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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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62/121

国家市民軍

 時計の短針をグリグリと二周程(24日夕)戻す。

 11iRCTは、新たに現出した1コBn規模の重騎人兵の突入に対し果敢に立ち向かっていた。


「1小隊は現在位置を占領、2・3小隊は到着したら報告!」


 『射撃と運動』という基本的戦術がある。

 部隊を2組以上に分け――例えばA組とB組としよう――A組が機動している間、B組が敵に向けて射撃を行い、これを制圧する。

 A組が射撃に適した位置を占領した後、A組の援護のため射撃していたB組が機動を始め、A組が敵に向け射撃を行う……。


 これは、機関銃陣地を始めとする有力な敵へ『比較的』安全に接近するために編み出された戦術だが、第一騎兵中隊は障害帯(地雷原)に設けられた『騎兵道』を用いて味方陣地へ向けて後退しつつ、敵に発砲するという方法でこれを行っていた。


 重装騎人兵というだけあって、彼らが駈ける度にガチャガチャという物騒な音が鳴ったが、ジュラルミン装甲と太刀、騎兵銃だけで武装した1中隊に追い縋ることは出来なかった。シンプルに装具重量が重いからである。


「郵便屋さんを助けるぞ! 3中隊(ちゅうたーい)! (つけ)剣!」 

「「よし!」」

「目標! 前方の敵重騎人兵!」


 第一騎兵中隊は、矢が雨のように降る中、なんとか稜線を超えつつあった。

 何人かに矢が直撃し、装甲板が弾き、或いは凹み、非防護箇所に刺さって転ぶ者も居たが、部隊(殆ど)は稜線を超えた。

 器用に負傷者を背中に載せ、或いは走りながら振り向いて発砲し、彼らは帰ってきた。


 そこには味方が居る。


 反斜面陣地は、敵に高所を取られるような格好にはなるが、下から稜線を見上げた際、敵は空へと『投影』されるし、斜面を降りる敵は投影面積が大きくなるという利点がある。それを活かす。


 十分、敵味方の間隔はあるな。

 3中隊長は第一騎兵中隊旗(最後尾)と敵とを認めた。


「各小隊ごと撃て!」




「誰か!」


 夜間、鉱油ランプの光を頼りに警戒していた立哨が、接近者に気付き、銃剣を目線の高さに掲げギラ、と輝かせ威圧する。連隊が旅団から任務を受領したあの日、連隊長をずぶ濡れにした彼は、連隊長当直を無事下番し、戦闘に参加した後、同僚と共に外哨に上番していた。

 11iRCTは、幾度となく押し寄せてきたイェンス家旅団を撃破し、なんとか24日夜まで778高地を維持している。

 あの後、騎兵中隊長を特別幕僚として再度会議が行われたが、「11iRCTは現勢力で任務達成可能」という結論が出、配置と火力計画を修正して弾薬の節用に努めることとなった。

 具体的ところを言うと、魔法使いらに防護の隙を与えず、「前方に敵が居る」という情報を絶対に伝えない為に行進梯隊のやや後ろから前へと砲弾が落着するように、かつ1コ中隊を側面林内に潜伏させるという工夫をしたことによって殆どの敵が行進梯隊のままキルゾーンに突っ込んだのが()因なのだが、兎も角、11iRCTは24日夜まで778高地を維持していたのだ。


 標準的な行進梯隊から考えて、あと1~2コ大隊残存と見積もられた敵は、何かしらの要因によって行進が遅れていると推定された。


 末端の兵士は、火力計画と配備の修正は知っていても、敵の行進が遅れているという見積は知らない。正確に言うと、翌朝には彼の上司である小隊長か分隊長あたりから、点呼の際『一般状況』として教えられるだろうが、兎も角、今歩哨に立っている彼は知らないのだ。つい先程まで、自分の持ち場を早く離れて半長靴を脱ぎたいという思考しか脳内に無かった。半長靴を脱ぎ、蒸しタオルで身体を拭いて、そして乾いた下着に着替えるだけで、随分とスッキリするからだ。贅沢を言えば風呂に入って酒場で冷えたビールをグイッとやりたかったが、それはまだ先の話だ……兵士は、そんなことを考えていた。


 しかし、不審者の現出は、よく調教された脳味噌を適切に蹴り上げた。

 銃剣を目線の高さに掲げ、機関部後端に手のひらをやり、グリっと左へ回して安全装置を解除する。薬室には既に7ミリ完全被甲弾(FMJ)が込められ、そして撃針は後退して引き金によって開放されるのを待ちわびていた。


「誰か!」


 教範には「三度誰何し、応答が無い場合、捕獲又は刺・射殺する」という象徴的な文言があったが、兵士らは困惑した。


ドーベック(合言葉)!」


「……」


「あ、合言葉は!」


 彼が期待した『カタリナ』という言葉(返答)は、来なかった。

 対象者は、白目をよく目立たせるよう、ギョロ、とあちこちを見た後、急に走り出した。ソレ(・・)は、小麦袋のような何かを背負っていた。

 まさか、盗み出してきたのか?


