特殊作戦
「おっ、旅団がおっ始めたな」
無駄によく響く味方騎兵の喊声と、次いで遠くから感じる襲歩は、旅団が『歩兵部隊により支とう点を確保した爾後、騎兵をして戦果拡張を行う』と表現した殲滅戦の開始を意味していた。
国家市民軍地上軍総軍特殊部隊。
その全部が現在第一旅団戦闘団に配属されている彼らは、旧ドーベック戦闘団で連隊本部直轄部隊として遊撃戦等を行っていた者を基盤とし、現在は軽機関銃と半自動小銃――試作ではあるが――を配備されていた。
彼らは、『戦果の拡張』を容易ならしめるため、それをバイクでぶん回し『敵集結地域』の更に後方にある隘路部を封鎖すべく行動していた。そのついでに敵航空部隊の集結地点を旅団に通報し、突撃支援射撃を終了した直後の砲兵大隊に射撃を要求して沈黙せしめている。
土砂降りの中、彼らが無線で「展開終了」を報告して『旅団は内務卿を捕縛した』との通報を受ける頃には、雨が降り出していた。流石は郵便屋さんだ。こういう戦闘では器用に蹂躙と捕縛とを使い分ける。
濡れたら壊れちまう。そんなことをぼやきながら無線手が無線機を防水布で包む。彼らは戦技に優れている一方、技術者でもあるのだ。
「機関銃、脚この位置」
雨の中、傘も差さず――という言葉があるが、軍隊は必ず雨衣を着用する。
濡れるとシンプルに嫌な上、体力を消耗する。戦場でシャワーは浴びれないし、タオルはおろか下着の替えも調達できるか分からない。しかし傘は片手を塞ぐ上、走る伏せる撃つには不向きだ。となると雨衣の他選択肢は無い。それを隊員らは理解していたから、別に文句は言わなかった。
内張りに阻まれた湿気と熱が籠もる。背中の水のうから伸びるチューブを軽く噛んでから吸うと、ゴム臭い水が口内に飛び込んでくるから、喰むように飲み下す。
弾帯を弾帯袋から引き出し、フィードトレイを左に引き出して初弾を規定位置に嵌め込み、カバーを閉じてからガチャ、とトレイを薬室の直後へと押し込んで、槓桿を引いて離す。こうすると初弾が薬室に装填され、フィードトレイの送弾爪が次弾を準備するから、これで発砲準備が整う。
息を軽く吸い、少し吐く。設計者直々に受けた機構解説が今になって去来し思考を圧迫した。
二脚架を以て地面に委託させた軽機関銃の握把を右手で持ち上げ、銃床に添えた左手に頬を当て照準眼鏡を覗き込む。そこには豪華な馬車と、護衛部隊と思わしい徒歩兵と騎人兵とが居た。取り敢えず護衛部隊の指揮官からやろう。振る舞いを見れば分かる。
旅団が内務卿を捕縛したということは、もう敵重要人物の捕縛は必要無い。皆殺しにしちまっても良い。特殊部隊がココに派遣されたのは、戦果の拡張と敵重要人物の捕縛という目標を二つ同時に達成する為であるが、後者が消えたならば前者に全力を尽くせと、予めそう指導されていた。なら、我々はただの火力戦闘部隊だ。
尤も、増援を受けることは不可能なのだが。
「軽機、目標ぉ――前方800の敵集団」
「確認」
リアムに早口で捲し立てられた射撃理論を思い出しながら、目標に照準線を合わせる。銃身長やら加工精度、次弾を送り込む速さ――その他の諸事情を考慮した結果、今、地上軍が狙撃に供する小火器の中で最も適していると判断されたのがこの『一式軽機関銃』であった。リアムが直々に設計に介入したソレは、500ミリの高精度銃身に厚いクロームメッキが施され、金属ベルト給弾式で有効射程は1500m超という、この時代に産声を挙げたにしては嫌らしい程に(とはいえ、リアムがガン詰めで設計に参与した155ミリ両用りゅう弾砲や二式重機関銃程では無いが)高い完成度を誇っていた。
