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エピソード089 王都で自由行動です──シャロ編9

 

「ふ、ふふふ、ふはははははっ!! 久しぶりねシャルロッテ。お前が持つ全てを私に差し出しなさい……もちろん、お前の命もなぁっ!!」


 先程まで優しそうな人だったのに、まるで別人になってしまったかのように急に口汚く叫びだしたペトゥラ。

 

「二重人格って……こんなに変わり果てるものだっけ? 若干ホラー入ってて怖いんだけど」

「それに関しては同意するわ。しかもこの状態の記憶は、アイツには残ってないらしいのよね」


「ケケケケケッ!」


 別人格のペトゥラはまさしく『狂人』だった。

 先程までの清楚な様子は微塵もなく、目を大きく見開き、血走った眼球がギョロギョロとせわしなく動き回っている。

 紅く滑った舌をダラリと出し、奇声を上げる。


「くるわよっ!」


「ゲギャギャッ! 剣をヨこせェェエエ!!」


 テーブルをふっとばして突っ込んでくるペトゥラを余裕をもって躱すシャロ。私も逆方向に避けたが、ヒールとドレスのせいで足元がフラフラと覚束ない。


「常識人モードのペトゥラさんの時に話をすれば、簡単にシャロの欲しい物が手に入れられたんじゃないのっ?!」

「アイツが常識人かどうかはともかく、この状態じゃないとあたしの目的が達成できないのよっ!」


 目的ってたしか、冒険者としての戦力の増加、だっけ?

 もう少し詳細を聞きたいが、シャロは今それどころじゃない。


 ペトゥラは執拗にシャロを、厳密に言うとシャロの持つエンチャント・ソードを付け狙い、素手で攻撃を続ける。

 シャロは剣で必死に捌いているが、無詠唱で防御魔法を掛けたのか、ペトゥラが傷つく様子はない。


 とりあえず私が注意を引いて、ペトゥラをシャロから引き剥がさないと。


 私は脱いだパンプスをペトゥラに向けて思い切り蹴り出した。

 べシッとそれがペトゥラの頭にあたり、ようやく彼女はこちらに視線を向けた。


「シャロばっかり狙ってていいのペトゥラさん? 私、こんなの持ってるんだけどなぁ」


 スリットから太ももに固定していたものを取り出して、ペトゥラに見せつけるように軽く振る。


「か、鍵……宝物庫の……カギィィイイイイイイ!! ワたセェェエエエ!!!」


「ひぃ!? ジ、【ジオ・プロテクト】!!」


 ペトゥラがぐるりとブリッジの姿勢を取ると、そのまま背面歩行で近づいてくる。その姿は前世で不覚にもWeb上で見てしまった貞○にそっくりだった。


「ワタセワタセワタセワタセワタセワタセェ……!!」

「ぎゃぁあああ!? こんなの聞いてないよぉ!?!?」


 思わず悲鳴が漏れてしまった。

 

