エピソード102 私達、悪魔喰らいと戦います4
後方の敵を片付けた私は、すぐさまシャロ達の援護に向かうべく走り出した。
いまだデーモン・イーターが暴れているのを見るに、苦戦しているんだと思う。ならばなんとしても私がアレを抑え込み、シャロが最高の状態で一撃を決められるようにお膳立てしなければ。
シャロが新しく手に入れた首飾り、その能力を十全に発揮できればまだ可能性がある。
それでもダメな場合はいったん撤退して冒険者ギルドに救援を求めよう。私知らなかったんだし、ちゃんと報告したら罪に問われることはない、はず。たぶん。きっと。
そんなことを考えながら走っていた私は、突然聞こえたベルの叫び声に顔を上げた。何やらベルがシャロを抱えてデーモン・イーターを前に蹲っている。
私は急いで目を凝らすと、シャロが赤く染まっているのが見えた。そして、彼女達に対峙しているデーモン・イーターが追撃をしようとしている姿まで。
「ぉおおおおおお!!」
頭がその意味を理解する前に脚に力が入る。限界を超えて踏み込まれ加速した私は、思考を置き去りにして本能のままにデーモン・イーターに突貫した。
まだ距離がある。いや、シャロなら。シャロなら何とか一撃は耐えてくれる。耐えて、お願いッ!!
その祈りが聞こえたのか、シャロ達の前には灼熱の炎の壁が立ち上っていた。おそらく火属性の上級魔法。デーモン・イーター相手には効果は高い。でも、あんな魔法シャロは覚えてなかった。あの首飾りで無理やり行使……なら、シャロのMPでは長くはもたない。
やることは単純。
接敵次第、私の持てる全手段をもって攻撃、そのままシャロを連れて一撃離脱。これしかない。
その時、後方から幾度となく豪砲が轟いた。続けてデーモン・イーターの枝葉が吹き飛び、三度のけぞった。こんなでたらめな威力、魔導弓の力を使用したローラだ。
私は振り返らない。必ずローラは私の後を追いかけているだろうから。
前方からタマと腰に抱えたベルがこちらへ向かってくる。何やってんのよベル。まるでこの世の終わりのような顔をして。
「タマはベルを抱えたままポチのところまで後退して。後は何とかする」
すれ違いざま言葉を発する。タマは何も言わずただ走り去った。
私は振り返らない。ベルは頑張った。どうせシャロに逃げろとか言われてタマが応じたんだろう。仲間を見捨てたと自分を責めているのだろうか。馬鹿だなぁ。相性も良くないのに必死で前線で踏ん張ってくれてたベルを誰が責めるものか。
もう少しでシャロのもとへ着く。しかしそのタイミングで地面から根がせり出し、私の進路を妨害した。
邪魔な雑草生やしてるんじゃないよ!
「【ストーン・バレット改】、モード円盤!」
走りながら水切りをするようサイドスローで銅鉱石を放つ。変形し円盤型になった鉱石はヒィィンと風を切りながら根を切断していく。私の環境ではなかなか手に入れることの出来ない鉱石類だけど、使い切るつもりで大放出だ。
ガガガッ!
次々と湧いて出てくる根に対応できない所は、もう遠くない後ろを走っているローラが矢で迎撃してくれている。
「邪魔すんなぁああああ!! 【エル・ファルディア】、【農耕祭具殿・鍬】!」
葉の部分から機関銃のように撃ちだされる【レイザー・リーフ】を、防御魔法と大車輪が如き軌道で振るわれる鍬が次々と打ち落とす。漏らした葉が私の皮膚を刻んでいくが怯まない。
ズサァッ!!
シャロの前に2人分の土煙が立ち、私とローラが目の前の敵から護らんと立ちふさがった。
デーモン・イーターからすれば私達は飛んで火にいる夏の虫。大蛇の如き蔓の鞭が、豪雨の如き葉っぱの刃が、破竹の如き根の槍が、私に向かって降り注ぐ。その圧倒的物量攻撃を文字通り裸一貫で立ちふさがる。……武具とスキルは使ってるけどね。
その隙にローラは色とりどりのポーションをありったけ取り出しシャロにぶっかけまくった。ポーションは飲まなくても振りかけるだけでも効果がある。
「……無茶もいいとこ。死にに、来たわけ? っていうか、ポーションでアタシが溺れる、わ」
魔力欠乏で青い顔のシャロが口を引きつらせながら無理に笑った。
「心中するつもりはないよ」
「私の畑で心中なんて、縁起悪いからやめてよね」
「馬鹿ばっかりで、呆れるしかない、わ」
これだけ強がりを言えるくらいなら大丈夫だろう。
さて……どうやって撤退しようか。
今はまだギリギリ耐えられているけど……嘘です。耐えられてない。【レイザー・リーフ】がザックザックと、潰せなかった【ルート・ランス】が皮膚を抉り切り裂く。どんなにDEFが高くても魔法攻撃は別腹ってホントに厄介。
まだ私が死んでないのは、シャロの発動した微かな火柱が邪魔をし、ローラの超速射援護で魔法の一部が潰されてるから。魔法の効果が切れてローラの矢が尽きれば、ミンチになるのも時間の問題。
敵もそう考えたのか。
一瞬攻撃の手が薄くなったかと思うと、ヌルリと、まるでパック○フラワーのような捕食器官が生えてきた。口のような部分から滴る消化液がジュウと地面に触れると音を立てる。その大きさは私達を丸呑みなんて余裕そうだ。
魔窟に咲く食虫植物、悪魔喰らい(デーモン・イーター)。
その名に違わぬ禍々しい迫力だった。
「こいつ……弱点を隠して、たのね」
シャロの忌々しそうな呟きが私に届く。
そう。デーモン・イーターの額の部分には赤黒く輝く巨大な魔石が埋め込まれていた。普段は弱点を隠していたんだ。シャロの攻撃の効果が薄かったのはそのせい。
元は植物の癖に知恵が回る。しかし、このタイミングで弱点を晒すのは悪手だったね。
「私の仲間を虐めた分……その死で詫びろ」
そんなあからさまな弱点、うちの名射手が逃すわけがない。
ローラは最後の一矢を引き抜き、流れるようにつがえ弦を引き絞り、必中の一撃を放つ。ギミックをつかったんだろう。轟音を置き去りにし、矢は確実に死をもたらす。
そう、思っていた。しかし……
バキィィィィイ!!!
