エピソード091 王都で自由行動です──シャロ編11
「アーシア、ちょっといい?」
私は部屋に自分1人である事を確認し、アーシアを呼んだ。
「オルフェノスを呼ぶのは無理よ?」
出現早々釘を刺してきた。
アーシアは私に同居しているので状況は筒抜け。それは別に驚く事じゃない。
「あー……やっぱり?」
「当たり前でしょ。例え私がスーパー女神とは言え、所詮他世界の神なの。この世界の神を顎で使うのは流石にね」
スーパー女神様って……下っ端の下位神だっていつも嘆いてるくせに。
時間がある度に地球に居た頃の職場(天上)の愚痴を聞かされたり、出世するにはどうしたら良いかなぁ、って半ば真剣に尋ねられるこっちの身にもなって欲しい……って話が逸れてる。
「そっか……じゃあアーシアが代わりに神様ってことじゃダメかな?」
「私は実際に神だからそれでも良いけど……言っとくけど『神の御業を見せて下さい』とか言われても無理よ? ここは土地の恵みが少ないから、せいぜい庭の芝生を少し成長させられる程度よ」
正直ショボい。
それだと木属性魔法の方がまだ凄い効果が期待できそう。下手すると詐欺師扱いされる可能性すらある。
「農耕神って使えないね……」
「あっ、それ差別よ! 神差別はんたーい!」
ほっぺを膨らませて反対! 扱いの改善を要求する! と声高に主張するダメ神様ことアーシア。
グラネロ村で畑を復興させた時はとても格好良かったのに。普段はだいたいこんな感じだ。
……まぁ、今回は私が無理を言ってるのは自覚してるので、あまり強く言えないけど。
「それにしても、なんであの子はルシアちゃんが神と繋がりがあるのが分かったのかしら?」
「うーん……」
確かに。
アーシアが神である事を知ってるのは両親や友人などごく一部の人にしか打ち明けてない。
強いて漏れるとするならアレックスくらいだけど、彼も『他言しない』と約束してくれたし、ギルドマスターや王様にならともかく、全く関係ないペトゥラに情報を漏らすとは考えにくい。
ジュラフが調べた可能性も僅かながらあるけど、なんとなくあの人はペトゥラに有利な情報なんて流さないような気がする。
清楚モードなペトゥラは私の事を知らなかったみたいだし。
「ペトゥラさんは宗教国のアルス出身だし、神気とかを感知できたのかもね」
「私の神気が漏れるほど回復した気はしないけど……まぁ、敬虔な神の信徒なら稀に敏感な子が居なく無くもない……かな?」
アーシアは首を大いに傾げながらも、一応納得したような反応を示した。
気になる疑問ではあるけど、目下の問題はペトゥラが納得するような神様と話をさせることだ。
「どうせシャロちゃんは目的のブツを手に入れられるんだろうし、適当にバックレるとかはどう?」
「仮にも神様なんだから、その言い分は流石にどうかと思うよ……」
約束を破る事前提なのは、個人的には遠慮したい。
というか、神様のことなんか一般人である私が知る由もないけど、下位神とはいえ一応神様であるアーシアが絶対言ってはいけない台詞だと思う。
「神の社会って割と事務的なんだから、本来なら事前のアポ無しで話なんて出来ないものよ? 私なんか、昔にね、上位神に呼び出し食らったから向かったのに、アポ待ちの列で数時間も待たされて、やっと開放されて職場に戻れば仕事が遅れてるって言われて、神ドリンク飲みながら遅くまで残処理をする羽目に──」
「ちょっと私の神様観が崩れちゃうから、リアルな事言わないで……」
アーシアが話す神様話って、なんというか世知辛いものが多く、サラリーマンの愚痴に聞こえてくるから心が痛い。
心なしか、話してるアーシアの目もどんよりと曇り始めている。
「とにかく……仮にペトゥラがアーシアの微かな神気を私から感じていたんなら、アーシアが全開で神気を振り絞ればなんとかなるんじゃないの?」
「私に『死ね!』って言ってるの?! 振り絞って枯れちゃったら、存在すら怪しくなるよ!」
アーシアが悲痛な叫びを上げた。
