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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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121/121

布告

「総理。不味いです。軍内に反乱の兆しがあります」

「……そうですか」


 内務大臣、ジェレミー・ダン・プルーは、災害の概況を報告するよりも前に、情報(公安)機関が緊急で上げてきた情報を首相に共有した。

 秘書さえ追い払った総理執務室の空気は、重く淀んでいて、空気調和が故障して全館空調が機能していないのではと疑いたくなったが、少なくとも大きな時計の横に掛けられた簡素な気温湿度計は、それを否定していた。


「警察は、軍が万が一暴挙に出た場合、挺身して総理を擁護します」

「機関銃、VX、サリンやらを持ってる相手に?」

「……我々には警察魂がありますから」


 警察機関は、最悪の事態を覚悟していた。それ程までに、状況は悪化している。

 これまで、国家市民軍と警察が交戦したことは無かったが、特に平野外では、憲兵と地域警察が管轄で揉めることは良くあることだった。


 問題は、そのどちらも行政権に属していることである。

 ドーベック国の憲法上、三権とは立法(創作)司法(解釈)行政(実務)であって、軍と警察は同じ行政に隷するモノである。

 そして内閣とは行政の首脳だ。


 ロイスは、革張りの柔らかく、大きな椅子と背中との間に汗が蒸れていくのを感じて、自分がまだ生命と権力とに執着していることを自覚した。

 このままでは閣内すら(・・)分裂してしまう。

 政治屋としての本能が、これは不味いという危険信号を送り続ける。


「軍の目的は?」

「戒厳の布告に伴うアンソン政権の樹立です」


 略奪の鎮圧は機動隊を出してるんですが、とジェレミーはボヤいた。

 要するに、機動隊を出しても尚鎮圧できていない騒乱が国内のあちこちで発生しているということだ。


「つまり、建国の理念を飛び降りさせるか、撃ち殺させるかのどちらかしか無いと、そういうことですか」

「軍は既に100(特殊作戦)旅団を駐屯地から出しました」

「作戦地域は――ここも入ってるんだろうな、警備名目で」

「恐らく」


 アンソンが、夫の眼の前でやったことを思い出す。

 あの時、彼女は拳銃を分解して、かつ、薬室からは弾を抜いていた。

 しかし、彼女は今、薬室に弾を入れた拳銃を懐に入れている。


 ふつふつと怒りが湧いてきた。

 別に論理がある訳でも無く、具体的にできるだけ分解して言えば、あの時、やっと夫婦水入らずで暫くはゆっくり出来ると思っていたのに、また、過労の坩堝の中に放り込まれた元凶はアレだったなという、私怨に近い、陰湿な感情であった。


 だが、出力に上がってきた認知は、流石政治屋、広報屋と言うべき物だった。

 挺身は軍人だけの専売特許じゃない。文民政府の根性見せてやる。


「……しょうがない。戒厳を布告します」


 瞬間、ジェレミーは驚いたような、安堵したような、そういう方法で息を呑んだ。灯台派を率いているロイスは、その灯台の上から国家をダイブ(挺身)させることを選んだのだ。


 深夜、戒厳布告の勧告を行うための閣議で、アンソンは意外にも、ただ、安堵していた。

 それは、少なくとも国家市民軍という、この国で最も基本的で、かつ強力な市民社会が、文民政府に刃向かうという最悪の事態を指揮する羽目にならなかったことの安堵か、最終的な責任を負わずに済んだことの安堵か、ロイスも、国家市民軍の情報参謀さえも分からなかった。

 軍が憲法を射殺することを許したかのように見えた憲法上の規定(憲102条Ⅱ)――適正手続を省略して誕生する、適正手続という衣無き最高権力者――は、実際には、単に死体を引きずって埋葬し、後釜を選ぶことを起草者(リアム)が軍に丸投げしたに過ぎないという事実だけがそこにあった。


 もう一つの真実――法的な評価として、行政府が、国を、市民と国民を最も基本的な構成単位とする国を、人権のゆりかごから放りだして、或いはゆりかごそのものを引っ掴んで、理念の灯台から飛び降りるという、軍が決断していた国の行動そのものは、総理が正規手続きを踏んで行ったところで、何らその本質に於いて変わりないというものもまた、あった。


 それが、自殺となるか、迫りくる危機からの逃避となるか、或いは国ぐるみのエクストリームスポーツになるかは――少なくとも閣僚の誰も知らなかったし、それを唯一知り得るであろう者は、同時刻、漸く消防局の捜索によって救助されていた。



****



……♪

義務への貢献は 等しく賞される

永遠(とわ)に続く歴史に 黄金(こがね)の文字で刻む

その貢献の記録 色褪せず伝わり

国の永遠(とわ)の命が 身体(われら)の後続く


果てなく続く大地

ドーベック わが国よ

自由と独立の歌

街に森に満ちて

光の只中に立つ

誇らしき国家よ!


