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エピソード092 王都で自由行動です──シャロ編12


 アーシアの神気によって2人に分かたれたペトゥラ。

 その現象に、清楚な方の『表』ペトゥラは目を見開き、狂人な方の『裏』ペトゥラは蹲って身動きをしない。


「よくやったわ! 後はあたしがッ──!!」

「ちょちょちょっ! ちょっと待ってシャロー!!」


 シャロが『裏』ペトゥラに向けて駆け出そうとするのを、私は前に出て阻止する。


「何よ!? あの偽物を倒せば全て丸く収まるんでしょ!?」

「だから違うんだって! あっちの蹲ってる方が本物のペトゥラさん。で、あっちが偽物」


 私は順々に指し示し、アーシアから聞いた内容をシャロに説明する。


「はぁっ?! 嘘でしょ?」

「でも実際に視たアーシアがそう言ってたし……。シャロなら分かるんじゃないの?」


 シャロは訝しそうに2人のペトゥラを見比べる。

 話を聞いていたらしい『表』ペトゥラは、「そ、そんなの……嘘よ」と頭を抑え小さく頭を振っていた。


「分からないわ……。そもそもアイツは3年前に少しの間一緒に暮らしただけなのよ。その時からあのマシな方が『表』に出ていたし。それに……」


 そこでシャロは少し口を閉ざし、『裏』ペトゥラを見ながら嫌な記憶を思い出すように声を振り絞った。


「アイツが……お母様を殺したんだし……」


 そうだった。

 シャロにとって、どちらが『本物』か『偽物』かなんて関係なかったんだ。


 いくら『裏』ペトゥラが、『本物』であったとしても、それが親の仇である事には変わりがない。


「そ……、そうよ! こんな状況になって私も混乱してるけどそれが真実! ソイツがシャッテの母親の首を魔法で切り落として殺したのよ!! そもそも私が偽物だなんて何かの間違いよ! シャッテ、信じて!」

「……」


 『表』ペトゥラは声高にシャロに語りかける。一方、『裏』ペトゥラは俯いたまま一言も発さない。


 その『表』ペトゥラの様子に、私は──



 ──同情の念を感じた。

 

 私は一瞬でも、なんて酷いことを考えてしまったんだろう。『表』ペトゥラが『偽物』だなんて。


 

「化けの皮が剥がれた、ってやつかしら」


 

 突然シャロはエンチャント・ソードを引き抜き、その切っ先を『表』ペトゥラに向けた。


 な、何をやってるのシャロッ?!

 『表』ペトゥラは何も悪い事なんてしてないんだよ!?


「な、何を──」

「なんで知ってるの?」

「──えっ?」


 シャロの言葉が、静かな部屋に響く。



「なんでアンタが、お母様の最期の様子を知ってるの? ──()()()()()()()()()()()()



 あ、あぁ……そっか。

 ペトゥラは人格が入れ替わった時、その記憶を共有していなかった。


 ならば、『裏』ペトゥラがやった事を『表』のペトゥラが覚えているのはおかしい……のかもしれない、のかな?


 シャロの腕に力が込められ、切っ先がカタカタと小刻みに揺れる。


「……騙してたわけ?」

「そ、そんなことは……私がその、シャッテの母親の事を知ってるのは、後から人伝手に聞いただけで──」


「それは有り得ません。シャルロッテお嬢様のお母様……セシリー様は『魔法でお亡くなりになった』。屋敷の者の殆どがそうとしか知らされておりません。真実を知るのは、私が信用する僅かな者のみでございます」


 少し離れた所で私達の話を聞いていたジュラフが、『表』ペトゥラの言葉を遮った。


「そ、そんな……。私は何もしてないわ! すべてあの『偽物』がやったのよ!!」


 シャロやジュラフの理不尽な責め苦にもめげず、『表』ペトゥラはなおも皆に真実を理解して貰えるよう、真摯に説得し続けている。


 私も、『表』ペトゥラに助力すべく、口を開こうとしたその時だった。




『ねぇルシアちゃん……その『偽物』、魔法を行使してるわよ?』




 アーシアが妙な事を言い出した。

 魔法? 誰もそんなの行使してないよ。詠唱なんてしてないじゃん。


 アーシアは何か色々と説明していたが、その言葉には根拠がなく非常に疑わしい。


 決めつけでそんな酷いこと言うなんて、アーシアにはがっかりだよ。


『はぁ……。そう言えばリミットブレイクの効果がもう切れてるんだったわ。ルシアちゃん、私の言葉が間違っていても良いから、とりあえずリミットブレイクを使ってみなさい。開放するのはMNDよ』


 誰も魔法を使ってもないのにスキルを使うなんて……まぁ別にいいけど。


「【ディバイン・リミットブレイク-MND-】」


 ……。


『どう? 目は醒めた?』

「なるほどね……確かに、魔法が行使されてたね。とりあえず気休めの対抗魔法を……【アクア・マインド】」


 私はMNDを高める魔法を自分とシャロ、ジュラフ、そして……『裏』ペトゥラにかける。

 

 パシッ!