 ペトゥラはブリッジの状態で私に飛びかかり、髪を振り乱し、涎をダラダラと撒き散らしながら鍵を奪おうとがむしゃらに私の腕を引っ掻く。


 その姿、あまりにもホラーすぎる。


「この……ッ! ルシアから離れなさいッ!!」


 シャロがペトゥラの背中を思い切り蹴り上げて、私から無理やり引き剥がす。


「あ、頭の可怪しい人だとは思ってたけど、ここまで酷かったかしら……?」

「年々酷くなっておられるのです。普段は宝物庫のある地下室にメイド総出で誘導して発散させているのですが……」


 いつの間にか私達の近くに移動していたジュラフが密やかに伝えてくる。


「まるで呪いだね」

「そう……なのかもね。ジュラフ、早くこの部屋から離れなさい。ちょっと本気でやるわ」

「ですが……」


「ワタくシにスベてヲヨコセぇ! 【エアロ・カッター】!」


「【アクア・マインド】……痛ッ?!」

「ルシアッ!?」


 咄嗟に初級の魔法防御(MND)のバフを行い、ジュラフを狙った風の刃を受け止めた。

 しかし、それは所詮初級の魔法。ペトゥラの魔法の練度が思った以上に高く、皮膚に幾つもの筋が走り、血が滲み出した。


「こう言わないと分からないの? ……足手まといよっ! 早く消えなさい」

「…………ペトゥラ様を宜しくお願い致します」


 ジュラフは小さく一礼すると、素早く部屋から出ていった。


「ルシア、大丈夫?」

「傷は浅いよ。それより気をつけて、思った以上に魔法の威力が高いから」


 私はシャロにも物理・魔法防御魔法を掛けると、徐にドレスの下から幾つかの小石を取り出した。


 ふふん。小石くらいなら幾らでも隠す方法なんてあるんだから。


「そうね。一気に勝負をつけるわ。【スピード・ブースト】x 2」


 シャロが自分に速度(SPD)強化魔法を掛けると、壁面などを利用して立体機動でペトゥラに迫る。


「【ストーン・バレット改】」

「シィッッ!」


 放たれた石の弾丸と高速で移動するシャロが、ペトゥラの護りを打ち破ろうと肉薄する。


「ワタクシにフレるな、【トルネド・アーマー】」


 ペトゥラの身体に風が纏い、私の魔法とシャロを吹き飛ばした。シャロの腕に血が滲んでいる事から切断の能力も有しているようだ。


「キエエエエエエエエ!【エアロ・カカカカカカカカッタ―】」

「……ッ!? シャロ、私の近くにッ!! 護って指輪さん!【聖環結界】」


 咄嗟に張った結界に降り注ぐ風刃の雨。

 連弾系の魔法ではなく、単発魔法を強引に連続詠唱することで強力な弾幕を生み出しており、一撃毎に結界の耐久値が削られていく。


「どれくらい持ちそう?」

「長くは保たないよッ! こんな強引な連続魔法の行使、師匠からも聞いたこと無い! でもその分魔力はバカ食いしてるはず!」


 いくら魔法を扱う技術が高くても、魔力は有限。

 ペトゥラがどれだけのMPを有しているか分からないけど、長続きするとは思えない。


「じゃあ次で決めるわ。【ファイアー・ボール】x 2、エンチャント、『炎弾剣』。……これであの風の鎧を切り飛ばすわ」


 シャロの持つエンチャント・ソードに炎が迸る。

 風の鎧を切り飛ばすのは良いけど、そのままペトゥラまで両断してしまわないか心配だ。


「魔法攻撃は私が何とかするから、隙を見て決めちゃって」

「お願いだから、死なないでよ」

「努力はする…よッ!」


 バキンッ!


 風刃の連撃に耐えきれず、結界が消滅した。



「【ディバイン・リミットブレイク-MND-】」



 そのタイミングで、私は自身のデバフ解除のスキルを行使する。

 選択するステータスはMND。

 


 ========================================

 MND: 075(-74) => 075

 DEF: 044(+420) => 040(+346)

 ========================================


 

 解き放たれたステータスが、私に魔法を防ぐ力を与えてくれる。



「ワタクシの宝ヲ奪う者ハ、シ……ネ!!」



「別に貴女から宝なんて奪って無いけど──」



 シュルリと新たに取り出した石は、黄金色の欠片が散りばめられている。


 しっかりと振りかぶり、溜め込められたエネルギーは全身をめぐり、その全てを指先に集中させ、爆発させる。



 全力投球──マサカリ投法。



「【エアロ・カカカカカカカカッタ―】」



「──とりあえず、私達に攻撃を加えたことは謝ってもらうから。【ストーン・バレット改】、タイプ『金鉱石』」



 放たれた金鉱石は、ジャイロ回転を生んでペトゥラに向かって唸りを上げ──弾着せずに炸裂した。


「ケヒャひゃヒャ! 発動ニ失敗シテやがル!!」

「……? ちゃんと発動してるけど」

「……ハァ?」


 【ストーン・バレット改】は特定の鉱石の場合、その形状が変化する。

 

 鉄鉱石なら、鉄杭に。


 銅鉱石なら、円板に。



 そして、金鉱石なら────散弾に。



 炸裂して数十の金の礫に変化した金鉱石は、微塵に刻まんと迫りくる風の刃を全て打ち消した。

 さらに、残った弾がペトゥラの風の鎧を破り、掠った頬に傷をつけた。


「フザケナイデデデ! 【エアロ・カカカカカッター】!」


 よほど魔法には自信があるのか同じ魔法を放ってくるが、その全てを撃滅させる。



「……キェエエエエエエエ!! 隙ダラケ! シネシネシネシネェ!!【エアロ・チョッパー】!!!」



 先程の風の弾幕に紛れて、私の首を両断しようとペトゥラが肉薄する。

 残るMPを全てつぎ込み練り上げられた極厚の風刃が、轟と唸りを上げて私の首元に迫る。


 この殺気。


 首を狙う行為。

 

 おそらく、これがシャロのお母さんを殺した魔法だろう。

 


 だけど──




「──狙いさえわかっていれば、単純だね。……さぁ、力を貸して。アナタの黄金の羽撃き(はばたき)で、彼女の者の凶刃を粉砕して────【エル・ファルディア】」




 私は唱え、ペトゥラを指差す。

 途端、髪飾りが眩い光を発し、黄金色の軌跡を描きながら私の指示通りペトゥラの風刃を霧消させた。

 

「ナ……ニ……?」


 渾身の魔法をかき消されたショックでペトゥラの動きが一瞬止まる。



「シャロッ!」

「ええッ! これですべてを終わらせる……『炎天』!!」



 シャロが放った一撃は、大きく弧を描きながら、風の鎧を易々と引き裂いてペトゥラの意識を刈り取った。



「これでチャラにするわ」



 ドサッと倒れ伏すペトゥラを一瞥して、シャロは一言だけそう呟いた。

 

 それは今のペトゥラに向けた言葉か。


 それとも過去の己に向けたものか。


 多くを語らないシャロからは、窺い知ることは出来なくて。

 


 それでも──


 

 今、このとき交わしたハイタッチは。


 晴れやかな笑顔に流れる一筋の雨跡は。


 きっと、未来を往く彼女の里程標マイルストーンとなるだろう。


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