私もアーシアに消えられちゃったら、なんだかんだ寂しいので出来れば回避したい。
「神気って前借りとか出来ないの?」
「神気は給料じゃないのよ?!」
「オルフェノス様にそれくらい頼めない?」
「出来るか出来ないかの前に、そんな悲しいお願いしたくないわ……」
私は愚図るアーシアを宥めすかし、後で好物の極上牛串を3本奢ることで打診してもらうことに成功した。
食べ物で釣れるアーシア、マジチョロい。
「ダメ元なんだから、無理って言われても知らないわよ……?」
まだ少し愚図ってたけど、渋々指輪に戻っていくアーシア。
この場で交渉してもらっても良かったけど、アーシア曰く「ここだと土下……集中しにくい」との事。
思いっきり土下座する気満々なアーシアに感謝を捧げる。
……後で極上牛串10本買ってあげよう。
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元の荒れ果てた部屋に戻り、しばらくするとシャロ達が戻ってきた。
表情を見る限り、ちゃんと目的の物を手に入れることが出来たようだ。
部屋に入ってくるなり、ペトゥラが目を見開いてビックリしていた。
「あらあらルシアさん。部屋をこんなにしてしまって……お転婆さんなんですね」
……ん?
「そう言えば、先程シャッテに、ルシアさんは実は冒険者で元気が有り余っていると聞きましたわ。まったく。シャッテも嘘をついて隠さなくても、私、シャッテのお友達を放り出したりしませんのに。
ですが、あまり元気すぎると淑女として少々はしたないですわよ?」
……んん?
まさか、私がこの部屋の惨状を生み出したと思ってる?
「修理費は請求しておいた方が良いのかしら? でもここはシャッテのお姉ちゃんとして大目に見たほうが──」
これってもしかして……。
私はシャロに視線を送ると、肩をすくめて幾つかのジェスチャーを送ってきた。
なになに……『任務』『達成』『その後』『切り替わった』『ギリギリセーフ』……なるほど。
「ペトゥラ様。この部屋の状態の事、ご存知ないのでしょうか?」
「──あら? もしかして私もその場にいたのかしら? ……ごめんなさいね。私、恥ずかしながら、たまに記憶を失うという持病を患っているようでして」
「……では、私との約束も、覚えておられないのでしょうか?」
「あ、あら? えーっと……お、覚えておりますのよ? もう喉元まで出かかっているのですが、こう、えいっ! もう一息!という感じでして……」
……これは覚えてないね。間違いない。
というか、言い訳が可愛いなこの人! 少し前まで『キエエエエエエー!!』とか言ってた人とは到底思えない。
『うーん……どうしよっか、アーシア』
『せっかく土下ざ…ごほん、誠心誠意頼み込んで神気を借りて、やる気が充溢してたんだけど……』
確かに、【聖環・地】からは普段のアーシアとは全く段違いの強いオーラを感じる……気がしないでもない。
『そのまま返却したらチャラなんじゃない?』
『私が壊した……ゲフンゲフン……この世界に来る時に壊れていた『世界の壁』を直す手伝いをする約束をしちゃったから、何もせずまま返すのはちょっとなぁ……んん? この子、ちょっとおかしいわね』
何やらアーシアが神気を向けてじーっとペトゥラを見ているような気配を感じる。
と同時に、ペトゥラがゾクゾクッと背筋を震わせて二の腕を擦り出した。シャロやジュラフは特になんの反応も示してないので、やはりペトゥラは神気に対して敏感らしい。
『なにが可怪しいの?』
『あの子から2人分の気配を感じるわ』
……それは二重人格だからじゃない?
『うーん……。なんというか、もう一つの気配は人工的な感じがするのよね。あと、ちょっと神っぽい……ような、悪魔っぽいような』
『人工的に作られたなんか変なのが憑いてるってこと?』
『そんな感じね』
これがジュラフが言っていたアルス聖皇国で二重人格が集中的に発生している原因?
──人為的に高次の存在に似せて創った存在を取り憑かせている?
