準備
任務分析の目的は、具体的に達成すべき目標と、その目的を明らかにするにある。
第十一歩兵連隊戦闘団は、旅団戦闘団から1コ騎兵中隊と自動車化輜重中隊の配属を受け、次の任務を受領した。
命 令 書
発 第一旅団長
宛 第十一連隊戦闘団長
第十一歩兵連隊長
第一騎兵中隊長
自動車化輜重中隊長
第十一連隊戦闘団は、9月20日までに778高地を占領し、778高地以南において9月25日まで北上するJBを阻止せよ。
国家市民軍地上軍
第 一 旅団長印
「なんで旅団はウチに火力配分しないんだ?」
「おそらく補給が持たんからだね。見な」
四科が、地図を指示棒でつっつく。
「今我々が居るのがココ、ドーベック市街がココ、大穴がココ、コレがR3――
スーッと指示棒が左へと走り、旧フランシア家の所領の辺りで止まる。
――で、ココが今回ウチが占領する羽目になった778高地。爵領庁と帝都とを結ぶR5とメウタウが交差する重要地点だが……ま、引っ張れて電信がヤマだね。野戦軽便引っ張るのはムリムリカタツムリ」
「つまり我々は? ココまでチャリンコ漕いで? その上更に一週間迫と機関銃で1コ旅団と戦えってか? ココで?」
「一応自動車化輜重中隊が増強されてる、全員がチャリ漕いで行かなくて済むが……多分この距離だと1往復しないウチにぶっ壊れるんじゃないかしら!」
一縷の希望をG4が自ら灯し、そして自ら自信満々に消した。
工業製品は基礎原理の上に築かれたノウハウの城だ。今のレダ重工に、ディーゼル機関の基礎原理は理解できても、長時間運用のための各種工夫を凝らす時間は与えられていなかったのだ。
「旅団の方針は?」
「『1BCTは、11iRCTをもって778高地を占領、R3、R5を管制させ、もってJBのI-TF合流を阻止する一方、BCT主力は優勢な火力及び陣地防御を以てR1上、ネリウス以北にてI-TFを破砕又は阻止、爾後主攻を判定して……「おい嘘だろ」
資料を読み上げている少佐を除き、連隊幕僚が一斉に天を仰ぐ。
時間を無駄にしないためだけにサイコロを振って作ったような作戦計画であった。控えめに言って、無謀も良いところである。特に1BCTから11iRを遠く分離して到底連携不可能な位置に派遣し、敵を分断しようというのは全く以て馬鹿げた話だ。
旅団の作戦計画を見る。『我の乗じ得る敵の弱点』としてJBとI-TFが分離している点が指摘され、『我の任務達成に重大な影響を及ぼす敵の可能行動』には「我がO―3(全戦力をR1上に展開するもの)を採用し、敵がE―2(R1とR3から同時に侵入するもの)を採用した場合、ダムその他の重要防護施設が無防備になるおそれがある」と書いてあり、結論としてこのクソ無謀な方針が採用されていた。簡単に言ってくれる。これなら、1コ連隊をドーベック市街に残置するかR3上の適当な地区を占領させてR3からの侵入その他に備えた方が良い。現行計画でドーベック市街の警備にあたっている警察局大隊に加えて、だ。
が、我々が考えつくようなことは当然旅団も考えているのだろう。
諦観が反発に変換されること無く、連隊幕僚は地図と資料とを見つめる。
幕僚に指揮権は無い。幕僚は、飽くまで指揮官の判断と決心とを補佐するためにある。 旅団長が、こう決心したのだ。
「まぁ~……作戦ってのは勝てる戦いで負けないために立てるモノだからなぁ」
G3が、そんなことを言いながら髪の毛をバリバリと掻きむしった。そもそも勝ち目が無いなら奇策に出る他無い。フケが肩へと落ちたが、幸いにして迷彩戦闘服はフケの白さを誤魔化す。
政府は、『勝ち目無いです』とは市民に言えない。それは理解している。
「コレはなぁ……」
流石に限度がある。が、やるしかない。
我々は、旅団の作戦構想を実現し、任務を達成すべく存在しているのだ。給料を貰って、飯を食わせて貰っているのだ。
「……まぁ、一本道しか無いから一遍占領しちまえば防御は比較的簡単だよ」
旅団からは、「9月25日までに778高地を占領し、778高地以南において10月1日まで北上するJBを阻止せよ」としか言われていない。つまり、穴を掘ろうが、掘るまいが、或いは地雷を埋めて吹き飛ばそうが、RCTの自由なのだ。その選択肢と具体的方策を、今から作る。
「敵はここ通るか、大迂回するしかねぇからな」
ECOAは、単に考え得るだけ挙げれば良いというものでは無く、飽くまで状況判断を適切にし、奇襲を防止することを主眼として列挙する。
要するに、我の判断すべき事項に合致したものを、そして我の任務達成に影響を及ぼさないようなものや、影響の差異が小さいものは統合して列挙するのだ。とすると、一本道があって、その近くにある高地を占領して敵を通過させるなという任務から見たECOAは、比較的簡単なモノとなる。
「見ろよ、JBは航空部隊と完全に分離しているって旅団は見積ってるぞ」
「アテになるの? それ?」
「二科としては別に不思議だとは思わんな。イェンス伯爵が帝都に居るのは確報があったし」