 あ、あれ?

 何故かジュラフへの魔法が無効化された。……ま、まぁ、よく分からないけど、『裏』ペトゥラの魔法の影響を受けて無いっぽいから……いっか。


「ルシア? 何を……」

「ペトゥラさん……いや、その『偽物』は闇属性魔法を発動させてるみたい。たぶん、認識を歪める魔法」


 私の言葉に、『表』ペトゥラは明らかに動揺した素振りを見せた。


「そ、そんなわけが……。そもそも私は魔法なんて使えない──」

「恥ずかしながら、私はさっきまで影響を受けちゃってたみたいけどね。相棒に助けられちゃった。【アクア・マインド】はMNDを高めるだけの魔法だからレジスト系よりは効果が薄いけど、無詠唱魔法には充分だと思うよ」


 どうやら、この魔法を受けると思考が誘導されて視野が狭くなるみたい。流石は精神操作系に特化した属性魔法だ。厄介この上ない。

 思い返してみると、自分の脈絡の無い思考にビックリする。


 尤も、『表』ペトゥラの魔法の影響下にあったのは私だけみたいだけど。

 

 ……いや、違うか。



「もうそろそろ話せるようになった? ──本物のペトゥラさん」



「……ダメ元だったケド、神様と話せルってのは本当ダッたのネ。まさかアイツと切り離しテくれるとハ思わナかっタ。助かっタワ」


 『裏』ペトゥラはようやく顔を上げて力なく笑った。

 アーシアから聞くと、『表』ペトゥラの魔法は『裏』ペトゥラにも影響を与えており、余計な事を話さないように黙らされていたらしい。


「やっト会えたワね、もう1人ノ私。ヨくも私を好き勝手シてクれたわネ」


 『裏』ペトゥラは、恨みの籠もった視線を『表』ペトゥラに向けた。


「な、なによ……。なんなのこれ! こんなのってないわ! 私、何も悪いことなんてしてないのに!」

「さっきカラ自分ガ同じ事しカ言ってなイのにいい加減気ヅいたラ? ココにイる者達にはもう、あなたノ精神操作は効かないのヨ」


 『裏』ペトゥラは視線をシャロに移した。

 

「シャッテ……あなたノ母親を殺したノは私。それを否定しナいワ。復讐がシたければ後で甘んジて受けル。ダカら──」

「……はぁ。もう何がなんだか……。あたしはこういうややこしいのは苦手なのよ」


 シャロは深呼吸をして再び剣を『表』ペトゥラに突きつけた。

 今度は力みもなく、ただただ斬り殺す対象として。


「嘘……嘘よねシャッテ。嘘って言って……」


 『表』ペトゥラは後付さりながら、涙を流してシャロに懇願する。

 その姿を、冷めた眼で眺めるシャロ。


「ジュラフ。良いわね?」

「シャルロッテお嬢様のご随意に」


「というわけよ。あたしはA()()()()()()()シャロットとして、貴族に取り憑いた悪霊あんたを退治するわ」 


 『表』ペトゥラはこの場にいる者に助けを求めるように視線を送るが、それに答える者は誰も居なかった。


「……クッ。クククッ! アハハハハハ! 私を殺す? そんなの無理に決まってるじゃない!」


 急に『表』ペトゥラが哄笑を上げたので、私は思わず『裏』ペトゥラを見やった。


「……私じゃナイわよ?」

「す、すみません……」


 急な変わりように、どうしても少し前の戦闘を思い出してしまった。


「先にアンタが死になさい! 【ファントム・ペイン】」


 シャロに突きつけた指先から、黒い靄のかかった刃が飛び出し、シャロの腕を掠った。

 一見ダメージは見られないが、途端に歪んだ表情から見るに、相当の痛みを感じているようだ。

 