「短連射、指命」
「準備よぉ」
「てぃ」
それは二式重機の毎分600発より相当早い発射速度を有していたから、銃手が引き金を引く度におびただしい数の7ミリ普通弾――今や部分被甲化といった工夫をせず、量産性のために弾道ゼラチン試験を経て完全被甲弾となったソレ――を吐き出し、あっという間にベルトの全部を飲み込んだ。
一式軽機は銃身が露出している。撃ち始めは兵士らと同じく濡れていた銃身の表面は、ベルトを撃ち終わる頃には乾いて雨滴が滑り落ちるようになっていた。
機関銃手は、機関銃が対人火力の骨幹であることを自覚し、戦闘間常に射撃所要に応えることができるよう、武器を愛護し、自ら手段を尽くして射撃を継続しなければならない。
機関銃から湯気が上がると位置が容易に暴露する。
照準眼鏡の中に動いている目標は居なかったが、ここは敵が用いることができる唯一の離脱経路だ。途中で組織戦闘能力を取り戻されて攻撃を受けたくは無い。
そんな思考を経た後、『撃ち方やめ』が命ぜられてすぐ機関銃手は背嚢を開けて乾いた防炎毛布を取り出し、提げ手を持って軽機から銃身を抜き取った。
一瞬、直ぐ側の水たまりに突っ込んでやろうかとも思ったが、そんなことをしては銃身が痛む。機関銃手はよく訓練されていたから、飽くまで武器を愛護したのだ。
7ミリ普通弾を浴びる直前。イェンス伯爵は、いつからこんなことになったのかと、馬車の中で爵領内現況図とニラメッコしていた。おかしい。報告が無い。
実は『貴族が定め又は特別に納付を求めた税』の支払いを拒否し、爵領内現況図の更新が止まっていた領域がある旨の記述は図郭に記述されていたのだが、揺れる馬車の中、敗北の屈辱を感じながら顔真っ赤で資料を漁っていた酒飲みにそれを読解することは出来なかった。
内務卿部隊の更に後方に布陣していた爵領庁残存部隊は、『太鼓に気をつけろ』という叫びだけは知っていた。内務卿が攻撃を受けた時、何とかして翼竜騎士の援護下で撤退しようとしていたが、連絡は取れず、そこにフランシア家が突入してきて壊乱状態となった。
彼らは、魔法使いでは無いのに遠距離から攻撃してきて、たまらず後退しようとすると距離を詰められ、魔法の威力が発揮する前にその間合いを駆け抜けて襲撃してきた。
魔力を使えないのに、遠距離攻撃をしてくる。
つまり、『彼ら』の間合いは既存、既知のそれとは全く異なる。これは大変なことになった。フランシア家が、カタリナが居ないドーベックの実権を収奪して劣等種を駆使し、我々を跳ね除けるまでにその勢力を回復したということか。
第一旅団の攻勢は、花形である戦果拡張を第一騎兵大隊に任せた結果、そのように理解された。無理もないことだが、実際には第一騎兵大隊は殆ど作戦立案その他に関与していないため、その理解は的外れなものである。
短連射を浴びる直前。伯爵はまず、馬車のガラスが割れたのを感じた。次いで衝撃を。伯爵が痛みや熱を感じる前に、眼窩から飛び込んだ7ミリ普通弾が脳内でタンブリングを起こして脳幹を損傷したから、そこで意識は途切れた。
彼が好きな英雄物語。その一節を以下に引用する。
――怠惰は、自らに牙を剥く。
その後特殊部隊は、伯爵の遺体を回収し、バラバラになって逃避する内務卿隷下か爵領庁隷下か、どちらともつかない敵部隊を原付で撃滅して回って、追撃中の騎兵部隊に撃たれたりしながらも、無傷で任務を完遂したことで永く称揚されることになるが、これはまた別の話。
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「旅団は侵攻する敵部隊を殲滅しました。敵重要人物についてはイェンス伯爵を射殺、遺体を回収。内務卿を捕縛」
