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エピソード95 私、妹には勝てません


「おかえりなさい、ルシア」

「ただいま、お母さん!」


 私は家の扉を開けてくれた母クレアの胸に飛び込んだ。

 後ろではシャロ達3人の生暖かい視線を背中にひしひしと感じていたが、過去に一度見せてしまった事があるのをいいことに、存分に甘えさせてもらうことにした。


「数か月前に来たばかりじゃない。ルシアは意外と甘えっ子よね」


 シャロが揶揄う様にボソリと呟く。シャロのお家事情を知ったからなのか、私には彼女の言葉には少し羨ましさが含まれている気がした。


「あらあら。シャロちゃんも私にとっては娘みたいなものよ。えいっ!」

「きゃっ!?」


 クレアも母親の直感というべきものか、唐突にシャロに抱きつき、優しく頭を撫でた。

 最初は恥ずかしそうにもぞもぞとさせていたシャロも、一瞬幸せで、それでいて少し泣き出しそうな表情を浮かべ、その様子を私が見ている事に気づいたのか慌てて顔を背けてしまった。それでも離れようとはしないので、悪い気はしていないと思う。


「あっ?! シャロズルいの! ベルも! ベルもギュってするの!」

「はいはい。ベルちゃんもいらっしゃい」


 許可をもらえて嬉しそうにクレアの腰元に抱きつくベル。

 突然甘えっ子の3人娘が出来て、クレアは今まで見たことがないほどのホクホク顔だった。


「んー。じゃあ私はルッシーの妹ちゃんでも可愛がろっかな。ほーらルインちゃん、ローレライお姉ちゃんだぞ」


 私たちの様子を一瞥したローラは、マイペースに部屋の隅で遊んでいた私の愛妹ルインの相手をしに行った。

 そうだった。ルインに会うのも数ヶ月ぶり。我が家の天才児(絶大なる姉補正)にちゃんとお姉ちゃんとして挨拶をしないと──


「ろーぅ、ぁい?」

「あー、ルインちゃんにはまだ難しいよね。親しみを込めて、ローラ、って呼んでほしいな」

「おー。ろーぁ、……ちゃん! ぉあよっ!」

「うん、ルインちゃんおはよう。エライね。良くお話し出来てる。"お姉ちゃん"がおうちに帰ってきたよ」

「おぉう、ねぇねっ!」

 

 ローラを前にキャッキャと喜ぶルイン。その様子を私はじっと見つめる。予想以上にしっかりと会話が成り立つようになっている。まだ3歳……いや、夏が過ぎてるからもう4歳か。人見知りもしないしやっぱりルインは私と違って超絶プリティなお姫様だね。それよりも──


 私はスッと母から離れると、そのまま音もなくローラの背後に立ち、彼女の両肩を優しく……優しく掴む。


「ん? ルッシー? もうお母さんとはいいの…ってイタッ!? 痛い痛いッ!! ルッシー力強ッ!」

「ロぉうーラぁ? だぁれが "お姉ちゃん" だぁってぇ~? 私の可愛い可愛いルインのお姉ちゃんポジションを奪う気なのかなぁ、かなぁ~?」


 に゛っごりとローラに微笑み、両手の力を()()()()()()強めて揉んでやる。


 ローラは無駄にでかいタンパク質の塊を常にぶら下げてるもんね。肩がこっちゃうのも仕方ない。仕方ないから私がスキンシップがてら肩を揉んであげるのは当然のことだよね…ねっ?


「えっ? ……あっ!? ちっ、違う。私は別にそういう意味で言ったんじゃ…ちょっ肩、痛いイタイッ砕ける、砕けちゃうからちょっと落ち着こッうルッシー!」

 

 涙目なローラに優しく制裁……否、マッサージを続けていると。いつの間にかルインが私の横に移動し、裾を引っ張っていた。


「ルイン……?」

「ねぇねっ! ろーぁ、えんえんしたぁ、メッ!」

「お姉ちゃんのことちゃんと覚えてくれてたんだね!」


 ルインに怒られているよりも、この半年以上家を離れていたのにちゃんと私の事を姉だと覚えてくれた喜びの方が上回り、私は屈んでルインに抱きつこうとした。しかし──


「メッ!」

「え、ええと、でも……」


 小さな手が私の額をペタリと叩き、それ以上近づけさせてくれない。ルインの顔を見るとホッペをプクリと膨らませ、一所懸命怒ってるような仕草をしている。

 そんな様子も可愛くて、より一層抱きしめたくなる私だったが、次のルインの一言が私を絶望の底へと叩き落とした。



「メッ!! ないとねぇね、きらい!」



 きらい……嫌い……キライ……。


 頭の中で何度もそのフレーズがリフレインし、私の四肢から力が抜けていく。その隙を見てそそくさと距離を取るローラだったが、私は既にローラなど眼中にない。


「ホントに肩が砕けるかと思った。流石は竜種殺し(ドラゴンスレイヤー)なだけはある」

「あんたが勘違いされるような事言うのが悪いのよ」

「べつにルシアは竜種をころしてないの。ほしいならベルもぜんりょくでギュッてしてあげるの」

「竜種のベルに本気でギュッてされたら、私が汚い花火になるだけだからやめて」


 ローラは大袈裟にがっくりと肩を落としている。

 しかし、私の脳内はどうにかしてルインに嫌われないようにするかで精一杯で気にする余裕がない。


「ねぇね、めっ!」

「はい……ごめんなさい」

「ろーぁに、ぉめんねっ、して」

「ローラ、やりすぎました。ごめんなさい」


 ルインの指示にノータイムで言う通りにする。それで少しでもルインの機嫌が戻るのならば、私の威厳なんて地に放り捨てよう。


『『はぁ……』』


 頭の中でアーシアと、よりにもよって物である【聖環・地】にすら呆れ混じったため息をこぼされた気がしたけど、すべて無視する。神にはわかるまい。姉は妹には勝てないんだよ。