目的は皆目検討つかないけど、なんて非道徳的な事をしてるんだ。
『それって引き剥がす事って出来る?』
『えっ……? まぁ、神気でゴリ押しすれば……』
『オッケー。じゃあ私の合図でお願い』
「あの……、ルシアさん? 急に黙り込んでどうされたのですか? なんだか急に肌寒くなりましたし……」
「あ、申し訳ございません。ちょっと待ってもらっていいですか? ……シャロ、ちょっと」
私はシャロを呼んで先程アーシアに聞いた内容を耳打ちした。
最初は眉を顰めて聞いていたシャロだったが、人為的に何かが憑いている所で鋭い眼で見返してきた。
「それ、ホントなの?」
「アーシアが間違ってなければ」
「……そう言われるとちょっと説得力が無くなるのよね」
『なんでよっ!?』
シャロの言葉にアーシアが私の脳内でツッコミを入れる。
言っとくけど、それ、シャロには聞こえてないからね。
「ま、まぁ、今回は信じてあげてよ」
「ルシアが言うなら、信じてみるわ。……引き剥がした後の処理はあたしに任せなさい。やっと取り返せたこれの力、見せてあげるわ」
シャロは掛けた首飾りを懐から取り出して見せた。
それはルビーのように紅い宝石が填っており、鎖を模した装飾が巻き付いている不思議なデザインだ。
宝石の中では白い炎のような影が揺らいでおり、時折何かの動物の姿を形作っているように見える。
「魔道具?」
「アーティファクト級の、ね。お母様が私に残してくれた唯一の……って今はそんな話してる暇ないわね」
「えっ、聞きたいんだけど」
「はぁ……。後で幾らでも話してあげるわよ」
そう言い残すと、シャロは元の場所に戻った。
それとなくジュラフを戦闘に巻き込まないように引き離している。
さて。
では、やりますか。
ペトゥラに混ざる人格を引き剥がしてしまえば、『神様と話したい』っていうペトゥラ(狂人)のお願いも聞くことが出来ると思う……尤も、シャロは滅する気満々だから、どれだけ話が出来るかどうかは分からないけど。
というか、シャロはそんなに張り切らなくても、さっきまでの戦闘で受けたダメージはまだ続いてるはずだから、引き剥がしてもほぼ無抵抗で対処できるんじゃないかな?
「ペトゥラ様」
「……? ルシアさん、どうかしま──」
『アーシア、お願い』
『うん、おっけー! ……どっせぇえええーーい!!』
「──した……きゃあああああああ!?!?」
可視化出来るほど凝縮されたアーシアの(前借りした)神気がペトゥラにぶつかった。
彼女は何のことか分からず悲鳴を上げたが、それもすぐに収まることになる。
ズズズッ……とペトゥラの影が崩れ、そこからもう1人のペトゥラが現れた。
……ややこしいから『表』ペトゥラと『裏』ペトゥラって呼ぶことにする。ちなみに『裏』ペトゥラが狂人の方ね。
『表』ペトゥラは、影から現れた自分そっくりの『裏』ペトゥラを見て顔を青ざめ、ジュラフはこの現象を見て一瞬目を見開いていたがすぐに平静を取り戻していた。
……『裏』ペトゥラの存在を知っているとは言え、やっぱりこの人只者じゃないよね。
ともかく、アーシアは上手く取り憑いた『裏』ペトゥラを引き剥がすことに成功したようだ。
後はシャロに滅される前にアーシアと話をさせてあげなくちゃ……。
『アーシア、取り憑いた方のペトゥラと話をしてあげて欲しいんだけど』
『えっ? 開放してあげたあの子と違って?』
アーシアの視線は、私と同じく『裏』ペトゥラに向いている気がする。
でも、私とアーシアの言った意味合いがまるっきり真逆だ。
意味合いは真逆。
なのに、見ている方向は同じ。
つまり──
『ルシアちゃん……あっちがあの子に取り憑いていた方よ』
──アーシアが指し示すのは、『表』ペトゥラの方だった。
「…………えッッッ!? そっちぃいい?!?!?」
私やシャロが『本物』だと思っていた方が、実は『偽物』でした。
……今日一番の驚きだった。