「よくやった」
戦果拡張と戦果の拡張は、実施する地域が異なる。
簡単に言ってしまえば、戦場に於いて敵を捕捉して行うものを戦果拡張、戦場の外、敵の離脱経路上で敵を捕捉して行うのが戦果の拡張である。細かい違いであるが、幕僚が間違えて用いたりすると指揮官から赤インキを食らう。
騎兵大隊を以て戦果拡張を行い、敵地上部隊の殆どを撃滅。予め特殊部隊を敵予想退路上に展開させて『戦訓』を努めて持ち帰らせず、敵重要人物を捕縛する。
部隊は、指揮官の構想を戦場というキャンパスへと完璧に表現した。
しかし、それが不都合な者も居た。
「えっ、騎人の捕虜いないの」
「はい、内務卿以外は全部殲滅しました」
「投降した奴とか居なかったのか?」
「我々が突撃したとき、そもそも殆どが撃滅されておりまして……」
終わった。そんな顔をして、誇らしげに戦果を報告する部下の前でスザンナが倒れ込んだ。騎人が倒れると大変だ。馬体の分重いから。
彼女は、戦闘には参加せず、『総力戦』下でドーベック国がその全力を発揮できるよう、いわば国家の神経系として郵便の円滑に最善を尽くしていた。才能があったのだ。正確に言うと、才能があるということにされたのだ。
勿論、原付の登場によってヒトの郵便局員も増えていたが、まだまだ数が少ない。それどころか『軍で使うから』とかいう理由で徴兵された者も少なくなかった。
戦時。増える郵便所要。殆ど出兵した部下、頼みの綱である原付は特殊部隊とかいう連中に殆ど持っていかれ、残ったのは自転車とほんの一部の郵政幹部だけ。
唯一の希望が、郵便局員の復員と、今後『捕虜』として取られるであろう騎人であった。拡張計画までしていたのに、おじゃんだ。
彼女は、まだ戦場が火力に満ちてしまったことを知らない。
トラウマになっている『爆発』が、今度はより簡便かつ臨機、それでいて遠距離にまで届く砲弾となったことを知らない。
最早戦場に政治的打算によって齎される『特殊作戦』以外に、破壊から逃れる術が、逃げるか、それか穴を掘る以外に無くなったことも、国家市民軍が、敵を敵段列に従事していた『劣等種』ごと砲撃で粉微塵にしたことなど、知る由もない。
「つまり、旅団は――敵の段列――非戦闘員も射撃で殲滅しちまった訳だな」
「その通りです。あ、無論投降したのは捕縛してますよ」
「数は?」
「えー……概算ですが30と」
「それは……旅団全部でか」
「はい」
「了解」
「他にご質問は?」
「と、り、あ、え、ず、は――以上だ。良くやった」
まぁそうなるよな。
リアムは、旅団からの報告を受けた後、革張りの椅子に身を預けて天井を仰ぎ、電球をじっと見つめた。フィラメントの形が視界に残る。
擾乱射撃と攻撃準備射撃、突撃支援射撃――これらの砲撃は、敵戦闘部隊だけで無く、指揮所や段列をも目標に含まれる。当然だ。敵の根っこを抑えなければ、敵は本質的に自由だ。
火力は平等である。
恐らくは強制的に連れてこられた『劣等種』――ヒト、亜人、獣人。なんかも当然敵部隊には居て、その大半は塹壕に入ることもできず砲撃で死に、部隊の突撃が敢行された際、投降に成功した者が奇跡的に捕縛されたのだろう。勿論、騎兵に蹂躙され、或いは歩兵に刺射殺された者も居る筈だ。
考慮していなかった訳が無い。考慮して、検討して、そして殺したのだ。
この事実は説明されなければならない。この行動は、法的根拠に根拠し、私の命令と議会の承認を経たものなのだから。
敵を殲滅して、リアムが感じたのは栄光でも喜びでも無く、頭痛が2つであった。




