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エピソード105 私、日常に戻りました


 パンドラム王国歴292年。


 ギルドマスターのロンドから冒険者活動を禁止されてから、もう1年と半分が過ぎた。


 当初の目的であったシャロの怪我の治療も半年ほどで完治し、その後シャロ達はボルカ村を拠点に細々と活動を再開した。


 なぜ細々と、なのか。

 それは、万全の状態になったのにロンドから冒険者活動の再開を認めてもらってないからだ。


 当時は『A級冒険者の私達を引退扱いするの!?』とシャロが冒険者ギルドに突貫しに行ったが、何か色々と話を吹き込まれたらしく、村に帰ってきたらおとなしく活動を自粛している。


 尤も、興奮していたのはシャロだけで、ローラは村の狩猟組の手伝い、ベルは母に料理を習ったりとスローライフを満喫していた。

 シャロも村の若者の要望で戦闘訓練を手伝っており、1年たった今では一種の自警団のボスのようになっていた。


 そして私はというと……。


「ふぅ~、やっぱり冬の洗濯は辛いねー」


 冒険者になる前の生活に戻っていた。

 今も洗濯の途中。冬の手もみ洗濯は本当に辛い。水を張った洗濯桶からかじかんだ手を胸元に寄せ、はぁと息を吐きかけた。僅かに温かみを取り戻した指先がジンジンと痛む。


「やっぱり"洗濯機"が欲しいわねー。ルシアちゃん、異世界チートで作ってよ」

「作り方わからないし。てか、チート能力なんてなんていつ貰ったのよ」


 隣で私を手伝っていたアーシアも愚痴り、手を擦って摩擦熱で暖をとろうと躍起になっていた。庶民的過ぎて稀にアーシアが端くれでも神様であることを忘れそうになる。


「"異世界ちーと"? "洗濯木"……? 板なら持ってるニャ」


 私達からしてみればちょっとズレたことを言っているのは幼馴染のミーちゃんことミケだ。まぁ、この世界の科学は魔法に取って代わられているので、存在しない"洗濯をする機械"を理解しろなんて無茶振りもいいところだ。


「ならせめてルシアちゃんが風属性魔法でちょちょっと……」

「前に試したら洗濯物がズタボロに捩じ切れちゃったでしょ。お母さんにすっごく怒られたんだからね」

 

 私も別にただ日常に戻っていたわけじゃない。

 国王陛下から隣国のオルゴルシア帝国が攻めてくる可能性を示唆されたあの日から、自分磨きを続けてきた。

 

 その甲斐もあってなかなか使えなかった風属性魔法がようやく使えるようになった。……扱いきれているかどうかはまた別問題だけど。


「ルシアちゃんは終わったらまた特訓かニャ?」

「そうだね。今日は師匠が来てくれるし。ミーちゃんは……今日もデート?」

「もう! からかうニャ!」

「へへっ」


 ミケは顔を赤らめて洗濯物で私を叩く。

 ぴちゃぴちゃと冷たいけど私はそれを笑ってスルーした。


 ミケは村に滞在している騎士、王国第4騎士団に所属するアッシュとお付き合いしている。

 アッシュが『彼女ほしー』とか散々愚痴ってきたので私が紹介した。最初はぎこちなかったけど、最近は人目の少ない村の端でデートする姿を頻繁に目撃するようになった。


 えっ? なんで人目の少ない場所で会っているのを知ってるかって?

 そりゃあ……ね。むふふ。


 私も14歳のお年頃。コイバナは大好物なのです。


「まさかアッシュが辺境騎士としてこの村に派遣されてきたのは驚いたけどねー」

「私はまさかルシアちゃんが男の子を紹介してくるとは思わなかったのニャ」


 本来アッシュは第4騎士団として王都およびその近郊で活動している。1年半前の魔物の大群討伐の参加およびその後の村の復興支援の功績として副隊長にまで昇進した。


 そんなアッシュがこんな辺境の村にいる理由。それはひとえに今後起こりうるオルゴルシア帝国の侵攻に対抗するためだ。


 王都でも色々と手を尽くしているのだろう。仮に帝国が何らかの手段でドラム山脈を越えた場合、迅速に対処できるよう帝国の侵攻予想ルート上にある村のいくつかに分隊から小隊規模の騎士が派遣されている。ボルカ村もそのうちの一つというわけだ。


 おそらくあの王様のことだから、目論見はそれだけなくA級以上の冒険者である私達がいるからボルカ村を防衛拠点の役割としても想定しているのだろうけど……。それでアッシュを寄越してくれたんだから文句は言うまい。


「ミケちゃんとアッシュくんとの子供を早く拝みたいわね」

「も、もう! アーシアちゃんはおませニャんだから!」

「え、おませって……。私の方が年上なんだけど……」


 照れながらミケがどつき、珍しくアーシアが戸惑ったような表情を浮かべている。

 まぁ、神様だからね。人族よりは明らかに年上だよね。見た目や言動もだいたい幼女なので違和感が半端ないけど。


「私よりもルシアちゃんはどうなのニャ?」


 油断していると、ミケが反撃とばかりに痛い所を突いてきた。


「う゛っ……。な、何のことかなー?」

「タマとかタマとか……タマのことニャ」

「タマばっかじゃん!」


 ミケが言っているのは、タマの告白を私が受けるのかどうかって話。


 2年前、私はタマに告白された。その当時は自分が男性と、それも幼馴染のタマと……とか色々悩むところがありまして……そんな複雑な心境を汲んでくれたのか返事まで時間をくれた。

