エピソード96 私、畑の現状に唖然とします
どうにかこうにかルインの機嫌を直した私は、村に戻ってきた本題のクエストについてとりあえず母に聞いてみた。
「あぁー。ええと、ミケちゃんがね、『ルシアちゃんを呼び戻した方が良いニャ』って言ってたのよ」
「ミーちゃんが?」
母の言葉に首を傾げる。クエストの依頼人はミケではなく父だったはずだけど……。
「『ゴードンさんがクエストを出した方が色々と勘違いしてくれるはずニャ』、って言ってたわねぇ」
ますます母の言葉に疑問が深まる。どういうこと? 何を……誰が勘違いするの?
ただの収穫の手伝いという名の里帰り、程度に考えていた私は嫌な予感が頭をよぎる。まさか、なんか厄介事じゃない……よね?
具体的なクエストの内容を母から聞こうとするが、珍しく母は言葉を濁して詳しい事を話してくれない。それならば……と依頼人である父の姿を探すが、そういえば未だに出てこない。
「お父さんは? もう畑に出てるの?」
「え、えぇ。そのことよね。実は──」
母はその表情を暗くし、そっと奥の寝室に視線を移した。
えっうそ……いやいや、そんなまさか、ね……。
昔の嫌な記憶が頭をよぎる。冷たくなった弟と、泣きじゃくる私。そして、今のように暗い表情の母──。
そんなわけない。だって、あの依頼は父が……、勘違いってまさか……。
嫌な予感が止まらず、冷や汗が流れる。
静かになった部屋の中で、母の言葉が私の耳をうった。
「────あの人ったら、……ルシアが帰ってくるからって張り切って仕事をしてて、その……腰を、痛めちゃって……。困ったわねぇ、今は忙しい時なのに」
ガクッ。
そんな効果音が聞こえるほど、私は綺麗に肩透かしを食らった。
ビ、ビックリさせないでよ。てっきり父の身になにか不幸があったのかと……いや、あったんだけどさ。
後ろではシャロのゲホゲホと噎せるような咳が聞こえてきた。息を止めて聞いていたのかもしれない。ちょっと恥ずかしくて振り返ることは出来ないよ。
私は照れ隠しに肩を怒らせドスドスと奥の部屋に向かい、勢いよく扉を開けた。そこにはうつ伏せで水袋を腰に載せた父がだらしなく横たわっていた。
「お父さん!」
「おおっ! 帰ってきたかルシア。こんな姿ですまんな」
父ゴードンは凶悪な笑顔を私の方に顔を向けた。一瞬痛みに耐えるように表情が歪む。かなり痛いようだ。私に心配させたバツだ。追加でチョップでもしてあげようか。
「何やってそんなことになったの?」
「いや、今年はルシアがいないからだな、収穫を手伝ってやろうと思ったら……その、強烈すぎてな」
「はぁ?」
ちょっと何言ってるのか分からない……。豊作すぎて頑張りすぎたってこと?
……それはそれでちょっと悲しい。
「まぁ、なんだ。実際に畑の状態を見ればわかるだろう……。でだ、よくわからんがミケちゃんがルシアを呼ぶべきだと言うもんでな。頑張ってるところ悪いとも思ったが……俺もルシアの顔が見たかっ…ゴホン、仕方なく依頼を出した。結果的には俺が腰をやっちまって動けんからちょうど良い結果となったがな! ハッハッ…イテテッ!」
「もう歳なんだから、あまり無理しちゃ駄目だよお父さん」
「俺はまだ35歳だ! そんな年寄り扱いされる謂れはイテテッ……」
うーん。よくわからないけど、とりあえず見に行ってみようか。
それよりも先に……。
『ねぇ、アーシア。お父さんの腰って治せたりしない?』
困った時の神頼り。アーシアに丸投げしてみた。
『なんで私に治せると思ったのか謎なんだけど? そんな治癒の力があったら下位神なんて呼ばれてないよっ!』
アーシアは出来ないことを偉そうに返答する。うん、知ってた。一応聞いただけだよ。
『あ、でも。時期的に私の力も上がってるし、頑張ったら腰から草を生やすことくらいなら出来るかも』
こわっ! 怖いよアーシア!
