エピソード間話 ジオニカとルシアの邂逅~駄女神アーシアを添えて
刻はルシアがこの世界に転生した日まで遡る。
創世神オルフェノスが生み出せし7大妖精が1柱、地の大精霊ジオニカはその日もマイペースに日向ぼっこをしていた。
「あー、ヒマだなー」
ジオニカは配下である下級精霊からの報告を、欠伸を嚙み殺しながら聞き流す。手持無沙汰を紛らわすため、周囲に生えている綺麗な花をいくつか摘み取り花冠を作る。
ジオニカの住む聖域、《楽園》に咲く黄色い宝石のような花で彩られた冠を、つまらなさそうに一瞥し、おもむろに自分の頭に乗せた。
ボーイッシュに短く切り揃えられた黄褐色の髪に花冠は良く映え、それを見た周囲の精霊達も賛辞をするかのように明滅を繰り返す。
しかし、当の本人は精霊達の反応もお気に召さないらしく、小さくため息をつくと、花畑にバサッと仰向けに倒れ、瞼を閉じ微睡みに身を任せようとした丁度その時、世界に新たな生命が誕生した気配を感じた。
それ自体はジオニカにとってありきたりな出来事だ。なにせ生物など、それこそ空に瞬く星の数ほど存在する。いちいち反応していたらキリがない。
しかし、その生命が放つ波長は、暇を持て余したジオニカの興味を惹くのには充分すぎるほどだった。
「んー、なんだなんだー? この子、ボクと同じ匂いがするぞー」
ジオニカは良い暇つぶしが出来たと喜び勇んで起き上がり、掌を地面に押しつけムムムッと波長の震源を探る。どうやら近くではないらしい。少なくとも、ジオニカが縄張りとする土地ではない。
ちょっと本気を出して探っていると、急に何者かに存在探知をレジストされた。神に等しい能力を有するジオニカをレジストする者など、この世界には数えるほどしかいない。
「この粗野な感じはボルカニカだなー。となると、あの子が生まれたのはパンドラム王国かー」
ジオニカは残念そうに項垂れた。
基本的に他の大精霊の縄張りには、勝手に立ち入る事は出来ない決まりからだ。
もちろん例外はある。尤も手っ取り早いのは縄張りとする大精霊の許可をもらう事だ。
しかし、ボルカニカは精霊一倍縄張り意識が強く、特別仲が良い訳でもないジオニカに許可が下りる訳がなかった。
なにより、ただの暇潰しの為に自分の縄張りを離れるのは、オルフェノスに小言を言われる可能性もある。
「しかたないなー。聖環の儀の時まで我慢するかー」
この世界の人族は5歳の時に『聖環の儀』と呼ばれる、精霊との交信する機会がある。その時だけは直接その者の前に姿を現す事が出来るのだ。
永遠の命を持つジオニカにとって、常なら5年など人が瞬きに要する程度の感覚に等しい。
「楽しみだなー」
しかしジオニカは、その時が来るのを一日千秋の想いで待ち焦がれるのだった。
-----◆-----◇-----◆-----
そして5年後。ジオニカ念願の『聖環の儀』の日。
この5年間で他世界の神──というには随分と希薄な神気を纏う者──が世界の壁をぶち壊してダイナミック入居するという興味を惹くような出来事もあったが、残念ながらその者もボルカニカの縄張りに滞在する事になったらしい。
初めてオルフェノスの半泣き声を聞いて大いに暇を潰せたが、同時にボルカニカだけズルい、という不満が蓄積していた。
ジオニカは万が一にも見逃す事がないよう、感覚を儀式の行われる祭壇と直結させ、過去一番かもしれない集中力で人の子達を観察する。
「お、きたきたー。この子だなー?」
祭壇に近づくとある女の子から、あの時と同等の、否、それ以上の気配が感じられた。どうやら自我が目覚めてから急激に成長したみたいだ。
ジオニカが干渉できるのは、人の子が祭壇で祈りを捧げるその瞬間のみ。
早く早くー、とウズウズしながら待ちわびるジオニカだったが、結果から言うとその機会は得られなかった。
女の子が、祭壇で祈る前にぶっ倒れてしまったのだ。
「え、えぇー? なにが起こったのー!?」
どうやら例のよそ神もどきが悪戯をしたらしく、それに驚いた女の子が気絶してしまったらしい。
「なんてことしてくれるんだ神もどきめー。ボクの期待をぶち壊してくれてー」
珍しく感情を露わにして怒るジオニカ。それを周囲で見守っていた精霊達が慌ただしく明滅を繰り返している。
不貞腐れそうになったジオニカだが、その後何とか女の子──名をルシアというらしい──に【聖環・地】を授ける事には成功した。
ついでにちゃっかり聖環に嵌った宝石に自身の疑似人格も植え付けておいた。到底似ても似つかないようなお粗末な人格に不満もあったが、あまりに激しく干渉するとボルカニカに何を言われるか分からないので我慢しておいた。
疑似人格にはルシアを良く助けるようにと念じておいたので、仲良くなることも、さらにルシアが【聖環・地】を鍛えてくれればいつか直接交信する事も可能になるかもしれない。
その途中、ジオニカとルシアとの間に割り込むように例の神もどき──名をアーシアというらしい──が割り込んできたので追い返そうとしたが、予想以上に強い執念を感じる干渉に負け、忌々しくも受け入れることになった。
ルシアが転生者であることを知り、その弊害というべきか、ジオニカの疑似人格にあまり頼る事がなかったのは誤算ではあったが、共に日々を重ね、徐々に良い関係を構築すること9年と少しばかり経ったある日、ジオニカの待ちに待った瞬間が訪れた。
