特殊武器
「マイナス2!」
パピュン! という消音器越しの発砲音が連続して響いた後、ウェポンライトの灯りが消えるのに従って発砲も止む。
最後に隊員らが見たのは、小銃の反動によって上下に揺らぐ白色光の中で崩れ落ちる二人の人影であった。
安全装置を掛け、暗順応を回復させ、立ち上がって寄ってみると、特段防護装備のようなものは着用しておらず、よく手入れされた白いローブから血が漏れている。血の混じった吐息がカーペットとローブとを汚していて、暫くするとソレに吐瀉物が混ざり、そして静かになった。
「身体、装具点検」
「異常なし」
元帥はPAMの自動注射器を仕舞った後、『敵』に寄り、しゃがんで服を乱暴に捲ったりした後、次いで無線手を呼び寄せてマイクを取り上げる。
隊員らは特に命ぜられること無く、前後左右を警戒している。
「ミミズク、ミミズク、こちらマーシャル。敵は化学剤散布下でも行動可能な模様。散布地域内でも接敵を前提とし行動せよ。終わり」
部隊は進む。何故彼らがこの中で行動可能なのかという考察は一旦置いておいて、ズンズンと。
そして大広間のような場所に辿り着いた。大きなテーブルと大量の椅子とか連なり、高位者とおぼしい死体が転がり、或いは机に突っ伏しているそこは、特に何と説明されるまでも無く、重要な会議が行われる場所であろうということが分かった。
大きな窓ガラスが月明かりを差し込んでいたが、便利なことにカーテンがあったから、特に誰に断ることは無く、全部閉めきって遮光してしまう。
「1小隊、周辺警戒、警戒方法は1小長所定。2小隊、押収作業開始。写真班は撮影を開始」
「了解」
カーテンの合間から、フラッシュ撮影の閃光が漏れる。
ウェポンライトとフラッシュの相乗効果によって、夜間でも鮮明な写真を撮影することが可能というのは実証済みだった。
死後硬直が始まった重い死体を起こしたり、或いは腱を銃剣で切断したりして顔が写るようにして、撮影が終わった死体を適当な場所に安置する。
「都合が良いですね、概ね三群との2系の見積もり通りに死体が転がってます」
「後は商会系から照会したら確定かな」
この世界の傭兵という生き物は、手付金と成功報酬制を取っている。
雇い主が死んだとなれば、はいそうですかと引き下がるような連中なのだ。(そもそもそういう契約にすることが多い)
会議資料とおぼしき紙を封筒に入れて押収させつつ、それがドーベック製の紙であることに気付いて、ふん、と鼻を鳴らした途端、遠くで爆発音がし、反射的に姿勢が歪む。3小隊だろうか。無線手を呼び寄せる。
「マーシャル、ミミズク。爆発音の詳細を知らせ」
「マーシャル、こちら03、南西より魔法横隊現出、現在2分隊が交戦中」
パパパ、パパパ、という断続的な射撃音の合間に、パラララララ、という特徴的な音が夜空に響き渡る。
7mm一式軽機関銃(改)は、脚、握把、照準眼鏡、被筒の他、機関部に改良が入り、二式重機関銃及び02型小銃と同じ600発毎分と、1500発毎分とをセレクタによって切り替え可能なようになっていた。(余談だが、国家市民軍は個人貸与装備を『型』部隊配備装備を『式』で命名する)
これは弾薬の浪費を抑え、かつ、要すれば射撃機会を逃さない為であると説明されるが、もう一点、小銃に紛れやすくするという目的がある。が、今回3小の2分隊長は長時間の射撃戦を行うというより、単位時間あたりの火力を重視したようだ。
「了解、独力で対処可能か、送れ」
「独力対処可能、なお、てき弾を使用してよろしいか」
「よろしい」
「了解、おわり」
市街地に毒ガス撒いて尚、市街地での破片武器使用に躊躇がある程、国家市民軍は『良識的』であった。
建国宣言で『万民』に対して謳っているのは、市民、つまりドーベック国民だけで無く、あらゆるヒト、『万民』であるという、初歩的な法学教育まで特殊部隊員は受けていたから、その成果の発露と表現しても良い。
元帥が許可を出して暫くして、これまでとは毛色が違うバン! という音が鳴って、そしていっとう激しい射撃音が聞こえてきて、すぐに止んだ。
「03、マーシャル。状況知らせ」
「マーシャル、暫し待て」
こりゃ無反動砲を撃ったな。元帥はバリバリと後頭部を掻こうとして、鉄帽と防護服とに妨害されて断念する。無反動砲は良い。よく当たる、よく飛ぶ、すぐ撃てる。正しく歩兵の友だ。
「マーシャル、03、敵横隊は後退した。3小隊は小銃弾120発、MG4ベルト、HEAT1発射耗。その他人員武器装具異常なし」
「マーシャル了解、現在位置を維持せよ。終わり」
無線受話器から情報を得て、元帥は暫しの安堵を得る。
