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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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コラテラルダメージ

 丁度よい所にあった家のドアを蹴破り、一応警戒しながら二階に上がると、一家だろうか、子供用とおぼしい小さな寝台の周りに4人程が倒れていた。

 そういえば、エルフって何歳までが子供なんだろうか、そんなことを思いつつ、一番小さい死体よりは年が行っている二曹は二脚をパン、パンと展開して組長の指示を待つ。


「MG、脚この位置」

「ヨシ」


 示された位置に機関銃の脚を据え、次いで照準眼鏡(がんきょう)の対物レンズ側に付いた保護キャップを跳ね上げる。


「目標、前方600の敵横隊」

「確認」


 機関銃手は、改良された照準線(レティクル)を活かして、指示されるよりも早く目標までの概算距離を把握していた。

 近距離迅速射撃・制圧射撃用の大きな(68MOA)の両側を削るように刻まれた(400)(600)(800)の目安線は、大体その距離に於けるヒト類(支配種・劣等種問わず)身長(170cm)が其々の距離でどれぐらいの大きさに見えるかというのを示し、かつ、中央を貫く照準線には肩幅(45cm)ソレ(騎人にも妥当)が水平に刻まれていたから、である。


「修正、右増せ2」


 照準線の高さ(上下)を「6」に合わせ、そこから2ドット分だけ照準を右にずらす。

 よく考えられてるな、迅速に所望の位置へ射弾(暴力)を集中するための工夫(悪意)が視界に満ちてそのような感慨を得られる程、彼は冷静だった。

 彼が照準を合わせた相手は、照明弾に照らされてはいたが、表情までは見えない。


「よし」

「撃て」


 ピュン、ピュン、と擬音すべき曳光弾が横隊に飛んで、そして弾ける。

 それは線香花火の灯り始めのようにさえ見えたが、その実態がとんでもない暴力の行使であることは詳述を要さない。




「状況どうだ?」

「魔法で風吹かせてるみたいです。想定より化学剤が効いてません」

「参ったな、81()RR(無反動砲)の榴弾は?」

「何回か撃たせましたが直撃弾が出てません。81の残弾は3斉射分(12発)です」


 朝日が昇るかという頃、国家市民軍(ミミズク)とイェンス爵領庁残党との間に、膠着状態があった。

 原因は、一度態勢を取った魔法横隊というものの撃破が思ったよりも困難で、しかも化学剤も効かないという想定外の事態に直面したことにある。

 中隊本部は、恐らくは高位者の執務室だったであろう場所を占領して指揮所を開設していた。元帥(リアム)は半ばイライラしたような感じで先任軍曹と方針を協議していた。


「これまでの火力発揮が有効打になっていない理由は分かるか?」

「推測ですが」

「構わん」

「恐らく魔法によって相互に解毒しつつ、風を操作して濃度を薄め、既知の障壁を展開しているものと思われます。迫と協働した複数方向からの射撃を具申します」

「却下する。必ずしも現在交戦中の勢力を撃破する必要は無い」


 魔法に理屈は通用しない。

 現に、今3小隊が交戦している横隊は、どこからか風を吹かせ、原理不明の『解毒』を連続で行いつつ、装甲車に準じるような耐弾性を発揮し、家を倒壊させるような威力の魔法を団結を以て行使して、あちこちで火災を引き起こしていている。


 こりゃ、まるでMBT(主力戦車)と戦ってるみたいだな。

 2名ずつに分かれて行動され、市街戦に陥るという最悪のシナリオが脳裏を過ぎり、それならまだ「MBT」として固まっていて貰っていた方が良いという判断の下、3小隊に交戦を継続させる。まだ、2名で済んでいるが、市街戦となれば絶対にそれでは済まない。

 リアムの苛立ちは、化学防護服と防毒面とによって増幅されていたが、機関銃がある程度効果を発揮していて、横隊の中の何人かが倒れたように見えるという情報によって緩和されてもいた。


「マーシャル、こちら01、送れ」

「01、マーシャル、送れ」

「1、2小隊はA棟内での行動を終了。集結地点に移動中」

「了解」


「ミミズク、ミミズク、こちらマーシャル。作戦を第三段階に移行する」



****



「見ろ、旗が」


 何人かをバラバラに送るより、いっそのこと魔法が使える者は全員で固まって動いた方が良いのではないか、そのような結論に至ってすぐ、彼らは『劣等種』が城内でウロチョロしていて、しかも先ほどまとめて送った先遣隊が爆発によって殺されたことに気付いた。

 そしてぎこちなく隊伍を組み、お互いに回復魔法を掛け合い、たまに気に入らない奴を事故を装って殺したりして、城に向かっていたところ、また『アレ』が降ってきた。

 回復魔法を掛け合えばなんとか行動できる、そう気付いた魔法師が今回も機転を効かせ、風魔法で毒雲を逸らせることに成功したと思ったら、今度は焼けた鉄が降ってきた。


 国家市民軍(ミミズク)は気付いていなかったが、最初機関銃が短連射を加えたとき、大体4人ぐらいが斃れていた。風を吹かせ、相互に回復させつつ、分担して障壁を作るような器用な真似は中々困難だったのだ。

