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エピソード110 ルシア vs. ポチ・タマ──後編

 

 タマは怪訝な表情をする私を少し笑って、自身の心情を吐露し始めた。


「……ルシア、君は凄いよ。幼い頃から魔法や武具が使えて、強者の才を持ってる。国王陛下との知己を得て、村の総意で勝手に押し付けた冒険者という命を懸ける危険な職業も、君は立派に努めてみせた」


 その結果、歴代最速と呼ばれるほどの勢いでS級冒険者になっちゃうなんてね、とタマは苦笑を浮かべた。


「強く、財力を持ち、高い地位を得た。本来、僕が気軽に関わる事の出来ないくらいには。──でも、それだけ変わったのに、ルシアは何も変わらない」


 そこで少しだけ言葉を切り、深呼吸をして私を見据え、周囲を憚らず、タマは言葉を紡ぐ。



「君の容姿が好きだ。その美しい流麗な銀の髪が好きだ。静かな湖のような、夜を流れる天ノ川のような、碧の瞳が好きだ。見たら元気になれる、君の容貌が好きだ。しなやかに鍛えられた、芸術のような肢体が好きだ」


「えっ、ちょっ?!」



 村の住人がほとんどいるような場でいきなり公開告白しだすタマ。ざわめく周囲と展開についていけずポカンと口を開けた友人達の顔を見て、私は羞恥と、それとは違う気持ちで顔が火照るのを抑えきれない。



「君の無邪気な笑顔が好きだ。たまに見せる大人びた姿勢が好きだ。そしてなにより、太陽の下、土にまみれて楽しそうに畑仕事する姿が好きだ」



 タマの独白は止まらない。

 告白して2年。その間に積りに積もったありったけの想いを、決壊したダムの如く、私にぶつける。




「僕は、そんな君の横に……肩を並べて共に歩きたい。君を……()()()()()()()()()()()()()()んだ────だけど……」




 タマの想い……2年前、あの夜に聞いた告白の言葉と、それに続く逆接が、私の胸を締め付ける。


「あの時よりも君はもっと強くなった。もしかしたら……僕なんて必要のないくらい、強く」


「それでも君に寄り添うため僕は鍛えた。来る日も来る日も、ひたすらに。だから、今日は嬉しかったんだ。偶然に降って湧いたチャンスが。やっと証明出来るんじゃないかって。ルシアに、認めてもらえるんじゃないか、って」


 だけど、さ……。そう小さく断って、タマは次々と視線を移しながら言葉を続けた。


「ルシアの反応で気づいちゃったんだ。あぁ、僕って心配されちゃうんだなぁ。シャロさん達とはやっぱり違って、全然並び立てないんだなぁ、ってさ」


「あ、いや、あれはその、そういうのとはちょっと違うっていうか……」


 私の態度が決定的だったようで、しどろもどろに説明しようとするも舌が回らず失敗してしまう。これではタマの言う通り、ごまかしているようにしか聞こえないじゃないか。


 ここで言葉を途切らせちゃダメだ。



「タマの事はとっても信頼「──だからさっ!!」」



 私の言い訳に被せるように、タマは語気を強めた。




「僕と真剣に勝負してほしい。ルシアが僕に出せる、全力を、しっかり受けきって見せる! 僕が弱くないって……僕に、君の力になれる事を証明させてて欲しいッッ!!!」




 タマの魂の叫びを聞き、でも、そういう事じゃないって、否定したい自分もいて、でもそれを言おうとすると感情が溢れて上手く言葉に出来そうになくて……私の頭の中はぐちゃぐちゃだ。


 でも、これだけは分かる。


 今度こそ私は即答しなければならない。


 ここが、私とタマのターニングポイント。これを逃すと、致命的なすれ違いが生まれてしまう。そんな直感がした。


「わかっ──「ダメじゃ」」


 私を遮るように、ソフィアが言葉を発した。

 ちょっ!? ターニングポイントを師匠がぶった斬ってきちゃった!?