-----◆-----◇-----◆-----
「よーし、最後! 【聖環結界】からのー……複合魔法、【トリニティ・フォース】!!」
いつものように秘密の訓練場で魔法の特訓をしていた私は、編み出した防御型の複合魔法を試していた。
「うん。かなり調子良い!」
組みあがった魔法に満足げな私の脳内で、いつものように【聖環・地】からスキルのレベルアップのアナウンスが届いた。
『【聖環・地】の特殊スキル【聖環結界】がレベル上限に達しました。【聖環・地】が所有するすべてのスキルがレベル上限に達しましたので、【聖環・地】がレベルアッププププププ……ガガガッ!!!』
「うわっ!? ど、どーしたの指輪さん……?」
今までこんな現象は起こった事はない。
最初は無機質な声質にちょっと機械じみた怖さを感じる事もあったけど、最近ではそれがむしろ変わらない安心さに感じていた。
脳内で鳴り響く(ように感じる)不快なノイズに顔を顰めながら、私は心配になって指輪さんに対して何度も話しかけた。
しかし私の問いかけに応じることなく、まき散らすノイズのあまりの不快さに耐えきれなくなったアーシアが顕現して退避してきた。
それを見て自分だけズルいと思いながらも耐え続けていると、段々とノイズは収まり、アナウンスが始まった。
『おめでとー。【聖環・地】の加護は一足飛びで【地の大精霊ジオニカ】の加護にレベルアップしたぞー』
再び聞こえてきたその声は、声質こそあまり変わらなかったがいつもの機械じみた感じはなく、少し間延びした人間味のあるものだった。
「……へっ?!」
そのことに驚く前に、さらに驚くような出来事が目の前で起きた。なんと、【聖環・地】から光が伸び、その先でアーシア以外の人物が顕現したのだ。
その謎の人物──黄褐色の髪の声変わり前の男の子のような性別不詳の者──が、まるで昔からの知り合いであるかのごとく親し気に、私に声をかけてきた。
「やっほー。やっと会えたねー。ルーちゃんって呼んでいいかなー?」
「は……え? う、うん。それはいいんだけど……あなたは誰?」
状況を把握できずにいる私を楽し気に眺めるその者は、腰に手を当て精一杯偉そうに、しかし顔には満面の笑みを浮かべて名乗った。
「ボクは地の大精霊ジオニカなのだー」
「ジオニカ様?! そ、それってあの大精霊の……?」
「そうだよー。そのジオニカだよー。あ、ボクとルーちゃんの仲なんだからー、様なんてつけなくていいよー。というかつけちゃダメー」
伝説上の存在である大精霊の1人と私がどんな仲なんだろう、と思わず首を傾げたくなったが、それを無理やり押し込んで自分の前に現れた理由を聞いてみる。
するとジオニカは、よくぞ聞いてくれたとばかりに頷いた。
「遊びにきたー」
非常に簡潔な返事と共に。
「暇なんですか……?」
確実に失礼な台詞を吐くルシアだったが、ジオニカはその言葉に怒ることなく同意した。
「うん。ヒマだーヒマだーって思ってたらさー、ボクと同じ匂いのするルーちゃんが生まれたからー。ずっと一緒に遊びたい思ってたんだよねー」
「そ、そうですか。ん? 匂い……? 私、精霊みたいな匂いがするってこと?」
私はクンクンと自分の匂いを嗅いでみると、ほのかに土と草の香りがした。早朝に薬草を摘んでいたからかな。
「ルシアちゃん。匂いってのはたぶん気配みたいなものよ。ルシアちゃんは地属性とすごく相性がいいから」
「そうだぞー。そこの駄目神の言う通りだぞー」
アーシアの補足にジオニカが頷く。なるほどと理解する傍ら、サラッとアーシアをディスっているのが気になった。アーシアもそれに気づいたのか、怒涛の如く怒り出す。
「誰が駄女神よ! いくら私が美しくて女神と言いたくなるのは分かるけど、駄目扱いされるのは納得いかないわ!」
「"駄女神"じゃないぞー、"駄目神"だぞー。間違えるなバカヤロー」
「野郎じゃないわよってか既に神様扱いされてない!? ポッと出の精霊のくせしてルシアちゃん株落とそうとするんじゃないわよ!」
いや、私もアーシアは割と駄女神だと思うけど、と心の中で呟くも空気を読む能力はちゃんと持っているので口にはしない。
ヒートアップするジオニカの言い分を聞いていると納得する部分もあった。私と接触したかったのに、その悉くをアーシアに邪魔されていたらしい。そりゃ駄目神扱いするわ。
「バーカバーカ!」
「アーホアーホ!」
既にただの子供のような口喧嘩になっていたが、私が間に入ることで何とかとりなすことに成功した。
その後、ジオニカの驚異的な加護の能力を聞いて、改めてアーシアが凹むという事態があったものの、ジオニカと心ゆくまで遊び、可愛らしい黄色の花が編み込まれた冠をプレゼントされ、交信をすることでたまに遊びに来る約束をしたのだった。
私は気づいていなかった。
ジオニカが接触してきたのと同時にトーチの灯りが強くなり、その後のやり取りでメラメラと炎が揺らいでいたことなど。
私は知らなかった。
ジオニカからもらった花冠、その花が『黄宝華』と呼ばれる、土地に豊穣をもたらしあらゆる傷を治す薬の素材にも使われる、自然界の秘宝とまで呼ばれるほどの希少種であったこと。それがとある人物の人生を左右する事になろうとは、夢にも思わなかった。
おまけのお話です。