 だが、彼らはやってのけた。やらなきゃ死ぬということに直面した時に発揮される特有の自利的切迫感が、普段いがみ合っている彼らを団結させ、数時間に渡る射撃に耐えさせ、それどころか何回かの反撃すら成功させたのだ。


 もし、3小隊に与えられていた任務が「敵集団の排除」だったら、或いは、純粋な射撃戦では無く『射撃と運動』をしていたら、彼らは複数方向から自動火器の射撃を受けて『撃破』されていただろうが、偉業として称えられるべきだろう事実として、彼らは夜明けまで耐え抜いたというのを摘示したい。

 当然、何人かは魔力酔いか、魔力切れかを起こして卒倒し、死んだ。だが、組織的戦闘力を維持したまま、彼らは3小隊との射撃戦をやり抜いたのだ。


 そして、自然と太陽の方を向いて、愕然とした。


 城には、ドーベック国旗がはためいている。


 はぁ、そんな風に皆が息をついた瞬間、聞きたくない、聞き慣れない音が寒空を裂いた。


 次いでワッ、と急速に隊列(士気)は崩壊した。

 彼ら自身ですら気付いていなかったが、城というものは確かに彼らの精神的支柱としてそこにあったのだ。それが、最早敵の手に落ちている。つまり、主人らは恐らく死んでいる。


 其々が本能的に備える生存本能が、理性を超越してバラバラと足を動かすが、結果論的に言えば、それは最適な選択では無かった。



****



「81迫残弾なし」

「マーシャル了解、撤収作業開始」


 今回の攻撃は、思ったよりも大きな収穫があった。

 まず、敵にある程度の化学防護能力があるということ、そして敵が運用する生物兵器群の運用基盤が明らかになり、かつ、建物や都市構造等についても大量の情報資料を収集できた。


 リアムは、最早自らが賭けに成功したことをようやく噛み締めつつあったから、当初の予定通り、文書を城内に散布し、更に国旗を掲揚してそれを写真に収めさせ、そして持ってきた全ての迫撃砲弾――GB―1(きみどり)、りゅう弾、発煙弾、照明弾――を、敵が居た辺りに投射させた。持って帰ってもしょうがないし、仮に帰路で交戦があったとしても、陣地に据えて使わなければならない81mm迫撃砲弾に使い途は無いし、今更近接攻撃を仕掛けて捕虜を取るつもりも無かった。

 それに、今ならもう『軍事的目標』にしか被害を与えないだろうという推測すらあった。


 それより、早くこの防護装備を脱ぎたかった。『使用済み』であるオムツも早く捨てたい。


 81迫の射撃が終わった後、街は驚くほどに静かだった。

 鳥も鳴いていない。風も無い。


 念の為川沿いの低みを利用して離脱するが、川の中を見ると魚がプカ、と浮いて死んでいた。

 サリンは加水分解される。とはいうが、一定程度は残存するのだろう。そんなことを考えつつ、城壁を超える。


 地図を思い出す。ここには村落がある筈だ。


「静かだな」


 まず、違和感があって、その暫く後に先頭を進む1小隊がほんの一瞬だけ停止した。


「どうした?」

「いえ、民間人が……」

「ああ。クソ、お前らは気にするな」


 国が悪いんだから。

 その言葉は噛み潰して歩みを進めると、なるほど、1小隊が足を止めた理由が分かる。

 城壁の中と同じく、寧ろ、拡散と城壁によって中途半端に漏れ出たから、城壁の中より酷く。複数人の民間人(劣等種)が有機リン中毒症状を呈していて、さらに悪いことに殆どの者は息があった。


「恐らく交戦時に魔法でここまで拡散したのかと」

「じゃ、俺達のせいじゃ無いな」


 泡を吹いて痙攣する少女と、その脇に半分倒れつつも少女を励ますような仕草を繰り返す母親とおぼしい人間を見、拳銃を抜く。


「何を」

「楽にする」

「……救助すべきでは」

「このPAMはお前らの分だ」

「閣下!」

「私の責任なんだ! 私がやる!」


 伝声器とは即ち、口から出てくる空気の振動を防毒面の『外』へ効率よく(・・・・)伝えるためのモノだから、大声を出せば当然防毒面の全部がビリビリ震えるようなむず痒い感覚に襲われる。

 それが寧ろ、(特殊部隊)員の注意を喚起したのか、『下向き安全姿勢』で周囲を警戒しつつ、防護装備越しでもオロオロしていると分かる振る舞いの中、チラ、チラ、とこちらへ視線が注がれる。


 PAM(解毒剤)の自動注射器は全員に2本を配備したので、予備はあまり無かった。

 コラテラル・ダメージの名の下、この民間被害は正当化されるし、自分は作戦の成功と部下の生命とに責任を負っている。

 気の毒だが、私は良心に従う。グリップを握り込み、安全金の中に人差し指を入れ、照星を頭に合わせ――


「お兄ぃ――?」


 まさか、そんな筈は無い。

 あの日、彼女()は死んだ筈だ。

 だが――


「お兄ぃなの?」


 苦労したのだろう、面影はほんの少ししか残っていなかったし、声には深みがあった。

 だが、瞳は点と形容できる程に縮んで、涎と吐瀉物を垂らしている彼女は……


サシャ()?」


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