エピソード109 ルシア vs. ポチ・タマ──前編
※最近は水・土に更新してますが、今回予想外に前・後編になってしまったので、前編を火曜日に、後編をいつも通り水曜日に投稿します。
「訓練、開始!」
シャロから開始の合図が告げられ、私は慌てながらも【アブソル・シールダー】で作った円盾を半身で構えた。
他の人なら着の身着のままでもDEFのごり押しで何とかなるが、タマ相手ではそうはいかない。タマが得意とする短槍術には貫通攻撃があり、油断していると手痛いダメージを受けてしまう。
訓練用の木槍を使用しているので怪我はしないと思うけど、それを言い訳にするのはやっぱり負けな気がする。目指すはタマの鋭い攻撃をすべていなし、躱すこと。
タマの戦闘スタイルを模倣する。大丈夫。普段の農作業や特訓で今では私も随分体幹が鍛えられてる。見切りさえ出来れば、やってやれない事はないはず!
余裕をもって対処するために、2人の取りうる戦法を予測する。なに、彼らは私の幼馴染。考えることなんかすべてまるっとエブリシングお見通しに出来るはず。
ポチは弓、タマは短槍。
……よし、見えた。装備的にタマが前衛で私を釘付けにし、ポチがその隙を縫って攻撃する、ってパターンだ。ポチは難しい事は考えられないからね。
ならばそれを逆手に取り、先手でポチに圧をかけてアウトレンジからの攻撃を無くしてしまえば……。
「おらぁあああ!!」
そんな私の作戦は、発動する前に潰えてしまった。
先に仕掛けてきたのはなんと後衛に回ると思っていたポチだった。どうやらあちらにも私の考えてることなんかお見通しだったらしい。それともポチが私の想定以上に猪突猛進だったのか。
弓は背に吊ったまま、短剣型の木剣でストロークの短い攻撃を続けて放ってくる。
猟師の強靭な脚力を駆使し、振りほどいても私と距離を取らず何度も繰り出される変則軌道の攻撃に、反射的に私の身体は動いてしまう。
息つく暇もないほどのポチの連続攻撃に苦戦しながらも、何とか途中から攻撃の誘導に成功し、ぎりぎりで防ぎ切った。
「くっそ……グエッ!」
いくら狩猟で鍛えているからといっていつまでも呼吸をしないわけにはいかない。技と技の間のわずかな継ぎ目を捉え、シールドバッシュでポチを後方まで弾き飛ばした。
「ふぅー……ッ?!」
一息つこうと力を抜いたその一瞬。首筋がゾクリと粟立った。
それは冒険者として積み重ねた戦闘勘とでも言うべきか。私はその勘に逆らわず、咄嗟に首を傾けた。
ビシュッ!
元々首のあった場所を、抉るように木槍の穂先が突き抜けていった。完全に死角から放たれた一撃は耳元で鋭く風を切り、それが訓練の域を超えており、武器が違えば命を刈るに足るものだったと実感する。
振り向きざま盾で後方の空間を薙ぎ払う。
すると、ガキッと槍で防がれた感覚と即座に後退するタマの姿が見えた。
「嘘でしょ……」
冷や汗が私の首筋を嘗める。
この勝負はタマとポチのタッグ。だからこの舞台には必ずタマはいる。それは頭ではわかっていた。にもかかわらず、先程の攻撃まで私は激しく攻めてくるポチに気を取られ、タマの気配を完全に見失っていた。
もし、あの時の直感に頼らなければ、下手すれば即時リタイアも有り得たかもしれない。
タマは先ほどの攻撃が決まらなかったことに苦々しい表情をしているが、それは私も同じこと。むしろ私の方が悪い状況だ。
周囲の者達からすると、結果的に私が彼らの猛攻を防ぎ切ったかのように見えているだろうが、現在進行形でタマとポチの挟撃状態に陥ってしまっている。
「タマチ流短槍術、『時雨突き』!」
そして戦闘中のタマは、攻め時を棒に振るような男ではない。
まるで刺突の雨としか表現しようもない連続突きが私を襲った。必死に盾で軌道をズラして対処するが、流石『時雨』という名を冠する技だけあり、緩急のある様々な突きが私の防御の隙を搔い潜らんと攻め立てる。
「モードチェンジ、『双腕の籠手』!」
私は盾一つでは防ぎきれないと判断し、【アブソル・シールダー】を分割。籠手のように両手の甲に配置し、刺突の一つ一つを拳で打ち落としパリィする。絶対的な面積は減るが、ステータスの力を借りて、手を文字通り盾代わりに使ってきた私にとってはある意味安定する。
その間にもポチが鏃のついてない矢を私の背後から何度も射かけてくる。ヒュッという短い風切り音が聞こえたら裏拳と逆ラリアットの要領で一瞬だけ後ろを振り向き矢を叩き落とした。
ノイズは遠ざかり、五感が急速に研ぎ澄まされる。
目に映るは、槍の軌道と放たれる矢。そして、打ち落とす私の拳の軌跡。
耳に届くは、衝撃音と風切り音。そして、対する者達の息遣い。
一つとして同じタイミングのない挟撃の嵐を、神経が焼け切れるような緊張感と高揚感を感じながら、すべていなす。
紙一重とはいえ膠着状態になった。
本来ならこちらからも盾攻撃をして状況を打開したい場面だが、禁止事項とした『徒手空拳での攻撃』に該当してしまう可能性がある以上、盾を籠手の形に変形させてしまったからにはシールドバッシュは使用できない。
ならば……強引にでもタマに近づきリーチを奪う。
そして逆に背後を取り挟み撃ちから脱却、あわよくば即座に盾型に戻し、シールドバッシュでタマを脱落させる。
しかし、そんな心の動きさえも逆目に働いてしまう。