「あっ、撃つぞ! 止まれ! 撃つぞ!」


 昼間、部隊指揮官の号令に従って、多人数で銃を撃っている間、起こらなかった感情に襲われる。


 俺が、俺の判断で殺すのか。


 嫌だ。


 目をギュッ、と瞑って、しょうがなく引き金を引く。そうすれば味方がゾロゾロと集まってくるだろうと、二人してそう思ったからだ。有線電話で外哨長に通報するといった正規手順は、完全に失念していた。


「止まれー!!! 死んじゃうぞ!」


 結局、弾は外れた。

 彼らは、駆け足で駆けつけてきた味方と共に、対象者が地雷原に突っ込む直前で取り押さえた。

 そのあまりにも細く、薄い腕と肩、そして背負っていたモノの正体――少女――に兵士らは驚きつつ、規定に従って身体を捜索し、そして縛り上げて本部近くに設けられた捕虜収容所まで連行した。



****



「助けて下さい。妹が……妹が、死んじゃうんです」


「あー……ちょっとそれは我々では判断できないかな――」


 11iRCT固有の憲兵小隊長は、気持ちが良いと評判の将校であった。

 彼は駐屯地で部下に敬礼される度に「おつかれ!」とフロア中に響く大声で答礼していたし、朝礼でも軽妙なジョークを交えた短節な講話をするので、部隊からも好かれていた。


 そんな彼が、官僚的な、硬直した反応を示している。

 法的には、彼は「拘束対象者」に当たる者であって、取調の結果拘束対象者(捕虜)では無いと判明した為、直ちに解放しなければならかったからである。そこで、彼の仕事は終わる筈だった。


 鉛筆を置き、有線(電話機)を取り上げる。

 どの種族でも使えるように、そんな工夫が凝らされたドーベック製の有線電話機は、受話器(スピーカー)送話器(マイク)が分離されていたから、ヘッドフォンを付けた専門職種従事者以外は両手を使わねばならなかったのだ。




「つまり……君の村では作物に疫病が流行っていて、それが原因で皆が飢えていると」

「はい、村を……皆を助けて下さい」


 結局、連隊長が彼の取調を引き継いだ。

 その場の最高意思決定権者は彼であって、結局のところ彼が11iRCTの全てを決定するからだ。なら、寝てる所を叩き起こした方が良い。(唯一、睡眠は資源と承知しているG4(兵站幕僚)だけが反対した)



 国 家 市 民 軍 法


 ドーベック国法典 第4巻(行政)318頁


 第八十八条(武力の行使)

1 第七十六条の規定により出動を命ぜられた国家市民軍は、我が国を防衛するため、必要な武力を行使することができる。

2 前項の武力行使は、我が国の領域を超えて行うことができる。

3 前項の規定により国家市民軍が占領した外国地域の統治については、憲法その他の基本法規範を基調とする。

4 前項の規定は、作戦行動の円滑又は出動部隊の安全、占領地域の公安を図るために必要とされる措置を妨げない。ただし、この措置は合理的に必要と判断される限度をこえてはならない。



 連隊長は、『服務小法典』を開いてウーン、と呻いた。

 大急ぎで印刷され、そして将校向けに配布されたソレは、まだインクの異臭を放っていた。


 軍法88条(4項)は、占領地域における武器使用『その他』の行動を抑制させつつ、適切に行わせるための規定である。それは武器使用や、略奪や暴動に対する鎮圧措置を含むものであるが、今回はどうなんだ?

 記憶を漁って、都合の良い解釈を導き出す。


 軍や警察の行動に、厳しい制約が掛けられるのは、それが即時強制を含み、人権に対する著しい侵害を伴いかねないからである。

 なら、単に給付し、あるいは救助するのなら? 一応制約は無い。

 出動部隊の安全、占領地域の公安に、出動部隊の指揮官()が必要であると判断したなら?