 しかし、帰ってから怒られてばかりはなんとも姉としてのメンツが立たない。なんとかルインのご機嫌を取りたい。そう思って色々考えた結果、素晴らしい考えがピンッ!と脳裏に浮かんだ。


「ねぇルイン?」

「ん! ねぇね、まだメッ! パぁパとおなじのにげるの、メッ!」

「に、逃げないって」

 

 普段、父ゴードンはルインから叱られてるのか。そしてそれから逃げているのか。

 強面のゴードンが正座してルインに説教されているシュールな光景を思い浮かべて、急いでひり払う。空想中の父はとっても良い顔だった。


 というか、そもそも私を呼び出したのにこの場にいないのはどういうことだろうか。もう畑に行ってるのかな? まさか、ルインから逃げ回ってるんじゃないよね?


 なんとも残念な情報をルインから聞いてしまった私だったが、気を取り直して私は髪飾りを外してルインの前にかざした。


「これ、なーんだ?」

「ん! ……んー? ぴかぴかのぱたぱた!」


 よし。ルインの興味が髪飾りに向いた。


「そうだよ~鳥さんだよ~。ルインはこの鳥さんがパタパタするの見たいよね?」

「みる!」


 ルインが先程とはうってかわってワクワクした表情で私と髪飾りを交互に見る。ここで良いところを見せればお姉ちゃん株は大暴騰だよ!


「よく見ててね──【エル・ファルディア】」


 魔法を唱えると、手のひらにのせられた黄金の隼が淡く光り出し、まるで生き物のように羽ばたき、ルインの周りを優雅に翔びだした。


「おぉ! おぉ! ぱたぱた、ぱたぱた! ねぇね! ぱたぱたぁよ!」


 ルインは太陽のように眩しい笑顔でその軌跡を追いかけ回す。ちょこんとルインの頭の上に止まらせるとキャッキャと喜びながら皆に見せ始めた。 

 

「あらあら。ルシアったらこんな可愛い魔法も覚えたのね。すごいわ。でもどういう魔法なのかしら」

「ベルはしらなかったの!」

「また変な魔法を覚えたね。地属性の操作系魔法?」


 そういえば、シャロのお屋敷以降機会がなくて使ってなかった。


「髪飾りを自由に操作する魔法だよ。カッコいいでしょ」

「あんた、ソフィアさんがいたら怒られるわよ……依代を使った地属性の高等操作魔法をそんな雑な説明で済ませたら」


 シャロは呆れたようになんだかんだ追加説明をしていたが、別に皆は魔法の専門家でないからそんな複雑な説明なんてしなくてもいいと思うんだよね。


 重要なのは、ルインが喜んでくれるかどうかってことなんだよ!


「ルイン。お姉ちゃんすごいでしょ」

「ねぇねすごい! もっとぱたぱた!」


 ルインの様子に姉の威厳を取り戻した私は、最近密かに練習していた操作の腕をルインの前で披露してやった。


 空中で円を描くインサイドループや、8の字のバーティカル・エイト、ほか様々なエアロ・バティックな技をルインが喜んでくれたので、どんどんと難しい軌道を描く技を披露していき──


 この時調子にノッてさえいなければ……防げたことなのに──



「あっ……」

 


 ガシャンッ!!



 あまりにも複雑な軌道を選択して操作が追いつかなくなってしまい、金の隼はルインがいつも使っているお皿に突っ込んでしまった。

 当然小さいとはいえ金属の物体がある程度の勢いを持ってぶつかってしまったら、食器なんて耐えきれるはずもなく……。


 音を聞いてルインが近づき、割れたお皿を見る。みるみるうちにルインの目頭には大量の涙が溢れてきて──



「ねぇね…、ねぇね、きらいっ……ゔ、ゔぁああああぁぁ……」



 泣きながら向かってくるルインを「あらあら……」と困り笑いで迎えるルセア。

 

 絶頂からどん底に突き落とされ、ドサリッと膝から崩れ落ちる私。そして続くのは土下座の嵐だ。


 そんな私の様子にシャロは呆れ、ローラは腹を抱えて笑いを我慢し──我慢しきれなくて口の端から声が漏れ出ている──、ベルは物珍しそうな顔をしていた。



『やっぱり、ルシアちゃんはルシアちゃんね』



 最近はS級冒険者だ、ドラゴンスレイヤーやなんだと持て囃されていたけれど、そう呟くアーシアの声に、不本意ながら同意せざるを得ない私だった。


やっぱりお仕事始まるとどうしても時間が限られてしまうので、お休みの間に多少は書き溜めしときたいなぁ(2020/12/30, お酒を頂きつつ)。

書きたかったこと若干忘れてるような気がしないでもないけど、まぁ、問題ないでしょう(お酒怖い)


お疲れさまでした。

楽しんでいただけたならば幸いです。


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