 それが期限は私が15歳になるまで。つまり、あと1年だ。


 あと1年。いや、もしタマの想いに答えるのなら出来る限り早い方がいいのは分かってる。でも色々あってなんだかんだズルズルと回答を引き延ばしちゃってるのが現状だ。


「タマも成人しちゃったし、ちゃ、ちゃんと答えはしないとなーって思ってはいるんだけど……」

「まぁベルちゃんの事もあるしニャー」

「う゛……」


 実のところ、ベルも私の事を好いてくれている。女同士だよ? と何度か説得してはいるんだけど、竜種は両性どちらでもいけるらしく、つがいになるのに相手の性別はあまり関係ないらしい。


 今も母のもとで料理の修行をしてるのは、『ベルのてりょうりでルシアのいぶくろをつかむの!』とのこと。堂々と宣言され、日々上手になる料理の味を知ってしまうと言い返せないから困る。


「あんまりもたもたしてると、他の子に取られても知らないのニャ」


 私がもじもじしていると、ミケの口から意味深な言葉が飛び出した。


「……え?」


「そういえば騎士団の女の子、確かキャンベルだったかニャー。前にタマに言い寄ってて……」

「ちょっとその話詳しく」


 自分でもびっくりするくらい被せ気味にミケの話に食いついてしまった。

 胸の中でモヤモヤとした言葉にならない奇妙な感情が入り混じる。


「さて。洗濯終わりニャ。私はお先に失礼するニャー」

「ちょ、ちょっと! 話がまだ途中……」

「そんなに気になるんだったら本人から話を聞けばいいのニャー。ばいニャらー」


 去っていくミケは、先ほど私がミケをからかっていた時と同じ表情を浮かべていた。くそう。


「ルシアちゃんは女の子なんだから、私は別にいいと思うよ? タマくんはカッコいいしね。それとも、まだ違和感はある?」

「……ない、ね」


 この世界に転生してしばらくは自分が女で、しかも男の人を好きなるって感情に強い抵抗感はあった。けど、いつからかそういうのはもう完全に受け入れている。


 でも問題はそこになくて。前世でも恋愛なんて経験がないから、タマやベルから向けられる好意がなかなか受け入れられなくて……。なんというか、私も難儀な性格してるなぁって自覚してる。


「……はぁ。私も帰ろっと」

「人気者は辛いわね」


 アーシアは分かったような顔をして私の後をついてきた。

 とりあえず、頬をつねっておいた。



 -----◇-----◆-----◇-----



「ねぇね、おかえり!」


 家に入ると栗色の塊が胸元に飛び込んできた。


「ただいま、ルイン。ちゃんとお留守番できた?」

「もっちろん!」


 服の裾を握り、にこにこした顔が現れた。

 この子がルイン。今年で5歳になる私の超絶かわいい妹だ。


「ねぇね、きょうはあそべる?」

「お昼を食べるまでならね。そのあとは師匠と特訓かな」


 私と遊べると知ってさらに笑顔の輝きが増す。あぁ眩しい直視できない。さっきまでコイバナしてたので自然とルインがお嫁にいったら……とか考えてしまう。


 ……うん。そうなったら血涙を流してむせび泣く自分の姿が容易に想像できるね。


「じゃあわたしもおひるたべたあと、ねぇねとしゅぎょーしたい!」

「聖環の儀を受けた後ならね」


 聖環の儀を受け『聖環』を授かると、その人の潜在能力が解放される。特訓をするにせよしないにせよ、判断するのはそれを見届けてからでも遅くはない。

 

 まぁ、私の妹なら魔法の全属性の適性とか、神様の加護とか、神具を授かるとか、もうめんどくさいから全部乗せにしちゃえ、とかあり得ると思うんだよね。かわいいし。かわいいは正義です。異論は認めない。


 そんな妄想を私が刹那の時間でしているとは思わないルイン。断られたのでむぅと頬を膨らませている。ああダメ。メッチャかわいいです。無意識に頭をなでちゃいます。


「あんまり甘やかすとルインちゃんの為にならないわよ?」

「ルッシーが忙しい時はシャロが甘やかしてるから。甘さの過剰摂取は女の子の敵」

「そうそう……ってローラ!」


 入ってきたのはシャロとローラ。シャロは自警団の訓練の帰り、ローラは狩りの帰りといったところか。


「シャロおねえちゃん、ローラおねえちゃん、おかえり!」

「ええ、ただいま」

「うん」


 なんだかんだ言いつつまんざらでもない様子のシャロとローラ。ベルも含めて3人はあの日からずっと家で居候している。

 最近はそれぞれが仕事をしているが、食事時には食べに帰ってくる。今日は午後の特訓に一緒に付いてくる予定だ。


「じゃあねじゃあね! ルインがおねえさんでねぇねがいもうと! シャロおねえちゃんがパパで、ローラおねちゃんがママね!」

「おままごとね」

「うん。りあるおままごと!」


 リアルおままごとって……。春日部の5歳児もそうだけど、この年頃の子ってリアル志向なのかな。私は同じ年齢の時は冒険者ごっこしてたんだけど……。


 その後、父役のシャロが魔物に殺され、母役のローラが嘆き悲しみ、勇者として旅立つ姉役のルインを妹役の私が追い縋るというリアルなんだがアンリアルなんだかよくわからないおままごとで精神を若干やられつつ、お昼を食べて、特訓場所に向かった。


 ちなみにお昼はベルが作っていた。とても美味しかった。また腕を上げたね。


ルインちゃんが5歳になりました。ルインちゃんマジかわいいよルインちゃん(作者馬鹿)

ルシアの恋路もどうなることやら。


お疲れ様でした。

楽しんでいただけたならば幸いです。

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