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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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112/121

断行

「降車用意(よーい)!」

「「降車用意(よぅい)」」


「降車!」


 兵員がドカドカと落ちないよう、荷台の端を渡っていた安全ベルトが外されて片側に引っ掛けられ、一番端っこの居住性が良いのか悪いのか良くわからない位置に座っていた兵員が内側の兵に小銃を渡し、荷台から飛び降りる。

 飛び降りてから、今度は地上側で二丁分の小銃を荷台の上から受け取って――ということを順序よく繰り返し、さっさと小隊毎に整列する。

 装甲車1両、1/2トン4両、3トン半8両で4コ小隊、即ち一コ中隊を搬送してきた憲兵隊は、全員が白色のヘルメットを被り、『憲兵(MP)』の腕章をつけ、自動小銃と拳銃、銃剣と警棒、軽機関銃とてき(・・)弾発射器で武装していた。


 大盾と、防水布製の衣嚢(ダッフルバッグ)がよっこらせと降ろされ、中から金属がじゃれる音がぐぐもりつつ鳴る。ニッケルメッキされた手錠の音である。


 当時の国家市民軍は、一部部隊を除いて自動車化されていなかった。そのため、1/2トンと装甲車以外は輜重からの『借り物』だ。


 装甲車の銃塔に登った中隊長が双眼鏡を以て行進経路を一瞥した後、先任に語りかける。

 語りかけると言っても、ディーゼル・エンジンが奏でる音に負けない程度の大声ではあるが。


「これ横隊で前進できる?」

「いやぁ、厳しいですね」

「了解。ちょっと小隊長呼んでくれ」


 装甲車の中で地図を広げ、後部扉を開放して小隊長が来るのを待つ間、水筒の水を啜り、行進経路を指でなぞり、想像力を活発に働かせつつウンウンという唸り声をディーゼルに紛れ込ませる。


「中隊長!」


 先任が呼ぶ。


「はい」

「3中隊集合完了!」

「休め」


「我の現在位置、ここ、確保目標(obj)、ここ、任務、明け渡しの実施」


 憲兵と一口に言っても色々な者が居る。

 歩兵出身、警察官出身、単に割り当てられた、警察官志望者、或いは憧れ。


 ドーベックでは『市民』と『国民』は明確に区別されている。特別の職能を持たない者――兵役を免除されない者が市民権を得るには、兵役を経る必要がある。

 これを憲法上に表現するとこのようになる。


 憲 法


 ドーベック国法典 第1巻(憲法)6頁


第二十八条 すべて市民は、国家を防衛し、侵略に抵抗する崇高な義務をひとしく共有する。

2 国は、戦争の遂行及び安全保障のため、市民に対して兵役の服務及び、市民それぞれが有する高度な専門技能を発揮させるための適当な労役を命ずることができる。

3 前項の規定による服務及び労役の対価及び犠牲に対する補償は、法律でこれを定める。

4 すべて市民は、法律の定めるところにより、第二項の服務義務を果たすため、適切な訓練を受け、その能力を増進するよう努めなければならない。


 ドーベックがこの世界で民主主義をやっているのは、強力な警察力の他、兵役の初期に行われる教養に加えて兵役間、憲兵による教育が繰り返し行われることが大きい。(当然国民皆兵という訳では無いが、少なくとも『市民皆兵』ではあるのだ。)


 厳罰に処するよりも逮捕(摘発)率を上げた方が効果が高いとの思想の下で行われる部内治安維持は、規範意識を育み、適正手続に触れさせ、賞与と連動した人事評価を含めて勧善懲悪の気風を国家市民軍、ひいてはドーベック中に広げる礎となっているのである。


 実際のところは、そもそも商業都市であるドーベックは人の出入りが激しく個人を捕捉できない上に、生産や経済活動の都合もあるので定業に就いている場合は兵役が免除され、市民権試験を経て市民権を得、予備役登録訓練だけ済ませてお茶を濁すというのが最多類型ではあるのだが、それでも憲兵は予備役登録訓練でも基礎教養を担当したりしていた。


 つまりこういうことだ。ある程度の職能がある人間は要領よく兵役義務をこなし、無い人間――そもそも識字できないのが『普通』である――は兵役義務を経て『市民』になるという一連の手続きの中で、憲兵は重要な役割を果たしていたのであり、当然、それを志望する者もママ出てくるということなのである。


 話を装甲車の中に戻す。


「武器使用は小隊長所定。警察執行法準拠(七条)とするも、努めて火器使用は避け、対象者の捕縛に努めろ。4小隊は現在位置及び中隊の離脱経路を確保、なお1コ分隊を擲弾要員として中隊本部に差し出せ。行進順序は建制順で分隊(ごと)二列縦隊。行進間にあっては分隊間の距離及び()集に注意。警戒方向は1小隊正面、2小隊側方、3小隊後方を基準とするも、小隊毎に全周を警戒――で、中隊集合地点(CoASSY)を占領後は横隊を組んで装甲車で呼びかけつつ前進ね。この際は大盾を活用し、受傷事故防止に特段の留意。質問がある者!」

