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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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精鋭

「やぁ、ご苦労。君らは――」

「警視補、フレデリック・デル・ブランです」

「警部、カルメン・ガルシアです」


 秘密保護法執行関係で軍病院に居るから。

 そういう理由で海賊の法的処理も押し付けられ、その上お偉方(元帥)の対応までさせやがる。

 ケントリ四室の人間は、そういう事実関係の下、警察局という組織に対する『強い敵がい心』を持ちつつも、プロとして、その肩書に相応しい振る舞いをしようと心がけているように見える。


「君らの名前は聞いたことがあるな、すまない。どこで聞いたのか」

「私は――初任科で訓示を受けた際にご紹介に預かったかと」

「そうか、そうだったな、思い出したぞ、カルメン君は首席だった」


 あの時の一行問題は国家賠償法上の『公権力の行使』がどのようなモノであるか――つまり、行政指導とかは含むのかとか、そういうモノだったと記憶している。

 ここから、(カルメン)の方はあんな簡単な問題も解けないような奴が居るのかという所感と、小人(フレデリック)の方は当時あんな問題も解けないのに、よくこの国は通しやがったなという所感とを其々得たが、これらは飽くまで内心のはたらきである。

 秘密保護官らの眼の前に居る男は、思ったよりも小さく、それでいて何かに怯えているような風に身体を運んで、握手の後、ゆっくりとソファーに身を収めた。


「どうだ、しっかりやってるか」

「人が足りません。警察官を増員して下さい」

「カルメン」


 思わず、頭の良い方が口を滑らせる。それは彼女の認識、尤も、それは正し(かった)――リアムこそがこの国の独裁者である――というものに立脚したものであったし、或いは、リアムが自ら持ち込んだにも関わらず、事実上それから離れた存在として確かにそこに在る(・・)ことへの嫉妬、ないし反感だったかもしれない。


「すまないが、それは最早(元帥)の所掌じゃ無いんだ。どうかな、職務の方は」

「今のところ問題はありません。上書き情報の物証捏造はまだですが、被害者(・・・)の証言からは、国軍(国家市民軍)の化学攻撃を概念上認識しているとは認められていません」

「人聞きが悪いね」

「創作と言った方が良かったでしょうか」

「……まぁ良い、早速だが、諸君らから助言を聞かせてくれ」


 軍病院内に設けられた、警察局の出先機関。

 機動隊が「わっしょい、わっしょい」と机やら応接セットやらを運び込んだ、元の部屋(四室)よりも明るく、空気がキレイなそこ。

 元帥が来た理由は、せめて、『公』に於いて自らの罪がどのように説明され、そして説得されるのかというのを、第三者的に確認したかったから――つまり、現実逃避の実証が可能であるか否かを確かめたかったから――であった。


「元帥閣下、率直に申し上げます。今回の化学攻撃を隠蔽し、以て被害者らの法的な損害賠償請求権を侵害していることは国賠法上違法を構成し得ます。秘密保護官として、我々は飽くまで職務命令を執行しますが、将来的な訴訟リスクを国軍が抱え込むことになるというのは覚悟しておいて下さい」


 言わば、リアムがこの世界を歪めた結果の特異点として。

 そして、リアムがこの世界を歪めた動機が、理不尽への対抗であったことの当然の帰結として。


 獣人は、眼の前に居る卑怯者を端的に糾弾した。


「隠蔽とは、」


 人聞きが悪いな。

 それに君達が提案したんじゃ無いか。と元帥は言おうとしたが、間抜けなことに口が半分だけ開いていたので、取り敢えず閉じることにした。


「――君達が言い出したんじゃ無いか」


「軍法務官がどこまで修正したのかは預かり知りませんが――飽くまで現実を(・・・)踏まえた(・・・・)次善の策です。同資料には事実を公表し、具体的威力や治療法について秘密指定をして『戦術上』の効果を維持する方法についても具申していたハズですが」


 種族その他を理由とする一切の生得的理由によって、差別的取り扱いを受けない。


 そのようにして、高らかに宣言した下に成立している我が国に於いて、特に社会的能力を如何に的確に発揮するかというところが問題となる法律分野では様々な人間が活躍している。