「アハハ! 精神を切り刻む闇の刃、存分に堪能なさい!!」


「風属性魔法じゃないの!?」


 ペトゥラは風属性の攻撃魔法を操っていたはずじゃ……。


「風の魔法ハ私ノ属性だ。アイツは見た目こそ私と同じダけど、全くノ別物ヨ」


 ということは既にに見せている闇属性魔法が中心ってことか。

 まいったな。闇属性魔法なんて見たことがないから、どんな攻撃をしてくるのか予測しづらい。


「シャロ、とりあえずいつも通り私を壁にして隙を見て──」



「新たに手に入れた力を見せてあげるから、ルシアはバックアップを!」

「えっ? う、うん!」



 シャロの勇ましい言葉に、私は素直に従った。

 彼女は戦闘において奇跡やまぐれを願わない。私に待機命令を出すということは、シャロ単独で倒す勝算があるってことだ。


 シャロは次々と打ち込んでくる闇の刃を余裕を持って躱しつつ、首飾りを取り出して一気に魔力を込める。

 すると、何処からともなく現れた鎖がシャロの身体を取り巻いた。


 私の武具である【農耕祭具殿】のように、鎖を実体化する魔道具? でも、それだと『アーティファクト級』というにはちょっと弱いような……。

 シャロって鎖や鞭を扱うような特殊な武術とか習得してたっけ?


「わざわざ屋敷に乗り込んできて何を欲するかと思えば、ただの形見とはね。しかも、拘束具である鎖を召喚するだけのポンコツ魔道具なんて無価値なのよっ!」

「ポンコツ……ね。あんた結構節穴なのね」


 先程よりも大きくて疾い闇の刃がシャロを襲う。

 音もなく飛来する黒の閃光を先程までとは違い避ける素振りもなく、静かに対峙するシャロ。



「ちょっ!? シャロ避けて!」

「問題ないわ──もうね」



 刹那、私は信じられない光景を目にすることになる。

 シャロを両断せんと飛来した魔法が鎖に触れた瞬間、まるで何事もなかったのように消え去ったのだ。


 否。消えたんじゃない。



 魔法が()()()()()()んだ。



「……はぁ?」

「『魂喰こんじきの鎖』……お母様の話に聞いたとおりの性能ね。……闇属性魔法って、ドロっとしててあまり美味しく無いわ。個体差かしら?」


 シャロはニヤリと笑って、鎖をブンブンと振り回す。


「な、なによそれ。そんなの反則よ!」

「貴族のお遊戯と勘違いしてたのかしら? これは勝つためには手段を選ばない冒険者流の戦い方よッ!」


 そう言ってシャロは振り回していた鎖を遠慮なく『表』ペトゥラに向けて投擲する。

 その軌道は、まるで蛇のように蛇行しながらも一直線に『表』ペトゥラに向かう。どうやらホーミング性能まであるみたいだ。


「ギャァアアアアア!?!? 腕! 私の腕がッ!? 疑似精霊体の私にダメージをッ!?!?」


 『表』ペトゥラの腕に絡み付いた鎖がアッサリと喰い千切り、彼女はその痛みに絶叫を上げる。


「『疑似精霊体』? 聞いた事ない言葉ね。あんたじゃなければサンプルとして生かして捕獲してあげても良かったんだけど──残念」


 投げたままの鎖を横薙ぎに振るうと、『表』ペトゥラの胴体が上下で両断された。


「あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛痛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛ッッッ!?!?」


「この鎖は魔法以外にも、レイスや精霊のような『実体を持たない』対象に対して絶大な効果があるのよ。『疑似精霊体』だかなんだか知らないけど……物理の効きにくい身体にした奴を恨むのね」


 あの……シャロさん?

 たしかにすごく強いし、決め台詞を言うのもいいけど、トドメ刺した後にしてくれませんかね?


 泣き別れした上半身と下半身だけがそれぞれビタンビタンッと蠢く光景はホラーチックなのであまり長く見てたくないんだけど。


 学校の怪談でこんな妖怪いるって聞いたことあるなぁ……。


「う゛、うぐぐッ……。このくらいで、私は滅びないわ……!」


 『表』ペトゥラは腕の力だけで起き上がり、シャロに魔法を放とうとしている。

 あ、しぶとい。G並のしぶとさの奴だこれ。



「あっそ。じゃあ冥土の土産にこれも持っていきなさい」



 そう言ってシャロは剣に鎖を巻きつけ、詠唱を始めた。


「──我、セシリーの娘シャルロッテ。汝と契約し、御身の力を賜わん……『紅の封玉』よ、我が剣に【業火】の理を! チェイン・コンボ・エンチャント────『業火剣』!!」


 巻き付いた鎖が剣に吸い込まれ、剣の表面に紅の文様が浮かび上がる。

 今まで見たことのないような規模の大炎を刃に凝集し、全てを乗せた渾身の一撃が『表』ペトゥラを袈裟斬りにした。


「あ……」


 『表』ペトゥラは、叫び声を上げるまもなく消滅した。


 シャロは何事もなかったかのように剣を納刀すると、私に向けて隠しきれないドヤ顔のVサインを掲げた。




 結論────シャロ、強すぎ。


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