 議会は、建国宣言で「全ての万民は、生まれながらにして平等であって、自由と幸福とを追求することができ、かつ、ひとしく恐怖と欠乏から免がれ、平和のうちに生存する自然の権利を有する」と確認し、「我らは、全世界の万民に対して、この宣言で確認した自然の権利を保障すべく立ち上がる」と宣言した。

 国家市民軍は、市民が作った国家の、市民による軍隊である。ならば、建国宣言と憲法の精神を汲むべきだろう。


 だが、連隊独断での行動になる。暴走との誹りを受けるだろう。


 顔を上げる。

 何より、ガチガチに緊張しながら、それでも我々を頼ってくれた少年が居る。

 彼は、クソ不味いと評判な缶詰(とうもろこしがゆ)を「妹にあげて下さい」と涙ながらに懇願し、それを確約してやってようやく、うまいうまいと泣きながら貪った。(別に嫌がらせとか押し付けたとかでは無く、すぐ用意できる戦闘糧食の中ではソレが一番消化に良いメニューだと兵站幕僚から助言があったのだ)


 ああ、本当に飢えているんだな。

 理屈が捏ねられたが、それは結局、直感に理由を付ける以上のものでは無かった。


「分かった。俺達が助けてやる」



****



 ムリなモノはムリよ。

 居並ぶ11iRCTの幕僚の中で、兵站幕僚(G4)が呻き、唇を噛んだ。

 彼女は、連隊長の決定を知った後、以下の理由から村そのものの救援に反対したのだ。正確に言うと、連隊長に対して『不可能』の助言をすべきとする意見を主張したのだが、兎も角、以下の理由を列挙した。


 連隊の能力を鑑みれば、これ(あの少女)で救援活動を終わりにしなければ、以下のような問題が出る。

 まず、我々ですら十分な飯は無い。飯を食わずして戦闘は出来ない。兵士がぶっ倒れる。すると、作戦遂行に支障が出る。

 付近村民は、我々が第一義的に保護すべきドーベックの「市民」では無く、作戦遂行に支障が出る場合、市民の安全保障に影響が出る。

 戦闘団は、今のところ軽微な医療所要しか生じていないが、今後の行軍(おうちかえる)で戦病者が増えると見積もっている。その上、従来交流の無かった彼らを受けれれば、部隊及びドーベックでの感染症の危険がある。

 我々は、交戦状態にあって、そのような余裕は無く、既に旅団宛に弾薬の増配を要求しており、その上で交通能力の配分を要求した場合旅団の計画に悪影響が出かねない……


 そのように、「やれない」理由は大量に、否、無限にあった。

 現に、兵站幕僚から見れば、今の兵站状況から更に付近村落の救援活動まで行うというのは、どう見積もっても不可能な話であった。ならば、旅団から引っ張ってくるしか無い。それがムリならば、物理的に不可能なのだと、兵に犠牲が出る可能性が高いと、「できない」と、兵站幕僚は自らの立場から飽くまで主張した。無論、出来るなら温食を配り、シャワーを浴びせ、診療所を開設したい。だが、ムリなものはムリなのだ。


 しかし、人事幕僚(G1)作戦幕僚(G3)は「DPDBn(市警察大隊)の配備を受ければ可能」とし、情報幕僚(G2)は「残敵(1コBn)が見積通りなら一応可能」とし、全体として「現有能力では困難だが、やるべき」とする意見を持っていた。

 外哨に飢え、或いは病んだ村人を追い返させるというのは、ドーベックで培われた「人倫」にもとったのだ。


 議論が煮詰まってきた頃、二科(情報)から「もしかしたら食料は無くても何かがお礼に貰えるかも」という意見が出、結局、取り敢えず彼を村落に帰(開放)し、妹を治療してやった上、翌朝少女を送るついでに幕僚達で偵察に出ることとその場で決定され、連隊長はそれを承認した。無論、憲兵小隊と2コ小隊程度――つまり1コ中隊程度――の護衛を伴ってであるが。




「ありがとうございます。ありがとうございます」


 リアムが基礎をもたらし、商会の富裕が育て、労働者(労災)の中で磨かれた医療は、連隊の固有衛生能力ですら、一晩で栄養失調を回復させる(マシにする)程度の能力があった。