 目の前に居る小人(ハーフリング)()人は、何の躊躇も戸惑いも無く、『攻撃』をしてきた。


「何が言いたい」


 元帥は、ふう、と息を吐いてから答えを求めた。

 一系(総務幕僚)の意見では、今回の情報保安措置は無問題ということだった。だが、本当にそうなのかと、この世界の、この国の『常識』から見てどうなのかと。


 それを知りたかったから、検察官に忌憚の無い意見と助言をせよと命じたのは、他でも無い、リアム(元帥)自身であった。

 要するに、今、元帥の前に居る二名――自ら真実を隠蔽し、そのことに邁進するように命ぜられ、実直にそれをこなした者達――は、是非善悪を判断して『助言』するように今更命じられたのだ。


「今からでも、被害者らに対して説明を尽くして救済政策を講じるべきです。起こったことはしょうがないですから」

「もう救済はしているでは無いか。軍の法務官は問題無いとしたぞ。それに、そもそも我々は彼ら彼女ら(・・・)に対して責任を持たない。軍が救ってきたのはな、人道的観点に依るものだ」


 これは通るか。元帥は眉を上げ、顎を引き、睨みつけるようにして、自分の意の通りに太鼓判を押さない連中を見つめた。

 それは叱られた犬が懇願するようにも、狙撃手が冷徹に目標を見定めるようにも、当直員が圧倒的な破壊(大量破壊兵器)を意味する画面上の輝点を見つめるようにも見えた。()人が口を開く。


「――国家市民軍法第88条3項は、国家市民軍が占領した地域に於ける基本法規範の準用を定めています。例えば大砲で国境外を砲撃したような場合は別段、直接攻囲の結果都市を占領したような場合、所在する民間人の安全については国家市民軍に責任があります」

「難民をこっちに持ってきたときの規定か。だが、我々はイェンスを占領(・・)した訳では無い。制圧(・・)したのだ。資料を読んだだろう」

「城上に国旗が掲げられている写真がありましたね」

「アレは政治的資料を作成するためのものだ」

「行政機関たる軍の内部でどのように考えられていようが、今回の場合はイェンスを占領したと見るべきです。然るに、周辺に所在する民間人の保護義務が発生することになり、国軍が投射した大量破壊兵器が過失によって想定以上に流出、軍事的に合理化される限度を越えて民間人に被害を与えた場合――これについては例え合理化されていたとしても――そもそも国賠法(国家賠償法)上の不法行為を構成します」


 六角は、この世界に法典のみを持ち込み、その運用は殆ど任せていた。

 が、それ(法治)が六角の目から見ても相当に洗練されつつあることは明らかだった。


「なるほど、説得的だ。警視補はどう思う?」

「私は――私は、サリン攻撃自体の違法性自体は正当業務行為として阻却されると考えます。総合的に考慮して、再度の武力行使を決断した当時の我が国が他に取れる手段はありませんでした。それに、そもそも国賠法上の賠償対象になるかは不明瞭です」

「続けろ」


 小人は法典をバラっと捲って、赤インキで線が引いていある法律を指し示してくる。


3 内閣総理大臣は、大量破壊兵器に関する情報であって、公になっていないもののうち、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であると認めるものを秘密(秘密保護法第三条第一項)に指定するものとする。


 国家市民軍法87条の2(大量破壊兵器)3項。


「ですが、彼らが国賠法上の賠償請求権を持っており、そしてカルメンが言う通り、化学攻撃の違法性が阻却されないとする場合、又は秘密指定そのものが国賠法上違法を構成する場合――この条文の解釈次第になるかと思います」

「と言うと?」

「この条文の全体的態度として、内閣総理大臣に専門的判断――つまり、『我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがある』という部分については判断上の裁量を与えていますが、そのことを秘密に指定することについては羈束――つまり、裁量を与えていません。では、是非とも秘密に指定すべき『我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがある』情報があり、そのことが公務員の行為により生じた損害賠償請求権を妨害する場合にはどうなるかという問題があります」


 この世界の人間達の脳味噌はどうなっているのか。半ば慄然としつつ、元帥は耳を傾ける。

 飽くまで、私の考えですし、適用違憲ないし権限濫用と見るほうが自然だとは思いますが。と小人は前置きして、


「この法律は、違憲です」




 憲 法


 ドーベック国法典 第1巻(憲法)5頁


第十七条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は地方団体に、その賠償を求めることができる。


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