放たれた矢はデーモン・イーターの魔石に命中し、木端みじんに砕け散った。パラパラと降り散るのは……ローラが放った木矢の残骸だった。消えゆく轟音の反響が無念を現わしているかのように聞こえた。
「……ごめん。矢が、保たなかった」
ポツリと、いまだ射撃の体勢を保ったまま、ローラが呟いた。
そう。ローラの魔導弓のギミックの威力は絶大。それだけで上級攻撃魔法並の威力を誇る。しかし、それを使いこなすためには特注の金属矢が必要だった。
残念ながら、ここに来るまでにローラは準備していた金属矢を使い切ってしまっていた。仕方なく普通の木矢で放たれた一撃は、込められた衝撃で敵を破壊する前に自壊してしまったのだ。
パラり、と最後の木っ端が散り終えた後、それを合図にしたかのように火柱が消えた。魔法の効果切れ。
デーモン・イーターは捕食器官をもたげ、私達に向き直る。
シャロは、瀕死の一歩手前。
私も怒涛の攻撃を受けて満身創痍。
ローラの矢も尽きた。
──絶対絶命。
こんな時、物語の主人公なら起死回生の魔法やスキルが発現するのに……。
なんて、世の中そう甘くない。残念ながら新しいスキルも、魔法も、私にはもたらされなかった。いや、防御系の魔法はレベルは上がってる、かな。
アハハ、その程度でどうやってこの窮地を脱しろと。
なんだかんだ、調子にノってたの、かな。
転生者? 高い魔法適性? 武具? 人知を超えた防御力?
そんなの簡単に覆る。それがこの世界。
これまで生きてこられたのは、私の周りに強い皆がいたから。そして、本物の化物に会わなかったから。……尤も、そんな化物と私の畑でエンカウントなんて考えもつかなかったけど。
運が、悪いね。
あぁ……、デーモン・イーターが口を開いている。
「あちゃぁ、やっぱ、死ぬかも」
「だね」
「……ま、ベルだけでも逃がせたなら、上々、でしょ」
最期だというのに、私達の会話は自然体だった。それはまるで日常会話の延長のように。こういう時は泣き喚いたり、罵ったり、みっともなく命乞いしたり、すると思ってたけどね。
私は、無意識のうちに、二人の前に立とうとした。もう、護るだけの余力がないのは明白なのに。ローラはそんな私の肩を、シャロは足を掴み引き戻した。そうすると私達は横並びだ。
「「恰好つけるの禁止」」
「……はぁ、合点だよ」
恰好つけさせてはくれないらしい。私一人食べて満足してくれないかな、って一瞬思ったのに。
遠くから声が聞こえる。
ルイン、いや母だろうか。こんなところで死ぬなんて私、親不孝だなぁ。
それともミーちゃん? ポチ? せっかく友達に慣れたのに、ごめんね。
タマには、返事、出来なかったなぁ。
デーモン・イーターの口が迫る。果物が腐ったような独特な臭いが鼻を衝く。
これに食べられるのかぁ……嫌だなぁ。
シャロ、ローラ、ごめんね。護れなくて。
ベル……ゴメンね。1人残しちゃって。
誰ともなく、私達は目を瞑り、最期の刻を──
「どっせーい!!」
──ぶち壊す、掛け声が聞こえた。
しかしそれに伴いメキメキ、ビシビシ、と根っこが引っこ抜けるような音がして、臭いが離れていった。
慌てて目を開けると、突然現れた人物がデーモン・イーターの横っ面を飛吹っ飛ばしたようだ。その衝撃で根っこの大部分が引きちぎれたらしい。起き上がれずにビタンビタンと陸に上がった魚のようにうねっている。
モクモクと立ち昇る土煙で乱入した者の姿は見えない。
しかし、聞き慣れた声のその者は──
「『氷炎竜』ベルザード。なかまのぴんちに、ぱわーあっぷしてさんじょう、なの!」
土埃が収まるのを待ってられなかったのか、竜翼でバサリと強制的に撤去し、デデーン! と華々しく現れたのは、案の定、先ほどタマに担がれて後方へと退いていったベルだった。
しかし、今までの姿とは異なる点がある。
皮膚が竜鱗で覆われており、瞳と同じ青緑色にまるで緋色の炎を纏ったような模様が描かれている。よく見ると髪の色にも一部色が移っているっぽい。
さらに大きく違うのは、ベルの頭に磨き抜かれた黒角が片方生えている。だけど昔見たものとは別の形状が違う。所々が節榑立ってカッコいい。
