エピソード114 私、戦争の兆しを感じます
デートを中断し指定された広場に急いで向かうと、既に多くの人達が集まっていた。
浮かれてたから気づかなかったけど、よくよく思い返してみるとデートの覗き見にしては随分人が多かった。手を振っていたのは私達に合図をしていた、ってことだったんだ。
今更ながら気づいた事実に恥ずかしい思いをしつつ、方々から投げられる視線を掻い潜りながら発見したローラの傍に近寄った。
「散々な初デートだったね……タマチ君、その頬どうしたの?」
「あ、えっと、これはその……」
「ちょっとした事故で大したこと無いんだよ! ……で、それよりどういう状況?」
不思議そうにタマの頬を見るローラだったが、あまりそのことに触れられたくない私が急かすと訝しみながらも答えてくれた。
「詳しい事はまだ。今はソフィア様が村の代表者達を集めて話し合ってる」
「そっか。私ちょっと着替えてくるよ。流石にすぐ戦闘にはならないとは思うけど、この格好動きにくいし」
「分かった。あ、時間があるからって欲求不満を発散しないように」
「うっさい!」
余計な一言が多いローラの元を後にし、タマと一緒に急いで自分の家に向かい、いつもの村人スタイルに着替える。さらに念を入れて冒険者時代に使用していた装備を装着し、広場へと戻った。
既に話し合いは終わったようで、幾つかのグループに分かれて代表者が村人達に説明をしていた。
「皆揃っておるの」
ソフィアのもとにいるのは、私の他にイツメンのローラ・ベル・タマ・ミケ・ポチ。私に置いてけぼりにされて不貞腐れてるアーシア。それに加えて母と父、そしてルインだ。
シャロがいないが、彼女は自警団へ説明と指示を与えるために向かったそうだ。
一瞬ソフィアの叱責するような視線が私に向いたが、プイッと顔を背けておいた。
別にデートしてただけだし、私悪い事してないもんね。
私の反応を見てソフィアは小さくため息をついたが、気を取り直して私達に現状を説明しだした。
「帝国の動きが活発化されておると報告があっての。ドラム山脈に住むわしに何か妙な出来事が起こっておらんかを聴取するために王都に呼ばれおったのじゃが……」
ちょうどその時に、国王陛下のもとに前線基地から量産型ケータイによる通信があったらしい。
「ドラム山脈の竜種が住む山頂に、オルゴルシア帝国の竜騎兵およそ500騎が攻撃を仕掛けておるらしいのじゃ」
ドラム山脈はパンドラム王国の国境に指定されている。この度の侵攻が明らかな越境行為であるとし、帝国を明確に敵国と認定し、すぐに王都の翼獣騎兵が対処に向かったとのこと。
にわかに慌ただしくなった王都から脱出し、ノンストップでこの村に戻ってきた。
それがソフィアが知っている情報のすべてだった。
「飛竜って竜種の中ではそこまで強くないんでしょ? 竜の里にはそれこそ最強種と名高い竜種がゴロゴロいるんだよ。いくら帝国が数を揃えたからって負けるとは思えないんだけど」
ソフィアの話を聞いて、私は首を傾げた。
帝国のやりたいことがわからない。
仮に私が他国を攻める立場にあるなら、竜騎兵部隊をドラム山脈の、それもよりにもよって強敵である竜種の住処に充てるより、飛び越えて王国内に侵攻させるだろう。
「強くないって言っても飛竜は単体でB級相当の強さはあるニャ」
「私が戦った若い竜種でもA級相当だったんだよ? 成竜なんて絶対それ以上の強さだろうし、なによりベルのお母さんに私は勝てる気がしないよ。せめてA級以上の強者を数十人規模で投入しないと勝負にならないと思う」
私の言葉にベルも何度も頷き同意を示した。
実際には成竜とは戦ってないからあくまで勘によるものだけれども。
でもあの竜形態の巨体を見てしまったが故に、倒すのが容易でない事は自明だ。
「ルシアの言う通り、どれだけ飛竜が集まろうとあの竜種共を倒せるとは到底思えぬのはわしも同意するのじゃ。しかしの……」
私の意見に同意しつつ、ソフィアは思案顔だ。
「一般的に騎兵には優れた騎士が選ばれる。特に竜種は背中に己が認めた者しか乗せぬのじゃ。つまり、飛竜500にそれと同等以上の強さを持つ騎士が同数じゃ」
さらにじゃ、とソフィアは言葉を続ける。
「奴らは最初に竜種の住処を狙っておる。つまり、竜種と戦う何らかの手段を講じておる可能性が高いのじゃ」
確かに。エリート兵を何の対策もなしに強者に突っ込ませ消費するなど愚策も良い所だ。遭遇戦でもあるまいし、対抗策を用意しているというソフィアの予想は恐らく的を得ている。
「それにじゃな……帝国が軍国を掲げる最大の理由、『七大罪』が加わっておれば、竜種と言えど楽観は出来んのじゃ」
「七大罪は皇帝近衛って噂じゃなかったですかニャ?」
「うむ。しかしの、王都が放っておる密偵の報告では何名かの目撃証言が報告されておるようなのじゃ」
「……ハッ! 確かに他国への侵攻の際に《強欲》らしき人物が動いていたって話は聞いた事があるニャ」
「「「「???」」」」
ミケとソフィアが何やら専門的な単語を出し始めたので話についていけず、2人以外は疑問符を浮かべていた。
私も何のこっちゃ分からないが、『七大罪』ってのは似たような単語を異世界物の小説の中では良く耳にした事がある。
「ミーちゃん。それって他に《嫉妬》とか《憤怒》とかが居たりしますか?」
「あれ? 意外と情報通ダニャー。帝国の秘密兵器じゃからあまり情報は流れてなのにニャー」
すみません、前世の知識です。
でも意外っていうのは一言余計だよ!