「ルシアがこの訓練中に攻撃魔法、および武器を使わないのはルールなのじゃ。それは師として認めぬ」

「ですがっ!!」

「ダメじゃ。この場はあくまで訓練。お主もそれに参加している以上、納得するしかないのじゃ」


 タマはソフィアに食い下がるが、ソフィアは頑として受け付けない。


「あぁ、だがのぅ……」


 ソフィアは少し芝居がかった口調で、ありもしない髭を撫でつけるような動作でこう続けた。


「さっきの、ほれ、籠手型の。あれは盾の判定なのじゃから、あれを使った攻撃ならまぁ一回くらいなら許容しようかのう……ルシア、どうなのじゃ?」

「……合点です。ですが、一つだけ。……師匠、もしかして()()()()()?」

「さぁ。なんの事かわからんのじゃ~」

「……そうですか」


 あからさまに惚けるソフィア。

 籠手型のシールドを使った素手での戦闘。確かにその手段を、()()()()私は会得した。


 だけど、それはまだ試行錯誤の試作技で、つまり誰にも見せていないとっておきだ。一体どこで知ったのか。


 疑問は尽きないが、今はそれを追求する時じゃない。モヤモヤを頭の片隅に追いやり、その代わりにタマに向かって不敵な笑みを浮かべた。



「タマ。まだ誰にも見せてない、とびっきりを見せたげる。私の渾身の一撃、あなたがどうやって対処するのか。証明して──タマの、決意を」



「……わかった。遠慮はいらない。──僕のすべてで、ルシアに証明するよ」



 青春真っ盛りなやり取りに、周囲の野次馬達のテンションは最高潮に達した。舞台端から「俺の意見は……求められてないよな」とポチが肩を落とし、そんなポチを人型のゴーレムが慰めていた。


 シャロは何やらソフィアに言い寄っていたがしばらくすると説得を諦め、周囲の人間を下がらせていた。本気で戦うなら、せめてその余波が及ばないようにと。


「武器、いつものでいいよ。ここまで来たら折れて負けたとか言い訳されたくないし」

「へぇ……言ったね?」


 タマは木槍を放り投げ、愛槍を取り出し構えた。対峙すると先ほどまでとは圧倒的に段違いな威圧感を感じる。


「ポチはいいの?」

「俺は降参するわ。自分で言うのもなんだけど、お呼びじゃねえだろ。タマ、男見せろよ?」

「うん」

「ルシアも。タマに気にせず拳で語れ。男見せろよ?」

「うん」

「そこはツッコめよ……まぁいいか」


 苦笑しながらポチは舞台を降りて行った。

 別に前世は男だったんだし、間違ってないからね。こういう少年漫画みたいな熱い展開、私は嫌いじゃない。

 

 私は念のためタマに【ジオ・プロテクト】をかけ、物理攻撃耐性を上げておく。


「へぇ。僕の防御を上げるなんて、余裕だったりする?」

「私が躊躇して殴れなくなるよりか全然マシでしょ。それに……それも気休めだからね」



 なんて言ったって、これから行うのは──神にも等しい、大精霊の力を借りた一撃なんだから。


「ふぅ……。力、お借りします……ジオニカ」


『ルーちゃんの声、確かに聞き届けたぞー』


 私が精神を集中させ祝詞を【精霊交信】を介して捧げると、神性を帯びた、しかしどこか間延びした声が聞こえ、それに呼応するかのように両脚から身体の隅々へと活力が循環し満たされた。