ちょっと忘れかけていた厨二心をくすぐる風貌だった。
「ど、どうしたのその姿」
「ワレのすがたなんてあとなの! それよりもあの草いいかげんなんとかするの!」
ワレ……? ってそんなことどうでもいい。私はローラにシャロを任せ、ヨロヨロとベルの横に並び立つ。ベルは即座に回復魔法をかけてくれてだいぶんマシになった。これでなんとか足手まといにはならなそう。
ベルの急激な変化。何があったのか……。気になる。ものすごく気になるけど、今は置いておこう。自身の満ち溢れた顔を見るによほど良い技を習得したんだろう。これなら安心だ。
「さぁベル、やっておしまい「ルシア、力のつかい方がわからないの」……はぁい?」
思いっきり肩透かしをくらった。
「あんなにかっこよく登場しといてそれはないよ!」
「しかたないの! ベル……ワレだってさっきへんしんしたばかりなの!」
どうやらベルの自信ありげな顔はとりあえず場の雰囲気に合わせたものだったらしい。実際には自分でも変化に追いつけていなかった。
先ほどからエイッ、トゥッ! と何かを出そうとしているが、その度にボッと口から炎が出るばかりだ。その色は蒼。蒼炎なんてまた厨二心をくすぐるものを。
氷と炎とか相反する属性を持っちゃって、どこぞの魔王の切り込み隊長なの? いや、例えが古いか……クールなヒーロー志望の少年……ってそんなことどうでもいい!
「待てよ。炎か……。ベル、氷と炎っていっぺんに出せる?」
「んーと、まほうをつかったら!」
特定の作品群ではよくお目にかかる蒼炎。ときには煉獄の炎だのなんだの言われて特別扱いされているけど、その現象は化学で説明できる。
炎色は空気を多量に含んで温度が上がるとより青色に近づく。つまり、ベルの出せる炎は超高温……だと思う。たぶんね!
ならば……。
「ベル。前に約束してたとっておきの技を教えてあげる。これをこうやってね……」
「ふむふむ……そんなのかんたんなの!」
自信満々でベルはデーモン・イーターに向き直る。見ると、どうやら体勢を立て直すように成功したようで、怒ったようにズルズルと這いながらこちらに向かってくる。
これだけ苦労させられたんだ。オーバーキル気味でやっても文句は出まい。
「やるの!」
ベルは片手を銃のように見立てデーモン・イーターに突きつけ、大きく息を吸い込む。指先から巨大な氷槍、【フリージング・ランス】が発射され、狙い通り奴の捕食器官付近に突き刺さった。
どうやら使える魔法のランクもアップしているらしい。これは好都合だ。とはいえ、これだけだと属性が悪いので致命傷にならずすぐに回復されてしまうだろう。
しかし、次の攻撃が本命だ。
「必殺、燃焼爆弾吐息!」
吐き出された蒼炎は【フリージング・ランス】の氷に命中。その瞬間、ドンッッ!!!と空気を震わし空間が炎を伴って炸裂した。
大層なネーミングだが原理は簡単。化学の現象、燃焼だ。高温で熱され一瞬で気化した氷が水素に変換、さらに引火して爆発が生じ、その空間にあったあらゆるものを吹っ飛ばしたのだ。
その威力はまさに想像を絶する。なにせ、あれだけ苦労したデーモン・イーターが跡形もなく消し飛んでしまった。
あれ……? 燃焼って、こんなに威力高かったっけ……。いや、私も流石にこの規模の燃焼実験はしたことないからわからないけど……。怖いから後で計算しとこ。
私は生じた結果を見て、自分がさせたことながら血の気が引いた。今後はベルの炎の扱いは気を付けなくては。
「大しょうり、なの!」
その当の本人は、にっこりと私達に向かってVサインを掲げていたのだった。
ペースを上げるの難しいなぁ。過去の私は良く毎日投稿してたよね。まぁ、あの頃は割と時間が取れてたってのもあるんですけど苦笑
ちなみに作中での燃焼爆破は危険なので、現実では真似しないでね(絶対しないと思うけど)。あ、でも小規模なら化学の実験でやるかなぁ。
あと、リアルよりも実は威力がマシマシになってます。作中では空気中には酸素の他に魔素が充満しており、それが図らずも現象に作用し燃料代わりになってしまっています。主人公はそんなこと知りません。
お疲れ様でした。
楽しんでいただけたならば幸いです。