「はい」

「1小長」

「行進間は弾倉を装着させますか?」

「小隊長所定ぇ――えー、どうしようかな、どうしたい」

「CoASSYまでは腕が軽いほうが良いかなと」

「了解、それで良いや。吊れ銃で。他」

「はい」

「4小長」

「4小隊の警戒要領は小隊長所定ですか?」

「その通り」

「他」

「捕縛人員の集合先は?」

「中隊本部。患者集合点の近くに別に設ける」

「他」


「「なし」」


「よし、前進開始」



****



「1小隊って不利だよな」

「なんで」

「何するにも取り敢えず最初に投入されるじゃん」

「確かに」


 小隊長が中隊本部に行って以降、各分隊は小隊先任の指揮下で「身体・装具の手入れ」をしていた。要するに、ストレッチをして、下着を着替えるなら着替え、武器はちゃんと稼働するか、故障していないかを確認して、後は間食を食ったり私語を楽しんだりするという意味である。

 さっきまで荷台でガチ寝していたリコは、まず上体を上下に捻り、肩を回し、アキレス腱を伸ばした後、人目を憚らずに内転筋をストレッチした。地面に『人』の漢字が象形するが如く立ち、両手を膝に置き、股を広げ、肩を入れてぐ、ぐ、とストレッチするのだ。見た目は良くない。


「1分隊は背嚢を携行して集合ぉ――




 部隊は行進を開始した。

 接敵を一応想定してはいるが、着剣も、弾倉も装着していない。


 中隊の先頭を歩く1分隊の警戒方向は正面だったが、ただ、道があるだけだった。

 銃を吊り、ただ、右手を引っ掛けて歩く。殆どの兵員は銃口を上にした「正規」の吊り方を右肩でしていたが、リコは銃口を下にして、しかも左肩から襷掛けして、銃口側の負い紐吊り具に親指を引っ掛けていた。

 リコは右の林内に一瞬の違和感を感じたが、憲兵用のヘルメット(鉄帽)と装甲車が奏でるエンジン音のせいで流してしまった。

 憲兵用の白色鉄帽は、野戦用鉄帽とは異なり、獣耳を通す孔が空いていない。これは威厳とかを保つためであったが、一番の理由は乱闘時に耳を引っ張られるのは不味いという『それはそれ』で実戦的な理由であった。(逆に野戦用鉄帽は、認識能力を維持するために調節可能な孔が開いている)


 風が吹き、森がガサガサと揺れる。

 それに併せて、矢が飛んできた。カン、と鉄帽を掠める音が鳴る。


 一瞬(0.3秒)の後。


接敵(コンタクト)! 散れ!」


 リコはそう叫んでいた。本来は分隊長が下すべき命令だが、皮肉なことに憲兵としては新米のリコが一番実戦経験を積んでいたから、「何をすべきか」はわかっていた。

 ワッ、と蜘蛛の子を散らすようにして部隊が散開し、伏せてからワシャワシャと弾倉を取り出し始める。

 他の憲兵らが弾倉入れの蓋を開け、弾倉を取り出して小銃に突っ込むまでの時間で、リコは膝撃ちの姿勢をとり、負い紐吊り具に引っ掛けた親指で小銃を体の前へと押し出しつつ金具を引いて負い紐を思い切り伸ばし、弾倉を突っ込んで弾くように槓桿を引き、切り替え軸を「連射()」に切り替えて取り敢えず該方に向け、曳光弾で以て低木を薙射する――という一連の動作を既に終えていた。

 それに糾合するように、パラパラと射撃が始まる。


 暗い森の中に曳光弾が吸い込まれては消え、汚らわしい煙を掻き立てる。時折跳弾した曳光が左右上空に散り、放物線を描いてまた森の中へと消えていく。


「撃ち方待て! 撃ち方待て!」


 我を取り戻した分隊長が怒鳴って、射撃が止まる。


「後ろから番号!」

(いち)!」「(にぃ)!」……


 流石にもう大丈夫か? やっちまった、過剰な武力行使と後から言われかねない。そんな風にリコが思った瞬間、もう一本、矢が飛んできた。

 あんだけ撃ったのに! 誰かが叫んだが、リコは林内戦闘で「見えていない」敵を射撃だけで制圧することが事実上不可能であることを承知していた。


「分隊長! 分隊長!」

「現在位置! 何!」

「2分隊に軽機(MG)とか撃たせて我々で突っ込みましょう!」


 分隊長は一瞬息を呑んだ後、無線手を呼び寄せた。


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