 さらに双腕の籠手が地の大精霊の象徴である黄水晶に包み込まれ、まるで私の腕を護るように肘あたりまで伸長した。


『ボクはあの下位農耕神ダメがみと違って優秀だからなー。ルーちゃんの力になるぞー』

『誰が駄女神よ! 名誉棄損で訴えるわよ!!』


 なぜ私が大精霊のジオニカと知り合いになっているのか。そしてアーシアとジオニカがなぜ仲が悪いのかは長くなるのでまた別の機会に説明するとして。


 脳内で幼稚な口喧嘩をし始める2人(2神?)を意識外へ隔離して、私はタマへ構えを取る。


 自然体の状態から足を揃え、右足を半歩後ろへ。膝は軽く曲げ、左手は丹田の位置へ。

 イメージはバネをギュッと縮めた状態。こじんまりとしてバランスの悪い体勢ではあるけれど、これが私が模索したこの技を撃つのに最適な構えだ。


「お待たせ」


 対するタマは、槍を浅く構え、槍先をピタリと私の重心に合わせた。これはタマの奥義、すべての攻撃を受け流し無効化する、『流流分水』の構えだ。


「いつでも」


 相対する私達を邪魔する者はいない。


 私の瞳にはタマがいて、彼の瞳には私がいる。


 極限まで集中した私の世界からは雑音は消え、色が消え、モノトーンに褪せた世界が急速に先細り──

 


「じゃあ──いくよ」



 足裏で地面が炸裂し、ほぼ地面と水平に、まるで氷の上を滑るように移動し懐へ。軽く浮いた左脚を地面に叩きつける。


 タマの視点からは、まるで私が目前まで瞬間移動し、目の前が爆発したように錯覚しただろう。


 乱暴に捧げられたエネルギーは、大地から反転供給される力の流れを脚から腰、そして左拳その一点に収束され、放たれた拳は最短距離でタマに到達する。


 前世で見た『崩拳』と呼ばれる超近接格闘術。

 それを我流で再現し、さらにスキルを上乗せした一撃。その名も──

 


「ルシア流形意偽拳、『震浸崩拳しんしんほうけん』!!」

「……ッ! 『流流分水りゅうりゅうぶんすい』!」



 竜種の突進にも匹敵する凝縮された一撃は、タマの奥義によって見事に霧散された。



 ──そう、一撃、だけは。



「ッ!? ぐっ……」



 突然タマは顔を歪ませ、短槍を取り落としてしまった。その両腕は激しく痙攣し、端から見ても戦闘続行が不可能であるのは一目瞭然だった。


 しかし、なぜその事態に陥ったのか理解できた者はいないだろう。表情を見るに、受けた本人であるタマにも理解出来ていないだろうから。


 ただし、他の者達とは違い、私の攻撃を受けたタマだけは、加えて一つの事象を体感したはずだ。



「衝撃が、遅れて……? でも、ルシアは動いてない……」


「これが私……対()()()戦を想定して編み出した、絶対防御への切り札だよ」



 ジオニカの加護の力である『大地讃頌』。

 ステータスを一時的にブーストする特殊スキルだが、その真骨頂は大地を介してエネルギーを貸借出来る事だ。


 一度無効化されたとしても、私の一部が地面と相手に触れていた場合、大地に捧げられたエネルギーを借り受けて、同等の威力を衝撃として放つ事を可能とする。これが遅延したとタマが勘違いした絡繰りだ。


 一撃目で確実に道を創り、次撃で直接体内に浸透させ戦闘不能に追込む、一打弐撃の究極技。


 確実に当てる。

 それが『震浸崩拳』の極意であり、無駄を省いて最短で相手に到達する『崩拳』を選んだのはそれが理由だ。


 まだ混乱するタマに近寄り、私はそっと耳打ちする。


「悪いねタマ。こういう時は、私が負けて『お姫様が王子様に護られて幸せに暮らす』ってのがハッピーエンドなんだろうけどさ。私ね──」



 ──意外と負けず嫌いなんだよね。

 ──XXな相手には、特にね。


 最後の言葉は、今は伝えなかった。


タマの習得している短槍術は私が大学生の頃、焼き肉の匂いに誘われて入った中国武術サークルで見た動きを基に構築してたりします。

ルシアの使った技も、私がほとんど幽霊部員として在籍しながらも、唯一カッコよさそうだから習った形意拳の基本五型の一つ、崩拳を基にしています。基本型ながら奥深い……らしい(幽霊部員感)

ちょっと練習するとほぼ素人でもそれっぽく使えるので、主に仕事でストレス溜まった時にお家で枕相手に放つのに静かでおススメです。……ちゃんと習ってる人に怒られそう。先に謝っておきますごめんなさい。


お疲れ様でした。

楽しんでいただけたならば幸いです。

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