「タマチ流短槍術、『時雨・双身双打』」
タマの攻撃の密度が更に上がった。その代わりに籠手が弾く音に、僅かに種類の異なるものが混じる。その正体が石突であることに気づくのに少し時間がかかった。
本来、突きによる攻撃とは肘から肩、そして腰に至るスナップを利用して放たれる。連続突きはその動作の回転率を上げる、あるいは省略して手数を増やす。
しかし、その攻撃はほとんどと言っていいほど刃物部で行われる。なぜならその部分が最も攻撃力が見込めるからだ。そのため、人間の身体がエンジンのポンプでない以上、連続突きには手数の限界が訪れる。
しかしタマは、槍先を引く途中で高速で半回転させてストロークを半減、その分石突による突きを混ぜるという荒業で手数を増やしていた。
似たような技をカンフー映画で見たことがある。あんな力の入ってない連続攻撃なんて無駄だろ、とか思ってたけど、実際に受けてみるとどうしてやりにくい。同格である以上、私の防御速度よりも彼の攻撃速度が上回ってしまうのだ。
ついに私の対処能力に限界が訪れた。ダメージとなる攻撃を選んで捌き、他は我慢する。すべての攻撃をいなす、当初の目的は達成できなくなった。
そして、タマの攻撃を捌けなくなった以上、さらに加えられるポチの攻撃なんて言わずもがな。視覚外から飛んでくる攻撃を半分勘も混ざった必死の回避行動をとる。
このままではそう遠くない先にギブアップするしかない。
──仕方ない。
この手は見せるつもりはなかったけど、なりふり構っていられない。
「……ッ、キャスト・オフ!」
「うわっ?!」
タマの攻撃を籠手で弾いたタイミングで、私は両手の甲を覆っていた【アブソル・シールダー】を勢いよく弾き飛ばした。
バラバラになった六角シールドの幾つかがタマに直撃し、怯んでる隙に脱兎のごとく危険地帯から逃れる。
そして2人と向き直り、改めて【アブソル・シールダー】を張りなおした。
「ふっふっふ……。まさか盾は攻撃を受けるだけのものだと思っていたかな? 残念! 飛び道具にもなるのでした!」
「おい……それ魔法の攻撃じゃね?」
ポチのくせに生意気にも私の説明に冷静にツッコんだ。
なるほどなるほど。確かに魔法の盾を炸裂させてるんだから、客観的に見るともしかしたら魔法攻撃に見えるかもね。
しかーし! 私にもちゃんと言い訳は用意しているんだよ!
「ブブゥー!! 残念でした! これはあれだもんね。ただ盾が勝手に自壊し、勝手に吹っ飛んで、その破片がたまたまタマに当たっただけだもんね! タマだけに! そう、タマだけに!!」
「いや訳わかんねぇから」
ぐっ……。渾身の『勢いで乗り切ってしまおう!』作戦は効果が薄い。
だがしかしっ!! この勝敗を決めるのは私達ではなく、審判であるシャロなのだよ!
私はシャロに渾身の視線を送った。
「ま、まぁ……盾にしてた魔法がはじけ飛んだだけだから事故とも、いや盾攻撃と言えなくも……ない、かしらね」
目が泳ぎまくっていたシャロは、苦し紛れに私の抗議に同意した。
「はぁっ?!」
「よっしゃ!」
試合続行となったので、ポチにさらにイチャモンつけられる前に構え直す。そうした中、盾の炸裂という超不意打ち紛いの一撃に呆けていたタマは、何かを決心したようにシャロに告げた。
「わかりました。あと、これ以降ルシアは防御だけじゃなくて攻撃をしてもらっても構いません」
「うぉい!? タマッ?!」
「えっ、それは流石にマズいんじゃないかしら……? ほ、ほら。タマチ君が強くなってるのはさっきの一連の攻撃でもわかったんだし、なんだったらもうルシアの負けにしても……」
タマの独断にポチは驚き慌て、シャロは何かがフラッシュバックしたのか、審判権限で私が判決負けにしてでも避けたいようだ。
しかしタマの意思は固く、シャロの言葉は尻すぼみで途切れてしまう。
「その代わり──」
タマは私に向き直り、槍先を私に指し、挑発するように言い放った。
「──今度は言い訳は聞かないよ。ルシア」
「うっ……」
言葉に詰まる私に挑戦的に笑うタマは、いつもより男の子で、ちょっと憎たらしさが増す感じだけど──そんなところを全部ひっくるめて、やっぱりカッコ良かった。
「でも、流石に私が攻撃するのはなぁ……」
私の攻撃は対人戦じゃなく対魔物戦を想定して鍛えてるから、威力が高いのが多いんだよね。それを対人の、それも訓練の場で見せるのは威力調整がシンドイなって。
悩んでいる私にしびれを切らしたのか、なおもタマは私に言い募る。
「ビビっちゃった? それとも僕に攻撃して傷つけるのが怖くなっちゃった?」
「……タマ?」
タマらしくない反応に私は怪訝な表情をする。
そんな私を見て、タマは少し笑って自身の心情を吐露し始めた。
ねぇ、聞いてよ奥さん。この話、本当は1話でサクッと終わらせる予定だったのに、書き終えた時には1万字くらいになってたんですよ。ありえなくないですか? 作者はふぃーって書き終えた時に初めて文字数と時計見て愕然としたんですって。おバカなんですかねー? ……はい、おバカです。
前書きの通り、後編は明日出します。もうそこそこの話数を予約投稿セットしてるんで、それ以降の日時を調整するのが面倒…ゲフンゲフン。
お疲れ様でした。
楽しんでいただけたならば幸いです。