やぁ良かった。部下は死んでない。
チェストリグに挿したままのL型ライトから赤色光を発し、地図上で離脱経路を確認する。モペットは城壁南方向の林際に集結して残置してあるが、侵入時は方向の偽装のため東から侵入した。このまま東から離脱しても良いが、敵は西から来ている。どうしようか、暫しの逡巡の後、3小隊へ南から離脱する旨を通報する。
「しかし南もなぁ……」
元帥は独り呟いた。城郭都市を貫く川の下流と言えば、何があるかは大体相場が決まっている。被差別部落だ。
イェンス爵領庁の風向きは海風と陸風で東西に移り変わる。少なくとも我々が到着した時点で、あの林には鳥が鳴いていた。サリンの影響外と見て良いだろう。
「マーシャル、03。異常な強風を確認、北西方向。」
「了解、詳細が判明したら――「至急至急、こちらFO2。敵と思わしい魔法横隊、約50が青色の閃光を放ちつつ西方より接近中」
「81小隊射撃命令、点目標射撃。目標、FO2観測の敵横隊、GB瞬発3発。横隊の北西に落とせ。詳細は……
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あの日から、人生が根本的に変わってしまったと言って良い。
当時何歳だったか、それすらも分からない。
お兄ぃ、お父ぉ。必死に助けを求めたのだけは覚えている。
そこから必死に生きてきた。特に夢とか目標とかを持つことは無く、ただ、必死に。
あるときは農場、あるときは煙突掃除、あるときは娼館。
家に帰りたい。そう何度願ったか分からない。数える余裕すら無かった。
ずっと奴隷として生き、モノのように取引され、最終的にここに来た。
宿屋を構え、漸く、少なくとも奴隷では無い身分を手に入れた。
希望はあった。ドーベックという、夢のような国のことを。
だが、ここまで生き残ってきた理性が、そんな都合の良い話がある訳無いと、そういう風な理解をさせた。
これまで、都合の良い話には、必ず裏があった。娼館に行ったのも「今より楽な仕事」があると聞いてホイホイ付いて行ったのが原因だ。
イェンスは良い場所だと思う。人の流れは活発だし、 伯爵にやる気が無いからか、ヒトである私も、宿を城壁のすぐ外に構えることが出来たし、何より、故郷に近い。
いつか、あそこに行って、家族の墓を建ててやる。それが私の夢だ。
ある時から、噂が流れ、それから急に物騒になった。
イェンス伯爵が、ドーベックと戦って戦死したと。
客は商人が多かった。彼らから聞く限り、ドーベックを支配するカタリナ大公は慈悲深く、種族を問わないらしい。彼女の下で団結した『劣等種』が、国を作ったのだと、そのように聞いた。
商人らが凝視するドーベック製らしい本は、日に日に厚く、そして色が付いたものになっていったが、私は文字が読めなかった。
移住も考えたが、私はここに宿を構えている。家族も居る。ここで満足するべきだろう。
私はあの頃のように弱い存在では無い。
兄や父のように無惨に殺され、或いは攫われてモノとして売買されるような存在でもない。
ここから逃げ出したい訳でもない。
「女将さん、城で火事らしいぜ」
「あら、大変ね」
城壁に阻まれて城は見えない。
厨房から出て、城の方向を見ると、夕日に照らされた白煙が赤く染まっているのを認めることが出来た。
白煙ということは、もうすぐ消火されるということだ。大した事は無い。ボヤだろう。
だが、パン、シュルル、という音が遠くで鳴って、新たな白煙が城の側に立ち上がったのを見て考えを改めた。
何か、良くないことが起こっている。
あの日のことを思い出し、動悸を止めることが出来なくなる。
「大丈夫ですかい? サシャさん」
「ええ」
宿を守らなければ、店の中に戻ると、先程よりも連続して、それでいて暴力的な連続した破裂音が聞こえ、それに従って城内のざわめきがここまで聞こえる程になる。
結局その夜、何人かの客と従業員は夕食までに帰ってこなかった。
「お母さん、ルーリさんは?」
「ルーリさんはね、忙しいんだって、もう寝なさい」
従業員の一人、娘と仲が良い一人は、夜寝る前に娘と遊ぶことを日課としていた。
娘は不満そうに裏へと戻っていく。
「私、探してくる」
「よせ、何が起こってるか分からんし、城門は閉ざされてる」
散発的にパパパ、という聞いたことが無い音と、爆発音とが響き、そして静かになる。
それが戦闘音であることは直感的に理解することが出来た。
朝日が登った後、これが止むと良いのだが。
夫や客とそんなことを話込んでいる内、眠さからか疲労からか、目が霞んできた。




