エピソード111 私、返事をします
勝利者への私のキス権とか、タマの公開告白とか……色々と波乱はあったものの、自警団の訓練は終わった。
結果は御覧の通り私の快勝で幕を閉じた。まぁ、伊達にS級冒険者とか言われてるわけではないのです。
タマには一応盾攻撃とはいえ、スキルまで使ってかなり本気を出して攻撃してしまったので、現在ベルに治療をしてもらっている。
あの技は身体機能を一時的に麻痺させる技なので、ダメージ自体は大した事はないと思う。
戦った皆さんは割と満足してくれたらしい。今後の課題について話し合いながら去っていった。あの様子じゃ、今日は酒盛りかな。飛び入りだったけど、少しでも為になったのなら嬉しいな。
ただ、その、2人……いや3人かな……には悪い影響を与えてしまったようで。
「私、まだ諦めたわけじゃないですからねっ!! タマチ様、キャンベルが魔の手から救って差し上げますから!」
「おいっ! キャンベルを止めろ!!」
タマの事がどうやら好きらしいバサ娘ことキャンベルは、訓練中のタマの公開告白で魂が解脱しかかっていたらしい。
騎士団の皆に羽交い絞めにされながら帰ってゆくも、般若のような圧倒的顔面力は私を恐怖に縛り付けるのには充分だった。
別のところでは、落ち込みまくったポチが、フォーレンシア相手に愚痴っていた。
「はぁ……俺、完全に要らない子だったよなぁ」
「(ポンポン)」
「いや、シアはそう言ってくれるけどさ。全然歯が立たないっつうか、途中から完全に2人の世界に浸りっぱなしっつうか。幼馴染達にあんなに差を広げられたら参っちまうだろ」
「(ナデナデ)」
「……おう。ま、慰めてくれんのは、サンキューな」
「(テレテレ)」
……フォーレンシアは喋ってないから、ポチがちょっと危ない人のように見える。というか、ポチは何故彼女の言いたいことが理解できるんだろう。
流石に扱いが悪かったとは思ってるから声を掛けるか迷ったけど、ポチも落ち込む元凶に話しかけられるのは気まずいかと思い直す。
後でお詫びはするとして、今のフォローは彼女に任せよう。
完全にギャラリーになっていた人達も、訓練を見た興奮と、その中で起こった出来事に対する生暖かい視線を残して村に戻っていった。
あぅ……。一応タマに告白された事は黙ってたんだけど、これでとうとう村の皆に知られちゃった。
まぁこれくらい追い詰められないとまだうじうじと思い悩んでたかもしれない。背中押してもらったと、割り切るしかないか。
「……よしっ!」
私は、自分のほっぺを叩いて気合を入れ、悪影響を与えてしまった最後の1人……タマのところに向かった。
タマの治療はすぐに終わったらしく、皆から離れたところに1人で座っていた。
「タマ」
振り向いたタマの表情にはいくらかの翳りがあった。
「……すごかったよ。最後の技。あれ見せられちゃった完敗だよ……はぁ」
あぁ、タマが話すたびにどんどん落ち込んでいく。
「そ、そんなことないって。割と紙一重だったし」
そもそも、予備動作なしで二撃目があるなんて予想も出来ないだろう。
一撃を耐えて安堵する相手を二撃目で撃沈する、という超防御力特化に対する初見殺しの技なんだから。
事実、槍ではほぼ零距離での攻撃は対処しようがないと踏んでいたのに、初撃は完全に無効化されてしまったし。
「で、でも……」
「あぁー、もう! そんな事よりさ!」
まだグジグジ言い出しそうだったので、私の用件を伝えるべくタマの口を無理やりふさぐ。
「答え、出したんだけど」
私はタマに視線を合わせた。
私の言葉に困り顔だったタマだが、すぐに私の言葉を理解したのだろう、そのまま流れるようにスッと視線をそらした。
「……なんで視線をそらしたの?」
「い、いや。ちょ、ちょっと嫌な予感が……」
「ふーん。ま、いっか」