 その村落で、昨夜の少年は英雄のように祭り上げられており、長老が地面に伏せて国家市民軍と少女とを歓迎した。


 村人からは、支配種をねじ伏せる程の能力を持った『自分たちと同じ』種族の人間――獣人や亜人を含め――が、一人の少年の願いを聞き入れる程度の慈悲と余裕を持っているように見えたのだろう。それは事実であるが、そのまま、彼らは都合の良い推測を慣性に任せて滑らせた。


 まず、兵站幕僚(G4)の不安が的中した。

 幕僚らが少しだけ期待していた「お礼」は、クソの役にも立たない弓矢であった。無論、元外来人である幕僚らはソレが貴重かつ高価な生活必需品(狩猟道具)であることは十分に理解していたが、火力戦闘に於いては賑やかしにすらならない。


 次いで幕僚らは、病人達の所まで案内された。


 すると人事幕僚(G1)が途方に暮れた。連隊の医療能力を全部投じてどうにかなるかならないか位の病人が居て、それどころか長老らや子供らですら痩せこけている。厄介なことに感染症患者まで居た。

 11iRCTの衛生(G4所掌)医療(G1所掌)は、その資源配分を衛生――つまり予防に振っていた。戦傷者が出るのはしょうがない。でも、戦病はなるべく抑えたい。細い兵站を前提とした、当時としては適切な判断によるものだった。

 前職(・・)が農夫だった情報幕僚が悲鳴を上げた。穀物庫内に穀物が無い。殆ど黒変して枯れてしまったらしい。なるほど、そりゃ飢える訳だ。聞く所によると、『カビ』は収穫直前から猛威を振るい、一面を真っ黒にしたらしい。なんだそりゃ、厄介極まりない。最悪なことに、ココはメウタウ(農業用水)の上流だ。

 これ(作物病)はドーベックに持ち帰ったら不味い。否、持ち帰って科学者達に研究してもらわなければ不味い。穀物庫内からサンプルを採集する。

 唯一、作戦幕僚だけが、徒歩行進と車両行進とを比較して『車両行進の必要があるから、車両を直さなければならない。人員にして大体1コ中隊、所要が増えるから、負傷者搬送を含め2コ自動車化輜重小隊は最低限必要である。迫は最悪分解して手搬送しよう』『これを見なかったことにもできる』という見積を抱いていた。


 次に問題となったのは、救援はするとしても法的根拠をどこに置くかであった。

 連隊の独断で説明を終われる程、国家市民軍は自由では無い。首相、ひいては議会に対する説明責任と、文民統制シビリアンコントロールの原則がある。

 ならば、法の授権規定から探すしか無い。残念ながら、旅団には居る法務幕僚は連隊には居ない。

 連隊長は軍法88条(4項)で行くとの判断をしていたが、趣旨から考えても流石にそれは無理筋じゃ無いかとする意見が幕僚内でも多勢だったのだ。

 人事幕僚(G1)が一瞬、『軍属として雇入れてそのままドーベックに帰るのはどうか』という案を出しかけたが、このような者達を書類上でも雇入れた場合、汚職を疑われて監査が入るという危険信号を脳幹が発して口から出ることは無かった。

 軍法88条(4項)で、こんなことして良いのか?

 駄目とは書いていないし、少なくとも村民らの権利を侵害するような行動では無い。


 じゃあ、正々堂々とやってやろう。


 その日は戦闘が無かったが、そんなこんなで業天(業務用天幕)の中は相変わらず慌ただしかった。

 こんなことなら無理してでも野戦軽便鉄道を引いておけば。兵站幕僚(G1)はそんな呪詛を吐きながらも何とか『実現可能』な計画(旅団に土下座)を連隊長に提出し、承認を受けた。

 作戦幕僚(G3)は、本村落に対する火力計画と部隊運用計画を一応立案して、これもまた、連隊長から承認を受けた。それは情報幕僚(G2)によって暗号化され、原本焼却の上金庫に保管された。その選択肢が取られることが無いよう、関係者全員が祈りながら。


 結局のところ、第十一歩兵連隊戦闘団の意思決定機構は、恐怖の中、欠乏に苦しむ人々を見捨てて作戦遂行するか、それとも、作戦遂行に悪影響を与えつつも、建国宣言で高らかに宣言したあの文言を守るかで、二分されることは無かった。


 そこには実際に、困り果て、その中で一縷の希望(連隊)を見出して縋り付いてくる人々が居たのだ。


 やってやろう。俺達で。


 連隊長の決心を実現すべく、プロ達は黙々と、それでいて活発に動いた。


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