「で、俺達は後何時間で連隊の構想を立てなきゃいかんの?」
上級部隊は、三分の一の時間を自らの準備のため用い、残り三分の二の時間を下級部隊のために用いなければならない。
「今日が16日で……あと52時間!?」
正直言って、今の彼らにとって絶望的数字であった。声が裏返る。
旅団は、「三分の二ルール」をチョットだけ破りやがったのだ。それに、行軍時間を考慮すると40時間ぐらいで立案しなければならない、何なら、取り敢えず前進を始めた方が良いとG1が気付いた。最悪だ。
「連隊長伝令!」
「はっ!」
実直そうな獣人がサッと駆けつけてきて、姿勢を正し一歩前へ出る。彼の服には良くアイロンが当てられており、靴は光り輝いていた。
「連隊長室で泡吹いて倒れてるのを叩き起こすなりしてココまで連れてこい。要すれば消防設備を使用して良い。命令者は二科長。あとアレだ。えー……それが済んだらあるだけの飯も貰ってきて欲しい」
「飯というのは……缶詰でありますか?」
「なんでも良い。今から俺達が缶詰になるんだから」
****
「上は――何やってんだ?」
「知らね」
イェンス家の翼竜騎士達は、完全に不貞腐れていた。
ドーベックの港湾を空襲せよとの命令を受け、適当な目標を攻撃して揚々と帰ってきたら、内務卿が激怒して伯爵のところへと走っていったのだ。
なんでも、『既に国家資産となったモノを勝手に破壊することは許さない』ということらしい。ふざけやがって。文句つけたいだけだろ。
港湾攻撃には、2つの目的があった。
一つ、海洋を経由して『敵』がこちらに影響力を行使しないため。
二つ、カタリナ氏の財産が持ち出されることを防ぐため。
全く合理的だ。何の問題があるのか。
そもそも『主要港湾』は皇帝が勅令で定めるものであって、内務卿や爵領庁の一存で定めるものでは無い。勿論意見具申は出来るが、あの港湾は劣等種によって『自然発生』したモノであった、そんな港湾なら腐る程ある。
「酒が呑みてぇなぁ……」
「折角帝都に来たってのにな!」
翼竜騎士は、酒を良く呑む。
魔法の力で翼竜を操り、空を飛んで空から一方的な攻撃を加えることが出来るとは言え、勿論生命のリスクはあるし、『迎撃騎』に騎上から突き落とされて地面と一体化するなんてこともしょっちゅうだ。
そのストレスから気を逸らせるためか、単に高空の寒さが嗜好させるのかは知らないが、兎も角、翼竜騎士は、酒を良く呑むのだ。
しかし、酒を呑んで自転車を転がすと危ないのと同様、酒を呑んで翼竜に騎乗することは固く禁止されている。詳しく説明するまでも無いが。
「ここも爵領庁と変わらず平和だ」
帝都は、戦時中だとは思えない程に栄えていた。
魔法でキラキラと輝く街並みは、支配種達が跋扈し、清潔で、活気があるように見えた。
「ちょっと前よりはかなり寂れた感があるけどな」
帝都の遥か西では、今日も睨み合いが続いている。
イェンス爵領庁は、戦争から最も離れた所にあった。
「今回、戦争になるのかなぁ……」
「『戦争』ってのは外交の果に生起する国家間武力闘争のことだ。今回のは――なんて言えば良いんだ? 駆除?」
「内務卿曰く『徴収』らしいぜ。でもよ、ギルベルト、見ろよ、俺達の装具、全部カタリナ――ドーベック由来のアルミだぜ?」
「ものづくりは劣等種と職人の仕事、それを活用するのが我々の仕事。格が違う。ドーベックは所詮、そこら中にあるデカい劣等種の群れに過ぎん」
爵領庁の翼竜騎士と武士達は、新人以外全員、ドーベック平野で『訓練』を積んでいた。
それもカタリナがあの辺りで事業を始め、『自由市民令』とやらを尊重するために中止するまでの話だが、収奪と対地攻撃の演習として、『劣等種』の農村やら何やらを『動く』目標としていたのだ。
爵領庁には、帝国軍に対する翼竜騎士の供出義務がある。代替金でも良かったが、いつその制度が変わるかは分からない。練度は維持しておく必要があるし、翼竜騎士を維持するためには膨大な富が必要である。
そんな劣等種の群れが、一人のキチガイによって教化され、果ては武家の攻撃を退けるまでになったのを、翼竜騎士は承知していた。
だが、奴らは、空を飛べない。つまり、ひれ伏すしか無い。
「無能に率いられた劣等種で、しかもその無能の身柄はこっちで抑えてんだ。現に港湾攻撃のときも手も足も出てなかったじゃ無いか」
「問題はフランシアの間抜け共が一部恭順してる点だな。アリャ厄介だぞ」
「今頃内紛起こして『劣等種』を殺戮してるんじゃ無いか?」
「違いねぇや」
飽くまで、彼らは楽観的であった。
そして、武士達が帝都に来るまでにはまだ二、三週間ほどある。ならば、それまで我々は動けないだろう、それ以前に、伯爵と内務卿はまだまだ喧嘩するだろうと結論して、翼竜騎士達は酒瓶と女とを買いに市場へと足を向けた。
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