春風祖国に吹き 豊かに満ちる富

自由と平和に生き 秩序を重んじる

我らの愛する国 脅す者あらば

我ら義務を果たして 子らの笑顔守る


果てなく続く大地

ドーベック わが国よ

自由と独立の歌

街に森に満ちて

光の只中に立つ

誇らしき国家よ



――9月15日朝6時になりました。おはようございます。ラジオジャーナル「今日のドーベック」です。


 ロイス総理は、9月13日未明にドーベック市で発生した大規模災害に対して、現行の、非常事態宣言に伴う非常の措置をもっても、国及び国民の安全と人権を守ることができないと判断したと明らかにしました。

 これにより、内閣総理大臣はカタリナ陛下に対し、戒厳の布告を勧告し、同時刻、カタリナ陛下により、ドーベック国全域に、戒厳が布告されました。

 政府は、憲法上の規定により、内閣総理大臣を最高指揮官とする戒厳司令部を設置し、戒厳司令官として国家市民軍元帥であるアシア・アンソン氏を指名すると同時に、戒厳令第一号を布告しました。


 戒厳令第一号は、以下の通りです。


 大規模災害による壊乱から国及び国民市民の安全と人権を守り、憲法秩序を堅持するため、建国歴10年9月15日01時をもって、ドーベック国全域に次の事項を公布する。


1.憲法上の人身保護規定を、生命保護の目的に限り、最小の限度に於いて、停止する。

2.警察官、郵便局員、現役軍人、その他の公務員の他、戒厳司令部が許可した者を除き、別に定めるドーベック市警戒区域への立ち入り又は滞在を禁止する。

3.言論と出版の自由は、これを保障する。

4.勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利の行使については、当面の間、裁判所の許可状を必要とする。但し、戒厳司令官が必要とする労役の指示は、憲法28条2項上の労役であるから、戒厳司令部の統制を受ける。

5.休暇中のすべての現役軍人は、48時間以内に所属部隊に出頭して指示を受けろ。真にやむを得ない場合を除き、違反時は軍律により処断する。

6.市民は、市民軍地域事務所から出頭の要請があるときは、誠実にこれに応答しなければならない。真にやむを得ない場合を除き、違反時は市民軍法により処断する。

7.善良な一般市民・国民については日常生活の不便を最小限にするよう措置する。但し、国の非常時に便乗した犯罪は、一切の躊躇なく鎮圧検挙する。

8.直ちに国家議会を招集する。この際、官吏は、議員に議会出席のため必要な便益を最大限供与せよ。

9.ドーベック市警戒区域からの避難は、地上軍中央憲兵隊その他の戒厳出動部隊が統制する。


 以上の布告令の違反者に対して、戒厳出動部隊は、戒厳部隊指揮官の命令により逮捕又は拘留をし若しくは家宅捜索を行うことができ、かつ、十年以下の拘禁又は相当する罰金の範囲内で処罰する旨の公訴を戒厳審判所に提起することができる他、市民軍法務官は、戒厳審判所の全ての事務及び、全ての刑事手続上の検察官の事務を取り扱うことができるものとする。

 また、被告人が最高裁判所に上告する権利は、これを保証する。


 戒厳部隊の刑事手続上の権限は、上記のほか、国家市民軍法(治安出動)の規定により行使できる権限及び訴訟法(刑事)に規定されている手続及び権限、若しくは国家議会の議決を経た戒厳司令部の布告の範囲を超えないものとする。


 内閣総理大臣 ロイス・ドーン・アシャル

 戒厳司令官  アシア・ド・アンソン


――以上が、戒厳令布告第一号です。

 国内全てのドーベック国財産、機関、国民、市民は、戒厳司令部の決定を厳密に遂行する義務を負います。

 戒厳司令部は、ドーベック市民に向けたアピールを発表しました。

 アピールは、次のように呼びかけています。


 一連の戒厳令は、飽くまで一時的なものであり、国家議会の監視下で、厳密に国家の緊急事態を終結させるためにのみ運用されることを、ここに確約する。


 市民に至るまでの、あらゆるレベルの権力機関は、今や団結して国家の危機に立ち向かわなければならない。


 本措置は、飽くまで、憲法が保証する、自然の権利、幸福追求の権利、平等の権利、参政の権利、請願の権利、生存の権利、教育の権利、労働の権利、財産の権利を保護するためのものである。

 我々は、これらの権利が、飽くまで公安と公共の福祉の上に存在し、尊重されるべきものである一方、公安と公共の福祉なくして、これらの権利を保障することが不可能であることを強調し、確認する。


 我々は、国家の危機に便乗したあらゆる犯罪を決してゆるさない。

 犯罪は急速に増加し、組織化し、暴力的性格をますます強めつつある。


 我々は、国民、市民が持つ、飢えと欠乏への恐怖を理解している。

 我々は、その恐怖がエゴイズムの爆発を伴う、市場の暴走に至りつつあることを認識している。

 恐怖からの自由は、エゴイズムの自由に優越することを確認し、強調する。


 ドーベック国民、市民の生活と平和、誇りと名誉は、完全に回復されなければならない。


 戒厳司令部には、ドーベック国の運命に対する責任を引き受け、国家と社会、それぞれの家庭が、早期に危機から抜け出し、再び平穏の中で自由を享受できるようにするための、最重要な措置を断行(・・)する決意に満ちている。


 我々は、自由な議会に於いて、本措置の正当性を、広く議論にかけることを約束する。


 我々は、パニックを沈静化し、早急に法と秩序を確立し、流血の事態と国際紛争を回避し、国家の危機に便乗した犯罪に対する一切の容赦なき鎮圧検挙を宣言する。


 我々は、自然の脅威、外国の脅威、悪意の脅威に断固として立ち向かい、勝利する。


 我々は、ドーベック全ての国民市民に、理解と協力を呼びかける。


 戒厳司令部のアピールは以上です。


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