私はさっきの訓練中に固まった自分の気持ちを正直に口に出す。
「私ね、2年前にタマに告白されたよね」
「そ、そうだね」
告白という言葉を聞いた途端、タマの顔が真っ赤に染め上がる。その反応って女の立場である私側の反応であるべきじゃないかな? タマの乙女レベルが高くて嫉妬しちゃうよ。
「さっきの訓練の最中にも、好きだって、言ってくれたね」
「う、うん」
今更あんな観衆のいる前で告白したのを恥ずかしくなったのか、真っ赤になった顔を隠してしまった。なんだかおもしろくなってき……ってダメダメ。今は重要な話をしてるんだった。
「タマは私が成人するまで返事を待つ、って言ってくれたよね。それまでタマが私にふさわしい男の子になれるように頑張るって」
「うっ……ぅん」
先ほどまで顔を真っ赤にしていたかと思ったら今度はしょんぼりとしてしまった。さっきの戦闘でふがいない所を見せたとでもタマは本気で考えてるんだろうか。
「ホントはもっと早く返事をすべきだったんだけど……そのあとも色々あって、今日まで返事、遅れちゃった。ごめんね」
恐る恐るタマが私を見る。
「さっきの訓練……最後の立ち合いで答えが決まったよ」
視線はそらさず、まっすぐにタマの目を、その奥を見つめる。フラッシュバックするのは、さっきまでの戦闘訓練。そして2年前のあの日の出来事。
「私ね──」
勝ちたいがためにいろんな策を練って。
「私──」
タマの魂の叫びを聞いて。
「あなたとは──」
私相手でも全力で戦って。それでも、一歩届かなかったタマの無念の表情を見て。
私は──。
「──結婚を前提にお付き合いしたい、です」
惚れてしまった。
ひたむきに、一心不乱に鍛錬を積んできたタマの覚悟を、ありありと感じてしまったから。
タマを愛おしく、私は彼と一緒にこの先を歩んでいきたいと、純粋に、そう思った。
「──は?」
私の言葉を理解出来ないのか、ポチみたいな顔をして目を丸くしてポカンと口を開けたタマ。
それがあまりにもおかしくって。ついつい笑ってしまった。
「なんて顔してるの。カッコいい顔が台無しだよ?」
「えっ、いやっ、でもっ! ぼ、僕の聞き間違い? 幻聴? ルシアが僕とけ、けっこ、結婚と付き合いたいって……」
「言葉になってないよ?」
なおも笑う私を見て、どうやら幻聴でないと悟ったタマは、それでも口にする。
「僕……ルシアに負けたよ?」
「いつ私が『付き合いたければ倒してみせよ!』なんて言ったの?」
「僕は、……誰かに負けるような僕は……ルシアにはふさわしく──」
「──私を、護ってくれないの?」
私は笑みを消し、真剣な面持ちでタマを見た。
「今でも私を護ってくれる人はいるわ。ベルにシャロ、ローラがそう。お父さんもお母さん、あとアーシアもかな。皆、私を命がけで護ってくれると思う」
「な、なら……なおさら僕は」
「私ね、護ってくれる人に強さなんて求めないよ」
私は、一呼吸おき、想いを伝える。
タマがぶつけてくれた想いと同じだけ、私のホントの想いを。
「私はね、私が心から信頼出来る人に、護ってもらいたい。だから私も、その信頼を裏切らないために全身全霊を懸けてでも護りたいって思えるの。タマには、その中でも一番の関係になってほしい。そう、私は願ってる。ねぇ、タマ──」
「───護り、護られる。これって最強で最高にロマンチックじゃない?」
私は笑う。
タマはその笑顔を見て、涙を浮かべながら、満面の笑みで答えた。
「あぁ──そうだね。ルシア、君を護ろう。命を懸けて」
「えぇ、タマ。あなたを護るよ。死が二人を分かつまで」
私とタマは互いに引き寄せられ──その距離は零になった。
深く刻まれる初めての記憶は、ちょっぴりしょっぱくて、とても熱かった。
お疲れ様でした。
楽しんでいただけたならば幸いです。