『そんなドン引きな顔しなくても……。冗談だよ! 頼むならベルちゃんに頼めばいいんじゃない? 回復魔法使えるし、ついでに冷やせるよ。腰痛には効くかも?』
ああ、なるほど。湿布代わりになるのか。
でも腰痛って冷やしていいんだっけ? 温めた方がよかったような……? とにかく回復魔法は掛けた方が良いよね。
脳内会議を終了した私は、ベルに声をかけて父の腰の治療を頼んでみた。
「わかったの! しょうらいのお義父さんのやくにたてるのはうれしいの! あとからおいつくから、ルシアはさきにはたけにいってるの!」
「おぉ、お嬢ちゃんは回復魔法を扱えるのか。凄いな」
ベルは普段よりも妙に甘えるように嬉々として父の治療を始めた。
着々とベルが私の外堀を埋めてきているような気もするけど……。困ったことになりませんように。
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私が畑に向かうことを告げると、シャロ達と、何故か母とルインを同伴することになった。理由を聞いてみると「ねぇねの、かっくいいとこ、みう!」らしい。
これはカッコいい……かどうかは分からないけど、姉として立派な農作業っぷりを見せつけてあげないとね! 母があまりノリ気でなかったのが気になったけど。
私の畑はアーシアと色々と実験をするために、村の中央からは少し離れた土地にしている。毎年通った道を皆と一緒に歩く。ちょうど収穫の時期の作物が多く、至るところで村の皆が収穫作業を行っている。
シャロはあまり畑仕事には慣れ親しんでおらず、物珍しそうに周囲をキョロキョロしている。逆にローラは慣れてそうでシャロに色々説明をしている。あまり自分のことを話さないけどローラは実は私と同じように農民だったりするんだろうか。
道すがら、村の人に挨拶をされる。私もにこやかに返すが、なんとも反応がおかしい。なんだか、畏怖というか同情されているような、皆がそんな表情を浮かべるのだ。
「うーん……?『ねぇアーシア。私なにか変な事したっけ?』」
『A級冒険者になったり、竜種倒したり、勇者恫喝したり、魔物の群れを倒したり、荒れた田畑を再生させたり? あ、貴族のお嬢様を救ったりもしたね』
『う゛っ……。で、でもそれって村とは違う所の話じゃん。っていうか再生のくだりは私じゃなくてアーシアだし』
『噂でも流れてるんじゃないの? 尾ひれが付いて』
この世界には、生前の世界のようにネットやSNSなん情報収集に都合の良いツールは存在しないから、現場から遠くなればなるほど色々と話が大げさになって伝わっている事が多い。
それにしても、村の人々は昔から私の事を知っているんだし、仮にとてつもない話が流れてきていたりしても、それについて母が何も私に伝えないことはありえないだろう。それに同情されるような事は……自分の運の悪さを考えたら無くもないけど……どちらかといえば尊敬とかの表情をされるべきじゃない?
『そんなことよりも、そろそろ私も外に出ていいかな。 土の匂いを嗅ぎたい! 作物の生命力を肌で感じたい! 私これでも農耕神なんだからねっ!』
『はいはい。もうすぐ畑に着くから、いくらでもはしゃいでくれていいよ』
わからないことを悩んでも仕方がない。
自分の畑が見えてきたので私は疑問を一旦棚上げし、ペースを上げた。そこには見知った3人の後ろ姿があったからだ。
「あれ……? ミーちゃん、タマ、ポチ。こんなとこで何してるの?」
「ぅニャいっ!」
「ぎゃぁ?! 目がぁ!!?……痛くない」
振り向きざまに目潰しを仕掛けてきたミケの一撃をモロに食らうが、持ち前の防御力でノーダメージだ。いや、びっくりしたけどね。
「いろんな感情が高ぶったのニャ。でも相変わらずの頑丈さなのニャ」
いけしゃあしゃあと悪びれもなくのたまうミケ。
「み、ミケ……っ! 出会い頭に目潰しは危険だよ……」
「タマは心配性だよな。ルシアは今や伝説の冒険者様らしいじゃねぇか。避ける必要すらなかったんだろ」
違うよ。単純に避けられなかったんだよ。防御貫通技なら失明必至だよ。
タマは慌ててミケをたしなめるが、ポチはやや険のある態度だ……機嫌が悪いのかな?
「ちぇっ。こんな片田舎にわざわざ帰ってくる時間なんてあるのかよ。冒険者様は忙しいんだろ?」
「……(ミーちゃん。ポチに何かあった?)」
「(嫉妬してるのニャ。噂は色々とこの村にも届いてるからニャ。身体はでかいのにまだまだお子様なのニャ)」
目配せでミケと会話する。なるほど。そういうことか。
昔から冒険者ごっこではポチが特に積極的だったのを思い出す。私達の冒険者としての噂が変にポチを刺激してしまったのだろう。なんとも思春期の男の子っぽい反応だ。
「えっと、じゃあもう一回質問するけど、なんで皆が私の畑にいるの?」
「あ、えーとー……」
「ニャァ……」
ミケとタマは言葉を濁すが、反発モードのポチは私の聞きたいことを若干皮肉げに答えてくれた。
「討伐の手伝いに行けって言われたんだよ。ったく、お前の畑の尻拭いをさせられるなんてな」
手伝いに来てくれたのか。でも討伐? 収穫じゃなくって?
混乱度がピークに達しそうになる私に対して、最後のトドメがアーシアから届いた。
『ルシアちゃん。なんか、畑に魔物っぽい反応があるんだけど……』
その言葉に私は慌てて自分の畑を見に行くと──
「な、なんじゃこりゃあああああ?!?!」
そこには畑いっぱいに農作物が実っていて、その中心に────巨大な食虫植物のような物体がうねうねと蠢いていた。
お酒の力でしょうか。なんでこうなったかは私にもわかりません(2020/12/31)
お疲れさまでした。
楽しんでいただけたならば幸いです。




