聞いてなかったけど、話をぶった切って私は宣言した。


「ちょ、ちょっと待つのじゃルシア。行くってまさか……」

「はい師匠。ちょっとベルの故郷の様子を見に行ってきます。問題があれば助太刀します」


 ベルは私の宣言に大きく見開いていた。


 その後、怒れるソフィアを何とかなだめすかし、私はドラム山脈に向かう事になった。

 同行するのはタマ、シャロ、ローラ、ベル、ソフィアの5名。危ないから私だけで、と言ったがそれだけは頑として譲ってくれなかった。結果、この村で戦闘力の高い人員上位6名での出撃となった。


『ボクらも数に入れて欲しいなー』

『そうよ! ルシアちゃんだけ危ない目には合わせられないわ!』


 実際にはアーシアとジオニカを入れて8名だね。彼女達は直接的な戦力にはならないから戦場で出す気はないけど。


「気をつけろよ」

「アッシュこそ。帰った時に村がなかった、なんて事になったら地獄まで追いかけてあげるから」


 アッシュには村の警戒、防備を固めてもらう。

 流石にそこまで侵攻は早くないだろうが、帝国は飛竜部隊を投入している。それが進行方向を変えればすぐにこの村なんか補足されてしまうだろう。


 ルインには「ねぇね、また行っちゃうの……?」と涙をたんと蓄えた目で訴えられたが、何とか我慢する。必ず帰ると約束したら、しぶしぶ納得してくれた。


 別に死ぬ気で行くわけじゃないからね。今年はルインの聖環の儀も控えてるんだから。


 直前でどうやってドラム山脈まで行くの問題が勃発したが、それはベルが解決してくれた。なんと既に竜形態に戻れるようになっていたようだ。これもボルカニカの介入のおかげかな。


「じゃあ、行くの!」


 私達は以前戦った時よりも幾分か逞しくなったベルの背中に乗り、ドラム山脈に向かった。


遅くなりました。すみません。

色々と別の執筆に追われておりまして……。少しの間投稿が不定期になるかもです。


お疲れ様でした。

楽しんでいただけたならば幸いです。


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