ミケ曰く、大罪とは創生の神、オルフェノスが定めた世界を混沌に貶める不遜な罪である。
『七大罪』はそれらを冠するスキルを持つ者達の総称らしく、《傲慢》《強欲》《嫉妬》《憤怒》《淫欲》《飢餓》《怠惰》の7つであるらしい。
その者達は帝国が有する最大戦力であり、一説には冒険者ギルドが規定する最上位の強さであるS級をも凌ぐのだとか。
ふぅむ。大まかには間違ってない。暴食じゃなくて飢餓なのがちょっと気になるけど……、微妙な文化差みたいなものかな。
……というか、ミケペディアさんの知識凄すぎぃ!!
こんな辺鄙な村でそこまで他国情勢把握してるとか絶対おかしいでしょ! ネットか! 尻尾がLANの役割を果たしててリアルタイムに世界中の情報を収集してるでしょ!!
「んー、創造神がわざわざそんな厄介なスキル創ったわけ? 変わり者ね」
『あー、それはだなー。たぶん別の奴がー……』
アーシアは他には聞こえない程小さく呟き、これに呼応するかのように私の頭の中でもう1人、地の大精霊ことジオニカの間延びした声が聞こえた。どうやら様子を見ていたらしい。
どうでもいいけど、この大精霊、最近は覗き趣味に磨きがかかってきており、人が水浴びをしている時に『ルーちゃんは小っちゃいなー』とか、『寝顔がきゅーとでかわいいぞー』とかセクハラまがいの行為が横行している。ちょっと誰か何とか言って欲しいと切に願う。
閑話休題。
『二人とも何か心当たりがあるの?』
『んー、まぁなー。でも説明するのは時間がかかるなー……よーし』
あ、長くなるなら別にいいです。
そう断る前に、ジオニカは此処にはいない誰かに語りかけ始めた。
『おーい、どうせ聞いてるんだろー? ちょっとお前の精霊区画に精神だけ送ってくれー』
『ちょ、ちょっとジオニカ! 誰に話しかけてるの? ま、まさかお化けとかじゃないよね!? 精神だけって魂!? 引き抜かれるのっ!? ちょっと聞いてるジオニカ!?!?』
この世界に生まれてからアーシアやらジオニカやらお化け以上の霊的(神的?)存在とコンタクトしているから多少マシにはなってるとはいえ、やはり怖いものは怖い。
途端に腰が引けてきた私とは裏腹に、ジオニカへの応答はない。
適当な事を言ってるだけか、と安心しそうになったその時、ジオニカの一言でそれは起きた。
『今ならルーちゃんがセットで来るぞー』
そんなの何のプラスにもならない……。
そうジオニカにいい返そうとした時、急にフッと視界が昏くなり、元に戻った時には──
「どこよ、ここ……」
全く知らない場所に私は立っていた。
大罪系のスキルは出すか迷いましたが、敵っぽいのが分かりやすいので採用しました。厳密にはこの世界にキリスト教は無いのですが、まぁ、似たような罪は人間社会が構築されている以上発生しているでしょう、というほんわか設定です。
元のプロットはオリジナルな罪にしていましたが、分かりやすさを重視して変更しました。
お疲れ様でした。
楽しんでいただけたならば幸いです。




